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ID:wL/OkIM0氏:あなたが欲しい」(2012/11/03 (土) 11:32:33) の最新版変更点

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それはお盆の一歩手前頃、昼でも夜でも関係なく、サウナのように空気の湿気と温度が異常なほど高い日の出来事だった。 双子の姉の方の部屋に女友達が四人集まって、高い気温と湿度に対抗すべくクーラーがうんうんうなりを上げるのをBGMにしながら、わいわいガヤガヤと何をするでもなく何かをしていた。 ちょうどその時は青くて長い髪のちびっ子が、友達の双子に対して、これ以上暑くするなと言いたくなるくらいの熱気のこもった会話をしていた。 「もうさ、インドア派の私にとってはこ~んなに暑いのいやなの!私としてはクーラーをガンガンに効かせた部屋にこもって、ネトゲして、マンガ読んで、積みゲーして、DVD観てるのが一番性にあってるとは思うだけどね」 これに対し、双子の妹の方が黄色いリボンを垂らすほどに深くうなづいて言った。 「そうだね~、私もかんかん照りのお昼に、出掛けようなんて思わないもん。こなちゃんらしいと思うよ」 「うむ、つかさ、賛同ありがとう。そんなぐ~たらな生活も悪くは無いし、実際今までそうやって過ごしてきました。しかし否!夏休みと言うイベントは限られているのです!今年の夏休みは残るは半分しかない!残りの短い期間をどうにか活用したいと思うわけです!」 双子の姉は、ちびっ子のあまりに唐突な言い草に、正直付いていけないな~、と冷ややかな目線を向けながら言った。 「はぁ……、あんたの言う事だからコミケにでも行こうとか言うんでしょう?誘われても行かないからな?」 「かがみ~、それはそれでもちろん付いてきて欲しいとは思ってる訳なんだけど、残念ながら私が今強く思っていることとはまた少し違うのだよ」 丸い眼鏡を掛けた美少女が、双子の姉とは対照的に興味津々とばかりに、眼鏡の下の瞳を、まるで少女マンガのヒロインのようにきらきらと輝かせて言った。 「では、こなたさん。残りの夏休みを使って何をしようと言うんですか?」 するとこなたは、待ってました、と言うように口元がニヤけ、猫のような口の両端が釣り上げていく。 「むふ……、むふふふふふ……。夏休みの恒例行事であり、夏休みを120%楽しみつつ、しかも高い確率でフラグを立てる驚きビックリ行事と言ったら……?はい、みゆきさん?」 突拍子の無いこなたの難問に対して、みゆきはしどろもどろながら答える。 「フ、フラグと言ったら旗ですよね?えーと……。自衛隊の基地祭でしょうか!?」 「いやいや、みゆき。こなたのふざけた質問なんて真面目に答えなくてもいいのよ」 「さすがナイスみゆきさん!GJGJ。でもそうじゃなくてさ、夏と言ったら、そう、肝試しだよ!」 すると、つかさがすかさず眉毛をハの字にして、今にも泣きそうな顔をして震える声で言う。 「え、え~。やだよ~……。私、そういうの苦手だよ」 「ほらほら、泣かないのつかさ。そんなもん、こなた一人でやってればいいのよ」 かがみの、もう関わりたくない、と言いたげな捨てぜりふにもこなたは動じることはなかった。 「え~?みんなやろうよ~。つかさが驚かす役をやってみても良いんだよ?悪戯気分でたまには誰かをビックリさせてみようよ!みゆきさんも、基地祭もいいけど肝試し、やるよね?」 こなたのやる気と誘惑に、つかさとみゆきの魂には何か熱いものが宿りはじめていた。それは外気温などよりも遥かに熱く、メラメラと燃え上がる錯覚を覚えるほどであった。 しかしかがみだけは、やる気にはなれなかった。こなたのやる気は、かがみにはむしろ逆効果のようで、こなたが熱くなれば反対にかがみはどんどん冷たくなる。それはまるで冷蔵庫の中と外のような関係であった。 こなたはそれでもあきらめる気にはならず、子供っぽくかがみの腕を両腕でガシッと掴んだ。 「ねぇえ、かがみ~。一緒に肝試ししよ~うよぉ。たのしいからさ~あぁ」 かがみはまた別のことを考えていた。 こなたに掴まれたかがみの腕が、こなたのぺっちゃんこの胸に当たっていた。その胸があんまりにツルペタで、貧相で、悲しくて、最早かがみは同情せざるをえなかった。 「わかったわよ、付いて行ってあげるわよ……」 日がくれて、嵐が過ぎ去ったかのような疲労感をかがみに残し、みゆきとこなたが去って行った。 「つかさ~?受験が近いんだし、勉強もしなきゃダメよ?あんたただでさえ大学に入れるのか怪しいんだから……」 「う、うん。わかってるよ。でも肝試しおもしろそうだし、気晴らしに行ってもいいよね」 「もう……」 最近、つかさに甘いような気がすると、かがみは思った。 と言うよりも、双子の妹が受験生なら自分も受験生な訳で、簡単に言うと妹の事まで頭が回らない程度にかがみは受験勉強が忙しいのだった。 だからつかさに分からない問題を教えられるほどの余裕はないし、いちいち聞かれるのも鬱陶しいと感じるようになっていた。 つかさもかがみが発するその雰囲気を敏感に感じ取っていて、かがみに対し少なからず距離を置くようになり、今までと様子が違う事に疎外感を感じていた。 勉強は個人の戦いになる。誰かと協力しようとしても、中学の頃と違い理系や文系などの教科の内容のずれの問題があるし、個人のレベルの差があってもいけない。 レベルの高い側は、低い側に勉強を教える事ばかりに労力をささげなくてはならず、自分の学習としては効率が悪い。 つかさとかがみのレベルの違いは大きい。中学の頃なら、目指す高校が同じだったからまだ、その差は大きくは無かったのだが、今は違う大学を目指している。 このレベルの差が、受験勉強という触媒によってかがみとつかさの心の壁を大きくさせていった。 次の日の夕方、こなたを中心とした怪しい女子高生四人組は、小高い丘の上へやって来ていた。 四人の目の前には、うっそうと茂った雑草と、その隙間から背の低い松の木がにょきにょきと生えただけの、一面何も無い荒野が広がっていた。 ここにやって来る際にこなただけが「立入禁止」と書かれた札が立っていた事に気づいたが、話をややこしくしてしまうので、もちろんそんな事は誰にも話さない。 夕日が四人の肌をハチミツ色に染め上げ、若い少女たちの美肌を更に美肌に見せている、様な気がした。 「ここが今日、肝試しの舞台になる場所だよ。多分、こんなのところに人が来るのは、数ヶ月に一度あるかどうかだろうね……。なにかあってもぉ、助けは来ないからねぇ~~~?」 「えぇえぇ……?大丈夫かな。」 気づくとつかさはみゆきの腕を抱きしめていた。いつもなら姉のかがみにする事なのに、無意識のうちにみゆきの腕を抱いていた。 いつものかがみの腕よりもやわらかく、抱けば誰もが幸せになれそうな腕だったが、つかさはかがみを裏切ってしまったような気がして怖かった。 そんなつかさの思いなど知らないこなたは、壮大にして厳戒な計画を遂行しようとしていた。 「みんな、ビックリドッキリな小物は持って来た?」 つかさは慌ててみゆきの腕から離れると、大きな犬の顔の柄がデンと真ん中に描かれたリュックを肩から下ろしはじめる。 「持って来たよこなちゃん!うんしょ……」 「おおっと待った!まだ何を持って来たのかはお互い内緒だよ!肝試しの間、誰がどんな小物を使いどんな策略で、獲物をハンティングするのか!それは各々のスキルとセンスを尊重して、実際に使用されるまでは誰にも打ち明けてはならないのだよ」 こなたの狂人じみた異常なハイテンションに一向に付いて行けないかがみは、もうどうでもいいやと思い始めていた。しかしその考えがこなたに読まれてしまうのもなんだか嫌だった。 この様に、かがみのツンデレの属性は発揮される。 「はいはい、分かったわよ。まだ明るいんだからゆっくりすればいいじゃない」 それから日が完全に暮れるまで、みゆきが持って来ていたレジャーシートに四人は座り、雑談が八で、これからの戦いの計画の話し合いが二の割合で会議をした。 辺りが真っ暗になり、いよいよそれらしい雰囲気を滲み出し始めた荒野。 ちょっと足元に気を付けていないと、腐った死体の腕がガバッと足首をつかみかかって来るかもしれない。ちょっと前を見ていないと、目の前にUFOが降りてきてエイリアンに連れ去られてしまいそうだ。 「う、うぅぅう……。こ、こなちゃんの嘘つき~!」 暗闇に独りぼっちになってしまったつかさは、涙が出るくらい後悔していた。 かがみがもう直ぐここを通って行くため、つかさが持って来た「糸こんにゃくを竿から糸で吊るしたヤツ」を使って脅かさないといけない。 しかし、見つからないようにするため唯一闇を照らせる懐中電灯を付けられず、完全な闇の中でかがみが来るまでの数分間は一人で茂みの中に隠れていなければならない。 つかさの直ぐ隣には、周りの荒野では一際目立つほど、大きく背の高い松の木がそびえていた。何に使われたのかロープが垂れ下がっていて、風でプラプラと揺れ動くのでつかさの恐怖をあおった。 脅かす側ならばこれが当然の事だったのだが、つかさには皆をビックリさせてやろう、という事のみしか頭に無かったため、脅かす側までこんな怖い思いをするとは気が付いていなかった。 「ひう、うぐっ……、お姉ちゃん……」 そうつぶやいてみて、そう言えば今日はかがみと会話らしい会話をほとんどしていなかったなと、恐怖でいっぱいになった頭の片隅で思い出していた。 多分、今日だけではなかったはずだ。昨日も一昨日も、もっと前からずっとだった、とつかさは記憶を掘り返す。 人は成長すればいつかは独り立ちし、家族や友人たちに甘えたりかわいがってもらったり、そういうものから断ち切って行くだろう。これが大人になると言う事なら、大人になんてなりたくない。 これは現実逃避かもしれないとも思いながら、つかさはそう願った。 カサカサ……。 「ヒッ!!」 突然、つかさの背後で何かが動き、草が擦れる音がした。 実はそれが、ここら辺を寝床にしていたのに人間がいて邪魔だなぁ、と猫語で喋っている一匹の三毛猫だとは知らず、つかさは何もかもがパニック状態におちいり、脳味噌がフリーズしてしまい、ムンクの叫び状態のまま暫く一時停止していた。 ガサッ! すると、また別の方角からも音がする。もう何もかもに絶望したつかさの顔は、さながら灰色で目の大きな、グレイタイプの宇宙人のような顔になってしまっていた。 ……ペチャ…… なんの気配もさせないまま、つかさの首筋に何か、冷たく濡れた、とてもいやな感触のものがさわった。 「イヤァァァアァァ―――――――――――――!!!!!!!?」 実はそれが、つかさ自身が持っていた「糸こんにゃくを竿から糸で吊るしたヤツ」がゆらゆら揺れてたまたまつかさの首筋に触れただけだとは知りもしなかった。 物音を聞きパニックになったつかさ。とどめに何か冷たいものが首筋に当たり、完全に混乱していたつかさの瞳に確かに映し出された、ある筈のないもの。 首をぶんぶんと振り回し、景色が上も下かも分からないようにして目の前の情景を否定したが、その視界の中に確かに一瞬だが写った、この松の木に掛かる二本のロープにぶら下がる、まるでコピーのようにお互いがそっくりな、白い肌の二人の少女を。 ロープが二人の首を締め付け、絶対に助かるはずがないと思えた彼女たちと目が会い、にこりと身の毛のよだつ笑顔をしたのを確かにつかさは見たのだった。 一方こちらは先ほどの音の原因であるかがみ。 「はぁ、まったく……。酷いところね……。ひっ、何今の悲鳴!?」 悲鳴にすくみ上がるかがみ、奇声を上げて突進してくるつかさ。二人は運命的で情熱的な再会を果たし、頭突きとも思えるほどに激しく抱き合った。 もちろん、二人ともなにが起こったのかわからないまま、即倒し、意気消沈した。 「遅いな……、まったく。かがみんめ、ビビッて泣いてんじゃないかな~?クヒヒ……」 こちらはこなた。藪に隠れ続けてはや十数分になり、そろそろ蚊が鬱陶しくなり始めていた。昼の間はあまり見かけなかったが、どうしてこうも夜になってウヨウヨし出すのだろう。 いくらなんでも遅いと、こなたは苛立ち始めていた。 いつものように携帯電話を携帯してなかったがために、みゆきと連絡が取れないのは正直痛い。 そういえば蚊はO型の人間の血を好むと聞くけど、O型のみゆきさんは大丈夫だろうかと、少々考えが横道にそれながらも心配になって来た。 スタート地点からここまで普通に歩いて5分で来れる距離の筈だ、いくらなんでも遅すぎると、こなたはいてもたっても居られなくなりスタート地点まで戻る事にした。 途中でつかさとみゆきが待機している筈だが、彼女たちとも合流しながらかがみの様子をうかがおう。 藪を掻き分けすすむこなた。しかし、自分で好き好んで設定した場所でも、いざ夜に一人で歩くとなると実に恐ろしいものだと痛感する。 あの二つ丸みをおびた岩、まるでみゆきの胸をそのままデザインしたかのような岩の裏側に、みゆきが隠れていたはずだった。驚かせないようにそっと懐中電灯でそこを照らしながら、みゆきの名前を呼んだ。 「お~い、みゆきさ~ん」 「あれ?泉さん、どうしましたか?かがみさんがまだ来ていないんですが……」 みゆきが腕をぽりぽり掻いているのを見ながら、手遅れだったかとやや後悔しながらこなたは話を続ける。 「そうなんだよね。私の所にも来てなくて、どうしたのかと思ってさ。みゆきさんの所にも来てないなら、もっと前の方で何かあったんだね、つぎのつかさの居るところまで戻ろう」 こうして二人は大声でかがみを呼びながら、さらにスタート地点に近づいていく。 コースはそれほど長くは無いのだから、よほどおかしな方向へ迷わなければ直ぐに声が届く筈だった。 しかしかがみからの返事は聞こえない。二人の心配はますます増して行った。 「うお!?つかさ、かがみ!?」 こうして、ノックダウンしたつかさとかがみを、二人は発見する事が出来たのだった。 「ひ~い~ら~ぎ~。なあ、宿題見せてくれよ~」 伸び切ったラーメン、いや、そうめんのようにぐてぇとした日下部みさおが、かがみの机にずうずうしくもあごを乗せてかがみに懇願する。 「はぁ?いやよ。あんた昨日も同じ事言ってたじゃないの。ちょっとは学習しなさいよ」 「ちぇ~、ならあやのに見せてもらうからいいぜ。それより柊、ちょっと太った?」 「なっ!?そんなわけないでしょ!?」 「いひひひひひ!冗談だぜ!じゃあな柊!」 チャイムが鳴り、社会の授業が始まる。黒井先生の授業は途中で暴走することがあるので、授業としてどうなんだろうとかがみは疑問に思うのだが、ただ嫌いでもなかったので適当に楽しんで授業を受けていた。 みさおの方はあやのに宿題を見せてもらったようで、何食わぬ顔で平然と授業を受けていた。 これが二時間目で、あと三時間目で昼休みだ。空は透き通るように青く、気持ちのよさそうな風が吹いていた。 チャイムが鳴り、あっという間に二時間目が終わった。次の三時間目はここの担任である桜庭先生の理科の授業なので、理科室まで行かなくてはならない。 理科室に行く途中でみさおに「あかんべ」をされたが、まったく気にする事はなかった。 チャイムが鳴り、三時間目の授業が始まる。桜庭先生が何かを言っている様だが、その言葉一つ一つがただ意味を持たないものに聞こえて、頭の中に情報として何も入って来ようとしない。 しかしそれが不思議な事だとか、これじゃあ授業にならないだとか、もしかして耳が悪くなったのかだとか、そういった事について一切考える事はなく、なにも気にする事はなくなんとなく授業を聞いている。 そう言えば二時間目の黒井先生の授業のときもそうだった気がする。今日の授業で何を習ったのか一切何も覚えていなかった。 今日の朝、何をしていたのかも思い出せない。昨日、何をしていたのかも思い出せない。と言うよりも、思い出そうとする頭が働かず、なんとなく夢心地で何もかもが現実でないように思えてしまう。 桜庭先生が黒板をパンパン叩いていると、突然、理科室の戸が勢いよく開かれるとつかさが、困ったような今にも泣きそうな顔であたりを見回していた。 つかさがかがみと目が合うと、周りの生徒の目線全てを無視して一直線にかがみの直ぐ前まで走り寄り、かがみの腕を強くひっぱる。 「お姉ちゃん!来て!」 かがみは訳もわからないままつかさに引っ張られ、桜庭先生の制止を無視して理科室を抜ける。 それでもなおつかさはかがみを引き、そのまま誰もいない女子トイレへかがみを連れ込んだ。 「お姉ちゃん、私が誰だか分かるよね?」 「つかさでしょ?」 「お姉ちゃん!しっかりして、どうして私たちがここにいるかわかる?」 こんなの時にも今だにぼーっとした顔をするかがみに、つかさは食って掛かった。 「何?なんのこと?」 かがみには悪気はなかった。ただ、なにが起こっているのか理解できない。なぜつかさは授業中に私を連れ出したのか。つかさが何が言いたいのか。 「そんな……。やっぱり、私一人なんだ……。うっく……、うぅ……」 「なんなの?どうしたの?泣いてちゃ分からないじゃない、私に分かるように説明してよ」 「んっ、じゃあ、お姉ちゃん。今まで私たちが何してたか覚えてる……?こなちゃんが企画した肝試し。分かる?」 肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し……。 なんだろう、この懐かしいような、切ないような……。本能が大切なものを思い出さなくてはならないと言っている。 かがみの肩がピクリと動き、青い瞳に真っ赤な炎が灯されたかのように、体中から生命力が溢れ始めたようだった。 つかさはかがみのその様子を、不安そうに眺め続けた。 「そうだ……。私たち、肝試しをしてたのよ!え?どうして?なんで私たちこんな所にいるの?まだ夏休みだったはずじゃない!」 「そうだよっ!お姉ちゃん、思い出してくれたんだっ!こなちゃんたちは知らないって言うの。だから、私がおかしいのかも知れないって思えてきて……」 「大丈夫よつかさ。私も思い出したわ。それよりつかさ、これは一体どうなってるの?」 「私もわかんないよ……。ボーっといろいろ考えてたら、突然思い出して……。このままだったらずっと忘れちゃうところだったよ」 「そうね。肝試しから今日までの思い出がすっぽり抜けてるのよ……。う~ん……、肝試しで、私が最初に肝試しする番で、歩いてて……、それからどうしたから?」 「私も、肝試しをしてて……、そうだ、物音がしたから慌てて走り出したら、何かにぶつかって、それから覚えてないんだ!」 「ん?ぶつかってって言うなら私もだわ。ん?あれ?ぶつかって来たのあんたじゃなかった?」 「ふぇ!?わ、私?う、うーんと、えへへ、そうだったかも……」 つかさは己のあまりの惨めさと、かがみへの申し訳なさでどんどん小さくなっていくようだった。 「ま、いいわ。学校が終わったら、肝試しをしたあの丘に行きましょう」 「う、うん。わかった」 一方こちらは。こなたとみゆき 「あちゃ~、完全に伸びてきってるよ」 「大丈夫でしょうか?」 「いびきまで掻いてるし、寝てるのかな?お~い、かがみん、つかさ~?起きろぉ!……ダメだ、起きない」 「どうしましょう……。ここからなら、小早川さんのお宅が近いですよね?成美さんの自動車で迎えに来てもらえませんか?」 かがみの上につかさがのしかかり、なんとも仲がよさそうに眠っているので、みゆきは二人を起こすのは悪い事のように思えて仕方がなかった。 「仕方ないなあ。ちょっと電話してみるよ……。おぉ?携帯忘れたんだった……、みゆきさん、貸して?」 ここだ、とつかさは思う。 かがみとつかさは学校が終わると、唐突に記憶が途切れてしまった場所である、丘の上の荒野に足を運んでいた。 太陽が傾き、荒野の草木は日に当たる面と影になっている面の明暗がはっきりしており、まるで色を失った白黒画面を観ているようでとても不気味に感じた。 「たしかこっちだよ!私が隠れたのはあの高い松の木なんだ」 「うん。ねえ、つかさ。私たちが今、どうやってここに来たのか、その前に、学校で何の授業をしたのか覚えてる?」 かがみがつかさにトイレまで連れて行かれる直前までの授業も、これと同じように、ぽっかりと授業中に何を学び何が起こったかを忘れているのだ。 いや、忘れているのではない。 「え?電車?たしかこなちゃんたちと一緒に……。ううん、違う。それは前に始めてきたときの思い出だね。今日、どうやって来たの?あれ?思い出せない……。わかんないよぉ!」 「落ち着いてつかさ。私も思い出せないのよ……。まるで、時間と場所を突然ワープさせたみたいで、その継ぎ目がすごく曖昧で、まるで夢の中みたいで」 忘れたのではない。いや、忘れたと言う方が相応しくない。 かがみは、自分たちがここへ移動した、というストーリーが無かったのではないかと思った。授業も、授業中のストーリーが存在していなかったのではないかと。 「お姉ちゃん、ここだよ。ここが私が隠れてた。藪だよ。ほらこの木が目印なんだ……。ここにロープが垂れてるでしょ?」 そう言って、つかさはある重大な記憶を呼び戻した。その情景がフラッシュバックのように、一瞬にして映像が再生され始める。 ロープに首をかけてぶら下がる、二人の少女の、この世のものとは思えない、不気味な笑顔を……。 かがみが何気なく松の木に触ろうとすると、松の木の上から気配がするのに気がついた。 「ダメ、その木に触らないで……」 「何も気づかずに過ごしていれば幸せだったのに、バカなヤツ」 かがみは背中に冷水の血液が流れたかのような、一瞬で体を駆け巡る悪寒を感じ、つかさはなぜ今まで忘れていたのかと後悔した。 松の木の枝に二人の少女が座り、かがみとつかさを見つめていた。 一人は枝の上に立ち、もう一人の背中に体半分を隠しながらオドオドとつかさとかがみの様子を警戒しながら覗いている。 枝に腰掛けているもう一人の勝気な少女は、不適に微笑みながらつかさとかがみを見下ろしていた。 かがみは木の上の二人を驚きながら見つめ、何を言えばいいのか分からなかったが、硬唾をごくりと一つ飲んでから捲くし立てる様に一気に言葉を吐いた。 「なによあなた?あんたたち何か知ってるのよね!?それともあんたたちが私たちをここに連れて来たの?」 「お姉ちゃん……」 勝気な少女は首をかしげながらも、しかし尊大に話した。 「あなたたち、本当に私たちとそっくりだわ……。私たちも双子なのよ?ふふ、懐かしいわ。ここで遊んだのはもう、十年も前の事よ。私の後ろで隠れているのが私の妹よ」 つかさは彼女の後ろに隠れるもう一人の少女が少し前までの、中学生くらいのかがみに隠れる自分に似ているような気がした。 「あの、私たち、どうしちゃったの?」 「ここは、あなたたちの夢の中よ。もっともあなたのお姉さんの方は、うすうす気が付いていたみたいだけどね。あなたの本来の体はまだ丁度この辺りで眠っているわ」 「何がしたいのよ」 「それよ。私たちの体はもう存在しない。だからあなた達の体を借りるのよ。魂は夢の中に閉じ込めて抜け殻になりながらも依然生き続ける体を、私たちは自分の体として使わせてもらうわ。私の妹のために」 少女の妹は、黙ったままこちらを向いている。 ここは夢の中。だから授業を受けても自分の知らない知識は得られないし、現実のように不必要なストーリーはカットされてしまう。 「や、やだよ、そんなの!私、こなちゃんが好きだし、ゆきちゃんも大好きなの。だから、また遊びたいし、おしゃべりしたいよ……」 「ゆ……ちゃん…、だいす……」 こなたが電波を探しながらやぶの奥の方へ歩いていく中で、みゆきは地べたに横たわるつかさとかがみの様子を心配そうに伺っていた。 みゆきは確かに今、つかさが自分の事を大好きだと言っているように聞こえた。 徐徐にみゆきの高校生とは思えないほど出来のいい端整な顔が、あっという間に桃のような髪の毛と同じ色に染まり始め、とてもうれしいような恥ずかしいような、みゆきにはなにか特別感情が芽生えはじめていた。 「夢の中でも出来るじゃない。ここが夢の中なのかそれとも現実なのかなんて、あなたたちに分からない事よ。現実って、見る人によって変わるものだと思うのよ。あなたが見た世界、私が見た世界。どっちが正しいかなんて誰にも分からないのよ」 「違うよ!私は本物のゆきちゃんとこなちゃんに会いたいの!」 「だから言ってるじゃない。夢の中のあなたにとって、本物のお友達は夢の中にいるのよ。現実もそう、あなたが勝手にそれが本物だと認識してるだけで、誰もこれが現実の世界の本物のお友達かなんて証明出来ないのよ?」 「そんな……」 「怖がる事はないは……。あなたが望んだ世界なんだから。永遠に大人になる事がない、ネバーランドなのよ」 「つかさは私が守るのよ!帰りましょう」 「え?う、うん……」 気がついたときには、すでに自分たちの家に帰っていた。 二人の母親も姉たちも、皆何事も無く平然とこの家で暮らしており、あの双子の姉が言うようにこの世界を自分たちが認めてしまえば、完全に世界が入れ替わるだろうとかがみは思った。 普段と変わらない、いつもどおりの生活が実現される。成長せず新しい事も起こらず、永遠に平穏な閉じた世界で暮らして行くのだ。 「おねえちゃん、どうやって帰るの?あの子たち、何言っても聞いてくれないし、少し考えようよ……」 「き……す……よう」 みゆきは確かに今、つかさがキスしようと言っているように聞こえた。 頭の中では白雪姫の物語が、リアルに再現されており、もしかしたら、自分がつかさにキスをすれば目が覚めるのではないかと、みゆきのとても優秀で完璧な脳が訴えている。 しかしお互い女同士であり、本来このような行為をするべきではないことは承知していたが、しかし女の子同士でふざけ合ってキスすると言うのは、たまに見かける行為であり、なにもそれほどまで特別する必要も無かろう。 みゆきはそう、結論付けた。 「あの姉妹、姉が妹のためにこんな事をしてるって言ってたわ」 「うん、私たち今魂だけになってて、あの丘に置き去りの体を乗っ取ろうとしてるんだよね……」 「たぶん、姉の方は私の体を、妹の方があんたの体を取ろうとしてると思うのよ」 「それと、魂だけの私たちが、こっちの世界で生きていないと、現実の肉体が生きていられないらしいね」 「……」 かがみは押し黙ると、何かを決意したような表情のまま母親が立つ台所へと歩み寄る。 つかさにはかがみが何をしようとしているのか想像できなかった。 「つかさ、いままでありがとう。これからもずっと一緒だからね」 かがみの手には、包丁が強く握り締められており、ギラリと輝くその刃先はつかさの方へと向けられていた。 「お、おねえちゃん!?」 「信じて!」 かがみは大きく足を踏み出し、ためらいも無く力強く床を蹴り、目はつかさの目を見つめたまま突進して行った。 つかさはかがみが何をしようとしているのか分からなかったが、かがみが言った、信じてと言う言葉を信じた。 ここまで来るのに長かった。姉と徐徐に疎遠になっていくのがとても辛く、悲しい事だと思っていた。 やっとかがみを信じて、姉の願いを聞き入れる事が出来るのだと、つかさは強く思った。 きっと、あの双子にも自分と同じような事があったのかもしれない。 少女の妹の方は、姉に全てを任して自分は何もせず、ただ甘えているだけに見えて、それが自分と重なるような気がした。 もう、甘えずに、姉を信じ、そして自分も姉のために何かを努力しなくてはと、つかさは思った。 かがみの直ぐ目の前まで迫り、強靭がつかさの腹に触れるまであとほんの10cm、7cm。 人が死ぬ直前は走馬灯と言うものが見えるだとか、過去にあった様々な思い出が次々に脳裏に描かれるだとか、いろいろ言われているが、つかさは今とても時間が長く感じていた。 かがみが目の前でのろのろと自分の方へ近づいてくるのを、目を大きく見開きながら見つめていた。 これが自分の内なる声なのか、天のお告げなのか、それとも双子の声なのか。 「避けて!まだ間に合うよ!」 ~やだ、避けたくない!邪魔しないでよ、私はおねえちゃんを信じてるんだから!~ 「どうして?避けないと死んじゃうんだよ?」 ~何があったって、私はお姉ちゃんのやりたい事を聞き入れたいんだ。甘えてばかりじゃだめなんだ~ 「そう……。私には出来なかった事、あなたなら出来るのかな?」 ~わかんないけど、きっと信じれば、出来ると思う~ 「信じれば……」 こなたは年の離れた従姉妹の成美ゆいに、車を近くまで迎えに来てもらえるよう伝える事が出来た。こんな山奥の偏狭の地を電話で伝えるのにどれだけ苦労しただろう。 やれやれとかがみたちが眠っている現場に駆け寄ると、家政婦(コスプレ喫茶のメイド)は見た! みゆきがつかさの唇まであとほんの10cm、7cm……と徐徐に近づいていく。まさかみゆきの想い人がつかさだったとはと、こなたは今までに無い衝撃を受けた。 事実は小説よりも奇なりという言葉があるが、まさか百合なギャルゲー、いやエロゲー並みの展開が今目の前で行われようとしているとは、まったく考えた事もなかった。 みゆきの顔がますます赤くなり、後ほんの数mmと言うところまで来たとき。 かがみが唸りを上げた。 「う、う~ん。ここは……?」 「ふ、あああぁぁあぁ、おはようございます!かぎゃみさん!だ、大丈夫でしたでしょうか?」 「まぁ……。つかさは?」 「え?べ、べべべ別に、そんなつもりは!許してください!」 こなたはニヤニヤを止めることが出来ず、三人の前には歩み出せなかった。 そんな折につかさも目を覚ました。 「ふぁ~~、お、おはよう……」 「つかさ!無事だったのね。ごめんね、怖かったでしょう?妹が乗っ取るはずの体の魂を危険な目に会わせれば、姉が絶対に何かすると想ったの。本当にごめんなさい、ごめんなさい……」 つかさは実際には妹の子が、夢から出してくれたのだと知っていたが、これはあの子と私だけの秘密にしようと心に決めた。 こうして、二人は無事に何事も無く家に帰る事が出来た。 みゆきの行動はこなたしか知らないが、これからみゆきが期待以上のことをしてくれるはずだと、こなたは待ち望んでいた。 結局、あの双子がなんだったのかはっきりとは分からなかった。 あの丘の松の木で、首吊り自殺をしたのだろうとは、おおよそ検討は付くがいったい二人に何があったのかは知る事は出来なかった。 その日の夜、つかさは夢を見ていた。 双子が仲良く、階段を登っていく夢だった。 双子の姉が言っていた、何が現実で何が夢かは誰にも分からないとは、こういう事だろうと思った。 これが現実だと思えばきっと現実なのだ。 つかさはもう一つの世界を見続けた。 **コメント・感想フォーム 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それはお盆の一歩手前頃、昼でも夜でも関係なく、サウナのように空気の湿気と温度が異常なほど高い日の出来事だった。 双子の姉の方の部屋に女友達が四人集まって、高い気温と湿度に対抗すべくクーラーがうんうんうなりを上げるのをBGMにしながら、わいわいガヤガヤと何をするでもなく何かをしていた。 ちょうどその時は青くて長い髪のちびっ子が、友達の双子に対して、これ以上暑くするなと言いたくなるくらいの熱気のこもった会話をしていた。 「もうさ、インドア派の私にとってはこ~んなに暑いのいやなの!私としてはクーラーをガンガンに効かせた部屋にこもって、ネトゲして、マンガ読んで、積みゲーして、DVD観てるのが一番性にあってるとは思うだけどね」 これに対し、双子の妹の方が黄色いリボンを垂らすほどに深くうなづいて言った。 「そうだね~、私もかんかん照りのお昼に、出掛けようなんて思わないもん。こなちゃんらしいと思うよ」 「うむ、つかさ、賛同ありがとう。そんなぐ~たらな生活も悪くは無いし、実際今までそうやって過ごしてきました。しかし否!夏休みと言うイベントは限られているのです!今年の夏休みは残るは半分しかない!残りの短い期間をどうにか活用したいと思うわけです!」 双子の姉は、ちびっ子のあまりに唐突な言い草に、正直付いていけないな~、と冷ややかな目線を向けながら言った。 「はぁ……、あんたの言う事だからコミケにでも行こうとか言うんでしょう?誘われても行かないからな?」 「かがみ~、それはそれでもちろん付いてきて欲しいとは思ってる訳なんだけど、残念ながら私が今強く思っていることとはまた少し違うのだよ」 丸い眼鏡を掛けた美少女が、双子の姉とは対照的に興味津々とばかりに、眼鏡の下の瞳を、まるで少女マンガのヒロインのようにきらきらと輝かせて言った。 「では、こなたさん。残りの夏休みを使って何をしようと言うんですか?」 するとこなたは、待ってました、と言うように口元がニヤけ、猫のような口の両端が釣り上げていく。 「むふ……、むふふふふふ……。夏休みの恒例行事であり、夏休みを120%楽しみつつ、しかも高い確率でフラグを立てる驚きビックリ行事と言ったら……?はい、みゆきさん?」 突拍子の無いこなたの難問に対して、みゆきはしどろもどろながら答える。 「フ、フラグと言ったら旗ですよね?えーと……。自衛隊の基地祭でしょうか!?」 「いやいや、みゆき。こなたのふざけた質問なんて真面目に答えなくてもいいのよ」 「さすがナイスみゆきさん!GJGJ。でもそうじゃなくてさ、夏と言ったら、そう、肝試しだよ!」 すると、つかさがすかさず眉毛をハの字にして、今にも泣きそうな顔をして震える声で言う。 「え、え~。やだよ~……。私、そういうの苦手だよ」 「ほらほら、泣かないのつかさ。そんなもん、こなた一人でやってればいいのよ」 かがみの、もう関わりたくない、と言いたげな捨てぜりふにもこなたは動じることはなかった。 「え~?みんなやろうよ~。つかさが驚かす役をやってみても良いんだよ?悪戯気分でたまには誰かをビックリさせてみようよ!みゆきさんも、基地祭もいいけど肝試し、やるよね?」 こなたのやる気と誘惑に、つかさとみゆきの魂には何か熱いものが宿りはじめていた。それは外気温などよりも遥かに熱く、メラメラと燃え上がる錯覚を覚えるほどであった。 しかしかがみだけは、やる気にはなれなかった。こなたのやる気は、かがみにはむしろ逆効果のようで、こなたが熱くなれば反対にかがみはどんどん冷たくなる。それはまるで冷蔵庫の中と外のような関係であった。 こなたはそれでもあきらめる気にはならず、子供っぽくかがみの腕を両腕でガシッと掴んだ。 「ねぇえ、かがみ~。一緒に肝試ししよ~うよぉ。たのしいからさ~あぁ」 かがみはまた別のことを考えていた。 こなたに掴まれたかがみの腕が、こなたのぺっちゃんこの胸に当たっていた。その胸があんまりにツルペタで、貧相で、悲しくて、最早かがみは同情せざるをえなかった。 「わかったわよ、付いて行ってあげるわよ……」 日がくれて、嵐が過ぎ去ったかのような疲労感をかがみに残し、みゆきとこなたが去って行った。 「つかさ~?受験が近いんだし、勉強もしなきゃダメよ?あんたただでさえ大学に入れるのか怪しいんだから……」 「う、うん。わかってるよ。でも肝試しおもしろそうだし、気晴らしに行ってもいいよね」 「もう……」 最近、つかさに甘いような気がすると、かがみは思った。 と言うよりも、双子の妹が受験生なら自分も受験生な訳で、簡単に言うと妹の事まで頭が回らない程度にかがみは受験勉強が忙しいのだった。 だからつかさに分からない問題を教えられるほどの余裕はないし、いちいち聞かれるのも鬱陶しいと感じるようになっていた。 つかさもかがみが発するその雰囲気を敏感に感じ取っていて、かがみに対し少なからず距離を置くようになり、今までと様子が違う事に疎外感を感じていた。 勉強は個人の戦いになる。誰かと協力しようとしても、中学の頃と違い理系や文系などの教科の内容のずれの問題があるし、個人のレベルの差があってもいけない。 レベルの高い側は、低い側に勉強を教える事ばかりに労力をささげなくてはならず、自分の学習としては効率が悪い。 つかさとかがみのレベルの違いは大きい。中学の頃なら、目指す高校が同じだったからまだ、その差は大きくは無かったのだが、今は違う大学を目指している。 このレベルの差が、受験勉強という触媒によってかがみとつかさの心の壁を大きくさせていった。 次の日の夕方、こなたを中心とした怪しい女子高生四人組は、小高い丘の上へやって来ていた。 四人の目の前には、うっそうと茂った雑草と、その隙間から背の低い松の木がにょきにょきと生えただけの、一面何も無い荒野が広がっていた。 ここにやって来る際にこなただけが「立入禁止」と書かれた札が立っていた事に気づいたが、話をややこしくしてしまうので、もちろんそんな事は誰にも話さない。 夕日が四人の肌をハチミツ色に染め上げ、若い少女たちの美肌を更に美肌に見せている、様な気がした。 「ここが今日、肝試しの舞台になる場所だよ。多分、こんなのところに人が来るのは、数ヶ月に一度あるかどうかだろうね……。なにかあってもぉ、助けは来ないからねぇ~~~?」 「えぇえぇ……?大丈夫かな。」 気づくとつかさはみゆきの腕を抱きしめていた。いつもなら姉のかがみにする事なのに、無意識のうちにみゆきの腕を抱いていた。 いつものかがみの腕よりもやわらかく、抱けば誰もが幸せになれそうな腕だったが、つかさはかがみを裏切ってしまったような気がして怖かった。 そんなつかさの思いなど知らないこなたは、壮大にして厳戒な計画を遂行しようとしていた。 「みんな、ビックリドッキリな小物は持って来た?」 つかさは慌ててみゆきの腕から離れると、大きな犬の顔の柄がデンと真ん中に描かれたリュックを肩から下ろしはじめる。 「持って来たよこなちゃん!うんしょ……」 「おおっと待った!まだ何を持って来たのかはお互い内緒だよ!肝試しの間、誰がどんな小物を使いどんな策略で、獲物をハンティングするのか!それは各々のスキルとセンスを尊重して、実際に使用されるまでは誰にも打ち明けてはならないのだよ」 こなたの狂人じみた異常なハイテンションに一向に付いて行けないかがみは、もうどうでもいいやと思い始めていた。しかしその考えがこなたに読まれてしまうのもなんだか嫌だった。 この様に、かがみのツンデレの属性は発揮される。 「はいはい、分かったわよ。まだ明るいんだからゆっくりすればいいじゃない」 それから日が完全に暮れるまで、みゆきが持って来ていたレジャーシートに四人は座り、雑談が八で、これからの戦いの計画の話し合いが二の割合で会議をした。 辺りが真っ暗になり、いよいよそれらしい雰囲気を滲み出し始めた荒野。 ちょっと足元に気を付けていないと、腐った死体の腕がガバッと足首をつかみかかって来るかもしれない。ちょっと前を見ていないと、目の前にUFOが降りてきてエイリアンに連れ去られてしまいそうだ。 「う、うぅぅう……。こ、こなちゃんの嘘つき~!」 暗闇に独りぼっちになってしまったつかさは、涙が出るくらい後悔していた。 かがみがもう直ぐここを通って行くため、つかさが持って来た「糸こんにゃくを竿から糸で吊るしたヤツ」を使って脅かさないといけない。 しかし、見つからないようにするため唯一闇を照らせる懐中電灯を付けられず、完全な闇の中でかがみが来るまでの数分間は一人で茂みの中に隠れていなければならない。 つかさの直ぐ隣には、周りの荒野では一際目立つほど、大きく背の高い松の木がそびえていた。何に使われたのかロープが垂れ下がっていて、風でプラプラと揺れ動くのでつかさの恐怖をあおった。 脅かす側ならばこれが当然の事だったのだが、つかさには皆をビックリさせてやろう、という事のみしか頭に無かったため、脅かす側までこんな怖い思いをするとは気が付いていなかった。 「ひう、うぐっ……、お姉ちゃん……」 そうつぶやいてみて、そう言えば今日はかがみと会話らしい会話をほとんどしていなかったなと、恐怖でいっぱいになった頭の片隅で思い出していた。 多分、今日だけではなかったはずだ。昨日も一昨日も、もっと前からずっとだった、とつかさは記憶を掘り返す。 人は成長すればいつかは独り立ちし、家族や友人たちに甘えたりかわいがってもらったり、そういうものから断ち切って行くだろう。これが大人になると言う事なら、大人になんてなりたくない。 これは現実逃避かもしれないとも思いながら、つかさはそう願った。 カサカサ……。 「ヒッ!!」 突然、つかさの背後で何かが動き、草が擦れる音がした。 実はそれが、ここら辺を寝床にしていたのに人間がいて邪魔だなぁ、と猫語で喋っている一匹の三毛猫だとは知らず、つかさは何もかもがパニック状態におちいり、脳味噌がフリーズしてしまい、ムンクの叫び状態のまま暫く一時停止していた。 ガサッ! すると、また別の方角からも音がする。もう何もかもに絶望したつかさの顔は、さながら灰色で目の大きな、グレイタイプの宇宙人のような顔になってしまっていた。 ……ペチャ…… なんの気配もさせないまま、つかさの首筋に何か、冷たく濡れた、とてもいやな感触のものがさわった。 「イヤァァァアァァ―――――――――――――!!!!!!!?」 実はそれが、つかさ自身が持っていた「糸こんにゃくを竿から糸で吊るしたヤツ」がゆらゆら揺れてたまたまつかさの首筋に触れただけだとは知りもしなかった。 物音を聞きパニックになったつかさ。とどめに何か冷たいものが首筋に当たり、完全に混乱していたつかさの瞳に確かに映し出された、ある筈のないもの。 首をぶんぶんと振り回し、景色が上も下かも分からないようにして目の前の情景を否定したが、その視界の中に確かに一瞬だが写った、この松の木に掛かる二本のロープにぶら下がる、まるでコピーのようにお互いがそっくりな、白い肌の二人の少女を。 ロープが二人の首を締め付け、絶対に助かるはずがないと思えた彼女たちと目が会い、にこりと身の毛のよだつ笑顔をしたのを確かにつかさは見たのだった。 一方こちらは先ほどの音の原因であるかがみ。 「はぁ、まったく……。酷いところね……。ひっ、何今の悲鳴!?」 悲鳴にすくみ上がるかがみ、奇声を上げて突進してくるつかさ。二人は運命的で情熱的な再会を果たし、頭突きとも思えるほどに激しく抱き合った。 もちろん、二人ともなにが起こったのかわからないまま、即倒し、意気消沈した。 「遅いな……、まったく。かがみんめ、ビビッて泣いてんじゃないかな~?クヒヒ……」 こちらはこなた。藪に隠れ続けてはや十数分になり、そろそろ蚊が鬱陶しくなり始めていた。昼の間はあまり見かけなかったが、どうしてこうも夜になってウヨウヨし出すのだろう。 いくらなんでも遅いと、こなたは苛立ち始めていた。 いつものように携帯電話を携帯してなかったがために、みゆきと連絡が取れないのは正直痛い。 そういえば蚊はO型の人間の血を好むと聞くけど、O型のみゆきさんは大丈夫だろうかと、少々考えが横道にそれながらも心配になって来た。 スタート地点からここまで普通に歩いて5分で来れる距離の筈だ、いくらなんでも遅すぎると、こなたはいてもたっても居られなくなりスタート地点まで戻る事にした。 途中でつかさとみゆきが待機している筈だが、彼女たちとも合流しながらかがみの様子をうかがおう。 藪を掻き分けすすむこなた。しかし、自分で好き好んで設定した場所でも、いざ夜に一人で歩くとなると実に恐ろしいものだと痛感する。 あの二つ丸みをおびた岩、まるでみゆきの胸をそのままデザインしたかのような岩の裏側に、みゆきが隠れていたはずだった。驚かせないようにそっと懐中電灯でそこを照らしながら、みゆきの名前を呼んだ。 「お~い、みゆきさ~ん」 「あれ?泉さん、どうしましたか?かがみさんがまだ来ていないんですが……」 みゆきが腕をぽりぽり掻いているのを見ながら、手遅れだったかとやや後悔しながらこなたは話を続ける。 「そうなんだよね。私の所にも来てなくて、どうしたのかと思ってさ。みゆきさんの所にも来てないなら、もっと前の方で何かあったんだね、つぎのつかさの居るところまで戻ろう」 こうして二人は大声でかがみを呼びながら、さらにスタート地点に近づいていく。 コースはそれほど長くは無いのだから、よほどおかしな方向へ迷わなければ直ぐに声が届く筈だった。 しかしかがみからの返事は聞こえない。二人の心配はますます増して行った。 「うお!?つかさ、かがみ!?」 こうして、ノックダウンしたつかさとかがみを、二人は発見する事が出来たのだった。 「ひ~い~ら~ぎ~。なあ、宿題見せてくれよ~」 伸び切ったラーメン、いや、そうめんのようにぐてぇとした日下部みさおが、かがみの机にずうずうしくもあごを乗せてかがみに懇願する。 「はぁ?いやよ。あんた昨日も同じ事言ってたじゃないの。ちょっとは学習しなさいよ」 「ちぇ~、ならあやのに見せてもらうからいいぜ。それより柊、ちょっと太った?」 「なっ!?そんなわけないでしょ!?」 「いひひひひひ!冗談だぜ!じゃあな柊!」 チャイムが鳴り、社会の授業が始まる。黒井先生の授業は途中で暴走することがあるので、授業としてどうなんだろうとかがみは疑問に思うのだが、ただ嫌いでもなかったので適当に楽しんで授業を受けていた。 みさおの方はあやのに宿題を見せてもらったようで、何食わぬ顔で平然と授業を受けていた。 これが二時間目で、あと三時間目で昼休みだ。空は透き通るように青く、気持ちのよさそうな風が吹いていた。 チャイムが鳴り、あっという間に二時間目が終わった。次の三時間目はここの担任である桜庭先生の理科の授業なので、理科室まで行かなくてはならない。 理科室に行く途中でみさおに「あかんべ」をされたが、まったく気にする事はなかった。 チャイムが鳴り、三時間目の授業が始まる。桜庭先生が何かを言っている様だが、その言葉一つ一つがただ意味を持たないものに聞こえて、頭の中に情報として何も入って来ようとしない。 しかしそれが不思議な事だとか、これじゃあ授業にならないだとか、もしかして耳が悪くなったのかだとか、そういった事について一切考える事はなく、なにも気にする事はなくなんとなく授業を聞いている。 そう言えば二時間目の黒井先生の授業のときもそうだった気がする。今日の授業で何を習ったのか一切何も覚えていなかった。 今日の朝、何をしていたのかも思い出せない。昨日、何をしていたのかも思い出せない。と言うよりも、思い出そうとする頭が働かず、なんとなく夢心地で何もかもが現実でないように思えてしまう。 桜庭先生が黒板をパンパン叩いていると、突然、理科室の戸が勢いよく開かれるとつかさが、困ったような今にも泣きそうな顔であたりを見回していた。 つかさがかがみと目が合うと、周りの生徒の目線全てを無視して一直線にかがみの直ぐ前まで走り寄り、かがみの腕を強くひっぱる。 「お姉ちゃん!来て!」 かがみは訳もわからないままつかさに引っ張られ、桜庭先生の制止を無視して理科室を抜ける。 それでもなおつかさはかがみを引き、そのまま誰もいない女子トイレへかがみを連れ込んだ。 「お姉ちゃん、私が誰だか分かるよね?」 「つかさでしょ?」 「お姉ちゃん!しっかりして、どうして私たちがここにいるかわかる?」 こんなの時にも今だにぼーっとした顔をするかがみに、つかさは食って掛かった。 「何?なんのこと?」 かがみには悪気はなかった。ただ、なにが起こっているのか理解できない。なぜつかさは授業中に私を連れ出したのか。つかさが何が言いたいのか。 「そんな……。やっぱり、私一人なんだ……。うっく……、うぅ……」 「なんなの?どうしたの?泣いてちゃ分からないじゃない、私に分かるように説明してよ」 「んっ、じゃあ、お姉ちゃん。今まで私たちが何してたか覚えてる……?こなちゃんが企画した肝試し。分かる?」 肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し、肝試し……。 なんだろう、この懐かしいような、切ないような……。本能が大切なものを思い出さなくてはならないと言っている。 かがみの肩がピクリと動き、青い瞳に真っ赤な炎が灯されたかのように、体中から生命力が溢れ始めたようだった。 つかさはかがみのその様子を、不安そうに眺め続けた。 「そうだ……。私たち、肝試しをしてたのよ!え?どうして?なんで私たちこんな所にいるの?まだ夏休みだったはずじゃない!」 「そうだよっ!お姉ちゃん、思い出してくれたんだっ!こなちゃんたちは知らないって言うの。だから、私がおかしいのかも知れないって思えてきて……」 「大丈夫よつかさ。私も思い出したわ。それよりつかさ、これは一体どうなってるの?」 「私もわかんないよ……。ボーっといろいろ考えてたら、突然思い出して……。このままだったらずっと忘れちゃうところだったよ」 「そうね。肝試しから今日までの思い出がすっぽり抜けてるのよ……。う~ん……、肝試しで、私が最初に肝試しする番で、歩いてて……、それからどうしたから?」 「私も、肝試しをしてて……、そうだ、物音がしたから慌てて走り出したら、何かにぶつかって、それから覚えてないんだ!」 「ん?ぶつかってって言うなら私もだわ。ん?あれ?ぶつかって来たのあんたじゃなかった?」 「ふぇ!?わ、私?う、うーんと、えへへ、そうだったかも……」 つかさは己のあまりの惨めさと、かがみへの申し訳なさでどんどん小さくなっていくようだった。 「ま、いいわ。学校が終わったら、肝試しをしたあの丘に行きましょう」 「う、うん。わかった」 一方こちらは。こなたとみゆき 「あちゃ~、完全に伸びてきってるよ」 「大丈夫でしょうか?」 「いびきまで掻いてるし、寝てるのかな?お~い、かがみん、つかさ~?起きろぉ!……ダメだ、起きない」 「どうしましょう……。ここからなら、小早川さんのお宅が近いですよね?成美さんの自動車で迎えに来てもらえませんか?」 かがみの上につかさがのしかかり、なんとも仲がよさそうに眠っているので、みゆきは二人を起こすのは悪い事のように思えて仕方がなかった。 「仕方ないなあ。ちょっと電話してみるよ……。おぉ?携帯忘れたんだった……、みゆきさん、貸して?」 ここだ、とつかさは思う。 かがみとつかさは学校が終わると、唐突に記憶が途切れてしまった場所である、丘の上の荒野に足を運んでいた。 太陽が傾き、荒野の草木は日に当たる面と影になっている面の明暗がはっきりしており、まるで色を失った白黒画面を観ているようでとても不気味に感じた。 「たしかこっちだよ!私が隠れたのはあの高い松の木なんだ」 「うん。ねえ、つかさ。私たちが今、どうやってここに来たのか、その前に、学校で何の授業をしたのか覚えてる?」 かがみがつかさにトイレまで連れて行かれる直前までの授業も、これと同じように、ぽっかりと授業中に何を学び何が起こったかを忘れているのだ。 いや、忘れているのではない。 「え?電車?たしかこなちゃんたちと一緒に……。ううん、違う。それは前に始めてきたときの思い出だね。今日、どうやって来たの?あれ?思い出せない……。わかんないよぉ!」 「落ち着いてつかさ。私も思い出せないのよ……。まるで、時間と場所を突然ワープさせたみたいで、その継ぎ目がすごく曖昧で、まるで夢の中みたいで」 忘れたのではない。いや、忘れたと言う方が相応しくない。 かがみは、自分たちがここへ移動した、というストーリーが無かったのではないかと思った。授業も、授業中のストーリーが存在していなかったのではないかと。 「お姉ちゃん、ここだよ。ここが私が隠れてた。藪だよ。ほらこの木が目印なんだ……。ここにロープが垂れてるでしょ?」 そう言って、つかさはある重大な記憶を呼び戻した。その情景がフラッシュバックのように、一瞬にして映像が再生され始める。 ロープに首をかけてぶら下がる、二人の少女の、この世のものとは思えない、不気味な笑顔を……。 かがみが何気なく松の木に触ろうとすると、松の木の上から気配がするのに気がついた。 「ダメ、その木に触らないで……」 「何も気づかずに過ごしていれば幸せだったのに、バカなヤツ」 かがみは背中に冷水の血液が流れたかのような、一瞬で体を駆け巡る悪寒を感じ、つかさはなぜ今まで忘れていたのかと後悔した。 松の木の枝に二人の少女が座り、かがみとつかさを見つめていた。 一人は枝の上に立ち、もう一人の背中に体半分を隠しながらオドオドとつかさとかがみの様子を警戒しながら覗いている。 枝に腰掛けているもう一人の勝気な少女は、不適に微笑みながらつかさとかがみを見下ろしていた。 かがみは木の上の二人を驚きながら見つめ、何を言えばいいのか分からなかったが、硬唾をごくりと一つ飲んでから捲くし立てる様に一気に言葉を吐いた。 「なによあなた?あんたたち何か知ってるのよね!?それともあんたたちが私たちをここに連れて来たの?」 「お姉ちゃん……」 勝気な少女は首をかしげながらも、しかし尊大に話した。 「あなたたち、本当に私たちとそっくりだわ……。私たちも双子なのよ?ふふ、懐かしいわ。ここで遊んだのはもう、十年も前の事よ。私の後ろで隠れているのが私の妹よ」 つかさは彼女の後ろに隠れるもう一人の少女が少し前までの、中学生くらいのかがみに隠れる自分に似ているような気がした。 「あの、私たち、どうしちゃったの?」 「ここは、あなたたちの夢の中よ。もっともあなたのお姉さんの方は、うすうす気が付いていたみたいだけどね。あなたの本来の体はまだ丁度この辺りで眠っているわ」 「何がしたいのよ」 「それよ。私たちの体はもう存在しない。だからあなた達の体を借りるのよ。魂は夢の中に閉じ込めて抜け殻になりながらも依然生き続ける体を、私たちは自分の体として使わせてもらうわ。私の妹のために」 少女の妹は、黙ったままこちらを向いている。 ここは夢の中。だから授業を受けても自分の知らない知識は得られないし、現実のように不必要なストーリーはカットされてしまう。 「や、やだよ、そんなの!私、こなちゃんが好きだし、ゆきちゃんも大好きなの。だから、また遊びたいし、おしゃべりしたいよ……」 「ゆ……ちゃん…、だいす……」 こなたが電波を探しながらやぶの奥の方へ歩いていく中で、みゆきは地べたに横たわるつかさとかがみの様子を心配そうに伺っていた。 みゆきは確かに今、つかさが自分の事を大好きだと言っているように聞こえた。 徐徐にみゆきの高校生とは思えないほど出来のいい端整な顔が、あっという間に桃のような髪の毛と同じ色に染まり始め、とてもうれしいような恥ずかしいような、みゆきにはなにか特別感情が芽生えはじめていた。 「夢の中でも出来るじゃない。ここが夢の中なのかそれとも現実なのかなんて、あなたたちに分からない事よ。現実って、見る人によって変わるものだと思うのよ。あなたが見た世界、私が見た世界。どっちが正しいかなんて誰にも分からないのよ」 「違うよ!私は本物のゆきちゃんとこなちゃんに会いたいの!」 「だから言ってるじゃない。夢の中のあなたにとって、本物のお友達は夢の中にいるのよ。現実もそう、あなたが勝手にそれが本物だと認識してるだけで、誰もこれが現実の世界の本物のお友達かなんて証明出来ないのよ?」 「そんな……」 「怖がる事はないは……。あなたが望んだ世界なんだから。永遠に大人になる事がない、ネバーランドなのよ」 「つかさは私が守るのよ!帰りましょう」 「え?う、うん……」 気がついたときには、すでに自分たちの家に帰っていた。 二人の母親も姉たちも、皆何事も無く平然とこの家で暮らしており、あの双子の姉が言うようにこの世界を自分たちが認めてしまえば、完全に世界が入れ替わるだろうとかがみは思った。 普段と変わらない、いつもどおりの生活が実現される。成長せず新しい事も起こらず、永遠に平穏な閉じた世界で暮らして行くのだ。 「おねえちゃん、どうやって帰るの?あの子たち、何言っても聞いてくれないし、少し考えようよ……」 「き……す……よう」 みゆきは確かに今、つかさがキスしようと言っているように聞こえた。 頭の中では白雪姫の物語が、リアルに再現されており、もしかしたら、自分がつかさにキスをすれば目が覚めるのではないかと、みゆきのとても優秀で完璧な脳が訴えている。 しかしお互い女同士であり、本来このような行為をするべきではないことは承知していたが、しかし女の子同士でふざけ合ってキスすると言うのは、たまに見かける行為であり、なにもそれほどまで特別する必要も無かろう。 みゆきはそう、結論付けた。 「あの姉妹、姉が妹のためにこんな事をしてるって言ってたわ」 「うん、私たち今魂だけになってて、あの丘に置き去りの体を乗っ取ろうとしてるんだよね……」 「たぶん、姉の方は私の体を、妹の方があんたの体を取ろうとしてると思うのよ」 「それと、魂だけの私たちが、こっちの世界で生きていないと、現実の肉体が生きていられないらしいね」 「……」 かがみは押し黙ると、何かを決意したような表情のまま母親が立つ台所へと歩み寄る。 つかさにはかがみが何をしようとしているのか想像できなかった。 「つかさ、いままでありがとう。これからもずっと一緒だからね」 かがみの手には、包丁が強く握り締められており、ギラリと輝くその刃先はつかさの方へと向けられていた。 「お、おねえちゃん!?」 「信じて!」 かがみは大きく足を踏み出し、ためらいも無く力強く床を蹴り、目はつかさの目を見つめたまま突進して行った。 つかさはかがみが何をしようとしているのか分からなかったが、かがみが言った、信じてと言う言葉を信じた。 ここまで来るのに長かった。姉と徐徐に疎遠になっていくのがとても辛く、悲しい事だと思っていた。 やっとかがみを信じて、姉の願いを聞き入れる事が出来るのだと、つかさは強く思った。 きっと、あの双子にも自分と同じような事があったのかもしれない。 少女の妹の方は、姉に全てを任して自分は何もせず、ただ甘えているだけに見えて、それが自分と重なるような気がした。 もう、甘えずに、姉を信じ、そして自分も姉のために何かを努力しなくてはと、つかさは思った。 かがみの直ぐ目の前まで迫り、強靭がつかさの腹に触れるまであとほんの10cm、7cm。 人が死ぬ直前は走馬灯と言うものが見えるだとか、過去にあった様々な思い出が次々に脳裏に描かれるだとか、いろいろ言われているが、つかさは今とても時間が長く感じていた。 かがみが目の前でのろのろと自分の方へ近づいてくるのを、目を大きく見開きながら見つめていた。 これが自分の内なる声なのか、天のお告げなのか、それとも双子の声なのか。 「避けて!まだ間に合うよ!」 ~やだ、避けたくない!邪魔しないでよ、私はおねえちゃんを信じてるんだから!~ 「どうして?避けないと死んじゃうんだよ?」 ~何があったって、私はお姉ちゃんのやりたい事を聞き入れたいんだ。甘えてばかりじゃだめなんだ~ 「そう……。私には出来なかった事、あなたなら出来るのかな?」 ~わかんないけど、きっと信じれば、出来ると思う~ 「信じれば……」 こなたは年の離れた従姉妹の成美ゆいに、車を近くまで迎えに来てもらえるよう伝える事が出来た。こんな山奥の偏狭の地を電話で伝えるのにどれだけ苦労しただろう。 やれやれとかがみたちが眠っている現場に駆け寄ると、家政婦(コスプレ喫茶のメイド)は見た! みゆきがつかさの唇まであとほんの10cm、7cm……と徐徐に近づいていく。まさかみゆきの想い人がつかさだったとはと、こなたは今までに無い衝撃を受けた。 事実は小説よりも奇なりという言葉があるが、まさか百合なギャルゲー、いやエロゲー並みの展開が今目の前で行われようとしているとは、まったく考えた事もなかった。 みゆきの顔がますます赤くなり、後ほんの数mmと言うところまで来たとき。 かがみが唸りを上げた。 「う、う~ん。ここは……?」 「ふ、あああぁぁあぁ、おはようございます!かぎゃみさん!だ、大丈夫でしたでしょうか?」 「まぁ……。つかさは?」 「え?べ、べべべ別に、そんなつもりは!許してください!」 こなたはニヤニヤを止めることが出来ず、三人の前には歩み出せなかった。 そんな折につかさも目を覚ました。 「ふぁ~~、お、おはよう……」 「つかさ!無事だったのね。ごめんね、怖かったでしょう?妹が乗っ取るはずの体の魂を危険な目に会わせれば、姉が絶対に何かすると想ったの。本当にごめんなさい、ごめんなさい……」 つかさは実際には妹の子が、夢から出してくれたのだと知っていたが、これはあの子と私だけの秘密にしようと心に決めた。 こうして、二人は無事に何事も無く家に帰る事が出来た。 みゆきの行動はこなたしか知らないが、これからみゆきが期待以上のことをしてくれるはずだと、こなたは待ち望んでいた。 結局、あの双子がなんだったのかはっきりとは分からなかった。 あの丘の松の木で、首吊り自殺をしたのだろうとは、おおよそ検討は付くがいったい二人に何があったのかは知る事は出来なかった。 その日の夜、つかさは夢を見ていた。 双子が仲良く、階段を登っていく夢だった。 双子の姉が言っていた、何が現実で何が夢かは誰にも分からないとは、こういう事だろうと思った。 これが現実だと思えばきっと現実なのだ。 つかさはもう一つの世界を見続けた。 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 面白いです。 &br()読みづらいです。 -- 名無しさん (2012-11-03 11:32:33)

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