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 目の前が真っ白になっていく。  それは何かの表現じゃなくて、ただ純粋に一つの色に統一された世界が私に何もかもをわからなくさせただけ。  その袋を開けたとき、確かに私とみなみちゃんは暖かな「何か」に触れたんだと思う。  神様。  居るんだとか居ないんだとか、適当なことをいってごめんなさい。  確かにあなたはそこに居ました。  居たからこそ、私にこの袋を持たせてくれたんだと思います。  でも一つだけ教えてください。  こんな風に私を助けてくれたのなら。    どうして最初からこんなことにならないようにしてくれなかったのですか?  中学までの私はなんというか……そう、単純に不幸だったのかもしれない。  体が弱くて病気になりやすく、学校も早退することが多かった私は、単純に友達が少なかった。  自分の体のことを恨んだことは幾らでもある。  丈夫な体になりたいと思ったことだって幾らでもある。  それは人として当然のことなんだろうと思いたい。  それでも勉強してこなたお姉ちゃんの居るところに行きたかったのは、ただ「知り合いが一人でも居る高校に行きたかった」それだけでした。  中学でそれなりに仲がよかった数少ない友達は、私とは全然違う道へ目標を持って動き出していく中、何も決まらない私はまだ皆についてこうとまでは思うことが出来なかった。  でもそうして受けたこの陵桜で、私の学校生活は驚くほどうまくいっている。  今まで嫌な思いをしたことはたくさんあったけれど、これは神様が私にくれたご褒美なのかもしれない。  田村さんにパティちゃんにみなみちゃん。  時々背が小さくて馬鹿にされることはあっても、驚くくらい体は健康。  ……本当に、何か極端に不幸だなんて思えたことが、あったかどうかも思い出せません。  私に「袋」が届けられたのはそんな時だった。  朝、目覚まし時計と共に起きると、いつもと変わらない光景が家の中にはある。  朝になると日差しが入ってきて、暖められてしまう布団の誘惑から抜け出して部屋を出ると、一緒に住んでいる二人の様子を見に行く。  私は朝が割と早いほうなんだけど……とはいってもその二人にとっては時間なんて些細なものなのかもしれない。 締め切りが近くて体を壊さないだろうかなんて思わせるほどキーボードを叩き続けるおじさん。  平日だというのに、朝までネットゲームをプレイしてへとへとになってるこなたお姉ちゃん。  この分だと今日の朝食担当は私になりそうだ。 「おはよう」  とりあえず朝なので、二人に声を掛けておく。 「ああ、おはよう」 「おひゃよー」  どうやらお姉ちゃんのほうは完全に頭がぼやけているよう。  大学の講義中に寝ていないかどうか最近少し心配かも。  本人はごまかすようなことを言っていたけれど、多分ちょくちょく寝ているんだろう。  朝食は……昨日の晩に作ったお味噌汁を温めて、後は卵を使って何か適当にすればいいや。  鍋に火をつけて適当に卵に野菜を混ぜて玉子とじを作った。 (お味噌汁は……まだちょっとかかるかな)  火が弱すぎたのかもしれない。 (とりあえず新聞でも取りに行こう)  玄関を出るとまだ春だからなのか、太陽があっても体にはあまり心地よくない。  眩しさに一瞬目が眩みはしたが、顔に吹きつけてくる風が私の体を完全に起こしてくれた。 とりあえず早く新聞を取って中に入ろう。  そう思ったときでした。 「……あれ?」  目の前には小さなダンボール。  普通こういうものはサインとかしてから受け取るものなのに……。  宛先を見るとそこにはしっかり「小早川ゆたか様」と書かれている。  お姉ちゃんやおじさんにはこういったものがよく届くけれど、私に届くことなんてほとんどない。  懸賞だって出した覚えはないのだ。  でもこれ凄く怪しいなあ……。 「――いけない! お味噌汁火にかけたままだった!!」  とりあえず新聞と箱を抱えて急いで台所に向かい、その時は荷物のことなんて綺麗さっぱり薄れていく。  箱はリビングの隅の置物になって、そのまま学校が終わって帰るまで忘れられていたのだった。    つまり私にとってはひじょーにどうでもいいものだったのだ。  みなみちゃんがパティちゃん達に冗談でからかわれたり私がそれに助け船を出したらそれでまた何か話の種になったり。  皆と楽しく喋って家に帰った跡にようやく思い出すようなもの。  あー、そういえば何か小包があったなぁ。なんて。  一日中家に居たおじさんが何も言わなかったのが少し不思議だったけれど、とりあえず部屋に持っていって開けてみる。  そこに入っていたのは、薄い緑色の入った小さなお守りのような袋と、一つの手紙。  とりあえずメモ帳のようなものに走り書きされた手紙を読むことにした。 「これはあなたの願いが一つだけ叶う袋です。今だと思ったときに開ければ、あなたがその時一番望んでいることが叶います」  …………。  …………。  …………何を今更。  確かに中学までは体が丈夫だったらいいなーなんて思っていたけれど、今では別にそんなことほとんどどうでもいいことだ。  大体願いが一つだけ叶うなんて、確かに夢はあるけれど実際そんな便利なものがあるわけがない。  でも本当に叶うんだったら、私は何を願っているんだろう。  皆とずっと仲良く居られること?  それとも、今でも体が丈夫になること?  ……身長……も確かに願わなかったわけじゃないけれど。 「考えていても仕方ないよね」  そう、そのとおりだ。 「うん、開けよう」  ……今のは本当に私の言ったこと?  考えている間に手が袋の方に延びていき、年末の宝くじを探るような感覚で口に手をかけた。  ――何かの電子音がする。  これは何のだったっけ。  聞いたことがあるような、ないような曖昧さが逆に不気味な音のようにも思えてしまうその音は、だんだんはっきりと聞こえてきた。  制服のポケットからだ。  そこにはいつも携帯しか入れていないんだから、きっと音の発信源は携帯だろう。  ――あれ? 携帯の音……だよね?  そう、携帯の音――なのだが。  どうして今まで気付かなかったんだろう。  ぼんやりしていた意識が次第にはっきりとしていく。  袋に手をかけたまま止まっている指と、その背景には少し気に入っているもらい物の大きなぬいぐるみ。  確かゲームセンターで六千円ほどかけて取ってきたものだっけ。  私が手探りでポケットの中を探っていた手は、何も無かったように携帯と袋を交換した。  こなたお姉ちゃんからか……。  窓の外は薄めた赤を適当に塗りたくったような、そんな風にだけ見えた。  この時間帯に掛けてくるということは、ご飯は要らないのだろうか。 「はい小早川です」  家の電話と携帯電話のときはきっちりと使い分けている。それはこの家に来たらすぐに習慣にしたことの一つだ。  ……トイレのドアが開いているときは最善の注意を払って進むようにするのも習慣の一つになってしまっている。  こなたお姉ちゃんはどうやら外に居るらしい。車の音や人の声でとてもじゃないが聞き取りづらい。 「もしもし! ゆーちゃん!? 今帰りにみなみちゃんと会って話をしていたんだけれど、みなみちゃんが上から落ちてきたダンボールで頭を打って……えと、いつもゆーちゃんが行く病院に送られたんだけど! 結構やばそうで――」  体中の熱が引いていくのを意識したくなかった。  みなみちゃん――――。 「う、うんわかったすぐ行く!」  制服のまま、私は家を飛び出した。  おじさんに何かを言うのも忘れてしまった。  ごめんなさいおじさん。悪気はなかったんです。事情は後で話しますから。  自転車に飛び乗り、私にこんな荒っぽい運転が出来たのかというほど、速度はぐんぐん上がっていった。  きっとそこの曲がり角を曲がるときに子供が居たら、私は大怪我をさせてしまうだろう。  だから――どうか誰も居ないでください。  そんなことが何度も続く。    ふと、私の中を一つの言葉が駆け抜けていった。 「もしみなみちゃんが死んだら、どうする?」  みなみちゃんが死んでいるわけがない。あんなにも私に気をかけてくれた人が、こんな簡単に死んではいけない。 「だからもしもの話。本当に死んでいたら?」  もしも死んでいたら……?  私は……?」  私は、きっと神様を恨むんじゃないのかなとだけ思う。 「どうして」  簡単だよ……こんなの不公平だ。それ以外に理由なんて何も要らない。 「神様なんてどうせ信じてないじゃない? こんな時だけ信じることの方が、不公平なんじゃないかな?」  そんなの関係ないよ……今はそれよりみなみちゃんが。 「――覚悟、一応決めといたほうがいいんじゃない?」  誰も轢く事無く病院に着く。  玄関を入ったそこには慣れすぎた清潔な空間。  正直この色合いは嫌いだ。  見ているだけで、自分が病人なんだと意味も無く思い知らされてしまうときがあるから。  そしてそれも手伝って、ロビーに集まっているさっき別れた友達の顔をみて、なんとなくわかってしまった。  神様なんて居ない。  つまり、みなみちゃんは――死んでいるか、とても危ない状況なんだ。  そこからのことはあまりよく覚えていない。  急いでみなみちゃんの居る病室に行って、袋を開けただけ。  みんな「奇跡だ」とかなんとか騒いでいたけれど、私は涙が流れていても心の底から流れていくような感覚はしなかった。  看護のお姉さんが「もう大丈夫です」という声が、私の心の中に染み込まれていく。  嬉しかった。 でもそれ以上に、何だか悲しかった。    ――ソレが本当に暖かかったことが、私を戸惑わせたのだろう。  ある日いきなりこの袋が届けられて、すると偶然みなみちゃんが事故にあって、更に偶然私がいつも行く、私がすぐに行ける範囲のところの病院で、その袋を開けたら本当にみなみちゃんが元気になっていって――――。  何だか、私がいいように利用されていて、これはもしかしたら最初から決まっていた筋書きなのではないか――――。 「理屈なんてどうでもいい。みなみちゃんが助かったなら、それでいいじゃない」  違う。  そんな単純な「奇跡」じゃない気がする。  神様は、ただ単に私に意地悪しているだけじゃないのか。 「もしかしたら、神様が守ってくれたのかもしれないよ?」  本当に守るんなら、どうして私にこんな思いをさせるのか。  ……もし本当にこの袋は神様から贈られたものだとしたら。  神様なんて嫌いだ。    どうしてあなたは最初からこんなことにならないようにしてくれなかったのですか?    私の目の前が広がっていく。  今度は光によって染められていくのではなく、ただ純粋に暗い空間が広がっていくのだ。  皆の居た病室が、私とみなみちゃんを残して作り変えられる。  私は何もないはずのところに立っていた。  ガラスの上に立つのと同じ感覚。  しかしそのガラスは非常に薄く、そして脆く思われた。  今たっているこの世界が何かということは簡単にわかる。  これは私の心の世界。  私の手足が私のものであるように、この世界も私の世界だと思うことはたやすい。  無意識のうちに、神様を悪者なんだと決め付けている私も手に取るようにわかってしまった。 みなみちゃんは、私の目の前で同じように何もない場所の上に立っている。  いつもだったらすぐに駆け寄って、必死で体のことを聞いていただろう。  闇になれた私の目は、怪我をしているなんて全く感じさせない(いや、実際は既に完治 していると思われる)一人の人間を見ていた。    どうしてみなみちゃんにこんなことをするの?  どうして最初からなかったことにしてくれなかったの?  どうして私なの?  どうして――――私の中のみなみちゃんは、笑ってくれないの?    目の前のみなみちゃんは、表情なんて何もない。ただ単に立っているだけ。  これが私の心の中なら、この人は私に笑ってくれているはずなのだ。  自分の思ったことをした。  それが神様のせいだと思った。  でもこの人は、そう思う私を認めてくれていないのか。  また世界が作り変えられて、病室に戻る。  病室には私とみなみちゃんしか居なかった。いや、居たとしても私にはただ見えなかっただけなのかもしれない。  私には本物のみなみちゃんしか見えていなかったのだ。  体調を崩したとき、保健室に連れて行ってくれた。  試験のときに、私にハンカチをくれた。  いつも世話になりっぱなしで。  私が助けられることなんて、何一つなくて。  ……でも今回は、私が助けたんじゃない。これは、最初から最後までただの悪戯で、私は何をしたというわけではなく、みなみちゃんも間違ったわけではない。  そう、これはただの事故だ。 「ゆたか」 「……みなみちゃん?」  私を呼ぶ声がする。  かすかに動く唇から、耳元で囁く程度の声。  それでもその動き方で、何を言っているかははっきりとわかる。  ごめんね。それとありがとう。  みなみちゃんは、とてもいい笑顔をしていた。 「―――――――!」  単純に息が止まったとはこのことを言うのだろう。  確かに「ごめんね」と言っているように思えた。  そして……「ありがとう」と。  もしかしたらこの人は、私がしたことを知っているのではないだろうか。  いつも何もかも見通しているようなその目で、今回のことも知っていたのだろうか。  ――いや、私が今日突然荷物を送られてきたように、みなみちゃんにも何かがあったのか。  ……ううん、そんなことはどうでもいい。  この人は謝った。 「心配をかけてごめん」かもしれない。 「迷惑をかけてごめん」かもしれない。 「駆けつけてきてありがとう」かもしれない。  でもきっと違うのだ。  この人は、私が袋を開けたことにはありがとうと言ってくれた。  そして……私が、疑った神様に謝ってくれたのだ。  そうか。  そうだったんだ。  これは、悪戯なんかじゃなかった。  今頃になって、私の頬を伝わる一筋の涙を感じ取ることが出来た。  この袋は、この人を助けるためのものだったのだと、私は確信した。  どうしてあの袋が来たかなんてどうでもいい。  私の心がどこまでクリアになっていく。  神様、嫌いなんて言って、本当にごめんなさい。  私からも謝ります。  そして――。 「助けてくれて、本当にありがとうございました」  私の中のみなみちゃんが、笑った。    もしかしたらこの嬉しさこそが、「私の本当の願い」だったのかもしれない。    あの日から数ヶ月過ぎて、みなみちゃんは無事退院してきた。  今私は家の神棚の前に居る。  あの袋は、神棚の横に供えて返しておいた。  私の心の中では、私の周りに居る皆がとびっきりの笑顔をしている。  だから、もう一度神様に言うのだ。  そして、これからもきっと。  わがままかもしれないけれど、もうしばらく私の言葉を聞いていてください。  神様へ――――――――――。

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