ID:3m519NE0氏:命の輪の支えとなって

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ID:3m519NE0氏:命の輪の支えとなって」(2011/01/18 (火) 21:11:03) の最新版変更点

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<p>「髪、撫でるの好きだね」<br />  もたれかかってされるがまま、俺に髪を撫でさせているこなたがそう言った。<br />  そのこなたに、俺は頷いて見せた。<br />  こなたの長くてボリュームのある髪を撫でるのはなんとなく心地よく、暇さえあれば俺はこうしてこなたの髪を撫でていた。<br />  ふと、俺はこなたがどうしてここまで髪を伸ばしてるのかが気になった。<br /> 「なあこなた、どうしてそこまで髪を伸ばしてるんだ?コレだけ長いと色々大変そうな気もするんだけど」<br />  俺の質問を聞いて、こなたは目を瞑った。<br /> 「お母さんがね、凄く髪が長かったんだ。だから、わたしもできるだけ伸ばしてみようかなって…ちょっとお母さんを真似してみようかなって思ってね」<br /> 「ふーん…そういや、こなたのお母さんって見かけないな。働きに出てるのか?」<br /> 「ううん。死んじゃったんだよ。わたしが凄く小さい頃に」<br /> 「…悪い、へんなこと聞いた」<br />  こなたは目を開けて、俺を真正面から見つめた。<br /> 「気にしなくていいよ。何をどうしても、お母さんがいないことは変えようがないから」<br />  そう言ってこなたは、いつの間にか撫でるのを止めていた俺の手を取って、自分の髪にさわらせた。俺は再びこなたの髪を撫で始める。<br /> 「髪、撫でられるの好きか?」<br />  俺はこなたにそう聞いていた。<br /> 「うん、好き。なんとなく安心できるんだ。人に触れるのも、触れられるのも好きだよ」<br />  こういうのは悪くない。本気でそう思う。こなたと恋人になったことを良かったと、最近は思うようになっていた。<br />  二人の間に流れる優しい時間。<br /> 「人が一生懸命料理してる傍でイチャつくなぁっ!!」<br />  その中で、かがみさんがぶちキレていた。</p> <p><br /> - 命の輪の支えとなって -</p> <p> </p> <p>「まったく…後ろでイチャイチャイチャイチャ、気が散ってしょうがないわよ」<br />  ブツブツと文句を言いながらかがみさんは、皿の上に今日の課題である卵焼きを盛り付けていた。<br /> 「大体アンタね、なんでわたしが料理習いに来てるときに、狙ったようにこなたんち来るのよ」<br />  菜箸で俺を指しながら、かがみさんがそう聞いて来た。<br /> 「そりゃあ…狙ってきてるからなあ。こなたに習いに来る予定日聞いて」<br /> 「…それは何?わたしに喧嘩売ってるわけ?」<br />  かがみさんが思い切りジト目で睨んでくる。視線だけで殺されそうなので、俺は目を逸らしておいた。<br /> 「別に喧嘩売ってるわけじゃなくて、試食で食費が浮くからだよ」<br />  俺の言い訳に、かがみさんがため息をついた。そして、こなたが泣き崩れていた。<br /> 「ダーリンはわたしに会いに来てくれてるんじゃないのね~!かがみの料理が目当てなのね~!」<br />  泣き方とかすごくわざとらしい。<br /> 「もういいから、さっさと食べてみてよ」<br /> 「へーい」<br /> 「ほーい」<br />  かがみさんに促されて、俺達は卵焼きを口に運んだ。<br /> 「………甘っ」<br />  卵焼きの形をした砂糖菓子。そんな感じの味が、口の中に広がった。<br /> 「かがみ…砂糖入れすぎだよ…今日のは大失敗だね」<br />  こなたもうんざりした顔で舌を出している。いつもは小失敗で済むのだが、たまに今日みたいな大失敗が混ざるので、試食はなかなかにスリリングだ。<br /> 「あ、あれ?おかしいなあ…」<br />  かがみさんは不思議そうに首を傾げて、自分の作った卵焼きを口に入れた。<br /> 「…う」<br />  そして、口を押さえて固まった。<br /> 「味見、してるの?」<br />  こなたがそう聞くと、かがみさんは冷や汗を垂らしながら明後日の方向を向いた。<br /> 「…わたしの心の中では」<br /> 「あやまれ。卵を産んでくれたニワトリさんに今すぐあやまれ」<br /> 「…ご、ごめんなさい」<br />  こなたの説教は、その後三十分ほど続いた。</p> <p> </p> <p><br /> 「やほーっ!こなた、ひっさしぶりーっ!」<br />  やたらテンションの高い声がドアの方から聞こえた。正直、そちらを向くのも億劫だ。<br /> 「…あー、ねーさんおひさー」<br />  テーブルに突っ伏したまま、こなたがだるそうに挨拶をする。かがみさんも手を上げて何か言おうとしてたが、途中で力尽きて手を下ろした。<br />  かがみさん特製の激甘卵焼きは、予想以上の破壊力で俺たちを叩き伏せてくれていた。よく完食できたもんだ。<br /> 「…で、誰だ?」<br />  顔だけこなたの方に向けて、俺はそう聞いた。ねーさんとか言ってたから、身内ではあるんだろう。<br /> 「従姉妹の成美ゆい。ゆーちゃんのお姉さんなんだよ」<br />  成美さんの方を見てみると、半分気絶してるかがみさんの頬をぷにぷにとつついていた。<br />  反応の無いかがみさんに飽きたのか、今度は俺の顔を至近距離で覗き込んできた。<br /> 「な、なんですか?」<br />  思わず顔を上げ、後ずさってしまう。<br /> 「もしかして、君がアレ?噂に聞くこなたの旦那?」<br />  違います。<br /> 「きよたかさんほどじゃないけど、まあまあいい男だねー」<br />  誰ですか。<br /> 「ねーさん、わたし達まだ結婚してないよ」<br />  こなたが困ったように成美さんにそう言った。こなたも彼女のことは持て余し気味なのだろうか。<br /> 「あれ?そうなんだ?んー、ま、いっか…わたしのことは気軽にゆいねーさんと呼んでくれたまへ」<br />  血縁でもないのに、ねーさんは無いと思う。<br /> 「よろしく、成美さん」<br /> 「こなた~、あんたの旦那さん反抗期だよ~」<br />  俺の呼び方が相当不満だったのか、成美さんはこなたに泣きついていた。</p> <p><br />  こなたの家からの帰り道、俺はずっと一つのことを考えていた。<br />  結婚。<br />  こなたと付き合い続けていれば、いずれはそうなるのだろうか。<br />  なんだか、全然実感が湧かない。<br />  上手くいってるとは思う。<br />  しかし、何かが足りないと俺は思っていた。</p> <p> そして、数ヵ月後。それは突然やってきた。</p> <p> </p> <p><br /> 「結婚しよう」<br />  こなたは真剣な顔でそう言った。<br />  あまりにも唐突過ぎて、俺は何か言うのすら忘れていた。<br /> 「…な、何か言ってよ…不安になっちゃうよ…」<br /> 「あ、ああ…悪い…」<br />  しかし、何をどう言えば良いのだろうか?<br />  結婚ってのは人生の大事な決断じゃなかったのか?<br />  付き合い始めて、まだ半年しか経ってないのに、なんでまた急に?<br />  色んな疑問が頭を渦巻く中で、俺は告白を受けたときに感じた疑問を思い出していた。<br /> 「…何で、俺なんだ?」<br />  気が付くと、俺はそれを口に出していた。<br />  こなたはしばらく目を瞑って考えていた。<br /> 「一目惚れ…かな?」<br />  こなたは目を開けて、そう答えた。<br /> 「見かけてから、ちょっと気になってた。そういう勘には自信があるんだ。そんで、一か八かで告白してから本気になった…ホントはね、違う台詞を用意してたんだ」<br /> 「台詞?」<br /> 「うん、告白の時の台詞」<br />  あのとんでもない台詞か。<br /> 「ダーリンの顔見たら、頭ん中全部飛んじゃって、何か言わなきゃって思って、出たのがあの台詞。わたしが今まで聞いた中で、インパクトのあった台詞…あれ、わたしのお父さんが、お母さんに使った告白台詞なんだよ」<br />  どうにも、とんでもない親子だ。<br /> 「わたし、絶対にダメだって思った。お互い何にも知らないのに、あんな台詞絶対無いって思った」<br />  確かに、普通は思い切り引くだろうな。<br /> 「…でも、ダーリンは付き合うって言ってくれた。だから、わたしは思ったんだ…この人なら、わたしを受け容れてくれるんじゃないかって…わたしが普通の女の子とはズレてるって事くらいは、分かってるからさ…」<br />  胸の中がモヤモヤする。あの時、俺はそんな深く考えて答えたわけじゃない。<br /> 「わたしからも一つ聞いていい?」<br />  こなたの言葉に、俺は頷いた。<br /> 「ダーリンはさ、どうしてわたしと付き合ってくれたの?…それだけじゃない。わたしの言う事は、大抵きいてくれる。冗談で言ってるようなこと以外は、なんだって受け容れてくれてる…どうして?」<br />  俺は答えに困った。そんな事は考えたこと無かった。それでも、無理矢理答えを出すとすれば、多分こうじゃないだろうか。<br /> 「こなたの事が好きだから…かな」<br /> 「…それだけ?」<br />  こなたがキョトンとしている。長さか内容か、どっちかが予想外だったのだろう。<br /> 「うん、それだけ」<br />  言葉にしてしまえば、それが正しいと思えた。<br /> 「多分、俺も一目惚れだったんじゃないかな。入学した時から気にはなってたからな」<br /> 「そっか…そうだったんだ………あっ」<br />  こなたが何かに気が付いたような声を上げ、急にモジモジとしだした。<br /> 「どうしたんだ?」<br /> 「え、えっと…初めてじゃないかなって…ダーリンがわたしのこと好きって言ってくれたの…」<br />  そう言われれば、そうかもしれない。<br /> 「でも、それを言うならこなただって、俺の事好きだって言ったこと無いぞ」<br /> 「あ、あれ?そうだっけ?…え、えっと…それじゃ、その…わたしも、ダーリンのこと…す、好きだよ」<br />  言った直後にこなたの顔が真っ赤になる。許容量を超え、今にも転がりだしそうになったこなたを、俺は抱きしめていた。</p> <p>「…それで、結婚の話だったな」<br /> 「…うん」<br />  俺に抱きしめられることで、こなたは落ち着きを取り戻していた。正直、俺も床を転げまわりたいと思っていたが、こなたを抱きしめることで耐えることが出来ていた。<br />  俺の中で、足りないものが埋まっていく感じがした。<br /> 「どうして急に、結婚なんて考えたんだ?」<br /> 「えっとね…夢が出来たんだ。どうしても叶えたい夢。それで、そのためにあなたが必要なんだよ」<br />  必要だという言葉は、素直に嬉しかった。<br /> 「我儘…かな?」<br /> 「いや、問題ないよ。それくらい」<br /> 「…わたしの夢がなんなのか、聞かないんだね」<br /> 「こなたの夢がなんであれ、俺の答えは変わらないと思うよ…こなたの事が好きだから」<br /> 「う、うん…そっか…そうなんだ…」<br />  こなたが俺の身体を強く抱きしめ返してきた。その存在感が、とても心地よい。<br /> 「…結婚、しよう」<br /> 「…うん」<br />  しばらく、そのまま抱き合い…こなたは急にプッと噴出した。<br /> 「なんだよ…」<br /> 「ご、ごめん…なんだかわたし達って滅茶苦茶だなって…」<br /> 「…そうだな」<br />  でも、俺達らしいとは思う。</p> <p> </p> <p><br /> 「さてダーリン、この難関を無事に突破しないと駄目なわけですが…」<br /> 「まあ、なるようになるだろう…」<br />  俺とこなたは、泉家の居間でその難関…こなたの親父さんを待っていた。<br />  交際を認めてもらうときはあっさりしたものだったが、今回はものが違う。<br /> 「…最悪『俺の屍を越えていけ!』とか言われるかも」<br />  こなたが物騒なことを言ってきた。<br /> 「…それじゃ、遺体を埋める場所を考えないとな」<br />  俺は物騒なことを言い返していた。<br /> 「おまたせ。で、話って何だい?」<br />  ガチガチに緊張している俺たちの前に、問題の難関が現れた。<br /> 「え、えっとね、お父さん…あの…」<br />  こなたが勇気とか色々なものを振り絞って、親父さんに向かい話を切り出した。</p> <p>「そうか。まあ、良いんじゃないかな」<br />  あっさりとした返事。今度ばかりは、俺もこなたと一緒に椅子から転げ落ちていた。<br /> 「…お、お父さん…ホントにいいの?結婚だよ?」<br />  こなたがヨロヨロと立ち上がりながら、親父さんにそう聞いた。<br /> 「ああ、結婚だろ?二人で決めたことなんだったら、俺がそれに口挟むことは無いよ」<br />  なんだかあっさりしすぎてて、逆に不安になる。<br /> 「…と、言いたいが、一つだけ条件がある」<br />  やっぱり何かあったか。親父さんは俺の方を見た。思わず身構えてしまう。<br /> 「この泉家に婿入りして、この家に住むこと。それが条件だ」<br />  身構えるほどの条件じゃなかった。<br /> 「えっと…それだけ?」<br /> 「ああ…こなたが家出て行くのは耐えられんわ」<br />  唖然としながら聞くこなたに、親父さんは恥ずかしそうに頭をかきながら答えた。<br /> 「…難関、クリアしちゃったね」<br /> 「…みたいだな」<br />  あっさりしすぎて、全然実感が湧かない。<br /> 「まあ、いいや…めでたい日だし、今日の晩御飯思いっきり張り切るよ」<br />  こなたがウキウキとキッチンの方に向かう。そして、ドアに手をかけたところで俺の方を向いた。<br /> 「ダーリンも食べてくでしょ?」<br /> 「ん…そうだな。そうさせてもらうよ」<br />  俺はそう答え、何か手伝おうと床から立ち上がった。<br /> 「あ、ちょっといいかな?」<br />  ドアに向かおうとしたところで、親父さんに呼び止められた。<br /> 「なんでしょう?」<br />  俺は足を止め、親父さんの方を向いた。<br /> 「…こなたを支えてやってくれるか?」<br />  真剣な顔。真剣な声。俺は、思わず姿勢を正していた。<br /> 「親の俺がいうのもなんだけど、色々大変な娘だよ。でも、見捨てずに最後まで見ててやって欲しい…親の我儘だとは思うが、こなたをよろしく頼む」<br />  そう言って、親父さんは深く頭を下げた。<br /> 「…はい」<br />  俺は、それに負けないくらい深く頭を下げて答えた。</p> <p> </p> <p>「お父さんと何話してたの?」<br />  晩御飯の準備を手伝う俺に、こなたがそう聞いて来た。<br /> 「娘を頼むってさ」<br /> 「お父さんが…ふーん」<br />  こなたはなにか感心したように頷いていた。<br /> 「どうかしたか?」<br /> 「ん、いやね…お父さん飄々としてたけど、ホントは凄く思い切った決断だったんじゃないかなって」<br /> 「…そうなのか?」<br /> 「うん…わたしのお母さんが死んでから、お父さんは男手一つでわたしをここまで育ててくれたんだ。大変なことも色々あったんだろうけど、わたしのこと大事にしてくれた」<br />  その大事なこなたと、俺は夫婦になろうとしているんだ。<br /> 「だから、その大事なものを譲られるって事、役目を託されるってことは凄いことなんじゃないかな?…って、わたしが言うと、自画自賛になっちゃうかな…」<br />  俺は、その重さを初めて意識した。<br />  俺に出来るだろうか?今更ながら、少しばかりの不安がよぎる。<br /> 「…どったの?」<br />  こなたが俺の顔を覗き込んでいた。<br /> 「いや、なんでもないよ…こなた」<br /> 「ん、なに?」<br /> 「幸せになろうな」<br /> 「そりゃ勿論」<br />  こなたがニコッと笑う。<br />  その笑顔だけで、全ての不安を越えられる気がした。</p> <p><br />  それからしばらくして、俺の名字は『泉』となった。</p> <p><br /> - つづく -</p>
<p>「髪、撫でるの好きだね」<br />  もたれかかってされるがまま、俺に髪を撫でさせているこなたがそう言った。<br />  そのこなたに、俺は頷いて見せた。<br />  こなたの長くてボリュームのある髪を撫でるのはなんとなく心地よく、暇さえあれば俺はこうしてこなたの髪を撫でていた。<br />  ふと、俺はこなたがどうしてここまで髪を伸ばしてるのかが気になった。<br /> 「なあこなた、どうしてそこまで髪を伸ばしてるんだ?コレだけ長いと色々大変そうな気もするんだけど」<br />  俺の質問を聞いて、こなたは目を瞑った。<br /> 「お母さんがね、凄く髪が長かったんだ。だから、わたしもできるだけ伸ばしてみようかなって…ちょっとお母さんを真似してみようかなって思ってね」<br /> 「ふーん…そういや、こなたのお母さんって見かけないな。働きに出てるのか?」<br /> 「ううん。死んじゃったんだよ。わたしが凄く小さい頃に」<br /> 「…悪い、へんなこと聞いた」<br />  こなたは目を開けて、俺を真正面から見つめた。<br /> 「気にしなくていいよ。何をどうしても、お母さんがいないことは変えようがないから」<br />  そう言ってこなたは、いつの間にか撫でるのを止めていた俺の手を取って、自分の髪にさわらせた。俺は再びこなたの髪を撫で始める。<br /> 「髪、撫でられるの好きか?」<br />  俺はこなたにそう聞いていた。<br /> 「うん、好き。なんとなく安心できるんだ。人に触れるのも、触れられるのも好きだよ」<br />  こういうのは悪くない。本気でそう思う。こなたと恋人になったことを良かったと、最近は思うようになっていた。<br />  二人の間に流れる優しい時間。<br /> 「人が一生懸命料理してる傍でイチャつくなぁっ!!」<br />  その中で、かがみさんがぶちキレていた。</p> <p><br /> - 命の輪の支えとなって -</p> <p> </p> <p>「まったく…後ろでイチャイチャイチャイチャ、気が散ってしょうがないわよ」<br />  ブツブツと文句を言いながらかがみさんは、皿の上に今日の課題である卵焼きを盛り付けていた。<br /> 「大体アンタね、なんでわたしが料理習いに来てるときに、狙ったようにこなたんち来るのよ」<br />  菜箸で俺を指しながら、かがみさんがそう聞いて来た。<br /> 「そりゃあ…狙ってきてるからなあ。こなたに習いに来る予定日聞いて」<br /> 「…それは何?わたしに喧嘩売ってるわけ?」<br />  かがみさんが思い切りジト目で睨んでくる。視線だけで殺されそうなので、俺は目を逸らしておいた。<br /> 「別に喧嘩売ってるわけじゃなくて、試食で食費が浮くからだよ」<br />  俺の言い訳に、かがみさんがため息をついた。そして、こなたが泣き崩れていた。<br /> 「ダーリンはわたしに会いに来てくれてるんじゃないのね~!かがみの料理が目当てなのね~!」<br />  泣き方とかすごくわざとらしい。<br /> 「もういいから、さっさと食べてみてよ」<br /> 「へーい」<br /> 「ほーい」<br />  かがみさんに促されて、俺達は卵焼きを口に運んだ。<br /> 「………甘っ」<br />  卵焼きの形をした砂糖菓子。そんな感じの味が、口の中に広がった。<br /> 「かがみ…砂糖入れすぎだよ…今日のは大失敗だね」<br />  こなたもうんざりした顔で舌を出している。いつもは小失敗で済むのだが、たまに今日みたいな大失敗が混ざるので、試食はなかなかにスリリングだ。<br /> 「あ、あれ?おかしいなあ…」<br />  かがみさんは不思議そうに首を傾げて、自分の作った卵焼きを口に入れた。<br /> 「…う」<br />  そして、口を押さえて固まった。<br /> 「味見、してるの?」<br />  こなたがそう聞くと、かがみさんは冷や汗を垂らしながら明後日の方向を向いた。<br /> 「…わたしの心の中では」<br /> 「あやまれ。卵を産んでくれたニワトリさんに今すぐあやまれ」<br /> 「…ご、ごめんなさい」<br />  こなたの説教は、その後三十分ほど続いた。</p> <p> </p> <p><br /> 「やほーっ!こなた、ひっさしぶりーっ!」<br />  やたらテンションの高い声がドアの方から聞こえた。正直、そちらを向くのも億劫だ。<br /> 「…あー、ねーさんおひさー」<br />  テーブルに突っ伏したまま、こなたがだるそうに挨拶をする。かがみさんも手を上げて何か言おうとしてたが、途中で力尽きて手を下ろした。<br />  かがみさん特製の激甘卵焼きは、予想以上の破壊力で俺たちを叩き伏せてくれていた。よく完食できたもんだ。<br /> 「…で、誰だ?」<br />  顔だけこなたの方に向けて、俺はそう聞いた。ねーさんとか言ってたから、身内ではあるんだろう。<br /> 「従姉妹の成美ゆい。ゆーちゃんのお姉さんなんだよ」<br />  成美さんの方を見てみると、半分気絶してるかがみさんの頬をぷにぷにとつついていた。<br />  反応の無いかがみさんに飽きたのか、今度は俺の顔を至近距離で覗き込んできた。<br /> 「な、なんですか?」<br />  思わず顔を上げ、後ずさってしまう。<br /> 「もしかして、君がアレ?噂に聞くこなたの旦那?」<br />  違います。<br /> 「きよたかさんほどじゃないけど、まあまあいい男だねー」<br />  誰ですか。<br /> 「ねーさん、わたし達まだ結婚してないよ」<br />  こなたが困ったように成美さんにそう言った。こなたも彼女のことは持て余し気味なのだろうか。<br /> 「あれ?そうなんだ?んー、ま、いっか…わたしのことは気軽にゆいねーさんと呼んでくれたまへ」<br />  血縁でもないのに、ねーさんは無いと思う。<br /> 「よろしく、成美さん」<br /> 「こなた~、あんたの旦那さん反抗期だよ~」<br />  俺の呼び方が相当不満だったのか、成美さんはこなたに泣きついていた。</p> <p><br />  こなたの家からの帰り道、俺はずっと一つのことを考えていた。<br />  結婚。<br />  こなたと付き合い続けていれば、いずれはそうなるのだろうか。<br />  なんだか、全然実感が湧かない。<br />  上手くいってるとは思う。<br />  しかし、何かが足りないと俺は思っていた。</p> <p> そして、それからしばらくして、こなたと付き合いはじめて丁度二年が過ぎた頃、それは突然やってきた。</p> <p> </p> <p><br /> 「結婚しよう」<br />  こなたは真剣な顔でそう言った。<br />  あまりにも唐突過ぎて、俺は何か言うのすら忘れていた。<br /> 「…な、何か言ってよ…不安になっちゃうよ…」<br /> 「あ、ああ…悪い…」<br />  しかし、何をどう言えば良いのだろうか?<br />  結婚ってのは人生の大事な決断じゃなかったのか?<br />  付き合い始めて、まだ半年しか経ってないのに、なんでまた急に?<br />  色んな疑問が頭を渦巻く中で、俺は告白を受けたときに感じた疑問を思い出していた。<br /> 「…何で、俺なんだ?」<br />  気が付くと、俺はそれを口に出していた。<br />  こなたはしばらく目を瞑って考えていた。<br /> 「一目惚れ…かな?」<br />  こなたは目を開けて、そう答えた。<br /> 「見かけてから、ちょっと気になってた。そういう勘には自信があるんだ。そんで、一か八かで告白してから本気になった…ホントはね、違う台詞を用意してたんだ」<br /> 「台詞?」<br /> 「うん、告白の時の台詞」<br />  あのとんでもない台詞か。<br /> 「ダーリンの顔見たら、頭ん中全部飛んじゃって、何か言わなきゃって思って、出たのがあの台詞。わたしが今まで聞いた中で、インパクトのあった台詞…あれ、わたしのお父さんが、お母さんに使った告白台詞なんだよ」<br />  どうにも、とんでもない親子だ。<br /> 「わたし、絶対にダメだって思った。お互い何にも知らないのに、あんな台詞絶対無いって思った」<br />  確かに、普通は思い切り引くだろうな。<br /> 「…でも、ダーリンは付き合うって言ってくれた。だから、わたしは思ったんだ…この人なら、わたしを受け容れてくれるんじゃないかって…わたしが普通の女の子とはズレてるって事くらいは、分かってるからさ…」<br />  胸の中がモヤモヤする。あの時、俺はそんな深く考えて答えたわけじゃない。<br /> 「わたしからも一つ聞いていい?」<br />  こなたの言葉に、俺は頷いた。<br /> 「ダーリンはさ、どうしてわたしと付き合ってくれたの?…それだけじゃない。わたしの言う事は、大抵きいてくれる。冗談で言ってるようなこと以外は、なんだって受け容れてくれてる…どうして?」<br />  俺は答えに困った。そんな事は考えたこと無かった。それでも、無理矢理答えを出すとすれば、多分こうじゃないだろうか。<br /> 「こなたの事が好きだから…かな」<br /> 「…それだけ?」<br />  こなたがキョトンとしている。長さか内容か、どっちかが予想外だったのだろう。<br /> 「うん、それだけ」<br />  言葉にしてしまえば、それが正しいと思えた。<br /> 「多分、俺も一目惚れだったんじゃないかな。入学した時から気にはなってたからな」<br /> 「そっか…そうだったんだ………あっ」<br />  こなたが何かに気が付いたような声を上げ、急にモジモジとしだした。<br /> 「どうしたんだ?」<br /> 「え、えっと…初めてじゃないかなって…ダーリンがわたしのこと好きって言ってくれたの…」<br />  そう言われれば、そうかもしれない。<br /> 「でも、それを言うならこなただって、俺の事好きだって言ったこと無いぞ」<br /> 「あ、あれ?そうだっけ?…え、えっと…それじゃ、その…わたしも、ダーリンのこと…す、好きだよ」<br />  言った直後にこなたの顔が真っ赤になる。許容量を超え、今にも転がりだしそうになったこなたを、俺は抱きしめていた。</p> <p>「…それで、結婚の話だったな」<br /> 「…うん」<br />  俺に抱きしめられることで、こなたは落ち着きを取り戻していた。正直、俺も床を転げまわりたいと思っていたが、こなたを抱きしめることで耐えることが出来ていた。<br />  俺の中で、足りないものが埋まっていく感じがした。<br /> 「どうして急に、結婚なんて考えたんだ?」<br /> 「えっとね…夢が出来たんだ。どうしても叶えたい夢。それで、そのためにあなたが必要なんだよ」<br />  必要だという言葉は、素直に嬉しかった。<br /> 「我儘…かな?」<br /> 「いや、問題ないよ。それくらい」<br /> 「…わたしの夢がなんなのか、聞かないんだね」<br /> 「こなたの夢がなんであれ、俺の答えは変わらないと思うよ…こなたの事が好きだから」<br /> 「う、うん…そっか…そうなんだ…」<br />  こなたが俺の身体を強く抱きしめ返してきた。その存在感が、とても心地よい。<br /> 「…結婚、しよう」<br /> 「…うん」<br />  しばらく、そのまま抱き合い…こなたは急にプッと噴出した。<br /> 「なんだよ…」<br /> 「ご、ごめん…なんだかわたし達って滅茶苦茶だなって…」<br /> 「…そうだな」<br />  でも、俺達らしいとは思う。</p> <p> </p> <p><br /> 「さてダーリン、この難関を無事に突破しないと駄目なわけですが…」<br /> 「まあ、なるようになるだろう…」<br />  俺とこなたは、泉家の居間でその難関…こなたの親父さんを待っていた。<br />  交際を認めてもらうときはあっさりしたものだったが、今回はものが違う。<br /> 「…最悪『俺の屍を越えていけ!』とか言われるかも」<br />  こなたが物騒なことを言ってきた。<br /> 「…それじゃ、遺体を埋める場所を考えないとな」<br />  俺は物騒なことを言い返していた。<br /> 「おまたせ。で、話って何だい?」<br />  ガチガチに緊張している俺たちの前に、問題の難関が現れた。<br /> 「え、えっとね、お父さん…あの…」<br />  こなたが勇気とか色々なものを振り絞って、親父さんに向かい話を切り出した。</p> <p>「そうか。まあ、良いんじゃないかな」<br />  あっさりとした返事。今度ばかりは、俺もこなたと一緒に椅子から転げ落ちていた。<br /> 「…お、お父さん…ホントにいいの?結婚だよ?」<br />  こなたがヨロヨロと立ち上がりながら、親父さんにそう聞いた。<br /> 「ああ、結婚だろ?二人で決めたことなんだったら、俺がそれに口挟むことは無いよ」<br />  なんだかあっさりしすぎてて、逆に不安になる。<br /> 「…と、言いたいが、一つだけ条件がある」<br />  やっぱり何かあったか。親父さんは俺の方を見た。思わず身構えてしまう。<br /> 「この泉家に婿入りして、この家に住むこと。それが条件だ」<br />  身構えるほどの条件じゃなかった。<br /> 「えっと…それだけ?」<br /> 「ああ…こなたが家出て行くのは耐えられんわ」<br />  唖然としながら聞くこなたに、親父さんは恥ずかしそうに頭をかきながら答えた。<br /> 「…難関、クリアしちゃったね」<br /> 「…みたいだな」<br />  あっさりしすぎて、全然実感が湧かない。<br /> 「まあ、いいや…めでたい日だし、今日の晩御飯思いっきり張り切るよ」<br />  こなたがウキウキとキッチンの方に向かう。そして、ドアに手をかけたところで俺の方を向いた。<br /> 「ダーリンも食べてくでしょ?」<br /> 「ん…そうだな。そうさせてもらうよ」<br />  俺はそう答え、何か手伝おうと床から立ち上がった。<br /> 「あ、ちょっといいかな?」<br />  ドアに向かおうとしたところで、親父さんに呼び止められた。<br /> 「なんでしょう?」<br />  俺は足を止め、親父さんの方を向いた。<br /> 「…こなたを支えてやってくれるか?」<br />  真剣な顔。真剣な声。俺は、思わず姿勢を正していた。<br /> 「親の俺がいうのもなんだけど、色々大変な娘だよ。でも、見捨てずに最後まで見ててやって欲しい…親の我儘だとは思うが、こなたをよろしく頼む」<br />  そう言って、親父さんは深く頭を下げた。<br /> 「…はい」<br />  俺は、それに負けないくらい深く頭を下げて答えた。</p> <p> </p> <p>「お父さんと何話してたの?」<br />  晩御飯の準備を手伝う俺に、こなたがそう聞いて来た。<br /> 「娘を頼むってさ」<br /> 「お父さんが…ふーん」<br />  こなたはなにか感心したように頷いていた。<br /> 「どうかしたか?」<br /> 「ん、いやね…お父さん飄々としてたけど、ホントは凄く思い切った決断だったんじゃないかなって」<br /> 「…そうなのか?」<br /> 「うん…わたしのお母さんが死んでから、お父さんは男手一つでわたしをここまで育ててくれたんだ。大変なことも色々あったんだろうけど、わたしのこと大事にしてくれた」<br />  その大事なこなたと、俺は夫婦になろうとしているんだ。<br /> 「だから、その大事なものを譲られるって事、役目を託されるってことは凄いことなんじゃないかな?…って、わたしが言うと、自画自賛になっちゃうかな…」<br />  俺は、その重さを初めて意識した。<br />  俺に出来るだろうか?今更ながら、少しばかりの不安がよぎる。<br /> 「…どったの?」<br />  こなたが俺の顔を覗き込んでいた。<br /> 「いや、なんでもないよ…こなた」<br /> 「ん、なに?」<br /> 「幸せになろうな」<br /> 「そりゃ勿論」<br />  こなたがニコッと笑う。<br />  その笑顔だけで、全ての不安を越えられる気がした。</p> <p><br />  それからしばらくして、俺の名字は『泉』となった。</p> <p><br /> - つづく -</p>

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