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「時は来た!いよいよわたしが女となるときが来たのよ!今日この日の為に練習に練習を重ねたこのクッキーを持って、こなたの元へと!八百万の神々よ!わたしに力を!勇気を!勝利を!」
「…ねえまつり、かがみは社の前で何をやってるのかしら」
「…出陣式…かな…感じ的に」
‐ スイートホワイトデー ‐
三月十四日。泉家の玄関前。
「ゆ、ゆたか…この前のバレンタインはありがとう…それで、お返しにクッキーを焼いてみたんだけど…よ、よかったら食べてくれないかな…」
差し出された可愛らしい柄の袋。それを目の前にして、小柄な少女は困った顔をした。差し出したほうの少女は思い切り下を見て、自分の間違いに全く気がついていないようだった。
「みなみちゃん…君は頑張った…でも、残念ながらわたしは小早川ゆたかじゃなく泉こなたなんだよ…」
「…え?」
みなみが顔を上げると、そこには何故か万歳をしているこなた。
「…すいません、泉先輩…全て無かったことに…」
「うん、とりあえず友人一同に報告した後で、忘れることにするよ」
「…やめて…いやホントに…」
「あれ?つかささんでは無かったのですか?…というか、そのクッキーは一体…」
クッキーをかじりながら、部屋に一人で戻ってきたこなたに、みゆきがそう聞いた。
「うん、みなみちゃんだったよ。ゆーちゃんにバレンタインのお返しを持って来たみたい。で、これは口止め料」
「…口止めって、一体何が…」
「口止め料もらったから言わない」
「そうですか。いや、まあいいですけど…おそいですね、つかささん」
「うん…変に焦らされると余計緊張するよ」
つかさから貰ったバレンタインチョコのお返しに、こなたとみゆきは二人でクッキーを焼いたのだが、肝心のつかさは約束の時間を過ぎてもまだ泉家に来てはいなかった。
「やっぱ、まだ怒ってるのかな…ほったらかしにしたこと」
「そうでしょうね…その前にからかってもいますし…というか、どうしてあの時戻ってきてくれなかったんですか?」
「いや、だから大事な用があったんだって…」
「でも、いくら遅れても戻ってこれたのではないですか?…あの後、つかささんをなだめるのにどれだけ苦労したか…」
「う、それはゴメンとしか言いようが…」
「ホントひどいよね。わたし、こなちゃんに本気で見捨てられたかと思ったもん」
「うう、ホントごめんって…って、うわあ!つかさ!?」
いきなり聞こえた声に、こなたが驚いて飛びのく。こなたが座っていた少し後ろ辺りに、いつの間にやらつかさが座っていた。
「つ、つかささん。いつの間に…」
「着いた時に、みなみちゃんが入るところだったから、後ろ付いてきちゃった」
「えー」
「この泉こなたが気付かぬとは…なんというスネーク」
「それで、今日は何の用事なの?」
ニコニコと微笑みながら、つかさがそう聞いた。
「分かってるくせに…」
「まあまあ泉さん…つかささん、バレンタインデーのお返しに泉さんと二人でクッキーを焼いたんです。よければ食べて貰えますか?」
「うん、ありがとう!」
みゆきからクッキーの入った袋を、嬉しそうに受け取るつかさ。
「食べてみていい?」
「はい、どうぞ」
つかさは袋の中からクッキーを一つ取り出すと、一口かじってみた。そして、しばらく咀嚼し飲み込む。その様子をこなたとみゆきは緊張した面持ちで見ていた。
「…まだまだだね」
「つかささんのくせにっ!?」
「お菓子作りだと言い返せないのが悔しいっ!」
「ごちそうさま」
「なんだかんだ言いながら、結局全部食べちゃったよ…」
つかさが食べ終わって空になった袋を回収しながら、こなたがそうぼやいた。
「そういえば、お姉ちゃんもクッキー焼いてたよ」
つかさのその言葉に、こなたは心臓が高鳴るのを感じていた。
「そ、それほんと?」
「うん、わたしも少し手伝ったし…凄く頑張ってたけど、誰かにあげるのかな?」
自分だ。こなたはそう思った。そうあってほしいと思った。いや、そうでなければ嫌だと思い直した。自分が渡したチョコのお返しだとすれば、今まさにこの家に向かっている最中なのではないだろうか。チョコを渡した時は曖昧なことしか言ってなかったけど、かがみは自分の感情を汲み取ってくれて、もしかしたら良い返事が貰えるのではないか。そんな期待すら、こなたは抱いていた。
「…こなちゃん、どうしたの?」
俯いてなにやらブツブツ呟き始めたこなたの顔を、つかさが覗き込んだ。
「え、あ、いや、なんでもない!なんでもないよ!」
慌てて顔を上げ、首を振るこなた。その時、玄関のチャイムの鳴る音が聞こえた。もしかして、かがみが来たのかもしれない。こなたは再び心臓の高鳴りを感じていた。
「えっとね、こなた…バレンタインの時はチョコありがとう。それでね、お返しにクッキー焼いてみたんだけど…あのね、チョコもらった時にさ、あんた色々言ってたけどさ、あれって…えっと…わたしの事を…その…」
「あの、かがみ先輩…凄く良いところですいませんけど…わたし、泉こなたでなく小早川ゆたかです…」
「…へ?」
かがみは逸らしていた視線を前に向けた。クッキーの入った袋を差し出した先には、何故かホールドアップの姿勢で立っているゆたかがいた。
「ゆたかちゃん」
「は、はい」
「今起きたことは、五秒以内に忘れなさい…さもなくば、世にも奇妙な目にあわせる」
「ふえぇぇぇぇっ!?」
「はい、こなた。これバレンタインのチョコのお返し」
そう言って無造作に袋を渡され、こなたはかがみと袋を交互に見た。
「…えっと…それだけ?」
「うん、それだけ」
期待していたのと全く違うかがみの態度に、こなたは不満を感じていた。
「…んーとねー…ホントは台詞とか色々考えてきたんだけどねー…なんかこう、萎えちゃって…」
「…ホントはどーしたかったんだよー…」
口を尖らせて文句を言うこなたに、かがみは頬をかきながら言葉をかけた。
「えっと…クッキー持って来たことが、答えってのはダメかな…」
「…え?」
「チョコくれた時に、言いそびれてたみたいだけど…アレって…その…アレよね…わたしの事…」
そこでかがみは言葉を切って、こなたの目を真正面から見た。『後はあんたから言って欲しい』こなたには、かがみの目がそう言っているように思えた。
「うん…わたし…かがみが好き…友達とかじゃなくて…もっと…かがみが好きだよ…」
こなたは、目を逸らさずにそう言い切った。それを聞いたかがみの顔が緩む。
「その答えが、そのクッキー…で、いいかしら?」
「ずるいよかがみ…わたしだけ言わせるなんて」
「ふふ、ごめん。でも、自信はあるから…」
「うん…」
こなたはクッキーの入った袋を、嬉しそうにぎゅっと抱きしめた。
「…えーっと、ゆきちゃん…何か目の前で始まっちゃったんだけど…」
「わたし達がいる事を、完全に忘れてますね…」
つかさとみゆきはどうしていか分からずに、二人を眺めていた。
「かがみ、コレ食べていい?」
「うん、そりゃあんたに食べて貰うために持って来たんだから」
「そっか、そだよね」
こなたは照れくさそうに笑うと、クッキーの入った袋の口を開けた…そして、固まった。袋の中には確かにクッキーが入っていた。しかし、漂ってきたのはクッキーの香ばしい匂いではなく、鼻をつく刺激臭だった。
「…すっぱい」
こなたは思わずそう呟いていた。つかさとみゆきも鼻を摘んでいる。
「ど、どうかしたの、こなた?」
「え、い、いや…ちょっと独特な匂いだなって…」
コレは何かの間違いだ。こなたは自分にそう言い聞かせた。匂いはアレでも美味しい料理はある。それに、つかさもてつだったと言ってたから、不味いはずがない。こなたは意を決してクッキーを口に放り込んだ。
「………」
そして、再び固まった。口の中に異様な味が広がる。こなたは吐き出したい衝動をこらえて、なんとかソレを飲み込んだ。
「どう、美味しい?」
そう言うかがみには顔を向けずに、こなたは黙ってその袋をつかさ達の方に向けた。
「えっと…食べてみろってこと?」
そう聞くつかさに、こなたは黙って頷く。つかさとみゆきが一つずつクッキーを取り出し、口に入れた。
「…なにこれ…お酢?」
「…ですね…お酢の味がするというより、お酢を焼き固めたのを食べてしまったみたいな気がします…」
「お姉ちゃん…これ、何したの?」
「つかさに教わった通りじゃなんだからと思って…隠し味にお酢を…ダメだった?」
「ダメすぎる…ダメすぎるよお姉ちゃん…ってか隠れてないよこれ…」
「かがみさん…隠し味の意味、分かってますか?」
「え、えっと…」
かがみは困ったようにこなたの方を見た。
「…あんまりだ」
こなたの口から、そう呟きが漏れた。
「え?」
「あんまりだよかがみ!わたしは…わたしは本気だったんだよ!?その答えがなんでこんなクッキーなのさ!?」
「え、いや…それは…」
「嫌なら嫌ってはっきり言えばいいじゃない!女同士なんて気持ち悪いって!わざわざこんな嫌がらせしないでさ!」
「ち、違…わたしだって本気だって…」
「本気で嫌がらせしたっての!?そんなにわたしの事嫌だったの!?キライだったの!?」
「そ、そうじゃなくて…」
「わたし…わたしは…ふえぇぇぇぇん…」
とうとう泣き出してしまったこなたの前で、かがみはどうすることも出来ずにオロオロしていた。つかさ達に助けを求めようと部屋の中を見渡したかがみが見たのは、今まさに閉じられようとしている扉だった。
「あ、ちょっと、逃げないで…」
「逃げちゃったけど、良かったのかな?」
「わたし達がどうこう出来そうにありませんでいたから…ほとぼりが醒めるまで離れていましょう」
「…うん」
こなたの部屋から逃げ出したつかさとみゆきは、二階へと上がり居間に入った。
「あれ?どうしたんだい?」
居間にはこなたの父、そうじろうがいた。
「えっと…ちょっとこなちゃん達が…」
「すこし、込み入った話をしているので、わたし達は邪魔にならないようにと…」
「さっき、こなたが大声出してたのかい?」
「はい…」
「ふーむ…まあ、そう言う事なら、ゆっくりしていくといいよ…そうだ、クッキーでも食べるかい?」
そうじろうは二人の前に、クッキーが盛られた皿を差し出した。先ほどのお酢クッキーを思い出し、二人の動きが止まった。
「ん?どうかしたかい?」
「え、あ、いえ…いただきます」
つかさが一つ手に取り、口に入れる。それを見たみゆきも同じようにクッキーを口に入れた。
「…おいしい」
つかさがそう呟いた。それを聞いたそうじろうが嬉しそうに笑った。
「そうか、それは良かった。上手くできたみたいだな」
「上手くできたってことは…おじさまが焼いたのですか?」
「そうだよ。意外かい?」
「えっと…すいません。少し意外です…」
「ははは。まあ、そうだろうね」
「手作りって、誰かへのお返しなんですか?」
「ああ、バレンタインの時に、こなたやゆーちゃんに試作品の処理をさせられたからね」
「あー、なるほど…」
「それと、かなたにもね…」
そうじろうは居間に飾られてある亡き妻の写真を眺めながら、そう言った。
「え、それって…」
「はは、まあ気にしなくていいよ…そう言えば、こなたは随分作り直していたけど、あれはやっぱり本命だったのかな?」
「えっと…まあ」
「そう…ですね…」
つかさとみゆきは、返答に困ってお互い顔を見合わせた。
「相手はかがみちゃんだよね?」
「えっ!?」
「ご存知だったんですか!?」
その言葉に、二人は驚いてそうじろうの方を見た。
「うん、まあなんとなくだったけど…」
「ごめん!ちょっとかくまって!」
突然、かがみが居間の中に飛び込んできて、机の下に入り込んだ。
「ど、どうしたの、お姉ちゃん?」
「しっ!黙って!」
しばらくして、今度はこなたが居間にやってきた。
「かがみがここに来たよね?何処?」
「かがみちゃんならここに」
そうじろうが机の下を指差した。
「ちょ、ちょっと!なんでバラすんですか!?」
かがみが悲鳴にも似た声を出した。
「いや…なんかこなたが怖いし」
「あんたそれでも父親か!?この変態ダメ親父!」
「かがみ、戻るよ。まだ話は終わってないんだから」
「こ、こなた…もう許して…」
「あ、そうそう。逃げた分と、お父さんの悪口言った分も追加ね」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁっ!」
「…あ、あれから何があったんだろう…」
こなたに引き摺られていくかがみ。それを呆然と見送るつかさ。同じく見送っていたそうじろうが、つかさ達の方に向き直った。
「で、何処まで話したっけ?」
「わー動じてないやー」
「泉さんのお相手が、かがみさんだって所までですね」
「わーゆきちゃんまでー」
「おじさまはその…女性同士だってことをどう思われて…」
恐る恐るそう聞くみゆきに、そうじろうは少し考えてから答えた。
「こなたが本気で選んだ相手なら、俺は受け入れるつもりだよ。相手が女の子でもね」
「そう…ですか…」
「あいつは俺と同じように育ってるからな。なかなかそういう出会いには恵まれてないと思うんだ」
そうじろうは、もう一度かなたの写真を見た。
「俺にはかなたって幼馴染がいたけど、こなたにはそういうのも無いからな。だから、こなたがそういうのを見つけた時は、ちゃんと応援してあげようって、そう思ってたんだ…ああ、もちろん相手が男だったとしてもだよ」
「………」
つかさは唖然とした表情でそうじろうを見ていた。まさかこの人物から、こんな言葉が聞けるなどと、夢にも思っていなかったからだ。
「つかささん、泉さんの部屋に戻りましょう」
「…うん」
何が出来るかは分からなかったが、それでも二人のために何かしなければならない。つかさ達はそう思い、そうじろうに頭を下げて居間を出て行った。その二人の背中に、そうじろうは笑顔で手を振っていた。
こなたの部屋の扉を開けたつかさとみゆきの耳に、こなたとかがみの声が聞こえた。
「…こなた、落ち着いた?」
「…うん、ごめんね。かがみ…」
部屋の中央にあるテーブル付近には二人の姿は無く、代わりにベッドの上の布団が盛り上がっている。丁度人が二人中に入っているかのように。
「わたしの方こそ…変なことしちゃって…」
「うん…ねえ、かがみ…」
「なに?」
「…その…もう一回…」
つかさとみゆきは、黙って部屋の扉を閉めた。
「…え?何今の?なんか事後っぽい?」
「…あの後…何があったんでしょうか…」
二人はどうすることも出来ずに、ただこなたの部屋の扉を眺めていた。
‐ おしまい ‐