ID:.ABGjLco氏:クリスマス・プレゼント

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ID:.ABGjLco氏:クリスマス・プレゼント」(2009/01/26 (月) 02:49:41) の最新版変更点

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<p> 聖夜の奇跡とか、私は信じてない。<br />  そんな簡単に起きたら奇跡とは言わないし、それが自分に起きるとは限らない。<br />  でも、クリスマスは好きだ。イベントごとは楽しいし、プレゼントももらえるしね。<br /><br /><br />  聖夜の贈り物って意味では、誰にでも奇跡があるのかな。なーんてね。<br /><br /><br />  ~クリスマス・プレゼント~<br /><br /><br />  月曜の朝、私、泉こなたは地獄を見ていた。<br />  鬼の手によって、布団を引っぺがされ凍てつく大地に放り出されたのだ。<br /> 「お休みだからっていつまでも寝てちゃダメよ」<br /> 「さむぅい……」<br /> 「ほらほら、ご飯も出来てるから」<br /> 「はぁい」<br />  眠い目をこすりながらながらリビングへ上がると、そこには日本らしい朝食と、お父さんが待っていた。<br /> 「お、こなた起きたのか、おはよう」<br /> 「おふぁよ~」<br /> 「なんだ、まだ寝ぼけ中か?」<br /> 「お母さんに布団取られた……」<br /> 「ははは、災難だったな」<br /> 「何が災難ですか、お掃除もあるんだから早く起きてもらわないと。はい、お味噌汁」<br /> 「ありがとー」<br /><br />  今日は12月24日のクリスマスイブ。と言っても、ロマンスのカケラもない私は“いつも通り”お父さん、お母さんと過ごす予定だ。<br />  ギャルゲだと色々特別なことがあるけど、リアルじゃそうそう特別なことなんてないよね。<br />  プレゼントなんだろうなぁ。私も一応、二人にプレゼントを用意してある。お母さんには天使の羽根をあしらったペンダント、お父さんにはこの前欲しがってたエロゲーフィギュア。<br />  まぁ、お父さんが怒られるような気もするけど、それはそれで面白いからいいよね。<br /><br /> 「ねぇこなた、あの夢はまだ見るの?」<br /> 「夢……ああ、うん。昨日も見たよ」<br />  ここ最近、私はずっと同じ夢を見ている。誰かが、私を呼ぶ夢。<br />  その夢には、女の人が三人出てくる。私の知らない人たち。<br />  一人は、眼鏡をかけた優しそうな人。その人は私のそばに来て色々話しかけてくれる。声を聞いてるとなんとなく落ち着く。<br />  次に、頭にリボンをつけたかわいい子。最初はあの子、ずっとごめんなさい、って言ってた。それがいつの間にか、大きな声で私を呼ぶようになった。<br />  そして、ツインテールのツンデレっぽい人。この人は何も言わない。何も言わないで遠くからじっとこっちを見てる。<br />  そんな夢が、毎日続いてる。アニメとか漫画的に言えば、私がすごい力を持っていてそれを目覚めさせるために……とか。<br />  前、なんなんだろうってお母さんに聞いてみたら『その意味はこなたが気づかないとダメよ』って言ってたっけ。なんか意味深だけど正直お父さんの影響だよね。<br /> 「何か変わった?」<br /> 「んー、ツインテールの人が何か言った気がするけど、あんまり聞き取れなかったよ」<br /> 「そう……。こなた、あとで行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれる?」<br /> 「別にいいけど、どこいくの?」<br /> 「内緒」<br /> 「えー、教えてよ~」<br /> 「行けば分かるわ。きっとね」<br /> 「?」<br />  思わせぶりなお母さんに、首をかしげる。言い方からすると私が知っているところだと思うけど。<br />  そんな疑問を感じながら、私は朝食をすませた。<br /><br /><br /><br /> 「こんにちは」<br />  クリスマスイブの今日、私はつかさ、みゆきと一緒にこなたの病室へお見舞いに来ていた。<br />  こなたは、三ヶ月ほど前に交通事故に遭い、それ以来ずっと眠ったまま。容態は安定していて、いつ目が覚めるかは本人次第らしい。<br /> 「やあ、みんないらっしゃい」<br /> 「こんにちは、そうじろうさん。お花持ってきたので替えてきますね」<br /> 「ああ、いつもすまないね」<br /> 「いえいえ」<br />  事故の後、みゆきは毎日のようにこの病室へ通い、いつの間にか、こなたのお父さんのことを『そうじろうさん』と呼ぶようになっていた。<br />  ……セクハラとかしてないだろうなこの人。<br />  そう考えていた時、不意におじさんと目が合った。<br /> 「や、かがみちゃん。さすがにおじさんもTPOぐらいはわきまえてるよ」<br /> 「そう願います」<br />  視線の意味に気づく辺りがまた危ないと思うのは私だけだろうか。<br />  数分後、帰ってきたみゆきの手に抱かれていたのは、三色の花を生けた花瓶。<br />  青色、すみれ色、桃色。みゆきはいつもこの色を揃えて持ってくるらしい。私たち四人をイメージしたと言っていたこの花を。<br /><br /> 「あの、おじさん、これ私たちからこなちゃんにです」<br /> 「これは……」<br /> 「クリスマスプレゼントです。今年寒いからマフラーとか」<br /> 「そうか、うん。ありがとう」<br />  今日来たのは他でもない、このクリスマスプレゼントを渡すためだ。<br />  三人で一つずつ。ウインターニットとマフラー、そして手袋を持ってきた。今年の冬は一段と寒い、だから必要になるだろうと思って、そうなることを願って。<br /> 「よかったな、こなた。早く起きないと、次の冬までお預けになっちゃうぞ」<br /> 「そうよ。っつか、そんなんじゃコミケも行けないわよ。……付き合ってあげるのはいいけど、代わりに行くのはごめんだからね!」<br /> 「わ、私も行くから!」<br /> 「お付き合いします」<br />  聞こえてるんだか聞こえてないんだか分からないけど、なんとなく、こなたが少し笑ったように見えた。<br /><br /><br /><br />  電車に揺られ、バスに揺られ、私がたどり着いたのはどうやら学校だった。<br /> 「りょうおう、がくえん?」<br /> 「ええ、陵桜学園よ」<br /> 「ここって……お母さんの母校とか?」<br /> 「……いいえ、違うわ」<br /> 「じゃあ、ここって何?」<br /> 「こっちよ」<br /> 「え、ちょ、待ってよ、お母さん」<br />  お母さんは何も言わず校舎へ向かって歩き出した。<br />  誰もいない学校。確かに今日は休みだけど、ここまで人がいないものだろうか? なんで、門が開いているのだろう? なんで、お母さんは私をここへ連れてきたのだろう?<br />  そして、なんで私は、ここに見覚えがあるんだろう? 通る廊下も、上がる階段も。まるで、通いなれた場所のような……。<br /><br />  お母さんは、ある教室の前で止まる。見上げると、プレートに『3-B』と書かれていた。<br /> 「ここよ」<br />  ガラリ、と扉を開ける。ふと、懐かしさを感じた。<br /> 「私、ここ……」<br />  知ってる。確かに、ここを知ってる。<br />  私はここで……そうだ、あの人たちと。夢で見た彼女たちとここで。<br /> 「こなた」<br />  お母さんが、そっと私の手を握り、問いかける。<br /> 「かがみちゃんが言ったこと、本当に聞こえなかった? あなたに何を伝えようとしたか、わからなかった?」<br />  かがみちゃん? かがみ……あのツインテールの人のことだ。わかる。<br /> 『早――こな――』<br /> 「う……」<br /> 「よく思い出して、聞こえていたはずよ。かがみちゃんだけじゃない、みんなの声も」<br />  頭の中にあの夢の光景が広がる。<br />  あの人がいったこと、かがみが私に伝えたこと……。<br /> 『早く帰ってきなさい、こなた』<br /> 「っかがみ!」<br /> 「……思い出したのね?」<br />  そう。私が見たあの夢の意味。<br /> 「みんな、私を待ってるんだね」<br /><br /><br />  つかさを助けたあの日、私は大怪我を負った。<br /> 「みゆきちゃんのおかげで一命は取り留めたけど、生死をさまよったあなたの精神、心は危険な状態にあったわ」<br />  そんな私を、お母さんが捕まえて、助けてくれたんだよね。<br /> 「でも今度は、それがあなたが目覚めない原因になってしまった」<br />  こうしてお母さんと出会い、お母さんというものを知り、<br /> 「あなたは、自分の記憶に鍵をかけた」<br />  目覚めてしまわないよう、私を呼んでいるみんなの事も一緒に。<br /><br /> 「私自身、こなたと過ごせるのが幸せだった。それがいけなかったのかも知れない」<br /> 「ううん、私も同じだよ。だから、気付かなかった。気付こうとしなかった」<br />  お父さんと二人でも、寂しくなかった。それは本当。でも、お母さんが居たらとか、会ってみたいとか、思わなかったわけじゃないから。<br /> 「ごめんなさい、こなた。何もしてあげられなくて」<br /> 「そんなことないよ。月並みな台詞だけど、お母さんは私を産んでくれた。私が、かがみやつかさ、みゆきさんと、みんなと出会えたのは、お母さんのおかげなんだよ?」<br /> 「こなた……」<br /> 「私こそごめんね。せっかく会えたのに、私帰らなきゃいけない。またお母さんを一人にしなきゃいけない……」<br /> 「いいえ、こなた。お母さんは一人じゃないの。ずっと、こなたとそう君のそばに居て、見守ってるから。<br /> 言ったでしょう? 少しだけどこなたと過ごせて、本当に幸せだった。したくても出来なかったことがたくさん出来た。だから私は、幸せなの」<br /> 「……お母、さん……」<br />  涙が流れる。お母さんと別れるのが悲しい? お母さんと過ごせたのが嬉しい? きっと、全部。<br />  そっと、私を抱き寄せてくれるお母さんの目にも、涙が溜まっていた。<br /> 「大好きよ……こなた」<br />  こんな風にやさしく抱きしめてもらえるのが、どれほど幸せなことか、私は初めて知った。<br />  この温かさを感じられるのは、こうして会えるのは、話すことが出来るのは、きっとこれが最後だ。今のうちに、言えるうちに、言っておかないと。<br /> 「――お母さん、ありがとう。大好きだよ」<br /><br /><br /><br />  神社の拝殿へ向かって、三人で歩く。私たちは、こなたのお見舞いを済ませた後、うちでクリスマスパーティをしていた。<br />  お互いにプレゼントを交換して、つかさが焼いたケーキを食べて。<br />  でも、やっぱり盛り上がらなかった。あいつが居ないから、こなたがいないと、寂しくてつまらない。<br />  そんな時、みゆきが『せっかくですから、御参りしませんか?』って、言ったのよね。<br /> 「あれ?」<br /> 「何?」<br /> 「どうしました?」<br />   少し前を歩いていたつかさが、声を上げる。<br /> 「ほら、あそこ」<br />  つかさが指差したのは私たちの前方。<br />  確かに、誰かが歩いている。あの子も御参りに? 背格好からして女の子のはず。服装はコートにウインターニットと……。<br /> 「……え?」<br />  おそらく、二人も同じことを思っているだろう。私たちは顔を見合わせ、その子の元へ走り出す。<br />  小さな背中に向かって、一気に走る。<br />  持ち前の足でいち早く追いついたみゆきは、その子を呼び止めた。<br /> 「待ってください!」<br />  その子が立ち止まり、まさかと思いながら、私はその名を口にする。<br /> 「……こなた?」<br /> 「みんなと、一緒に卒業できますように」<br />  そう言いながら、その子はゆっくりとこちらを振り向いた。<br /> 「って、お願いしに来たんだ」<br />  眠たげに、半開きになった目。左の目尻にある泣きボクロ。猫のような、いつもニコニコと笑っている口。それは間違いなく、<br /> 「こなた……っ」<br />  誰からともなく、私たちはそばへ駆け寄り、その小さな身体を力いっぱい、抱きしめた。<br /> 「馬鹿! 心配したんだから!」<br /> 「そうです! ずっと、ずっと待ってたんですよ!」 <br /> 「おかえり……こなちゃん、おかえり!」<br /> 「……ただいま」<br />  はっきりと、こなたはそう言った。<br />  ただいま。私たちが長い間待ち望んだ、その言葉を言った。<br /><br /><br /> 「こなた! 目が、覚めたんだな……」<br />  泣きながら喜ぶお父さんの姿が、どれほど心配をかけたか私に教えてくれた。<br /> 「ごめんね。心配かけて」<br /> 「いいんだ……いいんだ、お前が起きてくれただけで」<br /> 「うん……私ね、行くところがあるんだ」<br />  お父さんは、少しも考えず即答する。まるで、それがわかっていたように。<br /> 「ああ、行ってこい!」<br />  お父さんから渡されたのは、ラッピングされた赤い包み。<br /> 「もって行くといい。プレゼントだ、みんなからのな」<br /> 「……ありがとう。そうだ、私からお父さんにプレゼント」<br /> 「ん?」<br />  伝える。お母さんに頼まれた、あの言葉を。<br /> 『予想とは少し違ったけど、こなたを立派に育ててくれてありがとう。私はいつも、そう君たちのそばに居るからね』<br /> 「だってさ」<br />  唖然とするお父さんを尻目に、私は病室を飛び出す。<br /> 「行ってきます!」<br />  ドアを隔てて、声が聞こえてくる。お父さんの嬉しそうな声が。<br /> 「そうか、はは、そうか! かなた、お前が……。ありがとうな、かなた」<br />  私はそっと、その場を後にした。<br /><br /><br /> 「やっぱりつかさのケーキはおいしいね~」<br /> 「えへへ、たくさん食べてね」<br /> 「あんたよく食べれるわね。今まで何も食べてなかったのに」<br />  呆れたように言うかがみの顔は、笑っていた。<br /> 「いやぁ、つかさのケーキだし」<br /> 「どういう理屈だ」<br /> 「つかささんのケーキはおいしいですから」<br />  かがみだけじゃない。みんな笑ってる。つかさも、みゆきさんも、私も。<br /> 「まぁ、そこらの店のケーキなんて目じゃないのは確かね」<br /> 「かがみこそ、まだ食べるんだ。私来る前に食べたんじゃなかったの?」<br /> 「うるふぁいわよ!」<br /> 「お、お姉ちゃん」<br /> 「うふふ。まあまあ」<br />  楽しい。みんなと過ごすのが、すごく楽しい。みんなの笑い声が、とても心地いい。<br />  お返しをしよう。私を待っててくれた、大切な、大切な親友たちに。何が出来るかわからないけど、私に出来ることを、何か。<br />  私は幸せだ。こんなに想ってくれる友達が居る私は、お父さんとお母さんにあんなに想って貰える私は、きっと世界一幸せ。<br />  大好きなみんなが居るここが、<br /><br /><br />  ここが――私の居場所。<br /><br /><br />  end</p>
<p> 聖夜の奇跡とか、私は信じてない。<br />  そんな簡単に起きたら奇跡とは言わないし、それが自分に起きるとは限らない。<br />  でも、クリスマスは好きだ。イベントごとは楽しいし、プレゼントももらえるしね。<br /><br />  聖夜の贈り物って意味では、誰にでも奇跡があるのかな。なーんてね。<br /><br /><br />  ~クリスマス・プレゼント~<br /><br /><br />  月曜の朝、私、泉こなたは地獄を見ていた。<br />  鬼の手によって、布団を引っぺがされ凍てつく大地に放り出されたのだ。<br /> 「お休みだからっていつまでも寝てちゃダメよ」<br /> 「さむぅい……」<br /> 「ほらほら、ご飯も出来てるから」<br /> 「はぁい」<br />  眠い目をこすりながらながらリビングへ上がると、そこには日本らしい朝食と、お父さんが待っていた。<br /> 「お、こなた起きたのか、おはよう」<br /> 「おふぁよ~」<br /> 「なんだ、まだ寝ぼけ中か?」<br /> 「お母さんに布団取られた……」<br /> 「ははは、災難だったな」<br /> 「何が災難ですか、お掃除もあるんだから早く起きてもらわないと。はい、お味噌汁」<br /> 「ありがとー」<br /><br />  今日は12月24日のクリスマスイブ。と言っても、ロマンスのカケラもない私は“いつも通り”お父さん、お母さんと過ごす予定だ。<br />  ギャルゲだと色々特別なことがあるけど、リアルじゃそうそう特別なことなんてないよね。<br />  プレゼントなんだろうなぁ。私も一応、二人にプレゼントを用意してある。お母さんには天使の羽根をあしらったペンダント、お父さんにはこの前欲しがってたエロゲーフィギュア。<br />  まぁ、お父さんが怒られるような気もするけど、それはそれで面白いからいいよね。<br /><br /> 「ねぇこなた、あの夢はまだ見るの?」<br /> 「夢……ああ、うん。昨日も見たよ」<br />  ここ最近、私はずっと同じ夢を見ている。誰かが、私を呼ぶ夢。<br />  その夢には、女の人が三人出てくる。私の知らない人たち。<br />  一人は、眼鏡をかけた優しそうな人。その人は私のそばに来て色々話しかけてくれる。声を聞いてるとなんとなく落ち着く。<br />  次に、頭にリボンをつけたかわいい子。最初はあの子、ずっとごめんなさい、って言ってた。それがいつの間にか、大きな声で私を呼ぶようになった。<br />  そして、ツインテールのツンデレっぽい人。この人は何も言わない。何も言わないで遠くからじっとこっちを見てる。<br />  そんな夢が、毎日続いてる。アニメとか漫画的に言えば、私がすごい力を持っていてそれを目覚めさせるために……とか。<br />  前、なんなんだろうってお母さんに聞いてみたら『その意味はこなたが気づかないとダメよ』って言ってたっけ。なんか意味深だけど正直お父さんの影響だよね。<br /> 「何か変わった?」<br /> 「んー、ツインテールの人が何か言った気がするけど、あんまり聞き取れなかったよ」<br /> 「そう……。こなた、あとで行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれる?」<br /> 「別にいいけど、どこいくの?」<br /> 「内緒」<br /> 「えー、教えてよ~」<br /> 「行けば分かるわ。きっとね」<br /> 「?」<br />  思わせぶりなお母さんに、首をかしげる。言い方からすると私が知っているところだと思うけど。<br />  そんな疑問を感じながら、私は朝食をすませた。<br /><br /><br /><br /> 「こんにちは」<br />  クリスマスイブの今日、私はつかさ、みゆきと一緒にこなたの病室へお見舞いに来ていた。<br />  こなたは、三ヶ月ほど前に交通事故に遭い、それ以来ずっと眠ったまま。容態は安定していて、いつ目が覚めるかは本人次第らしい。<br /> 「やあ、みんないらっしゃい」<br /> 「こんにちは、そうじろうさん。お花持ってきたので替えてきますね」<br /> 「ああ、いつもすまないね」<br /> 「いえいえ」<br />  事故の後、みゆきは毎日のようにこの病室へ通い、いつの間にか、こなたのお父さんのことを『そうじろうさん』と呼ぶようになっていた。<br />  ……セクハラとかしてないだろうなこの人。<br />  そう考えていた時、不意におじさんと目が合った。<br /> 「や、かがみちゃん。さすがにおじさんもTPOぐらいはわきまえてるよ」<br /> 「そう願います」<br />  視線の意味に気づく辺りがまた危ないと思うのは私だけだろうか。<br />  数分後、帰ってきたみゆきの手に抱かれていたのは、三色の花を生けた花瓶。<br />  青色、すみれ色、桃色。みゆきはいつもこの色を揃えて持ってくるらしい。私たち四人をイメージしたと言っていたこの花を。<br /><br /> 「あの、おじさん、これ私たちからこなちゃんにです」<br /> 「これは……」<br /> 「クリスマスプレゼントです。今年寒いからマフラーとか」<br /> 「そうか、うん。ありがとう」<br />  今日来たのは他でもない、このクリスマスプレゼントを渡すためだ。<br />  三人で一つずつ。ウインターニットとマフラー、そして手袋を持ってきた。今年の冬は一段と寒い、だから必要になるだろうと思って、そうなることを願って。<br /> 「よかったな、こなた。早く起きないと、次の冬までお預けになっちゃうぞ」<br /> 「そうよ。っつか、そんなんじゃコミケも行けないわよ。……付き合ってあげるのはいいけど、代わりに行くのはごめんだからね!」<br /> 「わ、私も行くから!」<br /> 「お付き合いします」<br />  聞こえてるんだか聞こえてないんだか分からないけど、なんとなく、こなたが少し笑ったように見えた。<br /><br /><br /><br />  電車に揺られ、バスに揺られ、私がたどり着いたのはどうやら学校だった。<br /> 「りょうおう、がくえん?」<br /> 「ええ、陵桜学園よ」<br /> 「ここって……お母さんの母校とか?」<br /> 「……いいえ、違うわ」<br /> 「じゃあ、ここって何?」<br /> 「こっちよ」<br /> 「え、ちょ、待ってよ、お母さん」<br />  お母さんは何も言わず校舎へ向かって歩き出した。<br />  誰もいない学校。確かに今日は休みだけど、ここまで人がいないものだろうか? なんで、門が開いているのだろう? なんで、お母さんは私をここへ連れてきたのだろう?<br />  そして、なんで私は、ここに見覚えがあるんだろう? 通る廊下も、上がる階段も。まるで、通いなれた場所のような……。<br /><br />  お母さんは、ある教室の前で止まる。見上げると、プレートに『3-B』と書かれていた。<br /> 「ここよ」<br />  ガラリ、と扉を開ける。ふと、懐かしさを感じた。<br /> 「私、ここ……」<br />  知ってる。確かに、ここを知ってる。<br />  私はここで……そうだ、あの人たちと。夢で見た彼女たちとここで。<br /> 「こなた」<br />  お母さんが、そっと私の手を握り、問いかける。<br /> 「かがみちゃんが言ったこと、本当に聞こえなかった? あなたに何を伝えようとしたか、わからなかった?」<br />  かがみちゃん? かがみ……あのツインテールの人のことだ。わかる。<br /> 『早――こな――』<br /> 「う……」<br /> 「よく思い出して、聞こえていたはずよ。かがみちゃんだけじゃない、みんなの声も」<br />  頭の中にあの夢の光景が広がる。<br />  あの人がいったこと、かがみが私に伝えたこと……。<br /> 『早く帰ってきなさい、こなた』<br /> 「っかがみ!」<br /> 「……思い出したのね?」<br />  そう。私が見たあの夢の意味。<br /> 「みんな、私を待ってるんだね」<br /><br /><br />  つかさを助けたあの日、私は大怪我を負った。<br /> 「みゆきちゃんのおかげで一命は取り留めたけど、生死をさまよったあなたの精神、心は危険な状態にあったわ」<br />  そんな私を、お母さんが捕まえて、助けてくれたんだよね。<br /> 「でも今度は、それがあなたが目覚めない原因になってしまった」<br />  こうしてお母さんと出会い、お母さんというものを知り、<br /> 「あなたは、自分の記憶に鍵をかけた」<br />  目覚めてしまわないよう、私を呼んでいるみんなの事も一緒に。<br /><br /> 「私自身、こなたと過ごせるのが幸せだった。それがいけなかったのかも知れない」<br /> 「ううん、私も同じだよ。だから、気付かなかった。気付こうとしなかった」<br />  お父さんと二人でも、寂しくなかった。それは本当。でも、お母さんが居たらとか、会ってみたいとか、思わなかったわけじゃないから。<br /> 「ごめんなさい、こなた。何もしてあげられなくて」<br /> 「そんなことないよ。月並みな台詞だけど、お母さんは私を産んでくれた。私が、かがみやつかさ、みゆきさんと、みんなと出会えたのは、お母さんのおかげなんだよ?」<br /> 「こなた……」<br /> 「私こそごめんね。せっかく会えたのに、私帰らなきゃいけない。またお母さんを一人にしなきゃいけない……」<br /> 「いいえ、こなた。お母さんは一人じゃないの。ずっと、こなたとそう君のそばに居て、見守ってるから。<br /> 言ったでしょう? 少しだけどこなたと過ごせて、本当に幸せだった。したくても出来なかったことがたくさん出来た。だから私は、幸せなの」<br /> 「……お母、さん……」<br />  涙が流れる。お母さんと別れるのが悲しい? お母さんと過ごせたのが嬉しい? きっと、全部。<br />  そっと、私を抱き寄せてくれるお母さんの目にも、涙が溜まっていた。<br /> 「大好きよ……こなた」<br />  こんな風にやさしく抱きしめてもらえるのが、どれほど幸せなことか、私は初めて知った。<br />  この温かさを感じられるのは、こうして会えるのは、話すことが出来るのは、きっとこれが最後だ。今のうちに、言えるうちに、言っておかないと。<br /> 「――お母さん、ありがとう。大好きだよ」<br /><br /><br /><br />  神社の拝殿へ向かって、三人で歩く。私たちは、こなたのお見舞いを済ませた後、うちでクリスマスパーティをしていた。<br />  お互いにプレゼントを交換して、つかさが焼いたケーキを食べて。<br />  でも、やっぱり盛り上がらなかった。あいつが居ないから、こなたがいないと、寂しくてつまらない。<br />  そんな時、みゆきが『せっかくですから、御参りしませんか?』って、言ったのよね。<br /> 「あれ?」<br /> 「何?」<br /> 「どうしました?」<br />   少し前を歩いていたつかさが、声を上げる。<br /> 「ほら、あそこ」<br />  つかさが指差したのは私たちの前方。<br />  確かに、誰かが歩いている。あの子も御参りに? 背格好からして女の子のはず。服装はコートにウインターニットと……。<br /> 「……え?」<br />  おそらく、二人も同じことを思っているだろう。私たちは顔を見合わせ、その子の元へ走り出す。<br />  小さな背中に向かって、一気に走る。<br />  持ち前の足でいち早く追いついたみゆきは、その子を呼び止めた。<br /> 「待ってください!」<br />  その子が立ち止まり、まさかと思いながら、私はその名を口にする。<br /> 「……こなた?」<br /> 「みんなと、一緒に卒業できますように」<br />  そう言いながら、その子はゆっくりとこちらを振り向いた。<br /> 「って、お願いしに来たんだ」<br />  眠たげに、半開きになった目。左の目尻にある泣きボクロ。猫のような、いつもニコニコと笑っている口。それは間違いなく、<br /> 「こなた……っ」<br />  誰からともなく、私たちはそばへ駆け寄り、その小さな身体を力いっぱい、抱きしめた。<br /> 「馬鹿! 心配したんだから!」<br /> 「そうです! ずっと、ずっと待ってたんですよ!」 <br /> 「おかえり……こなちゃん、おかえり!」<br /> 「……ただいま」<br />  はっきりと、こなたはそう言った。<br />  ただいま。私たちが長い間待ち望んだ、その言葉を言った。<br /><br /><br /> 「こなた! 目が、覚めたんだな……」<br />  泣きながら喜ぶお父さんの姿が、どれほど心配をかけたか私に教えてくれた。<br /> 「ごめんね。心配かけて」<br /> 「いいんだ……いいんだ、お前が起きてくれただけで」<br /> 「うん……私ね、行くところがあるんだ」<br />  お父さんは、少しも考えず即答する。まるで、それがわかっていたように。<br /> 「ああ、行ってこい!」<br />  お父さんから渡されたのは、ラッピングされた赤い包み。<br /> 「もって行くといい。プレゼントだ、みんなからのな」<br /> 「……ありがとう。そうだ、私からお父さんにプレゼント」<br /> 「ん?」<br />  伝える。お母さんに頼まれた、あの言葉を。<br /> 『予想とは少し違ったけど、こなたを立派に育ててくれてありがとう。私はいつも、そう君たちのそばに居るからね』<br /> 「だってさ」<br />  唖然とするお父さんを尻目に、私は病室を飛び出す。<br /> 「行ってきます!」<br />  ドアを隔てて、声が聞こえてくる。お父さんの嬉しそうな声が。<br /> 「そうか、はは、そうか! かなた、お前が……。ありがとうな、かなた」<br />  私はそっと、その場を後にした。<br /><br /><br /> 「やっぱりつかさのケーキはおいしいね~」<br /> 「えへへ、たくさん食べてね」<br /> 「あんたよく食べれるわね。今まで何も食べてなかったのに」<br />  呆れたように言うかがみの顔は、笑っていた。<br /> 「いやぁ、つかさのケーキだし」<br /> 「どういう理屈だ」<br /> 「つかささんのケーキはおいしいですから」<br />  かがみだけじゃない。みんな笑ってる。つかさも、みゆきさんも、私も。<br /> 「まぁ、そこらの店のケーキなんて目じゃないのは確かね」<br /> 「かがみこそ、まだ食べるんだ。私来る前に食べたんじゃなかったの?」<br /> 「うるふぁいわよ!」<br /> 「お、お姉ちゃん」<br /> 「うふふ。まあまあ」<br />  楽しい。みんなと過ごすのが、すごく楽しい。みんなの笑い声が、とても心地いい。<br />  お返しをしよう。私を待っててくれた、大切な、大切な親友たちに。何が出来るかわからないけど、私に出来ることを、何か。<br />  私は幸せだ。こんなに想ってくれる友達が居る私は、お父さんとお母さんにあんなに想って貰える私は、きっと世界一幸せ。<br />  大好きなみんなが居るここが、<br /><br /><br />  ここが――私の居場所。<br /><br /><br />  end</p>

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