エピローグ 姫様のココロ
クラスでの劇の片付けが終わり、俺が生徒会室に着いた時には、既に6時を回っていた。
あの後──つまり校内の魔法が解けた後、一時は文化祭の中止が囁かれたが、生徒会の働きかけにより無事に再開された。全てが元に戻ったのだ。もちろん、リエナに腕を折られた男子生徒の怪我もちゃんと治してやった。自分の優しさに涙が出そうだ。
閉会式では、教職員と生徒によるバンド、サイレントラップ略してサイトラのライブが行われ、体育館を大いに沸かせた。
そしてその後は、お待ちかねのベスト企画賞の発表である。教頭である軋道の頭の上に乗って、マオ校長はステージに登場した。
「はいはーい、それでは発表しまーす。一応言っとくけど、賄賂は貰ってないからね! でわでわ、ベスト企画賞を見事に受賞したクラスはぁ──」
受賞したのは弥生先輩とカイ先輩のクラスだった。なんでも、2人の仮装姿を見に客が集まったらしい。そして結局、生徒会は受賞できなかったのだった。秋華会長、機嫌悪いだろうなあ。無駄に張り切ってたもんなあ。俺は憂鬱な気分で生徒会室のドアを開けた。
「いっっえ──いっ!遅かったなあ絵馬ぁ!」
超ご機嫌だった。ジュースの缶を片手に、会長は満面の笑みで俺の肩をばしばしと叩く。
「俺様の奢りだぁっ!てめーも飲めっ!」
「いや……っていうかそれよく見るとチューハイじゃないですか!駄目でしょ酒は!」
「なにいぃ~!?俺様の酒が飲めねえってのかぁ!!」
「どうせ不良から巻き上げた金で買った酒でしょ!つーか、何でそんなにご機嫌なんですか!受賞できなかったのに!」
すると会長は、わははははっと盛大に笑い、
「そんなもんどーでもいいんだよ!俺様は楽しけりゃいーんだ、楽しけりゃ!!」
そして、また笑う。完全に酔いどれだよ。他のメンバーもかなり飲んでるみたいで、リイナは鼻唄を口ずさみながら電卓を叩いているし(結構儲かったみたいだ)、リエナはソファに転がって眠っていた。会長、ミチ、カイ先輩は、某アニメのEDのダンスを踊っている。秋華会長の腕章は、いつの間にか「団長」に変わっていた。
「ご苦労だったな、絵馬」
そう言う弥生先輩も、手には赤ワインの注がれたグラスを持っている。あんたも見境無しかよ。
「……弥生先輩。結局、あの六橋さんの正体は何だったんですか?」
「さあな。奴は自身の事を指してドッペルゲンガーと言っていたが、私が思うに、あれは六橋はじめの深層心理が実体化したものではないかな」
そこで先輩はワインを一口飲む。その姿が異様に艶やかだった。本当は何歳なんだ、この人。
「つまり、内に秘めた思いが本人の意識を抜け出し、暴走したというわけだ」
「……じゃあ、何で六橋さんの深層心理とやらが、あんな強力な魔法を使えたんですか?」
俺の問いに、先輩は少しだけ笑い、
「まあ、それは恋する乙女のパワーというやつだ」
……。成程ねぇーって、納得できるか!
「絵馬っ!」 「……えみる。お前も酔ってんのか」
いきなり抱きついてきたえみるは、とろん、とした目で俺を見上げる。悪い気はしないので、そのまま抱きつかせておくことにした。
「やだにゃあ。ぜんぜん酔ってないれすにょ?」
「嘘つけ。ろれつ回ってねえじゃねえかよ」
そんなえみるを見て、先輩は1つ溜息をつき、
「困った奴だな。絵馬、仕方ないからえみるを家まで送ってやれ」
「はあ!?何で俺がっ!」 「……いいのか?私に逆らっても」
先輩は俺の耳に口を近づけ、そっと囁く。
「お前が『違法使い』だということ、学校側が知ったらどうなるだろうな?……頭の良いお前なら分かるだろう?」
「……っ!」
そう言えば、ドッペルゲンガー六橋さんとの会話は、オルスを通して全て筒抜けだったのだ。
「頼んだぞ、絵馬」
ぽん、と俺の肩を叩く弥生先輩。背中にどす黒いオーラが見えた。一方、えみるは俺にしがみ付いたまま、すやすやと寝息を立てている。器用な奴め。
「ところで絵馬、私も1つ訊いていいか?」 「何ですか?」
先輩はグラスの中のワインを少し踊らせ、
「何故、一介の学生であるお前が、禁則の魔法を使える?」
それに対し、俺は先輩の真似をして、にやりと笑ってみせる。
「俺が『悪魔に愛された人間』だから──、ってのは駄目ですか?」
「……ありきたりだな。30点。」
採点された。
9月とはいえ、やはり夏だ。外はまだ明るい。俺はぐっすりと眠ったえみるをおんぶして、帰り道をとぼとぼと歩いている。
「ふにゃあ、絵馬……?」
耳の横で、えみるの寝ぼけた声がした。起きてしまったらしい。
「目が覚めたなら、さっさと降りろ」 「やーだっ」
えみるはそう言って、俺の背中にしがみ付く。……やれやれ。
「あ、絵馬のクラスの劇、観たよ」
「そっか。どうだった?」
「魔法使い役の人が格好良かった」
ここで出てくるのかツンドラ黒魔術士四谷壱!悔しいけど罪な男だ!
「えへへ、がっかりした?」 「……別に」
えみるはクスクスと笑っている。耳に掛かる息がくすぐったい。
「それと、絵馬はもう、王子の役はやっちゃ駄目」
「そんなに演技、酷かったか?」
「そういうわけじゃ、ないけど」 「じゃあ何なんだよ?」
俺が訊くと、えみるは少し戸惑ったような声で、
「だって絵馬は、私だけの……」
背中に感じる彼女の体温が、やけに熱い。それとも、熱があるのは俺の方だろうか。
「私だけの、下僕なんだからっ!」
……。…………?
「は!?何だそれ!?違うだろ!そこは『私だけの王子様だから』とか言うトコだろ!空気読め!」
「はあぁ!?なに色ボケたこと言ってんの!?劇でちょっと良い役やったからって調子乗らないでよ!!」
そこまで言うのか。お前はやはりヒロインじゃなくて暴君だったんだな。
「あんたは絵馬じゃなくてカマドウマよ!」
「某昼ドラ的!?」
どこまでも色気の無い奴だ。俺は深く、溜息をつく。何なんだ、この仕打ちは。
あんなに頑張ったんだから、少しくらいご褒美があってもいいのに。俺はえみるに対し、存外それを求めていたらしい。認めたくないけど。
とにかく、『文化祭で一攫千金!!』、千金どころか、俺にとっては骨折り損のくたびれ儲けだったわけだが、これにて終幕。次に開催される体育祭の方もどうぞよろしく。
ま、どんな行事だろうと、俺にとっては厄日なんだろうけどな。
(おわり)