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 目が覚めた。
 最初に像を結ぶのは、先ほどまでいた寮の豪華な天井ではなく、薄く汚れたコンクリートの肌。煤けた灰色は空を覆う雨雲のようで、さながらいまの僕の心境そのものだった。
 つまるところ、いまの僕はひどく憂鬱なのだ。

 夢から醒めた後の虚脱感を気力で押さえつけ、薄い羽毛を跳ね除けてベッドから足を下ろす。
衣服のほとんどは身につけたままだったから、コンバットブーツを履いて立ち上がると、僕はそのまま飾り気のない灰色の部屋を出た。
 ドアを開けて廊下へ出ると、ひどく冷たい空気がシャツ越しに染み込んでくる。流石に11月終わりの欧州ともなれば寒気も堪えるものがある 。
 吐いたそばから白い湯気になる吐息。うんざりする程の寒さを無視して、僕らが接収したセーフハウスの廊下を進む。

 元は人が出入りするマンションだったのだけれど、今はもう住む者もいない。ここ数年で完全にゴーストハウスになってしまっていたのだ。そして、セーフハウスは人の出入りが無い方が都合が良い。
 ゴミと埃が堆積した廊下を抜け、階段へ。僕らの休憩所があるこのフロアは5階で、主に使われているのは3階の広間だ。

 階段を降りて3階へ。そして通路を通って広間へ向かう。かつては集会やらイベントやらに使われていたという広間は、今はもう沈殿する埃の受け入れ施設でしかなかった。
そこをなんとかして使えるようにしたのは僕の部下たちで、彼らはいまも広間を行き来して情報整理に務めている。
 テニスコート2つを収容できそうな広さの広間では、野戦服姿の部下が書類や電子機器の前に居座って作業をしていた。人数はざっと10人程。全体の半分ほどで、比率はなぜか女子の方が多い。

「おはよう、みんな」

 僕が声をかけると、三々五々、皆が返礼してくれる。中にはコーヒーを渡してくれる女の子もいて、僕は湯気を立てるマグカップを受け取って彼女に礼を言っておいた。

「おはようございます大尉、よく眠れましたか?」

 そう声をかけてきたのは、ここにいる女子たち通称「FOX隊」の指揮官であるエコー中尉だ。女性が好みそうな整った二枚目ヅラの、僕の教え子。英国SASの隊員にして、僕が指揮するTF57の副官でもある。
 大きなテーブルの上に広域世界地図を広げ、ポータブルテレビと数えきれない程の資料を用意していたエコーに近づき、「まあ眠れたよ」と返す。

「夢、見ました?」
「ああ、見た」
「また同じ夢ですか?」
「そうだ」

 コーヒーを啜る。エコーは自分のマグカップに口をつけ、どこか遠くを見つめながら、

「羨ましいですよ、そういう夢」

 僕はエコーに最近よく見る夢の内容を教えていた。バカみたいというか、ガキの夢のようだけど、内容はこうだ。どこか別の世界に呼び出され、超能力者やら魔術師やらが集まる高校の生徒として生活する。そんな内容である。困ったことに、僕は寝ることで向こうとこちらを行き来しているらしいのだ。
 いや、夢だから当たり前だろうと言われるかもしれないけど、なまじ向こうでの体験がリアル過ぎる質量を持っているので、最近はどちらも現実のような認識が生まれていた。


「慣れれば楽しいがね。どうも目覚めが恨めしい時があるよ」
「そりゃあね。こんなクソみたいな世界に比べればそうなります」

 僕が煙草を咥えると、横からジッポの火が差し出される。僕はありがたくその火を使わせてもらい、代わりに煙草を一本進呈した。

「美味いですね、この煙草」
「スモーキンジョーだからな。安煙草とは違う」

 羨ましいです、やっぱり。紫煙を吐き出したエコーはテーブルに寄りかかり、

「で、今日もスバルちゃんが夢に?」
「ああ、部屋で傭兵の話をしながらココアのんだ」
「すっげぇ羨ましいですよ。男の、しかも執事に扮した美少女とココアでティータイム、二人っきり。これはまさしく……」
「まさしく?」
「ビューティフォー」

 部下の素晴らしい狙撃を見たどこぞの大尉みたいな事いうなよ。僕がそうボヤくと、元ネタ知ってるんですか、とエコーが笑む。
 こいつ、英国SASつながりでそのうちステンバイステンバイ連呼する何処ぞの緑のムックもといモリゾーになるんじゃないだろうな。リアル英国製無敵砲台なんざいらんぞ。

「もし俺がそうなったら天敵はヘリですね」
「全世界のザカエフさんに逃げるように言っとくよ」

まあなりませんが、とエコー。吸い切った煙草をテーブルの灰皿に押し付け、新しいものに火をつける。

「夢って虚しいよな」
「確かに虚しいですけど、大尉のは……」
「僕のがどうしたのさ」

 いやね、と吸い殻を灰皿に落とし、紫煙を吸い込んでエコーは天井を見上げる。

「なんかね、話聞いてると、夢じゃ無いんじゃないかと」

 僕はなにも言わず、徐々に熱を失って行くコーヒーを喉に通す。少しぬるくなった苦味を舌先で味わい、僕はエコーの続きを待った。

「話のディティールがリアルすぎるんです。それに夢とはいえ、体感時間最長一日越えの内容量ですよ?」
「夢は何があるかわからんぞ」
「そうです、でもなんていうんですかね……わかりません」
「わからんのかい」
「でもね、ほら、夢の中身が並行世界だとして、寝る事で意識が行き来しててもいいじゃないですか」

 夢があってもいいじゃないですか。ちらりとこちらを盗み見たエコーの目は真剣そのもので、僕は口にする言葉を見失った。
 こちらを捉えた瞳のライトグリーンに一抹の感情がよぎり、逸らされる。細い筋になって立ち昇る紫煙を追い散らし、僕はテーブルに向き直った。

「まあいい。楽しい夢講義は終わりだ。状況は?」
「相変わらず、戦局は押され気味です。欧州戦線は完全に停滞、アジアでは日本の自衛隊が奮戦しています」

 戦局を書き込んだ地図をエコーが示す。世界中に飛び散った戦火を示す記号を瞬時に判別し、少しずつ不利になっていく西側諸国軍の現状を確かめる。

 地図の上に記された戦場、第三次世界大戦。反ロシア政府派集団がロシア政府議会を掌握し、一部部隊を除くロシア全軍を掌握した事に始まる戦争。
 東側諸国軍と西側諸国軍の全面対決の様相を呈したこの戦争は、少しずつ西側の負けへと傾いている。

「負け戦か、腕が鳴るじゃないか」
「負け戦大好きですからね、大尉は」
「勝ち戦より仕事が多いからな」

 状況だけみると多少の劣勢に見えるが、実際は完全な敗戦へと向かいつつある。
 というのも第三次世界大戦は東側の完全な奇襲(それも生物兵器や爆弾テロ)によって始まっていて、最初期段階でこちらの戦力や指揮系等はズタズタにされていたからだ。
 開戦からかれこれ3年、最早西側は限界間際まで疲弊している。

「この状況を打開、終戦させるには…………」
「打てる手は一つだけです」

 米露の和平交渉。それが唯一の道だ。合衆国大統領もロシア大統領もそれを望んでいる。
 ならば何故未だに和平を結ばないのか? それはこの戦争を裏で手引きし、ロシア国内での地位を確立しつつある次期大統領候補のせいだ。

 元KGB工作員にして、反ロシア政府派軍事同盟のカリスマ。昨晩夢の中で僕が幻視した男。カミンスキィと呼ばれる彼がロシア大統領の命を狙っている。
 つまるところ、カミンスキィを排除しない鍵り大統領は表に出る事ができないのだ。
 僕とエコーはいまの状況を確認し合い、そして何度も確認されてきた結論へたどり着く。

「やはりカミンスキィを抹殺するしかないですよ。それが俺らタスクフォース57の任務で、存在意義です」
「なんとも素敵極まるな。素晴らしいじゃないか。負け戦の渦中において、戦争の推移そのものを僕らが握っているんだ」

 これ以上に特殊部隊員として名誉な事もあるまい。僕は笑い、エコーも頷く。
 僕たちタスクフォースの任務はただ一つ、カミンスキィの抹殺。ただそれだけだ。そのために僕は合衆国に雇われて40人の部下を与えられ、40年もの間カミンスキィを追い回してきた経験を生かし続けている。

「暗殺は?」
「機会が得られたなら本部に打診だけして決行だ。どう転んでもチャンスは一度だからな。ヤツが姿を表すとすれば……」
「虎の子、核兵器回収のタイミングですね」

 ラップトップPCを引き寄せ、エコーはある資料ファイルを開く。そこにはずいぶん前にロシア領内から姿を消した核兵器の隠匿場所が示してある。
 もともこの戦争は短期決戦を念頭にしかけられたものだった。少なくともカミンスキィはそのつもりだったのだろうし、僕らもそう見ている。彼に言わせればさっさとロシア大統領を拷問して核兵器の解除コードを回収、頃合いを見計らって敵国首脳をズドン、と言ったところか。

 しかし僕らがロシア大統領を救出したためにそうはならず、戦争は泥沼化している。
 僕らの打開策がカミンスキィの暗殺であるように、カミンスキィの打開策は核兵器による初期化なのだ。

「これを回収しにくるタイミングで殺せなければ僕らの負けだ」
「ヤツがくる保証は? 代理人を送るかも」
「来るさ。自分で見なければ気が済まない男だ。……………それに」
「それに?」
「ヤツは僕が来るとわかっているはずだ。だから必ず出てくる」

 40年の因縁。1971年のアメリカの小都市で出会って以来延々と続いている僕らの確執。

「ケリをつけるならここしかない。打つ手は一つ、結末もまた然り。チャンスも一度きりだ。となればやるしかないさ」
「まあそうですね」
「それにな、中尉、僕は君の訓練生時代に教えたろう。『死して護国の鬼より生き残って姑息の弱兵』……」
「されど、無意味な延命はしない、ですね。然るべき時に然るべき敵と戦い、死ぬ。無駄な玉砕はナンセンスでも、履行するべき義務は果たす。そうでしょ、ユーリ教官長」
「そうだエコー訓練生」

 僕らはニヤリと笑い合い、同時に煙草を灰皿へ捨てる。

「動きがあれば直ぐに教えてくれ。チャンスは一度、必ず息の根を止める」
「了解、大尉」

 お互いに敬礼を交わして、僕は広間を出た。階段を一番上まで上がって、屋上に出る。
 雪が降っていた。豪雪とは言えないが、すでにくるぶしまで積雪がある。
 もうすぐ今年が終わる。戦争の終わりも、すぐそこだ。




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