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668 ID:eXTF7So0

 透明な壁一枚先の彼女。それが僕とミュウツーの距離なのかもしれない。
「毎回、驚かされますね」
 隣では白衣の男性がマジマジと検査の様子を眺めている。そうですね、とその程度の相槌はいつ
ものやり取り。それからまたしばらく、おそらく彼女の検査が終わるまでの沈黙。必要だと、仕方
ないことだと思いながらも、どこか胸を突く歯がゆさがざらついてしまう。
 ミュウツーを捕まえてからというもの、僕はどこにでもいる普通のトレーナーから最強のポケモ
ンを捕まえた人間になった。マスコミの報道も熱を引いた辺りから、周囲にいる人間の種類が画一
的になってきたことに一抹の不安を拭えないまま、僕はこの場に立っていた。
 ポケモンリーグ本部、特設バトルフィールド。今は仮設の研究所と化しているここでミュウツー
の検査は続いている。マジックミラーの先には彼女が一人、色とりどりのコードに繋がれている。
「どれもこれも、学会に発表すれば引っくり返るぐらいのデータばかりです」
 男性の目はギラギラと、まるで糸で引きそうな程の粘ついた熱意で以って彼女を見ている。アチ
ラ側から見ればただの鏡だというのに、彼女は射殺さんばかりの眼(まなこ)でこちらを見る。隣
で、ひっ、と小さい呻きが聞こえた。
「いや、流石は最強と謳われるだけはありますね、ハハ」
 乾いた笑いが乾いた空気に霧散する。僕は追いかけてくる彼女の視線から逃げるように、静かに
部屋を出た。直後に聞こえてくる、彼女を揶揄する言葉。

「やはり最強の名は伊達じゃないな。あまりに危険すぎる。こんな数値ありえないよ、まったく」
「こんな存在を世間に公表して、果たして受け入れられるか?」
「まぁまぁ、そう怯えなくても。所詮、エスパータイプなんですから、はがねやあくタイプがあれ
 ば、いくら凄かろうがどうとでも」

 彼女はミュウツー。
 僕みたいな人間に捕まってしまった、哀れなポケモンだ。

669 ID:eXTF7So0

「検査を見なくてよろしいのかな?」
 部屋を出ると、マサラタウンから召集されたオーキド博士が話しかけてくる。こちらに向けてく
る笑顔はまるで少年のように無邪気で、だからこそ一流の研究者でいられるのだろうと、勝手に想
像を膨らませる。
「彼女なら、僕がいなくても大丈夫ですから」
 ふむ、と博士は顎を撫でる。考え事をしている時の癖だということは最近、知ったことだ。
「いや、お節介かもしれんがワシにはそうは見えんぞ?」
「そうですか?」
「これでも長くポケモンと付きあっとるからのう。見る限り……いや、これはもう少し後にしてお
 くかのう」
 はあ、となんとも歯切れの悪い話に僕はそう返事をするしかない。ふと、元の部屋に戻りたくも
なったけれど、またあの連中に付き合うことを考えるとすぐにその気も失せてしまう。
「ちょっと休憩してきます」
 博士の横を通り過ぎて控え室に戻る僕。後ろから感じる様々な視線を、僕は身を捩るように角を
曲がってそれを避けた。

675 ID:kWE5mPI0

 ミュウツーの検査が終了したと連絡を貰ったのは、僕が控え室に行ってしばらく経った頃だった。
突貫工事で組まれた強化外壁が仰々しく開かれ、彼女がこちらに向かって歩いてくる。僕を探して
いるのか、目だけを忙しなく動かしながらその強烈なプレッシャーにより人並みの中で見事な道が
開いている。道の先には当然のように僕がいる。そう、主である僕がいる。
 とっくに僕の姿を捉えた彼女が先ほどよりも足早に歩いてくる。そうして目の前に立つミュウツ
ーに、僕は改めて姿勢を正す。最強の彼女を従えるにはそれに相応しいトレーナーであるべきだ。
少なくとも、僕はそう感じている。
 しかし、対峙した彼女はしばらく惚けているかと思うと、スタスタと僕を過ぎて歩いてしまう。
おいおい、と追いかける僕に先ほどまでの威勢はどこ拭く風だ。とにかく彼女を止めなければ。慌
ててミュウウツーの前に立つ。
「おい、ミュウツー如何した?」
 僕の問いかけに、主、と目を丸くするミュウツー。いつも毅然とした態度を崩さない彼女にして
は珍しい。もしや検査の際に何かされたのではないだろうか。杞憂だろうと哂う自分を隅に置いて、
妙な胸騒ぎを抑えようとする僕に、彼女は「なんでもない」と言って僕にいきなり抱きついた。
「わっ。こ、こらそんな人前で。子供じゃないんだから」
 突然の抱擁に体中の血が逆流するように沸き立つ。イーブイのように普段からしているわけじゃ
ない分、迷走する思考を何とか戻そうと必死だ。周囲も僕のそんな様子にニヤニヤと茶化すように
笑っている。
「主、気にするな。少しばかり疲れただけだ」
 ボソリと、耳元で響く言葉はどこまでも重い。彼女が弱音なんて珍しい。僕はできる限りの労い
の言葉を考えた。
「ん。やっぱりきつかったか。ごめんな。どうしてもオーキド博士から頼みが断れなくて」
 言って後悔する。これじゃただの言い訳だ。それでもミュウツーは、先ほどまでの険しい顔から
一転、柔和な笑みを浮かべる。
「いや、良い。コレが済めば私達は公式大会でも出れる様になるのだろう? 今までは野良を叩き
 潰す程度しかなかったが、これでようやく私も主の役に立てる」
「ミュウツー……気にしてたのか?」


676 ID:kWE5mPI0

 しまった、と言わんばかりの彼女の顔。ポーカーフェイスを貫くミュウツーも、なぜか僕にだけ
は饒舌だ。それを信頼されていると取るべきか、僕の未熟さ故に彼女にいらぬ心配までさせている
と取るべきか、僕にはまだ判断がつきそうにない。
 彼女を見上げる。交わされる瞳の先、抱きしめる力が僅かに強くなる。ミュウツーが集中してい
るのが分かる。同時にその場そのものの雰囲気まで変容する。
 ミュウツーが口を開く。どこまでも真っ直ぐな瞳のままで。
「主、私は勝つ。例え、どんな相手でも。私の力は今日この日の為にあるのだから」
「ミュウツー、俺は……」
 二の句を継ごうとする俺をミュウツーは「心配するな」と塞き止める。それだけで僕は言うべき
言葉が無くなる。
「いつも通りやれば良いのだ。それとも私は主を心配させるほど弱って見えるのか?」
 おそらく彼女の全てがそう言わせるのだろう。僕は「いや、そんなことは無い」と返す。
「ならば良い。私は主を信じている」
 そう言って微笑む彼女は、とても綺麗だ。
 だから僕も、僕の全てでもって言わなければならない。
「ああ、俺も……お前を信じている」
 “俺”なんて、らしくない言葉に僅かに頬が紅潮する。それでも僕は彼女の瞳を捉える。
「そんな事は解っている。では、主、私に命令(オーダー)をくれ」
「解った。ミュウツー。行くぞ」
「YES、sir MyMaster.」

 解放された僕とミュウツーは廊下を進んでいる。あらゆるテロ対策を考慮してか、くねくねと複
雑な道は迷路のように方向感覚をおかしくさせる。
 案内の人が「こちらです」と指す先には、一つの観音開きの扉がある。僕とミュウツーは目前ま
で近づく。外側に向かって自動で開かれた先には、やはりリーグ本部だけあって豪著な設備となっ
ていた。円形に象られたフィールドの周囲には崖が迫り、無骨な壁と繊細なガラスに囲まれた世界。
 まるで映画だ、と思う僕は感想もそこそこにトレーナーブースへと移動する。差し込む光に目を
細めた時に、やっと天上が遥か高くにあることに気づいた。
 準備は万端。はかったようにどこかから、ジャッジの声が響く。

「テステス。此方、音声は大丈夫です」
「では、これよりミュウツーの実験試合を開始します」
 息を一つ、大きく吸い込む。背中を駆け巡る緊張感。いくらバトルに慣れようと、この感覚だけ
はいつも僕の中で奔り出す。
 目の前を見る。ただ一つに集中しろ。勝利を。ミュウツーに勝利を。彼女に勝利を。
「行くぞ、ミュウツー!」
「了解した! 全力で叩き潰す!」


683 ID:kWE5mPI0

「第一試合。ヨノワール!
「よし、がんばってね。私のヨノワール♪」
 投擲されたボールからポケモンが出てくる。情けないことだが初めて見る種類だ。すぐさまポケ
モン図鑑が反応し、機械的な声が応答する。
『ヨノワール。てづかみポケモン』
 それが相手ポケモンの名前らしい。図鑑の説明ではゴーストタイプらしいのだが、その巨躯と太
くたくましい腕はパッと見だけでは少し分からない。ミュウツーもそこは掴みかねているのか、相
手の出方を伺うようにその場に立っている。
 ミュウツーの主な戦法は先手必勝だ。その鬼神のような攻撃翌力と素早さで相手を捻り伏せる。最
強の名に相応しい戦い方だ。だからといってはなんだが、今のところは不利と言うべきかも知れな
い。
 ミュウツーが攻撃してこないと見るや、ヨノワールはすぐに間合いを詰める。その巨体に似合わ
ぬスピード。やはり彼女の相手を務めるだけはあろう。直後に振り下ろされた鉄槌により抉られた
地面に、ミュウツーの纏う雰囲気が変わることを感じた。俺も彼女に加勢しようとマイクに向かう。
「ミュウツー! 気をつけろ! そいつはゴース……!」
 血の気が引いた。精一杯張り詰めた声が響かない。もう一度ミュウツーに向かって叫ぶ。しかし、
彼女が反応する気配はない。どんなに訴えようと。どんなに喚こうと。彼女に届かない。
 そうこうしている内にバトルはより自身の射程内、確実に仕留める為の距離へと近づいていく。
 それ自体が罠だというのに。
 相手の腕を紙一重で避けたミュウツーはそのまま相手の腹部にカウンターを叩き込む。やめろ。
やめろ。やめてくれ。
 案の定、空を掻く拳。彼女の思考と、体が止まる。
「そこよ。ヨノワール!シャドーパンチ!」
 まるで死刑宣告のように響いた女の声。直後、一際大きな闇を纏った巨大な拳が今度はミュウツ
ーの腹部に突き刺さる!

「んぐはあああっ!!」
「ミュウツー!!」


684 ID:kWE5mPI0


 悲痛な叫び。それでも僕の声は彼女には届かない。響かない。なんで、なんで、なんで―――。
 そもそも相手もデタラメだ。ゴーストタイプだというのに、一切の打撃技が効かないのにあちら
の打撃は届くなんて。腰に入った図鑑だけが機械的に、流れるように技の説明を続ける。
『シャドーパンチ。ゴーストタイプ。高い命中率を誇る物理攻撃』
 ゴーストタイプ。ミュウツーの数少ない弱点の一つだ。説明どおり、クリーンヒットした攻撃に、
ミュウツーは今まで見たことが無いほど疲弊している。崖に縫い付けられるように叩きつけられた
彼女は腹部を抑えながらなんとかフィールドへ戻る。どうにかしてミュウツーに声をかけられない
のか。強化ガラスで囲まれた空間で僕は歯噛みするしかない。血の味がした。いつの間にか唇を切
っていたらしい。
 バトルを放棄し、なんとかここから出られないのか、そう考えている僕にまたも絶望的な言葉が
、彼女に掛けられる。

「大丈夫か!? ミュウツー、お前がこんなにダメージを食らうなんて」


685 ID:kWE5mPI0


 ―――僕の声だ。いや、僕はこんなことを言っていない。じゃあ、じゃあ誰なんだ“コレ”は。
 その声に、ガラス越しの彼女は反応する。違う、それは僕じゃない。
 僕の声が続ける。
「解った……ミュウツー、サイコキネシスだ!」
 僕はもう呆然とするしかない。僕ではない僕の声がミュウツーに命令を下す。主の命に彼女は凱
歌を鳴らさんばかりにその身を奮い立たせる。違う、違うんだよミュウツー。それは僕じゃない。
 瞬時に、目には見えない力場が展開。エスパータイプにおいても桁外れの力が場を占める。先ほ
どの一撃がよほど頭にきたのか、普段は抑えているという力をフルに解放しているようだ。並み居
るポケモンの突進でも壊れない強化ガラスからミシミシと軋む音がする。おそらく人間ならば数秒
も持たない次元の力。
 ヨノワールが崖に叩きつけられる。まるで見えない腕で何遍も、しつこいほど奴の体が叩きつけ
られる。本来、ゴーストタイプだけで見るならばエスパータイプの技はそれほど効果は見込めない。
それでもミュウツーの技は、サイコキネシスは別格だ。この技によりどれほど四散していったポケ
モンを見たか、数えるに愚かしい。
 しばらくして、子供が玩具で飽きるかのようにヨノワールを放り投げる。これで立ち上がるはず
が無い。そうであって欲しい。なぜだか不安に包まれている自分がいた。
 そして、その不安は的中する。
「そんな、ミュウツーのサイコキネシスで倒れない? なんなんだあのポケモンは!?」
 また僕でない僕が応える。そう、言葉通りの展開が目の前に広がっているのだ。
 何事も無かったかのように起き上がるヨノワール。こちらからでは聞こえないが、何かミュウツ
ーを挑発する態度すら見える。ミュウツーは平然としている、しかし、僕にはその背中が修羅の如
く憤怒に駆られているように見えた。

703 ID:.ImcUhc0

 ブースの中で立ち尽くす。それでも時間は、バトルは否応無しに続く。
「ミュウツー、10万ボルトだ!」
 息が詰まる。ミュウツーはその指示に何ら違和感を持つことも無く構える。相手はそんな技まで
持っているのかと動揺しているようだ。同時にそれは僕の心もざわつかせる。
 なぜ“ソイツ”はミュウツーが10万ボルトを使えると知っているのか。
 ガラス越しの彼女は既に10万など優に超えた電力をヨノワールに放つ。動揺がそのままミスに繋
がりモロに喰らっていた。吹き飛ぶ砂塵の中、巨体は僅かに震えている。どうやらマヒ状態に陥っ
たようだ。
「な、十万ボルト!? そんなのも使えるっていうの?ええい!もう一回シャドーパンチよ!」
 頑丈さに任せてのパワフルなプレー。確かにテレポートを使っても確実に捉えてくる闇の拳は厄
介極まりない。それでも手の内さえ読めてしまえば彼女の敵ではない。今もシャドーパンチのダメ
ージをじこさいせいで小刻みに緩和しながら、的確に相手を潰していく。スピード自体は圧倒的に
ミュウツーが勝っている為、簡単な的当てに過ぎない。終わりが近かった。
 起死回生のラッシュ。おそらく相打ち覚悟なのだろう。ミュウツーはそんな猛攻も難無くかわす
と、既に効かないと分かっているのに、奴の体に入り込むように手のひらを突き出した。

「其処だ、ミュウツー!10万ボルト!!」

 そこでやっと理解する。しかし、理解した頃にはヨノワールはその身を地面へと転がしていた。
「うっそーーん!? 何あれーーー!」
「ヨノワール戦闘不能。勝者ミュウツー! 準備が整え次第、第二試合を開始します」
 上手い。単純にそう思って、何故だか凄く恥ずかしかった。