翌日、ジュンサーさんからミュウツーとフジ老人の行方がつかめたとの情報が舞い込んだ。
「明日出航のサント・アンヌ号です。船上でポケモンコンテストが行われるのですが、どうやらそれに乗じてカ
 ントーから抜ける算段かと思われます」
「おそらくロケット団の手が方々に回ってるだろうな。カントーから抜けられたらまず追えなくなるぞ?」
 早速、サント・アンヌ号の見取り図とにらめっこをしながら話し合う。
「出航前に叩けるか? 昨日の今日で各地のリーダーにも連絡が回りきっておらんからのう」
 ふと周囲の人を見渡す。部屋にはナツメさんとカツラさんの他にもジョーイさんやジュンサーさん、ポケセン
のスタッフの人々など色んな人がミュウツーを助け出そうと話し合っている。皆それぞれ自分の仕事があるのに、
自分の時間を削ってまで必死になってくれている。

 お前にも見せてやりたいよ。こんなにも、こんなにもお前の為に、お前を救い出したくて多くの人が頑張って
るんだ。

 おおよそ明日の計画がまとまる。既に日も回り深夜になっていた。
「よし、後はベストを尽くすにしろ何にしろ、ミュウツーを助け出すだけだのう」
 皆、一様に頷く。
 こうしてミュウツー救出計画、通名“M2”が始まった。

「それでは次は、エントリーナンバー3番、ハルカコーティネーターのイーブイです!」
 夜の帳も下りた港湾を豪華客船が通過していく。船上ではポケモンコンテストと呼ばれる、ポケモンの美しさ
を競う、バトルはまた違った戦いが催されている。大切なポケモンを態々傷つかせる真似はしたくない、これも
また新しい人とポケモンの共存の仕方なのだろう。
 冷たい海水に、少しばかり思考がそれていた。俺はメノクラゲの頭を再度、強く掴みなおすと海面ギリギリに
頭を沈めた。船の側壁がもうすぐそこまで来ていた。
 船の側面に着く。俺はサワムラーを出して、そのバネのような足を伸ばして遥か頭上にあるベランダの柵に片
足を引っ掛ける。後はもう片方の足に掴まり、強靭な脚力でもってベランダから進入する。丁度、見張りの交代
時間であり、乗客もコンテストに出向いている為、人に見られることはなかった。ロケット団の手の入ってない
出資会社から流してもらった情報は確かなようだ。
 そのまま正面にあるドアを開ける。中は医務室になっており、ジョーイさんとラッキーが待機しているがもち
ろんこちらの仲間だ。すぐにウェットスーツを脱いで乗組員の服に着替える。万が一を考えて、ジョーイさんに
ミュウツーを見ていないか聞いてみたが、やはり見ていないようだ。となると、フジ老人とミュウツーは甲板下
の機関室、或いは貨物室の辺りに隠れていると見たほうが妥当だろう。礼を述べ、俺は医務室を出ると真っ直ぐ
に下に降りる階段に向かった。
 上の華やかな世界とは違い、階下は灰色の世界だ。人の目を気にしながら進むのは骨が折れる。おまけに冷房
も無いため、少し進むだけで額から汗が滲んできていた。
 ここまでは正直、順調な方なのだろう。右耳に付けた無線からコンテストの様子を聞いているが、今のところ、
潜入したことはバレてはいない。後はフジ老人とミュウツーを探し出し、無理やりミュウツーだけを取り戻す。
今更ながら結構な作戦である。ただ、その為の準備には細心の注意を払った。だから大丈夫だ。言い聞かせるよ
うに、常に止まない不安を何とか抑えつける。

 しばらく歩き続ける。何度か人とすれ違うが、特に咎められる事もない。嫌な汗だけが服の下に募っていく。
そして、ある機関室を開けた時に俺の目は長らく見ていない影をようやく捉えた。


 蒸気で蒸した部屋の奥、フジ老人の隣にミュウツーがいた。
「ミュウツー!」
「ようやっと来たかい……わしの“アイ”を攫いに来たんだろう?」
 フジ老人の声を無視して新たなボールを出す。空中で展開されたボールから、その巨躯を唸らしてソイツは出
てくる。“M2”の為に用意したモノの一つだ。
「バンギラス! ミュウツーを捕まえろ!」
「ほぉ……ソイツはちと厄介じゃのう」
 バンギラス。あくタイプの新たなポケモン。本来は俺のポケモンではないのだが、ジョウト四天王のカリンさ
んから今回、譲り受けたものだ。ミュウツーを痛めつけるのは正直、心苦しいのだが、それもこれも俺が招いた
こと。自分のことは、せめて自分で決着をつけたかった。
 しかし、その圧倒的な存在にも老翁はひっひ、と不気味に笑うだけで全く意に介する様子は無い。それをただ
の虚勢と取るかは今の俺には図りかねる。けれど、こちらが有利なことに変わりは無い。俺もまた確信の無い勢
いでバンギラスに命令を下す。
「行け! ミュウツーを噛み砕け!」
 地を鳴らすかのような咆哮の後、バンギラスはミュウツー目掛けて突進。その大きく開いた口と牙でミュウツ
ーを捉えると、人間ならば分断されてしまうような力で以って噛み潰す!
「怖い怖い……自分のポケモンだと言うに容赦の無い」
 よしっ。少しの罪悪感と達成感が自分を責める。しかし、直後に耳から入ってきた無線で状況は一変すること
になった。

「それではここで特別ゲストです! それではあの伝説のポケモン、ミュウツーに入っていただきましょう!」


「これはこれはごきげんよう。久しぶりだねえ、元気にしていたかな? おやおや、随分と良い顔をしてくれるじ
 ゃないか、私の好きな顔だ。ん? どうして私がここにいるって? 我々を舐めてもらっては困る。君たちは今回
 の救出に随分と固く口を閉ざしていたようだが、急場凌ぎの集団で秘密も何もあったもんじゃない。本当に君は、
 君のメンバーの中に裏切り者がいないとでも? この船の見取り図を手に入れるために手回しした者たちに裏切り
 者は皆無だと? この催しの段取りを知るために声をかけた会社に裏切り者は全くいないと、君はそんな反吐が出
 る甘ちゃんな考えだっというのかね……?
 ふざけるな!! 我々を舐めるなこの下種野郎がぁ!!
 ……残念だが、あのミュウツーとドクトル・フジは偽者だ。憶えてるだろう、君たちが前に我々に使った、普段
 私達が好んで使う手だ。どうだ? 腸が煮えくり返るだろう? 私はとても心地よい気分だ。
 それじゃあ、こちらのパーティーはそろそろお開きにさせて貰おう。私も主賓として上に戻らなければいけない
 のでね。まだこの時期の海は冷たいと思うが、まあ死んでるから関係ないか。
 それじゃあ、さようなら」

 サカキが部屋から出て行くと、入れ替わりで入ってきたロケット団員達が俺とバンギラスを囲んでいく。相手ポ
ケモンの数は優に二十を超えている。俺も全てのポケモンを出して迎撃体勢を取るが勝機なんてあったもんじゃな
い。目の前の奴等はこれから起こる惨劇に卑しい笑みを浮かべるだけだ。ジリジリと間だけが縮んでいく。
 俺もまたニヤリと口角を持ち上げる。ただの虚勢と見たのか、団員はクツクツと同じように笑うだけだ。
 かかれ!
 誰かがそう叫ぶと一斉に襲い掛かってくる。俺はギリ、と奥歯を噛み締めた。

 本来ならば持って数分。しかし、元より背水の覚悟で望んでいる為、存外時間がかかった。
「この、しつけえんだよ!」
 団員の拳が俺の腹に入る。両脇を抱えられ、先ほどから止まない暴行は俺の意識を刈ることも無く続いている。
「そろそろ殺すか」
 団員の一人がナイフを取り出す。鈍い光をちらつかせながら近づいてくるそいつに、俺は再度笑う。
「このっ……!」
 青筋を浮かべてナイフを振り上げる。寸前、無線が入りその腕が止まった。
「灯台とパーティー会場の明かりが消えました! あれ……? うわあ! ジ、ジムリーダーだぁ! ジムリーダーが
 来てっ、た、助けてくれえ!」
 連絡を聞いた団員達が一斉に俺を見る。かかった。俺はすぐさま口を開いた。

「俺は……ただの陽動だ。お前たちがここで時間をかければかけるほど、お前たちのボスと仲間がやられていくぞ。
 ここで俺を殺すなら殺せ。だがミュウツーは返してもらうぞ……ミュウツーは、俺のポケモンだぁ!!!」

 ドカドカと慌しく階段を登っていく。あちこち痛い為に走れない俺は、団員に脇を抱えられながら上へと運ばれ
ていく。結局、俺は殺されなかった。人質として利用するらしい。俺は目をつぶりながら、歯の噛み合わせを確認
する。大丈夫だ。まだ戦える。
 あと少しだからな、ミュウツー。

 会場は酷い有様だった。既に会場の電気は復旧しており、俺はチラリと光を失った灯台を見る。今回の作戦はミ
ュウツーの奪回は勿論、前回、叶わなかったロケット団の壊滅も入っていたのだ。奇襲の際、灯台はジョウトの港
をしきっているアサギジムのリーダー、ミカンさんの会社の協力の下、行われた。
 いくら作戦が知られているとはいえ、ナツメさんやカツラさんが尽力して集めたリーダー達の力は絶大だ。それ
でも五分五分とジリ貧なのは、ロケット団の数が単純に多いからだ。
「ミュウツー!!」
 俺は残った力を振り絞り団員の拘束から無理やり外れる。その虚を突いて、奥歯の代わりに噛み合わせているボ
ールを口から吐き出すと共に通常の大きさに巨大化、展開。先ほど戦闘に参加させていなかったリザードンで飛び
掛る団員を振り払った。
「なぜソイツを生かしている! 殺せぇ!」
 サカキの叫び声が響く。奴もコガネジムリーダーのアカネさんと戦っており、こっちに向かってくる気配は無い。
俺はリザードンの背中に乗り、空に繰り出す。
 またとない好機。しかし、それを打ち崩したのは誰でもない、ミュウツー自身だった。

「やってくれるな? “アイ”よ」
「はい……“お父様”」

 彼女は頷くとその両の手をかざす。瞬間、巨大な衝撃がリザードンと俺を襲った。

 信じられなかった。いや、ただ考えるのが怖かっただけなのかもしれない。それだけミュウツーが、彼女が俺を
攻撃してくることは俺を動揺させた。
 ろくに受身もとれない俺をリザードンがかばう。背中からモロに落ちた為に、悲痛な叫びが響いた。それでもま
だ声も出せない俺に、ミュウツーが追撃をかけようとゆっくりと片手をこちらに差し出してくる。収束されたエネ
ルギーが一気に志向性を持って爆発する。サイケ光線だ。
「ゲンガー! ナイトヘッド!」
 虹色の光線がこちらを捉える寸前、ゲンガーがナイトヘッドを出す。黒い障壁が迫撃する。しばらく鍔迫り合い
のように競っていた両者だったが、ミュウツーの力は凄まじく、障壁を破ってくる光線を寸でのところで避けた。
 ついで近づいてくるキクコさんは俺の襟を掴むと、一体どこにそんな力があるのか、グイと顔へ引き寄せる。

「なにやってんだい! アンタ、あの子を取り戻すんだろう!? それを鳩が豆鉄砲喰らったような顔しやがって! 
 男ならねえ、好いた女は命掛けてでも守るもんだろう!?」

 ミュウツーを見る。以前のような鋭い眼光はどこかへ消え、虚ろな瞳でゲンガーと戦っていた。
 膝に力を入れる。全身が痛い。でも、皆痛いんだ。俺だけが痛いわけじゃない。皆、皆傷ついてる。
 だから、終わらせないと。
「はい」
 俺が返事をすると、リザードンが俺を抱える。着地が悪かったせいで既に翼は折れているのに。それなのに彼女
はまだ俺を運ぼうとしている。意思の強い瞳がこちらを見つめていた。

「やらせてやんな。女はねえ、惚れた男のためなら命の一つや二つ、惜しくないもんさね」

 リザードンとキクコが目を合わせる。お互いに笑った気がした。


「行くぞぉ! リザードン!」
 俺の叫びとリザードンの叫びが共に場を占める。折れたというのに堂々と飛ぶ姿は正に神話のそれを思わせる。
既に離脱したゲンガーに代わって、再びミュウツーに向かって空から突撃する。
「ひっひ……しつこい男は嫌われるのになあ……“アイ”」
「はい、お父様……」
 ドクトル・フジの言葉にミュウツーが頷く。また両の手を持ち上げると、掌からモンスターボール大の黒球を作
り出す。シャドーボール。ミュウツーを奪ったもの。黒い凶玉(まがたま)。
「……いけ」
 ミュウツーの声と共にソレは四散し、こちらに凄まじい速度で飛来する。リザードンは避けずにそのまま突っ込
む。顔に当たり失神しかけようが、体に辺り骨を折ろうが、俺の為に、ミュウツーの為に飛び続ける。
 ありがとう、ありがとう、ありがとう。
 もう意識も半分も無いのか、そのままミュウツーに向かって突進する形となる。避けようと後ろにステップを踏
むミュウツー。させてなるものかと、俺はリザードンの背中から飛びついた。
「“アイ”!」
「や、めて……!」
 あと少しで抱きしめようかという瞬間、俺の体は吹っ飛ばされる。肩から落ちたのか、激痛を訴えるが構わない。
俺はまた立ち上がって彼女に近づく。
「い、や……いや……」
 近づく、吹っ飛ばされる。近づく、吹っ飛ばされる。近づく、吹っ飛ばされる。何度繰り返したろう、その度に
背中や腰、首が悲鳴をあげる。
「ミュウ……ツー」
「“アイ”! その男に惑わされるな! お前は“アイ”じゃ! ワシの娘なんじゃ!」
「あ……私は……ア、イ……」
「ミュ、ウツー」
「“アイ”!!」
「私は……あ、あ、あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 そして、俺は彼女をやっと抱きしめた。

「ただいま、ミュウツー」
「あ……る、じ……?」

「ど、どうした“アイ”……? お前は“アイ”じゃろう?」
 わなわなと震えながら近づくフジ老人。先ほどまでの勢いはまるでない。ミュウツーは首を横に振る。
「“アイ”はもういない。この体は私のものだ。なにより、主のものだ」
 彼女の言葉に老翁は膝をつく。もうそこに科学者としての顔は無い。一人の、寂しい老人の顔だった。
 ミュウツーが戻ったことで周囲の喧騒も収まった。まるで、彼女がそうしたかのように今は静かだ。
「どういうことだ! ミュウツーの人格は消えたはずじゃなかったのか!? なぜ元に戻ってるんだ!?」
 サカキがフジ老人に掴みかかる。しかし、放心している老人に答える言葉はもうない。
「ふ……ふざけるな!! どれだけ、この為に俺が準備したと思ってる!! 金をばら撒いたと思ってる!!」
「やはりお前が一枚噛んでいたようだのう、サカキ」
「ハゲは黙ってろぉ! ……フフ、ああそうだよ。全てオレがやった! ムウマを増やす為に新たな商売にも手を出
 した!! 全てはお前を手に入れるためだ! ミュウツー!」
 半狂乱のサカキ。団員の誰もが今は顔を伏せ、彼と目を合わせようとしない。キクコが続けた。
「最近、育てられなくなったポケモンを引き取るトコがあるが、その実、裏ではわざと殺してゆうれいポケモンを
 増やすなんていう外道がいるようじゃな。それもやはりてめえか、サカキ」
「そうだよ!! 悪いかババア!? 引き取られなければ結局、飼い殺されるだけのところをオレが楽に殺してやって
 んだよ! それのドコが悪い! 捨てるような馬鹿とオレと、どっちが悪い!」
「黙れ外道。そんな事など、今はどうでもいい」
「あ? どうでもいいだと……?」
 今にも掴みかからんとするサカキを、ミュウツーは何の戸惑いも無くねんりきで吊り上げる。慌てる団員だが、
ミュウツーに圧倒されてそれ以上は動けそうに無かった。

「聞け下等生物。私は他のポケモンがどうなろうが、人間がどうなろうが知ったことではない。それよりもなぜ私
 の主がこんなにも酷い怪我をしているんだ。私が傷つけたことは知っている。その罪は存分に償う。そして貴様
 等も同罪だ。お前が社会的に犯した罪などどうでも良い、主を傷つけた罪を今ここで、命をもって償え。それが
 下等生物の出来る最大の謝罪であることを教えてやる」

 結局、殺すのはマズイということでサカキの身柄は当局に渡すことで決着した。今もロケット団が関与している
会社は捜査が続いており、まだまだ全容が明かされるには長い時間がかかるだろう。
 ミュウツーはその後、しばらく精神検査がなされたがほどなくして帰ってきた。検査を担当した医師が真っ青な
顔をしていたことから、検査はどうあれ彼女は完全に自分を取り戻したようである。
 俺の方は退院したものの、まだ通院は続いている。その度にミュウツーが自殺しそうな勢いなのも少々困ったも
のではあるが、じきに全快するだろう。周囲の人も今は自分の仕事に戻って平穏無事に暮らしている。
 フジ老人のことだが、人格が変わっている間、何があったのかは分からないが、時折、ミュウツーが顔を出して
いるようだ。今まで殆ど俺につきっきりであったから、いきなり一人の時間が出来ると、これまた妙な気分にさせ
られる。けして嫉妬しているわけではない。
 ついでに、そこから聞いたのだがポケモンタワー建設の際、皆、首を横に振る中で一番に出資してくれたのがサ
カキだったらしい。方法こそ間違っているが、ポケモンを愛する気持ちは変わらないのかもしれない、とはまた四
天王として返り咲いたキクコさんの言だ。
 まあ、とにかく日常を取り戻した俺とミュウツーは新たな旅に出ることにした。今回の件でジョウト地方のジム
リーダーからぜひバトルしてみたいとの連絡があったのだ。ゆくゆくはジョウトリーグにも進出してみたいとも思
う。
 空は晴天。久しぶりの太陽を背にポケモンタワーは輝いてるように見える。

「なあ、ミュウツー。もしも俺が俺でなくなったらどうする?」
「主がですか? それなら答えは一つです」
「一つ?」
「ええ。抱きしめるだけです」


おわり