39 ID:lIoAz9Q0

 いじめられる少年というのは、どこにでもいる。
「やーい、弱虫! よわむしー!!」
 いじめられる少年というのは、どこにでもいる。
「お前みたいな世界で一番弱っちい奴いらねーよバーカ」
 そう、いじめられる少年というのは、どこの町にでも当り前に存在する。
 そして彼らは思う。
 何で? どうして僕がこんな目にあわなければならないの?
 そして彼らは思う。
 どうすれば、皆は僕を認めてくれるの?
 そして彼は、思う。
 僕は、弱くなんかない。

 ハナダシティに住む彼は、考える。
 そして決めた。
 皆に見せてやる。僕は弱虫なんかじゃない。

40 ID:lIoAz9Q0

 夜の帳が降りて、空の星が雲間に翳る一時の闇夜。
 少年はこっそりと、ベッドを抜け出し家を出て、鉄柵を乗り越え町外れの小川を渡った。
 誰にも見つかるはずはない。腕時計は深夜三時を知らせている。ハナダシティの住人は、
いやこの世の誰もが、今は明日のために夢を見ている。
 少年もまた夢を見ている。違うのは、彼が見ている夢というものが、ベッドで見る種類のものではないということ。

 始まりは、ありふれた噂話だった。
 一ヶ月前のことだ。町外れで地震が発生した。それはやはり人々が夢を見る時間帯に起きたもので、
幸い人的被害も、公的被害もほぼ皆無だった。人々は翌朝になってそれを知り、
朝食の席で「すぐ近くだ。このへんも危ないな」などと言い合いながら、しかしいつもと同じ生活に身を預けた。
その地震はたしかに、人々の日常を壊すものではなかった。非常に局所的な地震だったからだ。
発生時刻に酒を煽っていた男性の、その杯の中身も一切揺れなかった。だからその地震のことなど、誰も気にしなかった。
よくある自然現象の一つとして、生活の中に紛れていった。
 しかし子どもたちの間で、翌日から一つの噂が囁かれるようになった。
「昨日の地震ってさ、あれだろ? 実はポケモンがやったらしいぜ?」
「え、マジかよ? ディグダとかか?」
「いや、違う。誰も見たことのない新種のポケモンってハナシ」
「くっだんねー」
「マジだって。だって場所が場所だぜ? 町外れっていや」
「……あ、“あそこ”か?」
「そう。子どもはもちろん大人も入っちゃいけない、“あの洞窟”だよ」
「ハナダの洞窟」
「あそこならさ、何がいても不思議じゃない」
「……立ち入り禁止にして何かを隠してるんじゃないかって話もあるしな」
「……ま、でも入れないんじゃ確かめようもないじゃん」
「それがな、そうでもないみたいだぞ」
「え? 何かあんの?」
「昨日の地震、あれが原因で、地層がずれてるから――

 場所とやり方次第で、入り口が作れるんじゃないかって」

 ありふれた、しかし誰も確かめようとしなかった噂話を、少年は今日、確かめようと思っている。

41 ID:lIoAz9Q0

 どこが適当なのかはわからなかった。だから場所は適当に決めた。基準は少年自身の曖昧な感性。
 “それっぽい”ところで、彼は小川の水に濡れた足を止めた。
「出ておいで」
 呟いて、腰に下げていた二つのモンスターボールを投げた。二つの歪な光線が弾け、瞬時に二つの鳴き声が出現する。
少しだけ眠たげにも見える二匹に、少年は苦笑いを浮かべて頭をかく。
「ゴメンよ、起こしちゃったね。でも、手伝って欲しいんだ」
 眠たげな二匹、ポッポとキャタピーはわずかに顔を顰め、しかしそれでも「仕方がない」とばかりに、
小さく返事をする。
「ゴメンね。ありがとう」
 二匹と一人は、静かに眼前の土壁を掘り始める。

 掘り始めて三十分。
 土壁の向こうに、暗闇が広がった。
 ポッポとキャタピーは、既に疲れきっている。
 少年もまた、疲労を感じている。
 ここまでやっただけでも十分だ。誰もやらなかったことをやった。それで既に少年の目的は達せられている。
これ以上は、危ない。引き返せ。この穴も放っておけばいい。それが証拠になるし、何よりも穴があれば、
入り口があれば、その先は誰かが確かめるさ。
 理性は、そう言っている。
 そして本能は、内部に広がる暗闇を恐れている。近付くな。ここは危ない。絶対に何かがいる。近付くな。
 けれど――

 少年はポッポとキャタピーをボールに戻し、意を決して、一歩を踏み出した。
 それは彼の感情と、男の意地が導いた一歩だった。
 僕は弱虫じゃない。
 少年の足は、けれど微かに震えている。

 こうして少年は、ただ一つのリーダーバッジすら持たないいじめられっこの少年は、
この世界に存在する最大の、そして最後の秘境に足を踏み入れた。
 そして彼はこの中で、白く輝く一体のポケモンと出会うことになる。
 彼の見る夢が悪夢になるのか、それは未だ誰にもわからない。
 雲間から、密やかに月が顔を出した。
 その光は淡く、ただ淡く――