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あんまりなので、今度は『彼』の応援文を書く事にした


季節は春を迎え入れ、それが肌を撫ぜる心地良い風の流れにも色濃く表れている。
こんな陽気は滅多にないことだからと、今日の旅は一先ずの終了を告げ、各々に休息を取っていた。
その中で、一匹だけがまったく別の行動に精を出している。

『彼』の名前は「カメックス」。
他に多数の控えが存在する青年のポケモンの中でも、一際“浮いた”存在だ。
その理由は……彼の「性別」に起因した。

「カメックス、今日も彼女達に何か押し付けられたのかい?」
「まあね……」

自身の主に話しかけられ、カメックスはおざなりに返事をした。
手には大きめのカゴが抱えられており、見るからに「洗濯物」の類である事が窺える。
見る人から見れば、なんと羨ましい役柄と思うだろうが、カメックスはまったく嬉しそうでない。

むしろ仏頂面で、機械的な表情で顔面が固定されている。
それから途端に、深い溜息が漏れた。

「てめえらで、やれよって話しだ……まったく」
「はは……」

尤もなぼやきを一つ、カメックスはそのままカゴを抱えて清流まで歩いていく。
その背中を見送って、青年も似たような息を零した。

「俺の最初のポケモンが……雑用係りって、酷くないか?」

仕方の無い道理を述べて、青年はそのままテントの中に引き下がった。
何はともあれ、彼がいないとチームが纏らないのも事実。
静かにカメックスの帰りを待つ事にした。



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川原に桶を並べ、そこに水を溜めて洗剤を適量混ぜていく。
頃合の泡立ちになると、ようやく洗い物を一枚、一枚丁寧に洗濯する。

リザードンはヘビースモーカーなので、黄色いヤニの色が染み込んで中々落ちづらい。
ミュウツーは、一々説明するのが面倒くさくなる赤い液体がこびり付いて落ちない。
何とも、溜息の零れる日常だ。

「…………?」
「ん? なによ、ダークライ……?」

不意に視界に映りこんだ影の化身を見やり、カメックスは頭上に疑問符を浮かべる。
見ていると、ダークライは彼の傍まで寄ってきて、同じように桶に手を差し入れた。

「なに? 手伝ってくれるの?」
「…………!」

カメックスの問いにダークライは頷き、同時にカメックスの眼から涙が零れた。

「ありがとう、ありがとうよぉ~……! お前は本当にいい子だな……」
「…………?」

大の大人が泣く理由が今一つ分からないダークライは首を傾げ、それからカメックスの動きを真似る。

だが――、天性の『才能』か?
まったく同じ行動をしているはずが、むしろ洗い物が増えていく始末。
これには流石のカメックスも額に汗をかき始め……最後に肩を落した。



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「遊んでおいで、頼むから……」
「…………」

ダークライもこの仕事が自分に向かないことを悟り、それ以上、何のジェスチャーも交えずテントの方へ帰っていった。
元から静かだった川原は更に静まり返り、カメックスは汚れてしまった洗い物に落胆しつつ、再度洗濯に取り掛かった。
やはり手馴れたもので、一人でやっている方が、遥かに能率がいい。

手早く済ませると、今度は手ごろな高さの木を探して物干し竿をかけた。
洗濯物を丁寧にかけていき、後は天気が崩れないことを祈って乾くのを待つだけ。

「終わった~」

伸びを一つ、それから肩を回すと次の仕事に取り掛かろうと踵を返す。
そこへ、背後から大げさに水がはねる音が耳に響き渡る。
咄嗟に振り返ると、案の定、洗濯物に川の水が盛大にかかり、見事に潤っていた。

「アイぃ~……わんたしたもんが、いっぺーやったもんやっさぁ~?」

川のど真ん中でサーフボードに掴まりながら、肌の焼けた小柄な少女が誰に言うでもなく、方言で何事か述べていた。
一体どういう思考回路をすれば河川で波に乗ろうと考えるのか、カメックスはひどい頭痛に悩まれていた。

「せめて共通言語で喋れ……」

それ以上、彼からの反論はなかった。



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濡れた洗濯物を洗い直し、やっと帰って来る頃には昼も大分過ぎていた。
テントから青年が顔を覗かせて、欠伸交じりに迎えてくれる。

「お~、ひでぇ目にあったぜ。海んちゅう……ありゃ頭のネジが外れてるぜ、絶対?」
「そういうなよ、賑やかでいいじゃないか」
「賑やかねぇ~?」

周囲を見回し、三人の“女傑”が居ないことを知り、カメックスは首をかしげる。
それに青年はもう一つ欠伸をして、端的に理由を並べる。

「お前があんまり遅いんで、昼食は町で食べてくるって言ってたよ?」
「あ~、買い食いなんて身体に悪いから止めなさいって言ってるのに……」
「お前は教育ママか?」

肩を竦めておどける動作に危うく噴出しそうになり、それから青年は毛虫のようにテントから抜け出した。
肩を回し、ちょうど腹から情け無い音が響く。

「俺も腹減ったな」
「ああ、なんか作るから待ってろよ? 多分、ダークライとかも匂いに惹かれてくると思うし」
「カビゴンか何かと勘違いしてないか?」

詰まらない会話を挟み、カメックスは首を回しながら荷物を解いて調理器具を漁った。
フライパンを取り出し、何を作るか試案を浮かべていると、耳を叩く破裂音が轟く。



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「な……なんだ!?」

驚き青年が声を上げると、続けざまに破裂音が響き、近くの森から土煙が延々と上る。
五度目の爆発と同時に、何かが森の中から飛び出してくる。

「……ん? ダークライじゃね?」

フライパン片手に立ち、青年の横に並ぶとカメックスは見知った姿形の少女を見つけ、空いた手で指さす。
確かにダークライがそこに居て、ついさっき森の中から飛び出してきたように見えた。

「待て、糞ガキ!」
「…………!?」

何か男の声がして、それを聞くとダークライは必死に足をばたつかせて走った。
嫌な予感がし、咄嗟に青年は少女に聞こえるよう大きな声で呼び掛けて誘導を促す。
意図は通じ、少女は呼び掛ける声に反応して全速力で青年の下まで駆けた。
その後ろでは、まだ執拗に少女を追いかける男の声が聞こえる。

「まあ~、ロリコンのおっさんが獲物を発見した勢いだな?」
「そんな生易しいもんに見えねえけど?」

必死の思いで逃げてきた少女を抱きとめ、青年はすぐさま身を引いて立った。
その前を、無意識的にカメックスが塞ぎ、やってくる相手から青年と少女を隠す。
戦いの予感から首を回し、肩から飛び出す砲身の動きを素早く検査する。

そこへ、大げさな爆音を引き連れて、大柄な男と一匹のポケモン――メタグロスが青年達の前に姿を現した。



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男は顔中に汗を掻き、膝に手を突いて肩で必死に息をしている。
相当、走ったのだろう。

「て、めえが……そのぉ、ダークライの……飼い主か?」
「飼い主という発言は頂けないけど……トレーナーです」

訂正を加え、カメックスの影から出て青年が前に立つと、男は気を取り直したように背筋を伸ばした。
身長の上で青年より上回るところを見せ付けて虚勢をはりたいのか、腰に手まで当てている。
その体勢から青年を見下ろして、男は耳を劈かんばかりに声を張り上げる。

「てめーんとこのダークライの所為で悪夢を見たんだ! しっかり落し前つけてもらおうかい!?」
「例えば?」
「はあ? てめえ馬鹿か!? ――金だよ。か、ね!」

眼前に指作った輪を近付け、男は挑発気味に「分かるか?」と、空いた手で自分の米神を小突く。
少し間の空いた間隔を持って立つカメックスの目が据わり、口元が苦笑いに歪む。
青年は彼に抑えるよう指示し、そのまま顎に手を置いて考えた。

「あれだけ追い回したんだから、もう充分でしょう? この子だって反省しているはずです」
「知るかっての……それとも何か? ボコられねえと分かんねえクチなの、おたく?」
「へえ……?」

既に沸点直前まで達するカメックスは額の隅に青筋を浮かべて、据わった目のまま男とメタグロスを見比べ出す。



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「だったら、“ポケモンバトル”で白黒つけたらイイんじゃね?」

挑発的に首を傾け、睨むような体勢でカメックスは提案した。

「カメックスまで……何を言い出すんだ?」
「へえ、ジョートーじゃん? それともおたく、怖いの?」

後ろから掛かったカメックスの言葉に顔を顰め、注意を促すが既に遅く、振り返った背からも肯定の言葉が響いた。
青年は溜息をつき、そして、いくら冷静にしていても、自分が男なのだと改めて思い知らされた。
「怖いのか?」と、挑発されて、黙っておける性格ではなかったのだから。

「3on3でやるぞ? 異論はねえな?」
「いいですよ? ――カメックス、先鋒は任せた」

ようやく許しが出て戦陣に立つと、カメックスは普段見せないほど凶悪な表情で笑った。
ダークライは初めて見るカメックスの顔に怯え、逆に青年は懐かしさを感じていた。
これが、今までの彼の本性だったと言える。

カメックスがフィールドに立つと、正面にメタグロスが重い体を引き摺って登場する。
男は挑発的に鼻を鳴らし、余裕の態度で食指を動かした。

「そんな初心者用ポケモンでメタグロスに勝つつもりか? 馬鹿げてる! 一発殴らせてやるよ?」
「へえ~、本当に?」



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真に受けて、カメックスは更に口元を歪めてメタグロスに近付いた。
どうやら男の挑発は本気らしく、カメックスの一撃をメタグロスに打たせるつもりのようだ。
不意に、青年が嘆息を零す。浅はかな男だな、と……。

カメックスは拳を押さえて、こねる動作を見せると右手を後方に吊った。
そのまま力の限り振り下ろして……寸止めで拳を停止させる。
予期しない行動に、メタグロスと男の目が丸くなって呆気にとられる。

それから、カメックスの手は解かれ、手の平をメタグロスの額に被せると、鼻で笑った。

「ばーか……!」

直後、メタグロスの身体が地面に埋まり、身体を支える四肢が不自然に変形する。
超重量のポケモンが叩きつけられ、地面は差し詰め地殻変動が起こったような事態に見舞われ、大仰に揺れ動く。
強引に押し付けた手を離すと……哀れ、メタグロスは二目と見れない様相に取って代わり、頭部が打ち砕かれていた。

完全にダウンし、瀕死もしくは「死んで」しまったかもしれない。
男は、未だに何が起こったのか把握できないらしく、口を半開きにして立っている。

「おい、さっさと控えのポケモンを出せよ?」
「あ、ああ……」

今度はカメックスが催促し、食指を向けて男に指図をくれた。
馬鹿な男だ。勝敗は火を見るより明らか、すぐにメタグロスを戻してポケモンセンターに走った方がいいのに……。
変にプライドを持つと、省みる存在が途端に憐れになってくる。



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「行けっ! カイリキー!」

モンスターボールを投げつけ、新たに登場したのは怪力自慢のモンスター。
先のカメックスの圧倒的パワーに対抗する意味でぶつけてきたか、何にせよ無駄だ。
カイリキーは拳を固め、全身の筋肉を怒らせてカメックスに飛び掛った。

「カイリキー、ばくれつパンチ!」

男の指示でカイリキーは腰を大きく捻って、力の限り拳を目標に向けて打ち出した。
拳は完全にカメックスを捉えており、命中すればかなりのダメージが望める。
この時にも、男はまだどこかで勝利を掴み取れる妄想を抱いていたようだ。

拳は、吸い込まれるようにカメックスの顔面に直撃する。
最強度の金属同士がぶつかる衝突音が鳴り、鈍い衝撃の余波があたりを駆け巡る。
命中した事を確認し、男は勝利を確信して騒ぎ立てる。

それに連動して、新たな「悲鳴」が混ざり周囲を阿鼻叫喚の絵図に描き換える。
カイリキーの鋼鉄の腕が圧し折れて、目を覆いたくなるような悲惨な状態で垂れていた。

無論、カメックスは何もしていない。彼は立って構えていただけ。
カメックスは微動だせず、敢えて避けることすら止めて膂力の差を見せ付けたのだ。
僅かに垂れる鼻血を吹き、蹲るカイリキーを見下して、顎に強烈な蹴りを見舞ってダウンさせる。

「――んで? 次は……?」
「ひぃっ!?」



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ここに来て、ようやく男は悟った。
これは『試合』じゃない。猛獣が草食獣を悪戯に狩っているだけの「ショー」なのだ。
これ以上の戦いなど、まったくの無意味。下手をすれば、今度は自分が……。

「どうしたよ? さっきまでの余裕はさあ?」

地面を蹴りつけ、男に近付く素振りを見せると、男は飛び上がって駆け出した。
両手を掲げて走り、悲鳴を上げてダウンしたポケモンそっちのけで保身に走る。
これが、あの男の本性かと思うと、少々憐れに思えてくる。

「追うなよ?」
「頼まれたってイヤだね」

踵を返し、肩をすくめる頃、カメックスは普段の気の抜けた表情に返っていた。
再び荷物を解く作業に戻り、小麦粉などの調味料を吟味する。
それを見て、やっと青年とダークライは緊張を解いた。



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あれだけの喧騒があって尚、その後の晩餐は至っていつもどおりだった。
カメックスが料理を選り分けて、それを一同が顔を並べてつつき合う。

「うんなぁ~、いっぺーまーさんなカメックスよぉ~」
「うん、共通言語で喋れ?」

凄まじい方言を一蹴し、カメックスは皆が食べている間、ずっと鍋の前に立って火の調節をしていた。

「そういや、今日の夕方辺りかな? 帰る直前にすげえ悲鳴上げてるヤツいたぜ」
「ああ……いたな」
「何でしょうね? 心の病かしら?」

三人が町での出来事を話し、危うく口の中の物をぶちまけそうになる。
多分に、今日の時点で彼は心に甚大な障害を負った事は間違いなかろう。
今に思えば、もう少し本気で止めていれば良かった。

「カメックス、ボクのご飯辛くないよ~?」
「そこに七味唐か、タバスコあるから自分で調節して……」

イーブイの要求を指の向きで促し、カメックスはそのまま鍋の前から動かない。
少し、妙な雰囲気が流れ始める。



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「なあ、なあ……どうしたの? 何か鍋の前に立って、何か作ってるの?」
「さあ? 良い匂いがするから……まさか可笑しな物って事もなさそうですが」
「……余計、お腹が空く」
「……………?」
「わんは、まにみのってくるさぁ~!」
「辛いの、辛いの、大好きさぁ~♪」
「今、気付いたけど……六人以上いるな……」

「出来たぁーーッ!?」

皆が顔を寄せて予想を立てている隙に、カメックスは大声を張り上げて鍋の中身の完成を叫んだ。
一斉に注意がカメックスに及び、そして鍋の中身に興味が向かう。
カメックスも、元から皆に出す事が目的だったようで、鍋を食卓まで運んできた。

「出来た、出来ましたよ~。本日の『メインディッシュ』!」
「なに?」

なにやらニュアンスに奇怪な物を感じ、青年は眉間に皺を寄せて訝しんだ。
しかし、皆はその匂いに釣られて青年の察する表情に気づかず、顔を近づけている。
何か……ヤバイ。

「良い匂いだ。“具”はなんだ?」

鼻を近づけるリザードンの問いの前に、カメックスは得意げに胸を張る。

「『メタグロスとカイリキーのごった煮』でござ~い!」

――馬鹿かお前ッ!!!!!!!



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瞬間的に青年は飛び上がり、これから始まるであろうカメックスの集団私刑から我が身可愛さに逃げ出した。
ああ、長い付き合いだったけど……お頭の弱さでやっぱり死ぬのね、カメックス。
俺は両手を合わせて、カメックスへの黙祷をささげる。

その頃――食卓から歓声が沸いた。

「すげえ!? メタグロスだって? 滅多に食える珍味じゃねえぜ!」
「亀の分際にしては中々上出来だ……」
「凄い……それにカイリキーって、とってもコラーゲンが豊富なんですよ?」

などと、予想を百八十度超えた奇天烈な会話が並び、青年は驚愕の余り目玉をひん剥いて突っ立っていた。
まるで、自分だけが会話に取り残されたようで、何かもの寂しい。

「コラーゲンって……熊かよ?」

離れた場所から眺める食事風景は、何時もどおりの賑やかさで埋まっている。
そして、今日もまたどこかがおかしかった。


<了>