「私」論08


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そして、「私小説」とは、その「曲解」によって生じた「ジャンル」なのではないかと思う。

例えば、単純な話、「『私』小説」があるならば「『公』小説」もあるのかということなのだけれど、「そう呼ばれて」いるものはない。恐らくは(ただの)「小説」が「それ」にあたるのだろうけどそこには「私」の対となる「公」の字が「ない」。

なぜ「ない」のかを「邪推」すれば、「公」が「ある」ことは「当然」で、「私」を「だす」ことは「よくないこと」。

「だから」、「公」ではない「私」を「表す『ジャンル』」として、「『私』小説」が「ある」。