なんかここ最近、柊の様子が変なんだよな~。なんつーか、話しかけても上の空ってゆーか……カラオケとか連れてっても全然歌わねぇし、いろいろイタズラしてやっても何もしてこねぇし。
「柊、最近向こうに行かねぇな」「ええ……」「誰かと喧嘩したの? だったら早く仲直りしなきゃ」「ええ……」「……おい、柊?」「ごめん、トイレ行ってくるね」
弁当をそのままにして教室を出てく柊。一緒に弁当食えるのは嬉しいんだけど……全っ然楽しくねーや。
「柊ちゃん、本当にどうしたのかしらね?」「さぁ……アタシは知らないよ。あむっ」
弁当からミートボールを摘んで口の中に放り込む。大好物なはずなのに、美味しく感じない。もったいね~。
「むぐ……早く元気になってくれなきゃ、アタシまで気が滅入っちまうんだよな~」「みさちゃん、柊ちゃんのこと好きだもんね」「んぐ!?」「み、みさちゃん!」
げほっげほっ……ミートボールが変なとこに入っちまった……
「い、いきなりなんて事言うんだよっ!」「あら、違うの? でもそういうのって、好きな人に抱く感情じゃないの?」
好きな人に抱く感情……?そんなこと言われても……アタシにはわからねぇよ……
「みさちゃん、もしかして誰かを好きになった経験ってないの?」「ねぇよ……」
強いて言うならあやのだけど……あやのの言ってる『好き』ってそういう意味じゃねぇだろうし……
「柊ちゃんが好きかどうか、それはみさちゃんが一番わかってるはずよ」
アタシは……柊が好き……?確かに、柊がいないとすっげぇ寂しいし、こないだビンタされた時は柊に嫌われたかと思って怖かったけど…………あれ……否定する部分ねぇや……
「好き……なんだろうな」「うふふ、やっぱり♪」「変じゃねぇかな? 初恋の相手が同性なんて……」
確かにアタシは男勝りだけどさ、性別はちゃんと女だぜ? 普通は異性を好きになるもんだろ。アタシ、変なのかな……
「ううん、変じゃないと思うよ。人を好きになるのがどうして変なの?」「あやの……」「『異性を好きになるのが本能の愛なら、同性を好きになるのは理性の愛だ』みたいなことをどこかで聞いたことがあるわ。つまり、どっちも愛じゃない」「……そっか……そうだよな」
アタシは柊に、人間的な魅力を感じてたから好きになった。そういうことなんだろうな。なんだか、答えが出てきたからか頭がすっきりしたぜ。今なら美味しく食べれそうだゼ!
「あ~~んむっ。むぐむぐ……ごっくん。まずは柊に元気になってもらわねぇとな」「そうね。そのためには原因を知らないと」「原因か……。あ、アイツがいるじゃん」
〈答えはきっと心の中に〉
「お~っす、チビッ子」「あ、みさきち」
あの時――三日くらい前だったっけか――チビッ子は泣きながら廊下を走っていってた。柊がおかしくなったのもあの時からだったから……柊と大喧嘩したに違いない。
っと、見かけないやつがいるな。チビッ子と手を繋いでて、チビッ子よりも小さいってことは……妹か従妹ってとこだな。
「そういやみさきちは初めてだよね。私の従妹の小早川ゆたか、通称ゆーちゃんだよ」「は、はじめまして。こなたお姉ちゃんがお世話になってます」「アタシの名前は日下部みさお。よろしくなー」
ビンゴ。やっぱ従妹だったか。つーかチビッ子よりも更にチビッ子って、こいつの家系はどうなってんだ……?
「で、みさきち。私に何の用?」「おお、そうだ。忘れるとこだったぜ」
ふう、危ねぇ危ねぇ。肝心なこと聞かなきゃな。
「最近、柊の様子が変なんだよ。チビッ子、何か知らねぇか?」「「!!」」
……なんでそこで固まるよ?小早川はオロオロしてるし、チビッ子にしては震えてるし……もしかしてアタシ、地雷踏んだ?
「……ご、ごめん! 私、ちょっと用事を思い出した!!」「あ、ちょ、おい!!」
そう言ってチビッ子は走って行っちまった。たく、なんなんだよドイツもコイツも……
「あ、あの、今のお姉ちゃんに、かがみ先輩の話はしないでください。相当、傷付いてますから……」
……ほぉ~……?
「小早川。お前、何か知ってる口だな? ちょっと顔貸せや」「えっ、えっ、ええぇ!?」
小早川の首根っこ掴んで、二人きりになれる場所まで移動した。
・・・
「さて……」
放課後、地平線に沈みゆく陽を見つめながら屋上で柊を待っていた。小早川を使って、昼休みのうちに柊を呼び出しておいた。多分、もうすぐ……なんて思ってると、ドアを開ける音と足音が聞こえてきた。
「……ゆたかちゃんまで使って、何の用?」
柊の声。振り返ると、ジト目でこっちを睨み付けてた。柊のこの目、ちょっとイライラしてる時のだよな……
「悪いな、柊。ここに呼んだのは、二人きりで話がしたかったからなんだ」「……さっさと言いなさいよ。私、ちょっとイライラしてるんだから……」
なんでイライラしてるか……多分、アタシが『アイツ』と同じことを言うと思ってるんだろーな。
「どーせアレだろ? 『どうして自分は女にしかモテないのか』だろ?」「!!」
そんだけ驚きゃ、間違いなく図星だな。
「小早川から聞いたよ。チビッ子の告白を蹴ったらしいな」「……」
うつむいたまま、何も言ってこない柊。向こうからは何も言ってこないだろうから、少しずつ聞いてくしかねぇか。
「なんで振ったんだよ? 柊はチビッ子のことが嫌いなのか?」「そっ、そんなわけないじゃない!! でも……」「でも?」
沈黙が続いて、それから柊がゆっくりと話し始めた。
「ど、同性との恋愛なんて……周りが認めてくれるわけないじゃない……周りに猛反発されて、駆け落ちとかになるのが関の山でしょ……?」
……なるほどな……
「つまり柊は周りの意見があるから断ったと」「ち、違うわよ! だけど、受け入れてそれで二人が幸せになれるわけ……」「断ってもなれなかったじゃねぇか」「う……」
珍しくアタシに言い負かされてる柊。いつものキレがねぇな。
「で、他には?」「他にって……そんなにあるわけないじゃない……」
なるほど、柊が言いたいことはよ~くわかった。
「つまり柊は、『チビッ子が男だったら受け入れてた』んだな」「……え……?」「だってそうだろ? 柊がチビッ子の告白を蹴った理由はそれしかないじゃねぇか」「あ……」
まったく……気づいてなかったのかよ。柊は頭がいいんだか悪いんだか、よくわからねぇや。
「チビッ子がどれだけ柊が好きかわかってんのか? 周りから猛反発を受けても、柊と一緒にいたいって思ったから告白したんだろーが」「……」
胸の前で、祈るようにして手を組む柊。そんな柊を見て……アタシは柊すらわかってないだろうことを言った。
「そしてもう一つ。柊は……いや、柊もチビッ子のことが好きだ」「……は……?」
さすがにこれは予想外だったみたいだな。ポカンてしてる。まあ、アタシもそうだったからな。柊が考えてることが手に取るようにわかるゼ。
「チビッ子を振ってから、柊はずっとチビッ子のことばっか考えてたんだろ? 『チビッ子が心配だ』『振らなけりゃよかった』ってな具合にな」「あ……」「『チビッ子がいない』……それだけで物凄く寂しい思いをしてたんだろ? つまり、柊もチビッ子が好きだったんだ」「……私……私……!!」
やっと自分の気持ちに気付いて、ポロポロと涙を流してその場にうずくまる柊。そんな柊に近づいて、まっすぐに目を見つめて言った。
「ひどいことをしたって思ってんなら……行ってこい。それが、柊の答えならな」「……ええ。ありがとう、日下部!!」
涙を拭いて、柊は屋上を駆け出して行った。校庭を駆けてく柊を見届けてから、ここにいるだろう『もう二人』の名前を呼んだ。
「……小早川、あやの。いるんだろ?」「……やっぱり気付いてたんですね」
階段の陰からゆっくりと歩いて、私の隣に並んだ小早川とあやの。
「峰岸先輩から聞きました。日下部先輩も……柊先輩が好きだったんですね」「びっくりしたわ。柊ちゃんに告白すると思ってたから隠れて待ってたのに」「ああ……アタシもびっくりだよ」
小早川から話を聞いたら……なんだかアタシが思ってる以上の事態が起きてたからなー。
「でもなんで泉ちゃんに柊ちゃんを譲っちゃったの? あのまま告白して自分のモノにすることもできたのに」
……黒いなー、あやの……
「まあ……確かにできたことはできたんだろうけどさ。柊の一番は……チビッ子だったからさ、アタシが入る隙間なんてなかったんだ」
それに……柊には、チビッ子の方がお似合いだからな。
「……なあ、これでよかったのかな……」
本当は、アタシも柊が欲しかったはずなのにな……チビッ子を推した理由がわからねぇや。
「その答えは……きっと私達に聞いても出てこないと思います。答えはきっと、日下部先輩の心の中にあると思いますよ」「そうね。みさちゃんの左の胸にしまわれてるんじゃないかしら」
アタシの左の胸……か……
「……うん。これでよかったんだよな。これで……」
ちょっと低いフェンスにもたれかかって、茜色に染まる空を見つめた。あの空は少しだけ……滲んでいるように見えた。
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