その事件は放課後で起こった。陵桜学園の1日はいつもの通り始まった。いつものように始まり、いつものように休み時間が来て、いつものように終わる筈だった。
だが問題は陵桜学園の放課後に事は起ころうとした、その時少年は気が付かなければいけないだろう。いや、気が付かなければこの先のこの少年の人生に大きく反転しかねない状態になったと思う。
その事件とは肌寒い空気が流れる、まだ微妙に寒い春の時期に訪れた。放課後だけあって夕日のオレンジ色がグランドを染め、部活に励む者等の汗がオレンジ色に反映して光り輝いて見える。
そのグランドをぼんやりと眺めている少年が1名、図書室でゆっくりと時間を潰している様に見える。本を机に置き、ゆったりとしているその様は能天気の様に見えなくもない、だが普段ぼんやりしていそうな表情でも無いし、かと言って活発なスポーツ少年という訳でも無い、悪く言えば取り立てて目立った所の無い、普通な男子高校生だ。
図書室で自分以外の物音を聞き、咄嗟に振り向いた。高校生なら放課後で友達と一緒に帰ったり部活に励んだりするものだ、こんな放課後に図書室に来るとはよっぽど暇人なのか、それとも友達でも居ないのか…とその少年は思考を張り巡らしていたがその考えは無駄に終わった、図書室に来た女子は友達も居るし普通だ。
ただ考える事がちょっと変だと言う噂がある。
「あ、また居たんだ…」
別に親しい訳でも無い女子に気安く話しかけるだけ相手にとって失礼というものだ。適当に返事を返す。
「まぁね…」「どうしてここに居るの?」「そういうあんたは?」「ちょっと質問を質問で返さないでよ」「返したら悪い事でもあんの?」「う~ん…無いね…」
少女がたじろいた。言葉のドッチボールの対決は少年の方に軍配が上がったらしい。
「ちょっと漫画を探しに来ただけよ」「えっと、名前なんだっけ?」「泉こなた…って一緒のクラスでしょ」「悪い悪い」
あまり悪ぶれてない表情をした少年の詫びにこなたは。
「それで貴方は何故ここに居るの?」「暇つぶし、友達は部活で忙しいっていうからここで待ってるみたいなもん」「みたい?」「俺の気紛れで先に帰るかもしれないから」
元々あまり親しくない者同士が会話を交わしたらこんな風にだらだらと訳の分からない会話になってしまうだろう。
こなたもそれを直感的に理解したのかとっとと本を探した。
だが流石に2日連続で出会ったので少しながらこなたにも多少の親近感を感じていた。それなのに目の前の少年はうんともすんとも言わず、ただ黙って外を眺めているだけだ、別に恋心と言うわけでは無いがちょっとくらいからかってやろうとやましい感情がこなたに蘇ってきた。
「ねぇ、これやってみない?」
こなたが見せたのはまじないの本だった。
「何するの?」「そうねぇ…何しようかしら…」
にやにやと質の悪い悪戯でも思い浮かべる子供の様にこなたはページをめくっているとあるページで止まった。
「何だ?」「これこれ、『女の人と体育倉庫で2人っきりになるおまじない』」「何だよそれ!それってどっかで見た事あるような―」「はいはい!余計な詮索はしない!」
あるアニメでそういう光景を思い浮かべたがこなたの言葉で打ち消された。
「いい、私が貴方の目の前でお金を2つ上に置くから、その間に貴方は2人っきりになりたい女子を頭に思い浮かべるの」「やだよ」「やらなかったら死ぬって書いてある」「どれだけシビア何だよそれ!」
別にまじないを信じている程メルヘンチックでも無いが、とりあえず暇潰し程度にやってみる事にした。とは言ってみたものの女子に関してはまだ素人と言ってもいいくらい女子には縁が無かった。
元々イベントとかにははりきって参加するタイプじゃないし、進んで女子と仲良くなろうという気にはなれなかった。さて、どうしたものだろう、こなたは論外、2人きりになったってどうせこの場を脱出する術なんて考えていないと思う。柊つかさもパニックになってそうだし、高良みゆきも同じ様なものだ。パニックにならずに冷静に状況を分析すると言ったら誰だろう…と思考を張り巡らしているとある一人の女子が思い浮かんだ。
それは柊かがみだった。かがみはつかさの姉としてしっかりしている所があるし、他のクラスではあるがそのしっかりしている所は有名である。2人っきりでも大丈夫であろう。
少年はツインテールが特徴的なかがみを連想した。
「終わったよ、誰を思い浮かべたの?」「話せないよ」「別にいいけどね、ちなみにまじないを解く方法はね、『上半身裸になって呪い何てへのへのかっぱ』って唱えるの、じゃあね」
そう言ってこなたは帰っていった、その時の少年はまだ何とも思ってなかった、ただの効力があるかどうかわからない呪いもどき程度のものだと思っていた。だがその効力の恐ろしさを身を持って思い知らされる事になる。
それはまじないをやって30分過ぎた後の話だった、部活が遅く終わるというので少年は先に帰ろうとしていた時だった。
「ごめん、それ取ってくれない?」
柊かがみだ。反対する理由は無いので山の様に抱えている資料の1つを拾う。
「悪いわね、先生に言われて職員室に届けるの」
少年とかがみが居る場所は一階である、外に居るならまだしも校舎の中で体育倉庫に行く訳無いやっぱりでたらめだ。そう思っている時資料は風の悪戯によりありえない方向に飛んでいく事になった。
「あれ?」
資料は体育倉庫の前に飛んで行ってしまった。少年は嫌な予感がしたがまだ大丈夫だと思っていた。他人でしかも他のクラスの人間だが流石に可哀そうだと少年は思ったのか、取り行く事にした。
「そこで待ってて取りに行って来る」「私も行く」「待っててよ、大変だろ」「いいわよ、これくらい大した事無いわよ」「いや、いいから」「何よ、迷惑なの」
少年は警戒していた、段々と呪いの恐ろしさがあるような気がしたのだ。だがその事をかがみに言ったとしても絶対に信じてもらえるどころか変な人間に思われるだろう。それに加え、かがみのこんな強気な態度に迫られたらうんともすんとも言えなくなってしまった。
「わかった、じゃあ来なよ」
体育倉庫に赴く事になった2人、グランドはオレンジ色に輝いているのに対し、中は薄暗く、やっと見える状態だった。しかも放課後という事で人の通りも少ない、ますます不安が高まってきた。
だが無常にも運命の歯車は動き始めていた。
「うわっ!」
かがみがこけてしまったのだ、資料がばらばらになり、体育倉庫に散らばる。咄嗟に拾う2人、眼を凝らし資料を拾い集めている。この時すでに倉庫の中に入っていたので第三者には誰も居ない開けっ放しの倉庫だと思うだろう。
その時少年を悪夢に誘う、断末魔の悲鳴のごとく、扉が閉まる音がした。
かがみが扉を開けようとした、しかし鳴るのは鍵が掛っているのを確定を告げる音だった。
「どうしたの?」「開かないの、誰かに閉められたかも…」「あぁ!」
少年はこなたに掛けられたあのまじないの事を思い出した。
「な…何よ!もしかしてこれってあんたの仕業じゃないでしょうね!」「違うよ!まじないのせいだよ!」「そんなピンポイントのまじないどこにあるのよ!」「俺だって信じてなかったよ!」
一通りかがみと言い争った後、扉でも叩き続けて誰か来るのを待とうという提案がかがみからされると思っていた。だが何やらかがみの様子がおかしいのだ、まるで自分の身を守る様に自分の体を抱き締め、少年から眼を逸らしている。
「…何で相手が私なの?…」「だ、だから…こういう状況に耐えられるのはあんたしか居ないかなと思って…」「そう……」
それ以来会話が途切れ、2人に沈黙が流れた。なんか喋ってくれ、場がもたないだろう。こういう時こそかがみが気の利いた言葉で励ましてくるんじゃないか?これだったら選んだ意味が無い。
だがかがみが黙っている理由がわかった、鍵のかかった体育倉庫で男女が2人っきり、しかも放課後で人が通る可能性が少ないと来れば、お互い事を意識しても何の不思議では無い。今まで気が付かなかった自分が馬鹿だった、それと同時に羞恥心が流れた。
この状況でお互いの事を意識するという状況を予測できなかった自分が恥ずかしかった、そしてかがみが段々と自分の中で自分の脳内で美化してきた。
あくまで脳内だ、今まで女子と2人っきりというシチュエーションを体験しなかった彼にとってこの状況は彼の心を揺さぶり始めた。
恋心があった訳じゃないがかがみはどちらかと言うと綺麗な顔つきをしている。それだけでは無い、紫色に輝く2つの髪をなびかせその光景は光の粒子を纏う妖精と言っても過言では無い、ダイヤの様な瞳はとても綺麗で見る者を圧倒しそうだ。
体系も悪くはない、こうしてよく見るとかがみは繊細な美貌の持ち主だ。今の少年にとってそれはこれ以上に無い造形美でも見ている様だった。何で今まで気が付かなかったのだろう。もっとかがみはもててもいいのではないか、これほどまでに美しい少女は他に類を見ないと思う、そんな少女と2人っきり、何をしても文句は無いという状況…。
まずい、これ以上ここに居ると本当に自分は何をするかわかったもんじゃない。こなたに言われた解く方法を実行する事にする。
「…ちょっと…向こう向いてて…」「な、何するの…?」「まじないを解く」「それじゃあ早くやってよ…」
手早く服を脱いだ、その音に気がついたのかかがみが声を出す。
「何やってんのよ!まじない解くんでしょ!」「だからその為には服を脱ぐんだよ!」「そんなまぬけなまじないを解く方法がある訳無いでしょ!」「仕方無いだろ!俺だって信じてなかった!」
上半身裸になり、こなたの言われた事を実行する。
呪い何てへのへのかっぱ…呪い何てへのへのかっぱ…呪い何てへのへのかっぱ!
その時、体育倉庫を照らしだす光が扉から見えた。
「一時はどうなるかと思ったわね」「あぁ…」
へらへらと笑い、体育倉庫の一件を笑い飛ばそうと思っていたのだろうが心臓に悪すぎる体験をした少年にとってそんな体力はもう無かった。
「こなたには私から注意しとくから」「あぁ…」「じゃあね」「あぁ…」
それは数分の出来事。
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