• 京太郎in松実家
風呂から上がった京太郎が松実旅館の廊下を歩きながら髪を拭いていると、何やら壁に張り付いている姉妹コンビを発見した。

京太郎「なにやってんのさ玄ねえ、宥姉さん」

玄「あ、あわわ、静かにしてほしいのです。今大事なところで」
宥「京太郎くん、扉に耳を当ててみて」

この二人が揃うとへんてこな行動をしだすのは今に始まったことでもなく、大人しく姉の言いつけを守るのが波風を立てないこつである。
ただし、今日この時に限ってはその行動が人生を分ける岐路だったなどと、先んじて知ることはできなかった。
扉の内側から漏れるのは、彼らの将来に関する話。

板長『大旦那、そろそろ誰が家を継ぐのかはっきりしちゃあくれませんか?』
松実父『本来なら宥が筋だが、あの子は体が弱い。しかし姉を排して玄というのも本人が頷かんだろう』
板長『坊ちゃんはどうなんで?』
松実父『京太郎、か。確かにあいつは性格も向いているが……』

真剣な話であることを悟り、神妙な顔で扉に更に耳をくっつける姉弟三人。

板長『まさか、血がつながってないことを気にしてるんですか、大旦那? 坊ちゃんは――』
松実父『そうではない。京太郎のことは実の子も同然に思っている。だが、旅館の看板は女将だ。その辺の新参女が女将というのはな』

扉の向こうから漏れ出た新事実に姉弟は息をのみ、驚愕に無言で目線を合わせることしかできない。

板長『でしたら坊ちゃんにお嬢のどちらかを娶ってもらえば』
松実父『理屈ではそうだが、本人たちの気持ちが……』

これ以上の情報を脳が拒否し、ふらりと男が扉から離れる。

京太郎「そ、そうだよな。家族で俺だけ金髪なんて、変だったんだ。なんでこんな簡単なこと……」

目の焦点が合わずぶつぶつと呟く彼を見ておれず、姉妹が抱きしめて耳元に呟く。

玄「京太郎くん、私は離れたりしないよ。ずっと一緒。気持ちが変わるわけない」
京太郎「玄ねえ」
宥「お父さんも言ってたでしょ? 実の子だと思ってるって。そんな理由であったかい思い出は消えないよ」
京太郎「宥姉さん」

二人の励ましに心を持ち直し、息を整える。

京太郎「そうだよな。うん、そうだ。ごめん、変なこと言って。今日はもう寝るけど、明日にはいつも通りだからさ」

少しだけ無理をした笑顔を浮かべて寝室へと向かう彼の後ろ姿を姉妹は優しく見つめ続け、

宥「良かったね、玄ちゃん。結婚できるみたいだよ。京太郎くんのことを『好き』な気持ち変わらないって言ってたもんね?」

男を見送る眼差しとは逆の冷たい言葉が姉妹の間に流れていく。

玄「お姉ちゃんこそ……ずっと京太郎くんにおもちくっつけてたもんね? 良かったね、血がつながってなくて。正当化できるよ」

元から弟を一人の異性として見ていた姉妹は、開戦の口火を切る。

宥「どっちが選ばれても恨みっこなしだよ、玄ちゃん」
玄「負けても姉弟だから絆は切れないもんね、お姉ちゃん」

この戦争が姉妹間だけで収まりはしないことなど、松実家に関わるものすべてが知るよしもなかった。


カン

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最終更新:2018年04月30日 20:53