~春~

「ハァ~。いい加減吹っ切れないとなぁ」

 須賀京太郎はその髪色に似合わぬ重い溜息を吐いた。
 周りを進む同年代の男女はそんな彼を意に介さず、新生活に期待を抱き溌剌としている。

 普段は年相応に快活な彼が沈んでいるのは簡単な理由。失恋だ。

「そりゃあ成就するとは思ってなかったけど……まさか呼び出しを無視されるなんて」

 彼は卒業式に、高校三年間片思いを続けた少女に告白しようと考えていたのだ。
 そのために前日にメール、当日朝に約束を取り付けて万全を期したはずだった。

 しかし少女は来なかった。
 彼は諦めきれず、ついには呆れた教師に追い出されるまで6時間も待ちぼうけた。

「もうあれから1ヶ月以上経ってるんだ……。切り替えないとな」

 少女とは今後の人生で二度と関わることもない。
 皮算用で彼女の志望する国立大学を彼も志望したが、
 ショックで腑抜けてはただでさえ難易度が高くライバルも多い入学試験を突破できるはずもなく。

 結局彼は本命にしていた私立大学に入学することとなったのだ。
 少女に憧れて受験勉強を励んだ成果である。

「今頃和は神泉か、それとも駒場か。牌のお姉さんでも弁護士でも上手くやるだろうな」

 切り替えると言いながらも遠い空を見る彼を女々しいと言うか一途と言うか悩むところだ。
 立ち止まった彼の背を押すように、散って間もない桜を巻き上げる風が吹く。
 その花びらにつられて彼は視線を前に向け、キャンパスに足を踏み入れ――

「やっと、会えました。須賀君」
「え? あ、なん……で……」

 透明感がありながらも力強い、三年間焦がれた声。聞き間違えるはずがない。

「和」
「あなたには言いたいことが山ほどあるんですよ」

 校門を見張るように壁に背を預けていた少女が真っ直ぐに距離を詰める。
 その豊満なバストが触れるか触れないかというくらいで止まり、
 三年間で少年についぞ向けられることの無かった、横から、あるいはモニター越しにしか知らない瞳を向ける。

「付き合ってください」
「!?」

 いや待て落ち着け。SOAだ。きっと用事があるから手を貸せという意味に違いない。断じて男女の云々ではない。
 唐突な言葉に混乱し、精神を安定させるために舞い上がりそうな心を抑え否定する。
 そうして固まった彼に追い打ちをかけるように、原村和は動く。

「電話もメールも出ないのが悪いんですよ。さ、講堂に行きましょう。京太郎君」

 少女は平静を装いながらも僅かに頬を赤らめ、彼の手を握り歩き出す。
 手を繋ぎ目の前を歩く吹き散る花のような髪をした少女を見て、須賀京太郎は波乱を予感した。



カンッ

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最終更新:2017年10月20日 00:58