「俺、こう見えて胸が好きなんですよ」

彼は突然そんなことを言い出した。

状況を説明するなら、今は私こと竹井久と彼こと須賀京太郎の二人きりの部室。

まこは実家のお手伝いで休み。
和と咲はなんでも赤点を取ってしまった優希の追試対策と称して休み。

赤点を取ってしまった生徒は部活動ができなくなるという校則がある。
そのため、全国大会を控えた今の時期にそれは本当に困るので彼女らには付きっきりで指導してもらっている。

かくいう私は学生議会の仕事を終え、部活動に少し遅れたものの参加。
(といっても牌譜の整理とかのちょっとした仕事だけどね)
部室に入って驚いたのは、日も暮れオレンジ色に染まるこの部室で一人でパソコンをいじる者がいたということ。
てっきり私一人だけしか部活をしないと思っていたから。

どうやら彼には、他の部員が休むという連絡がいかなかったみたい。
彼の不憫さに少しだけ同情しながら、学生議会の事務仕事の疲れを椅子に座りつつため息と共に吐き出す。

そういえば、ため息をつくと幸せが逃げるというけれど、本当かしら?
それはわからないけど、吐かずにはいられない。
私は少し疲れていた。

その様子を見てか、彼が私を心配してくれた。
普段なら、心配いらないと言うのだろうけど……。
今日は疲れから少し本音がでてしまったみたい。

珍しく弱音を吐く私に少し驚いていたみたい。
私自身言ってから『しまった』と思ったくらいだから当然だったかも。

彼は私を気遣ってか、はたまた退屈な一人の時間の反動だったのか積極的に話しかけてくる。
色々な話をした。

麻雀の話、勉強の話、進路の話、好きなものの話、嫌いなものの話。
今まで彼とこんな話をしたことはなかったから、話が盛り上がった。
あとは……、そうね、女の子の話も。

ええ、しましたともしましたとも。
なんでも県大会で可愛い子を見つけただの、綺麗な子を見つけただの。
そんなに可愛い子や綺麗な子がいたのなら話しかければよかったのに。
……ふん。

そういう話の延長だったのかな。
あの発言のあまりの衝撃で、どういう流れだったのかもわからない。
さっきまで話していたのにね。

そんなわけで彼は冒頭の発言をしたの。

「俺、こう見えて胸が好きなんですよ」


「え?」

思わず聞き返してしまった。
だってそうでしょう?

私は女で、彼は男。
こういうセクハラっぽい発言を本当にされたとは思わないじゃない。
聞き間違いかなって思ってもしょうがないじゃない。

それを受けて彼は再び口を開く。

「俺、こう見えて胸が好きなんですよって言ったんです」

……。
うん、私の耳は正常だったみたいね。

彼は一体どういう意図で聞いてきたのだろう。
聞かずにはいられなかった。
今度は私が口を開く番。

「どういう胸が好きなの?」

思わず口に出たのは違う言葉だった。
私は"意図"を聞きたかった、でも口を衝いてでたのは別の言葉。
どうして嗜好を聞いてしまったのか、それは私にもわからないわ。

「どういう胸か……ですか」
「基本的は大きいのが好きなんですよ」

うん、知っていたけどね。
すぐわかるからね。

「やっぱりね」

「知られてましたか」

彼は苦笑しながら、頬を掻く。
少し頬が赤かったように見えたのは、きっと日暮れのせいだけじゃない。
彼もこの手の話は恥ずかしいんだ……。

じゃあ話さなきゃいいのに、なんて無粋なことは考えない。
こういう恥ずかしさも会話の醍醐味よね。
少しセクハラまがいのこの話も、話し始めたらもうどうにでもなれ、よ。

「『基本的には』ってどういうこと?」

「一番好きなのは大きい胸なんです」
「でも、控えめな大きさでも形の良い胸は好きなんです」
「一番の理想は大きくて形のいい胸ですね」
「和は非常に理想に近い、素晴らしいおもちをお持ちですよ」

笑いどころなのか、そうじゃないのかよくわからない駄洒落は無視。
ふーん、和は彼の理想に近しいものがあるのね……。
確かに和の胸(おもち?)は女の私から見ても羨ましい代物。
でもふと疑問ができる。


「理想に"近い"というのはどういうこと?」

「え?」

「あなたは言ったわよね」
「和のおもちはかなり理想に近いって」
「でも、それって言い方を変えたら理想には至ってないってことでしょう?」

「……そうですね」

彼がすこし苦虫を噛み潰したかのような、悔しそうな顔をする。
こんな顔もするんだ……、と少し思考が止まってしまったけれど話を続ける

「こういうのもなんだけど、和のおもちは女の私から見ても凄いものよ」
「私が、今までこんな素敵なものを持った人は他に見たことがないと思うくらいにね」
「それでも尚あなたは至らないというの? それはなんで?」

思わずまくし立ててしまった。
嫉妬の心もあったのかもしれない。
私にはあんな素敵なおもちはないから。

私では彼の理想になれないからとかではない。
単純に女として、彼女の魅力には勝てないという、そういう嫉妬。
尊敬とも言えるかもしれないわね。

私の疑問に少しの間が空く。
そして、ついに彼は何かを覚悟したかのように、私の眼をまっすぐ見据え質問に答える。

「おもちは……、数多くあります」
「それこそ、女の人の数の分だけあります」

「それはそうね」

女の人の数の分だけおもちはある……。
それは和了されたら点を払わなきゃいけないくらい当然のこと。

「そうなのであれば、自分がすべての女の人と出会わない限り理想には出会えない」

あぁ……、なるほど、つまり彼はこう言いたいのだ。

「和の持つ『理想に近いおもち』を超えるおもち……」
「それを持っている女性がこの世界のどこかにいるかもしれない」
「だから、理想に近いものはあっても決して理想と断定はできない、と」
「……そう言いたいのね?」

彼は眼を見開く。
ふふ、一本取った気分で少し爽快ね。


「……」
「和のおもちが理想に限りなく近い、それは間違いないんです」

少し哀愁のこもった瞳をこちらに向け、言葉を紡ぐ。
それはまるで道標を失った子供のような、何かに縋るような声。

「でも、この世界は広い」
「和のおもちを超える女の人が存在する可能性は決して否定できない」
「だから、安易にこれが理想そのものだ、なんて言うことは……できないんです……」

「なるほど……ね」
「でも、それは……」

そう、それは究極の思想……。
突き詰めれば突き詰めるほど理想から遠のく悪魔の考え。
仮に無限の生命を持っていたとしても理想を得ることはできないだろう。
この1秒にすら新たなおもちを持つ生命が誕生しているのだから。
人類に種を残す力がなくならない限り、『これを超える胸はないのか』という問いに答えは出せない。

「理想は理想にしかすぎないんですよ……」
「追い求めるからこそ価値があるんです。 答えは出ないからこそ追い求めたいんです」

「でも、それは、とても悲しい生き方だわ」
「満たされることは永遠にないのよ?」
「いいの?」

「いいんです」
「これが俺の生き方ですから」

彼は寂しそうな笑みを浮かべ『それでいい』という。
心にチクリとする痛みがはしる。
なんでかはわからないけれど心が沈む。

「でも、最近こう思うんです」

「え?」

私の様子を察してか、少し明るめの声で言う。

「確かに俺は一生、理想そのものを得ることはできないでしょう」
「でも理想を見つけてしまったとしたら、もうこんなにおもちに熱心にはなれないと思うんです」
「得てしまった満足感……、といいますか」
「頂点を知ってしまったが故の悲しさといいますか」
「うまく言葉にできないんですが」

「大丈夫、なんとなくわかるわ」
「頂点を得れば、それを得るまでの情熱を再び燃やすのは難しいかもしれないわね……」


理想を得ることが幸せなのか、理想を追い求めることが幸せなのか。
私にはどちらがいいのかはわからないけれど、彼は後者を選ぶのだろう。
そこには一切の妥協もない。
妥協があれば、理想はすぐに見つかってしまうだろうから。

「あはは、湿っぽい話になっちゃいましたね」

確かに、少し重い話になってしまったかもしれない。
話題を変える。

「あなたって、小さい胸はどう思うの?」

「小さい胸、ですか……」

顎に手を当て、視線を床に落とし思案している。
こういってはなんだけど、絵になる、というのかしら……。
しばらくした後、考えがまとまったのか顔を上げる。

「理想とは違うかもしれませんが、美しいとは思います」

「美しい?」

「おもちは、その人の個性ですよね」
「個性が生かされた自然なおもち、それは大きさや形問わず美しいものだと思います」

「深いわね」

本当にそう思った。
彼はおもちというものを尊敬しているのだろう。
普通であれば『醜い』と思われてしまう胸ですら、"その人らしさ"と見ることができる。
だから尊く美しい。

ならば、彼の最も忌んでいるものは……。


「豊胸手術」

その行為をポツリと口に出す。
彼を見るとギリッと効果音が出てしまいそうなほど、悔しそうな顔。

「……ごめんなさい。 今の発言は失言だったわ」

自分の発言が如何に愚かなものだったか。

「いえ……、気にしないでください」
「俺の考えは、自分の都合だけですから」
「そういう行為をする女性の気持ちも……わかります」

この微妙な空気に言葉が詰まる。
どうしても、これ以上続く言葉が出てこないのだ。
そして、それは彼も同じなようだった。

そんな空気を振り払うかのように彼は立ち上がる。

「もう、かなり暗くなって来ましたね」
「さっ! もう帰りますかー!」

きっと空元気なのだろう。
でもその空元気も今はありがたいと思った。
彼の気遣いが暖かかった。

「そうね」
「じゃあね、須賀くん」

「はい、部長」
「また明日」


暗い夜道を、私は一人俯き歩く。
私は彼の理想のおもちを持っていない。
そのことがなんでか悲しくて、悔しくて。
なんでかな。

顔を上げ、私は導かれるようにあの綺麗な満月を見て願うのだ。
あなたのような、まんまるの綺麗なおもちをくださいと。


完パイ