――――人気のない夜道。月と街路灯の光に伸びる影を引っ張りながら、京太郎と華菜の二人が並んで歩く。

黙々と、淡々と華菜の歩幅に合わせて歩いていた京太郎が、つと夜空を見上げて口を開いた。

京太郎「なんか、今日はありがとうございました」

華菜「お、お礼いうのはこっちの方だし。緋菜たちのこと見ててもらえて、ホントに助かったし」

京太郎「気にしないでくださいって。俺も楽しかったし……いい気分転換になりましたから」

華菜「そ、そっか……」

京太郎「はい」

華菜「………………急にこんなこと聞いたら迷惑なのかもしれないけど、さ」

口を開きづらい沈黙の中で、少し躊躇した後、華菜が視線を足元に落としながら聞いた。

京太郎「ハイ?」

華菜「ちょっとだけ落ち込んでたりしてない?」

京太郎「……………………どうしてそう思うんですか?」

華菜「ぅ……どうして、って聞かれると困るんだけど。じ、実は少し前……一ヶ月か、そんくらいかな。買い出し中の須賀君を見かけたし……」

京太郎「え、見られてたんですか?恥ずかしい!」


おどけた風に顔を手で隠す京太郎、固かった華菜の顔が微かに緩んだ。

それと同時に、つかえていた言葉も少しだけ滑らかに出る。


華菜「ハハ……それで、その時なんだけどさ……。須賀君、ちょっとしんどそーな顔してたのが気になったし」

京太郎「あー、買いだめしとこうって欲張っちゃってたんですかね」

華菜「そーいうのじゃなかったな。顔はうわ重いー、って感じで笑ってたんだけど……」

京太郎「………………」

華菜「こー……手に持ってるもの、全部投げ出してー、みたいなさ……そんな感じ」


図星、だったのだろう。

決まり悪そうに目を伏せた京太郎を、極力見ないようにしながら続けた。


華菜「うん、ゴメン……なんか、ちょびっっとだけそー思っただけだから」

京太郎「………………」

華菜「その、ゴメン……」


再び、二人の間に沈黙が降りた。

アスファルトを叩く足音が、妙に響く。

華菜(や……やっぱり言わなきゃよかったし……)

せっかくいい雰囲気でお別れできたのを、自分から台無しにしてしまったと今更ながら後悔する。


京太郎「…………俺みたいな奴でも、部活続けてるとそれなりに上達するもんなんですよね」


唐突に、京太郎からそんな言葉が出た。


華菜「え?」

京太郎「なんだかんだで、小さい大会の男子の部で優勝したこともありますし……本当に調子のいい時なら、部のみんなと打ってもあんまりラス引かなくなったし」

華菜「…………それって結構、凄いことだと思う」

京太郎「……かもしれないです。好きこそ物の上手なれ、って奴ですかね」


華菜の言葉に力なく笑って、でも、と京太郎の口から出る。


京太郎「池田さんに見られたのは……今頃上手くなって意味あんのか、なんて考えちゃってた時ですね、たぶん」

華菜「…………」

京太郎「こっからは、情けないただの愚痴なんですけど……」


華菜の視線を横顔に受けたまま、京太郎は続けた。


京太郎「全国大会のこと振り返ってみたら、元部長に染谷部長、優希に和に……咲が必死に戦ってたのを俺、後ろに引っ付いてスゲースゲー言ってただけなんですよね」


他にやったことと言えば、みんなの飲み物や食事といった、必要なものの買い出しで走り回ったぐらい。


京太郎「『清澄高校麻雀部のみんな』と肩並べて全国で頑張れたのは、あの夏だけだったのに、俺雑用しかしてないじゃん……なんて考えたら、急に虚しくなって、みんなに距離を感じちゃったんですよ」


役に立てていたのかもしれないけれど、胸を張って、同じ部の仲間ですと言うのが恥ずかしかった。

それが、たまらなく悔しくて。

あの楽しかった思い出に後ろめたさを覚える自分が、心底腹立たしくて。


京太郎「思い返すほど、自分のバカっぷりにイライラして、でもそんな情けないこと誰にも言えないしで……うん、あん時の自分に会えたら、きっとぶっ飛ばしてますね」


すでに京太郎の中では決着のついている問題だったのか、あっけらかんと笑って締める。


華菜「――――結構、その辺気にしてたんだ」

京太郎「男の子は見栄っ張りですから。自分でも、全国で活躍の一つや二つやりたかったんですよ」

華菜「まあ、仮に須賀君が全国行ってても、試合は男女別々だったけどね」

京太郎「いやいや、そこはお互い勝ち進んで鼓舞しあうっていう黄金パターンですって」

華菜「アハハッ、あっちが頑張ってるのにこっちが負けるとかありえないし!ってやつ?」

京太郎「そーそー、それですそれ!」


華菜の呟きにおどけながらの言葉が返り、そこからはあーだこーだのキャッチボールになる。


京太郎「いやー、でもちょっと意外でしたねー」

華菜「んー、なにが?」


そろそろ見覚えのある大通りに出る、といったところで、京太郎が感心したように言った。


京太郎「外から見て、俺ってそんなにへこんだ顔してたんですかね?一応、部のみんなには気付かれない程度にいつも通りやってたはずなんですけど……」


もしかして、分かってて放置されていたのだろうか。だとすると、それこそショックだ。


京太郎「あれですねー、池田さんが気付いてくれなかったら、俺に対する無関心で絶望するところでしたよ」

華菜「……!」

大袈裟に頭を抱えて嘆く。

無論、それも場を和ませるための演技だったのだが……意外なことに華菜の反応は違った。


華菜「き、清澄の連中が須賀君に無関心だったわけじゃないし……。たぶん、ほら、いつも一緒にいるから、小さい変化に気付けなかっただけでっ……!」


触れられたくないことに触れられたように、顔を真っ赤にして何かを誤魔化し始める。


華菜「だっ、だから、あたしが須賀君の様子変だなーって気付いたのは偶然で、別に全国の時からなんか気になってずっと見てたからとかじゃなくて、たまたま、ホントにたまたまなんだし!!」

京太郎「――――はえ?」

華菜「……ぁ」

京太郎「えっと、池田さんさっきのって――――」

華菜「あ、いや、さっきのは……」


さすがにここまで出て、さっきのはどういう意味ですかと返すほど京太郎も愚鈍……もとい、純朴にはできていない。


華菜「っ~~~~~~~~!!」

京太郎(ええぇ~~~~……)


まず頭に浮かんだのは、何故、どうしてといった疑問。

正直な話、これまでろくに接点もなかった相手だ。部活の元部長同士が友好関係にあったから、だけで好意を持ってもらえるほど世の中、上手くできていない。

かといって、それを直で聞く度胸が京太郎にはなく。

そろそろさよならを言うかという場所で、痛い痛い沈黙が落ちてしまった。


華菜「――――――――わ、笑わないよね……?」

京太郎「な、なにをでしょーか」

華菜「…………最初はさ、男の子のくせにヘラヘラ雑用ばっかしてる奴だなー、ぐらいだったんだけど……」

京太郎「うぐぅ……」

華菜「ま、まあ女子の方は大会あるししゃーないっていうか、いろいろ気を回して動いてんなーとか、そういうとこウチのキャプテンと一緒だなーとか目につくように……なって、き……て――――」


これ以上の発言は拷問に等しい。

顔を覆ってブルブルと肩を震わせながら華菜が吐き出した。


華菜「うああぁぁぁぁっ……!! だからアレだしっ、高校生にもなって小学生みたいなしょーもない理由だってのは百も承知してるけど……い、一回しか言わないからよく聞くし!!」

京太郎「ハ、ハイ!!」


ガッシ、と某女子高の麻雀部コーチを彷彿とさせる胸倉掴みに目を白黒させながら腹に力の篭った返事をした京太郎に、街路灯の明かりの下でもハッキリわかる赤い顔で叫ぶ。

県予選決勝で上げた、あの咆哮に匹敵する大きな声で。


華菜「須賀君ッ、あ……あたしの友達になってほしいし!!」

京太郎「――――よ、喜んで?」


迫力に気圧され、コクコクと首を縦に振る京太郎。


華菜「…………い、いいの?」


顔の色は赤いまま、拍子抜けした様子で華菜。


京太郎「は、はい」

華菜「――――――――――――!!」

京太郎「あ、猫の耳が飛び出した……って、池田さん!?」


突然、踵を返してその場から駆け出した華菜を呼び止める。


華菜「須賀君!!」

京太郎「な、なんですかー?」


クルリと振り向いた華菜の表情は、この上なく明るい笑顔だった。


華菜「自分で言うのもなんだけど、あたし図々しいし、調子乗りだから……そこんところよろしくだしっ!!」

京太郎「よ、よろしくってどういう意味ですか!?」

華菜「ヘヘッ、手始めにお互いのことは名前で呼ぶようにしたいってことだし!!」

京太郎「池田……えーっと、華菜さん?」

華菜「ぅ、うわ……考えてた以上になんかスゴイ来るものがあるし――――じゃ、じゃあな、京太郎!!」

京太郎「ええっ、まさかの呼び捨て!?」

華菜「あたしの方が年上なんだから、これぐらいいいだろっ!」


言い捨てて、脱兎のごとく華菜が駆けていく。

一人取り残された京太郎は、手持無沙汰な感じに月を見上げて漏らした。


京太郎「友達、かー……」


華菜「うわああぁぁぁぁぁぁっ、言っちゃった、勢いに任せてなんかスゴイこと口走っちゃたしっ……!!」



これからの高校生活が――――妙に明るく色づいたように感じたのは気のせいだろうか、いや気のせいでは…………なさそうだった。