場所はとある大学の麻雀サークルの部室。
そこで一人の男性、須賀京太郎が椅子に座りネット麻雀に勤しんでいた。
時間的に言えば講義の最中の時間帯であるが、別段サボっているわけでもない。
たまたま講義が休校となり、時間が出来てしまったのだ。
『チー』
悩みながら牌を捨てれば、無機質な音声で相手が鳴いた事を教えてくれる。
相手が鳴くことは予想外であり、京太郎は少しばかり時間を掛け悩む。
河を見て、相手の動きを思い出し相手の狙いの牌を搾っていく。
「……んー、これか」
ある程度、相手の狙いの牌を搾り新たに牌を捨てていく。
暫くすれば京太郎の手配が整い、最後の当たり牌を引き上がり切った。
最後の局であり点数表示後、順位が確定し画面に表示されていく。
「おー、一位やな」
「っ……!!」
見事に勝ちきり、ほっとしたのも束の間。
京太郎は、後ろから首に腕を回し優しく抱きとめられた。
最初こそ本当に驚くも、声と慣れた匂いに直ぐに心が落ち着く。
「さぼりですか? 怜先輩」
「ちゃうちゃう。てか京太郎こそ、さぼりかー?」
後ろを見ず、京太郎は次の対戦をするべくカーソルを動かす。
その間に受け答えをしていれば、抱きついた怜は頬を「うりうり」とすり合わせて微笑む。
「体調悪くてなー。少し休んとったんよ」
「……出席足りてます?」
「そこらは今のところ問題ないなー。高校の時よりは、体力もついたんよ?」
「や……俺、先輩の高校の時知りませんし」
「そうやった。なら、一から教えていくわ。あれは、小学生の時でな――」
ほどほどに休んでいる怜を心配すれば、楽しげに昔話を展開してきた。
別段、聞きたいわけでもないのだが声が本当に楽しげであり、京太郎は無言のままBGMにする。
「そんでなー。竜華が……」
「……怜先輩?」
暫く画面を進めながら京太郎が聞いていれば、声が止まった。
急なことで体調が悪くなったのかと思い名前を呼ぶも返事もなく、横目で確認するも黒い髪の毛しか見えない。
「なぁー」
「……なんです?」
そんなことをしていれば、声が返ってくる。
どうやら体調が悪くなった訳ではないことにほっとするも、声のトーンが変わったことに京太郎は気付く。
「まだ……プロ雀士になる夢諦めてないん?」
「諦めませんね。諦める理由もないです」
「理由ならあるやん。才能とか才能とか」
夢――将来のことを諦めないのかと囁かれ、京太郎は即答した。
即答されたことが気に入らなかったのか、怜は口を尖らせて嫌味を言ってくる。
普通の人であれば、怒りの一つや二つ沸いてくるだろう。
しかし、怜との付き合いもそれなりになった京太郎は気にしない。
こう見えて結構、怜は毒を吐きずぶとい性格をしている事を身を持って知っているのだ。
「諦めませんよ。えぇ、絶対に」
「……運もオカルトもないのにかー?」
「ないなら、技術を上げるだけです。現にオカルトに対して技術で対応する人は居ますからね」
「……運とかは、どうしようもうなくない?」
「そこは……他の人も同じですし。それに――怜先輩も諦めてないじゃないですか」
「……」
怜の探るような問いに対して、決まっている事を答えていく。
そして、京太郎は微笑むと視線を下に持っていき怜の鞄の中へと向ける。
そこには、幾つかの雑誌が教科書と一緒に入っており、読み込まれている本が麻雀関連であった。
「清水谷さんの役に立ちたいんですよね?」
「……私は」
怜の親友の清水谷竜華。
彼女は高校卒業し、そのままプロ雀士として頑張っている。
そんな彼女を見て、怜も同じ舞台に立とうともがいていた。
怜は未来を読むオカルトを持っている。
それだけでも他の人よりも有利であり、才能があるといってもいいだろう。
しかし、怜の技量はそれほどでもない上に病弱であり体力が無い。
プロとなれば、多くの大会をこなし体力が必要となる。
それゆえに怜がプロの道を歩むのは厳しい現実であった。
「私は……京太郎……が」
「いいじゃないですか。マネージャー……支えたいんですよね?」
故のマネージャー、それが怜の目指す夢であった。
「……知らん」
「先輩?」
京太郎が言葉を続ければ、怜は体を離し後ろを向いてしまう。
話の途中であったが退席してしまう怜に対して、京太郎は微笑む。
この問いかけは、今に始まったものではない。
前にも何度も同じような問いかけがあった。
(ありがたい……本当にありがたい)
そして、そのたびにそう思った。
京太郎とて弱気になる時がある。
高校の時のように側に咲達が居るような環境ではない。
一人で我武者羅に進むのは辛いものがあった。
他のサークルの仲間は、京太郎の夢を知っており応援してくれることもある。
しかし、応援よりも怜の少し突き放した言い方のほうがありがたい。
何よりも、自分のように麻雀の道を夢としている人が居るのが良かった。
一人ではないのは心強い、そして何よりも――
(あぁ……やってやるさ。絶対に追いついてみせるさ!)
男には意地があるのだ。
ただただ、まっすぐに真剣に進むのみ。
京太郎は気合を入れなおして、画面へと集中した。
(ちゃう。竜華の……マネージャーじゃないんよ。京太郎)
そんな京太郎を怜は、何とも言えない表情で見守る。
そして心の中でそう思う。
最初こそ大学に入った当初は竜華のマネージャーを目指していた。
しかし、時が経つにつれ竜華の頑張りを本人や他の人や雑誌などで知る。
そして知ってから気付いたのだ。
(竜華は自分で自分の道を選んだ。けど……私はその後ろを付いて行ってるだけやん)
そう、竜華が居るからと言う理由で進んでいた道。
それが本当に自分のしたいことなのか、進みたい道なのか。
迷いに迷ってしまった。
迷ってしまえば、今まであった竜華/道標がなくなる。
無くなれば、どこに進めばいいのか、どちらに進めばいいのか分からなくなった。
京太郎がやってきたのはそんな時だ。
(最初は意地悪のつもりやったんだけどなー。嫉妬やったのに)
真っ直ぐ夢に向かっていく京太郎。
そんな彼が怜には眩しく、羨ましく、嫉妬した。
故に毒を吐いた。
しかし、京太郎の反応は怜の思ったような反応と違った。
怒る事も無く、むしろ更に頑張るのだ。
(そんなん見せられたら……頑張るしかないやん)
男性とはいえ、年下の後輩が頑張っている。
更には自分よりも難しいであろう夢を追いかけているのだ。
そう思えば、怜もまた一歩一歩前に進みだせた。
そして――
(支えたいと思ってしまう。思ってしまったんや)
後ろから支えるのではない。
隣に並んで、共に傷付いて迷って、手を繋いで歩いていきたい。
そう思えば、何かがカチリと嵌った気がした。
「……プロになれんとか言わせへん。引っ張っても支えたる」
画面に向かい頑張る京太郎を見て怜は、優しく微笑んだ。
カンッ!
最終更新:2017年10月20日 00:53