「えーっと…須賀京太郎君、でいいのかな?」

「はい」

目の前に座っている少年は、毅然とした態度で答えた。
金色の髪からはどことなく軽い男のような印象を覚えるが、真摯な目つきがそれを否定する。

「それで、どうしてここに?」

「そんなの、決まってるじゃないですか」

爽やかな笑みを浮かべる彼。
その口から放たれた言葉は――

「あなたに会うためですよ、菫さん」

聞いているこちらとしては恥ずかしい、いわば口説き文句のようなものだった。


ことの発端はわたしが迷子になってしまったところから始まる。
全国大会の会場で照が迷子になり、捜しに出た自分まで迷子になるなんて、誰が予想するものか。
ミイラ取りがミイラになった瞬間であった。

「どうするか…」

周りには見覚えのない景色。会場の地図は頭に入れたはずだったのに、うまく一致しない。
そんなに歩いた覚えはないから、戻ろうと思えば戻れる。
だが、一度迷子になってしまうと、深みにはまるのが恐ろしくなり、動けなくなる。
とりあえず、近くにあった自販機で飲み物でも買おう、そう思い至って自販機の方を向く。
――そこにいたのは、金髪の少年。
ジュースを選ぶのに、何にするのか悩んでいる様子だった。唸りながら自販機を見つめ、結局ボタンを押したのは――

(お汁粉…?)

何故自販機にお汁粉があるのかも理解できないし、何故買ったのかも理解できない。
いや、買った理由は甘いからとして許せるとしても、金髪にお汁粉はどう見てもミスマッチである。なんちゃってヤンキーか。

(…!彼に道を聞けば…)

自分の境遇を思い出し、すぐさま道を尋ねようと声をかける。
お汁粉ヤンキーに聞くのは何となく不服だが、仕方ない。


「すまない、少し道を教えて欲しいんだが」

そう言うと、少年はくるりと振り向き、少し驚いたような顔をする。

(何だ…、私の顔に何か付いていたのか…?)

顔を見られて、なのかは分からないが、驚かれるというのもあまり良い気分ではない。
しかし、結構整った顔をしている。お汁粉さえなければ十分いけるんじゃないか、と思う。

「えーっと、どこに行きたいんですか?」

「そうだな…白糸台高校の控室の場所は知っているか?」

彼は少ししかめっ面。
聞いた後に知っているわけがないと気付く。
制服を見れば他校の生徒だということくらいは分かる。思いのほか迷子で動揺していたようだ。

「いや、さすがに分からないか…。そうだな、ロビーの場所は分かるか?」

「ん、それなら分かります。案内しましょうか?」

「よろしく頼む」

「任されました」

快く承諾してくれた彼は、お汁粉をポケットに入れようとして、こちらに振り向く。
手に持ったお汁粉をこちらに向け

「飲みます?」


「いや、遠慮しておくよ」

そうですか、少し残念です、と言ってるが、人にあげるくらいなら買わなければ良かったんでは、と思う。
歩きながら、ついてきて下さい、という彼。
にしても、なんというか、慣れている感じがするな。道を聞かれた時の反応や、その後に案内するというあたり。
私が何か不思議そうな顔をしていたのか、彼は言った。

「今、『やけにあっさりしてるな、こいつ実はたらしか?』とか思ってません?」

さすがにそこまでは思っていない。

「やけに慣れているな、と思っただけだよ」

「はは、よく迷子になる幼馴染がいるもんで」

「そうか…。私も同じようなものだ。よく迷子になる部員がいてな。探していたらこうなった、というわけだ」

我ながら少し恥ずかしい。彼は見るからに年下の少年だが、どう思われているんだろうか。

「そういう、ギャップ?って言うんですかね。可愛いと思いますよ」

「かわっ…!」

会ったばかりの人間にこんなこと言うとは、やはり女たらしなのか。
しかし、目の前にあるのは純粋にそう思っているのが分かる顔。どうやら無自覚のようだ。

「着きましたよ」

そうこうしているうちに、ロビーに到着した。ここまでくれば控室までの道は分かる。
礼を言おうと思い、名前を尋ねようとしたが、彼の声が先に響く。

「ここで会ったのも何かの縁ですし、お名前を教えてくれませんか?」

「え、ああ、弘世菫だ。君は――」

「弘世菫さんですね、分かりました。少し急いでいたので、では」

そう言って颯爽と立ち去る少年。
名前を聞けずじまいになってしまった。だがそれよりも――
急いでいたのなら、そうと言ってほしかった。


「それで、私に会うためにここに来たと。随分嬉しいことを言ってくれるじゃないか、え?」

「うぐっ…」

私たちが今いるのは白糸台高校の控室。本来なら関係者ではない彼は入れないが、監督に少し無理を言って入れてもらった。
ドアの前にずっと待たれていても困るだけだし。
彼は私と分かれた後、どうやって見つけたのか、私たちの控室の前に立っていた。
何度も入れないと忠告したが、一向に帰る気配は無く、しぶしぶ入室を許可したのだ。

「君には道を案内してもらった恩もある。が、それとこれとは別だ」

「はい…」

「来てくれた理由は嬉しいが、君は部外者だということを忘れないでほしい。迷子の件が無ければ今頃警備員呼んでいるぞ」

「はい…」

みるからにションボリしていく彼を見るのは面白いが、さすがに可哀想だからフォローを入れてやるか。

「まあ何にせよ、その正直さというか、素直さは認めるよ」

ちょっとフォロー入れただけで見るからに笑顔になった。犬みたいで可愛いな。

「しかし今は大会中だ。話があるんなら大会が終わってからにしてくれないか?」

「は、はい。分かりました」

「閉会式の後にここに電話をかけてくれれば、あまり時間はとれないが話は聞いてやる」

さらさらとペンを走らせ、自分の携帯の番号を書いたメモを渡す。

「ありがとうございますっ!」

そんなに嬉しいのか。まさか一目惚れとか。
そんな思考は一瞬でうち消す。さすがに無い。私は背が高いし、仮に一目惚れだったとしても、説教で幻滅されただろう。


「今度からこういうことは無いようにしろ」

「はいっ!失礼しました!」

ぺこりとお辞儀をし、控室を出ていく。
残された私に突き刺さる好奇の視線。だから控室に入れたくなかったんだ。

「菫ー、今の誰?結構なイケメンだったけど」

ほらきた。

「別に。迷子になったところを助けられた、それだけだ」

「へー、菫が迷子ねえ…」

しまった、口を滑らせた。
にやにやと笑う顔には、これからどうやってからかってやろうか、という思惑が感じられる。

「いやー、にしてもさっきの、京太郎だっけ?一目惚れしたのかなー」

「は?誰に?」

「もちろん菫に…って、え、もしかして気付いてなかった?」

「はぁ…。そんなことあるわけないだろ。まったく、お前はすぐに恋愛関係にもってこうとするな、大星」

「その言葉は失礼だな。でも菫って鈍感だったのか…。新発見」

「あ?」

「なんでもありませーん」

失礼なのはどっちだ。内心で憤慨しつつ、ちらりと室内を見渡す。
目が合う瞬間にそらされた。
どいつもこいつも興味津々だな、おい。そんなに人の恋愛事情が気になるのか。

「菫だからっていうのもあるけどねー」

男っ気が無かったことは自覚していたがそれほどとは…。
もう少し可愛いキャラにした方がいいのだろうか。『弘世菫です☆キャピッ』とかの方がいいのだろうか。誰か教えてくれ。

「まあいい。もうすぐ対局が始まるから、大星も見とけ」

「えー、どうせテルが圧勝でしょ。いいよ別に」

「文句をいうな。見るのも勉強だ」

「…分かった」

不満げだが、名門白糸台のレギュラーがこれじゃまずい。色々とまずい。
ともかく、今は対局だ。決勝戦、白糸台の3連覇がかかっている。
須賀の話も気になるが、大会が終わってから話せるから、今は考えるのをやめる。

…絶対、優勝してみせる。白糸台高校のレギュラーとして。


「ん、ああ。ロビーでいいか?そうか、分かった」

「どうしたの、菫。もうすぐ行くよ?」

「すまない、ちょっと話をしてくる。監督に言っておいてくれ」

「はーい」

大星に伝えて、少し不安になったが、周りに他の人もいないし仕方ない。
集合まであまり時間はない。手短に済めばいいが。
しかし、何の話だろうか。



ロビーについたが彼はいなかった。すぐに行くと言っていたが、何か立て込んでいるのだろうか。
彼の顔を思い浮かべると、ちょっとモヤモヤとした気持ちになる。もどかしいというか。
最初金髪を見たとき、不良かと思ったが、まるでかけ離れていた。むしろ、好青年といったところか。
考えなしに行動することはあるが、常にまっすぐな心が表れていて――

(なんだろう…この気持ち…)

彼のことを考え出すと止まらなくなる。

(疲れているんだろうか…)

確かに今日の対局は疲れたが、さすがにこんな思考を許すほどじゃ…。
近くにある気配に気付く。彼かと思い顔を上げる。しかしそこにいたのは彼じゃなく――

「君、今暇だったりする?」

(ナンパ…か?)

そこにいたのは同じ金髪だが、優しさのかけらも、思いやりの心も見えない、下卑た顔。
にやにやと笑う口元から、下心があって近づいたんだろうと察する。
よく見れば、あまり顔がよくないことが分かる。全ての点で彼に負けているな。もし勝ち目があるとすれば身長くらいか。

「へへっ、俺と一緒に遊ばない?」

私の沈黙を肯定ととったのか、勝手に話を進める。
なんというか、近い。


「すまないが、人を待っていてな。お断りさせていただく」

「いーじゃん、そんな奴おいといてさ。俺と遊ぶ方が絶対楽しいって!」

しつこいな。彼ならそこまで食い下がらない。

「断ると言っている。帰れ」

「ちっ…。下手にでてりゃいい気になりやがって、いいからこいや!」

「いやっ…っ、やめろ!」

「うっせえ!」

がしりと手を掴まれる。無理やり引っ張られる。痛い。
どこに連れて行かれるのか。どうなってしまうのか。怖い。怖い。誰か――

「おい、何してんだよ」

気付くと、私に寄ってきた男の手を、誰かが捻り上げていた。
その顔は見覚えのある、迷子になった時も私を助けてくれた男の子で――

「大丈夫ですか、菫さん」

ああ、そんな笑顔をしないでくれ、今そんなことをされたら、泣きそうになる。

「ってーな…。んだよてめーは、横からしゃしゃり出てよ。あぁ?」

「嫌がる女の子を無理やり引っ張っていこうとしたお前の言うことか、それ」

「っ!てめー!」

振り上げられる男の拳。狙っているのは彼の顔。
男の鬼のような形相。その目には明確な殺意が宿っていて。

(当た――――)

「当たらねーよ」

しかし彼は、その拳をひょいと躱した。そしてそのまま相手の拳を引き込み、脚を払い、背負って

「ふっ!」

「があっ!」

――そのまま背中から床に叩きつけた。


相手の呻き声と叩きつけた音がロビーに広がる。
しかし、警備員はおろか、他人の視線もない。ほとんど人はいなかった。だから私に声をかけたのか。

「これ以上菫さんに手出すようだったら…」

そう言って男の腕をギリギリと捻り上げる彼。その目は怒りで燃えていて

「本気でやるぞ」

「…っ、分か、った、から、離せ…!」

「分かればよろしい」

彼は腕を離すと、私を庇うように前に立った。
男が立ち上がる。が、さきの一撃が効いたのか、男は恨みがましそうな目をこちらに向けた後、すごすごと去って行った。
彼がこちらを向く、その前に私は――

「っ、菫さん!?」

彼の胸に飛び込んでいた。

「怖かった…怖かった…、っ…」

情けないことに、私は泣いていた。
連れて行かれそうになった時の恐怖感。彼が助けてくれた時の安心感。
普段なら涙は見せない。例え照や大星の前だとしても。
今涙を見せているということは、それだけ彼に気を許してしまっている。出会ってまだ1日も経たない年下の少年に。

「大丈夫です、大丈夫ですから」

私を優しく抱きしめながら、背中をさする。
そんな一言、一動作で、自分がどんどん彼に惹かれていくのが分かる。
まだ出会って間もない彼に。

(一目惚れは、私の方だったかな…)

あり得ないと思っていた。気の迷いだと思っていた。好きになったわけじゃないはずだった。
でも、全ては変わってしまった。
彼の一挙一動を気にしてしまう。彼と一緒にいたいと思ってしまう。それは紛れもなく、恋。

(ああ、これが『恋』か…)

情けない。
涙を見せたあげく、恋してしまうなんて。

(本当に、情けないな…)


「……」

「…もう、大丈夫、だ」

「…はい」

「だから、離しても」

「嫌です」

そう言って、一層強く私を抱きしめる。
やめてくれ。そんなことをされると、勘違いしてしまう。もしかして自分のことを好きになってくれているんじゃないかって。
そんなことはありえないのに。
この気持ちは、私からの一方通行だけでいい。今気持ちをさらけ出して、彼を困らせたくない。

「離してくれないか…?こんなところを見られれば、あらぬ勘違いをされるぞ」

「勘違いされてもいい。俺は、好きになった人と抱き合えるこの時間を、終わらせたくない」

え…、今

「泣いている女性を抱きしめて言うのも、おかしな話ですけど」

今、確かに

「い、…ま…」

「話したいこと、っていうのは、まあつまるところ告白だったわけですが…。すいません、こんな形になってしまって」

彼は、私を離すと、正面に立った。
その顔は、今日見たどの顔よりも真剣で。

「弘世菫さん、あなたのことが好きです」


夢じゃ、ないのか。


「一目見たときから…って、ありきたりかもしれませんが」


私は彼のことが好きで、彼は私のことが好きで。


「話しているうちにどんどんあなたのことが気になってしまって…。控室の前にいたのも、そのせいです」


じゃあ、あの時の言葉は、本当で。


「あなたとずっと一緒にいたい、そう思うようになっていったんです」


夢じゃ、ない。


「その、もしよければ、俺と――」

「それ以上は、言わなくてもいい」

もう、充分だ。彼の言いたいことは分かった。
なら、私も言わなきゃ――いや、動かなきゃな。

「言わなくてもいいって、どういう……んむっ!?」

彼の驚く気配が伝わる。近くにいても、見れないのが少し悔しいな。
でも、目を瞑らないと、心臓がどうにかなってしまいそうだ。

――キスをしながら、顔を見るなんて。

「ぷはっ!……菫さん、なにを…」

「『さん』」

目を瞑っても瞑らなくても、結局変わらなかった。

「はい?」

「これから付き合うんだ、敬語はやめにしよう」

自分の顔が紅潮していくのが分かる。

「え…それって…」

「キスしても分からないのか?君は欲張りだな、『京太郎』」

恥ずかしい。でも、かまわない。

「…!、菫さん…」

「ほら、また『さん』付けになってるぞ。…まあ、いいか」

だって―――

「これから、時間はたくさんあるんだからな…。よろしく頼むよ、京太郎」



――願わくば、彼と一生を共に――。