「ふむ、そろそろ昼か。二人とも悪いが食堂の準備を確認してきてくれんか?」

 染谷部長が時計を見て、私と須賀君にそう指示を出しました。
 今日は午後0時30分から新入部員選抜会があるんです。

 去年までは廃部寸前だったのに、今年は新入生の入部希望者が多い。
 学校側からも期待されているようで、100人近くの希望者がいると事前に知らされました。
 でも、とてもではありませんが私達で100人を管理できる気がしませんでした。
 竹井元部長ならどうにかしたのでしょうが……。

 そこで須賀君が提案したのが、この“選抜会”です。

『咲も優希も初心者教えるの苦手だろ? 染谷部長も毎日は出れないし。
 そうなると指導は全部和に押し付けられちまう。俺? 俺はほら、ハハハ』

 そう言って苦笑いを浮かべた須賀君の表情はとても寂しそうでした。
 私は、私はそんな須賀君を見て胸が締め付けられる気がしました。
 きっと須賀君に麻雀の楽しさを実感してもらえなかったからだと、思います。

 須賀君は気負いも無く足取り軽く歩き、私は勝手に気まずい思いをして、食堂に到着しました。
 時刻は午前11時55分くらいでしょうか。
 食堂の中年女性と段取りの最終確認を終え、部室への帰り道。
 ふとその気楽さに腹が立ちました。そして口をついて出たのは嫌味ったらしい言葉。

「須賀君はどうしてそんなに楽しそうなんですか?
 こんなやり方をしたら、須賀君は麻雀部にいられなくなってしまうかもしれませんよ」

「ん? ああ。ついこの間告白されてさ。念願の彼女が出来たんだ」

 叫び声を上げなかった自分を褒めてあげたい。それくらい衝撃的なことでした。

「和ほどじゃないけど胸も大きくてな? 料理も上手いしおしとやかで、まさに理想! って感じだ」

 足を止めそうになる私に気付かず須賀君は“彼女”を褒めそやします。

 聞きたくない。

 目の前がどんどん暗くなって。

 このときようやく気付いたんです。

 私は彼を。須賀君のことを恋愛的な意味で好きだったのだと。

 でも手遅れでした。もっと早く気付いていれば。

 須賀君が私を性的に見ていることは理解していました。
 それを煩わしく思いこそすれ、嫌いになることはなかった。
 異性として見られることを受け入れていた。意識していたんですねきっと。
 気付く機会は何度もあったはずです。気付いて、彼を受け入れることだって。


 感情を表に出さないよう能面のような顔色で押し黙った私をよそに、須賀君は腕時計をちらっと見ました。

「なーんてな! 嘘だよ嘘! エイプリルフールだからな。ハァ~、ほんとそんな彼女欲しいぜ」

「嘘……ですか?」

 暗い沼に沈み込みつつあった私に透き通った階段が見えた気がしました。

「おう。和が彼女になってくれりゃ最高なんだけどな! ほら、俺ってば和に惚れてるからさ」

「それも……嘘ですか?」

 このすがるような目に彼は気付いているでしょうか。
 知らず胸を強調するように組んでいた手。
 須賀君はふいっと視線を外し、時計を示すように軽く叩いてから歩く速度を上げました。

「ハハッ。ほら、もう行かないと部長にヤクザより怖い啖呵切られちまう」

 つられて時計を確認すればちょうど12時を過ぎたところ。
 これはつまり、そういうことでしょうか。今を逃せばもう。

 離れていく彼の背中。
 私は止めていた足を前に出し、すぐにその歩みを速め駆けていました。
 そしてその背に胸ごと飛び込み、抱きついて。

「私も。気付いたんです。京太郎君が好き」

 ゆっくりと振り向く半笑いの顔。
 間の抜けた表情ですけど、そんな彼だから好きになれたのかもしれません。

 こうして私の恋は――――


カンッ

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最終更新:2017年10月13日 00:16