ハーレムは男の夢。
よくあるのはたった一人の男を複数の女が囲んで仲良しこよしに和気藹々と過ごしていく。だけど、そんなものは幻想なんだ。
「はぁ、はぁ……っ、ちょっと無理かもしれませんね……」
好きな女の子がいる。
その子を他の男と共有する。
それがたとえ親友であろうとも、血の繋がった兄弟や従兄弟であったとしても俺には耐えられない。
立場を逆にして考えれば道理じゃないか。
一夫一婦の制度が確立して長いこの国ではそれが当然の価値観だ。
「小蒔ちゃんっ……くそっ! 何で、どうしてこんなことに……」
これは報いなのだろうか。
女の子たちの好意に気づいていながら、何時までも答えが出せなかった俺への天罰。
「お願いだ、死ぬな、死なないでくれっ! 小蒔ちゃんが好きなんだ、大切なんだ、愛しているって漸く分かったのにっ!!」
血が止まらない。
煙が濃い、炎が迫ってきている。
錠が外れない、くそっ、ふざけるなぁ、何で取れないんだよ。
「京くん、もう……私は助からないと思います……あなただけでも、逃げて下さい……」
「そんなこと出来るわけがない!」
世界で一番愛している。
そんな彼女を見捨てることなんて俺には不可能だ。即座の否定に彼女は痛みを忘れたように微笑んだ。
「嬉しい、そう思っちゃいました……私って、ダメですね……」
「ダメじゃない。ダメなはずがない」
血が流れすぎている。
刻一刻と彼女の顔が青白く変わっていく。
部屋の気温が上がり続け、否応なしに火炎が間近に近づいて来ているのが分かる。
「どうしようもないのかよ……」
諦めたくなんてない。
だけれど、彼女を束縛する錠が外れるような兆しはなく、助けが来るような様子もない。
「お願い、逃げてぇ……」
弱々しい声でそう告げられる。
彼女はもう自らの死を受け入れてしまっている。せめて俺には生き残って欲しいと願っていた。
俺と彼女が逆の立場なら、きっと俺も君に生きて欲しいと頼むだろう。その時はやっぱり小蒔ちゃんも逃げやしないんだろうな。
「……小蒔ちゃんを一人になんてしない。死ぬなら一緒だ」
「……ばか、ですよ。京くんのばかぁ、ばかっ……」
彼女は涙を流す。
俺も泣いていた。
その零れ落ちる雫も直ぐに乾いてしまう。
「ずっと一緒だ」
「はい……来世でも、また一緒に……」
燃え盛る火。
愛憎渦巻く情念の焔。
倒壊する霧島の社、愛し合う二人の男女は命を落とした----
------
----
--
熱い、熱い。
痛い、痛い、痛いっーーーーッ!
小蒔ちゃん、小蒔ちゃん、小蒔ちゃん、小蒔ちゃん、小蒔ちゃん、小…蒔……ちゃ…………ん。
「ああぁぁぁぁーーーーーー!!」
俺は絶叫し、飛び起きた。
酷く取り乱した大声に驚いた両親が部屋にまでやって来る。落ち着くのに随分と時間が掛かった。
「あれは夢?」
夢にしては妙にリアルで生々しい。
体が焼けるあの苦痛、大好きな子が死ぬあの絶望。本当に夢だったのだろうか。
だけど、現実なはずがない。
夢の中の俺は今よりもずっと大きかった。小学生の自分と比べようがない程に。
「未来の俺?」
馬鹿馬鹿しい。
予知夢とかそんなものあるわけがない。
「……あれ? 何で俺は泣いてるんだ?」
止めどなく、次から次へと涙が伝う。
「こま、き、ちゃん?」
胸が痛い。
夢で俺が好きだった恋人の女の子。
あの子のことを考えるだけで張り裂けそうな痛みが走る。
会ったこともない、いるのかも分からない、そんな存在であるはずなのにおかしいだろう。
「小蒔ちゃんに会いたい……会いたいよ……」
その夜、泣き疲れて睡魔に誘われるまで俺はずっと一人の女の子のことだけを考えていた。
------
----
--
俺は多分おかしくなってしまったに違いない。
そう確信したのは翌日のことだった。まず、おおよそ全てにどことなく既視感があるのだ。
「やっぱり俺ってどこかおかしいよね、照?」
運動と違って勉強はそんなに得意じゃない。
それなのに今日の俺は学校の授業全部が簡単に分かり、深く考えればまだ習っていないことだって知っている。
これはあり得ない。
「……うん、これ全部合ってた。京ちゃんおバカなのに私と同じ学年の問題が解けるなんておかしい」
「バカって、事実だけどさ……この知識は間違ってなかったんだな……」
「そうだね。ちょっと照魔鏡で見てみるね」
「お願い、照だけが頼りなんだ」
「任せて京ちゃん、約束のおやつは貰ったし頑張る!」
夢のこと。
おかしな知識やデジャブ。
俺は不安に駆られて幼馴染の照に相談した。彼女は不思議な力を持っていて物事の本質なんかを的確に読み取ることが出来る。彼女なら俺の異常が何なのか分かるかもしれない。
「京ちゃん……」
「何か分かった?」
俺の期待を裏切るかのように彼女は横に首を振った。
「……よく分からない。前までは見えたのに、今は京ちゃんが見えなくなってるの……大きな力に邪魔されている感じかな?」
「そっか、照でも分からないんだ……」
「ごめんね……」
気落ちした俺を気遣うように、照が俺の頭を優しく撫でる。普段はポンコツのくせに、稀に年上のお姉さんらしいことをする。
ちょぴり悔しい。
「はあ、これからどうすれば良いんだろう?」
「京ちゃんはどうしたいの?」
俺がしたいこと。
心から沸き上がる衝動はただ一つ。
「……小蒔ちゃんに会いたい」
「その夢の中の女の子に会いたいんだね。じゃあ、会いに行こう」
照は簡単に口にする。
「どうすれば会えるの?」
「京ちゃんの見た夢って未来のことみたいだよね。それなら、この時代にその小蒔ちゃんもいるんじゃないかな?」
「何処に住んでるの?」
「「…………」」
俺は色んな知識があるみたいだ。
未来っぽいことも多少は分かる。
しかし、困ったことにそれは完全じゃなかった。あの女の子の名前が小蒔だとは分かるけれど、苗字も思い出せなければ住所とかも分からない。
彼女が巫女服らしきものを着ていたから、神社の女の子だとは思うけれどそれ以上は分からない。
「ふう、諦めよう京ちゃん」
「早いよ照!」
「だって、手掛かりなさすぎだと思う」
「うっ……」
その通りではある。
でも、俺は小蒔ちゃんに会いたいんだ。何か、手はないだろうか。考えろ、諦めるな、挫けるな俺。
「はあ、諦める気はないみたいだね」
「うん!」
照は俺の回答に苦笑した。
二人で散々頭を悩ませて一つの答えに辿り着いた。
「京ちゃんがその小蒔ちゃんに会いたいって思っているように、彼女も京ちゃんに会いたいかもしれないよね」
そうかもしれない。
そうだったら良いな。
「その子は未来で麻雀を打っていたみたいだし、麻雀が好きなはず」
「確かにそうかも……」
「小学生の全国大会もテレビに映るんだよ! つまりね、麻雀好きな女の子ならきっと大会を見ているはずだから、京ちゃんは麻雀で全国に行けば、きっとその子の方が京ちゃんを見つけてくれるよ!!」
「おおっ! 凄い照、頭良い、大好きだ!」
「ふっふーん♪ 感謝すると良い、お菓子をいっぱい貢ぐが良い」
画期的なアイディアに俺と照は幼馴染故に噛み合う見事な小芝居を行った。
だが、直ぐに問題点に気づいたのだ。
「照、麻雀のこと俺よく分からないんだけど?」
「え?」
「知識としてはルールを把握しているけど……なんとなく、全国に行ける実力があるようには思えないんだ」
直感で分かる。
俺は麻雀が下手くそみたいだ。
せっかくの妙案もこれじゃあ無理じゃないかな。
「よし、京ちゃん特訓だ! 私が鍛えてあげるから頑張ろう!!」
それから毎日、俺はお菓子を献上し照の指導を受け続けた。
いつしか俺が麻雀を始めたことを知ったみなもや咲も卓を囲うようになった。まあ、あいつらは照と違って指導する才能は皆無だったので対戦相手としてしか役立たずなんだけどな。
そんな日々に一つ問題が起きた。
俺が毎日お菓子を持ち込んだことで照たちがちょっぴり太り、あげくにポンコツ姉妹は歯磨きを怠り虫歯になってしまった。
そのことで俺は両親に怒られ、照たちもお菓子を俺に奢らせていたことがバレて愛ちゃんに説教された。
「京太郎くん、そこはそっちを切るんじゃなくてこっちを切るべきだったのよ。理由はね--」
最近は元プロの愛ちゃんにも教えを受けている。ありがたいけれど、監視の意味もあると思うとちょっと複雑だ。
愛ちゃんは咲と照のお母さん。
二人の母親だけあり、ちょっとポンコツでおばさんって呼ぶと不機嫌になるから愛ちゃんの愛称なんだよな。
「はあ、宮永の血はバケモノだ……」
「酷いよ京ちゃん!」
「バケモノはないよ京ちゃん!」
うるさい。
カン材の位置がなんとなくわかるとか、相手の本質が見えるとか、バケモノじゃなきゃ魔王か。ここは魑魅魍魎の住まう魔窟じゃい。大魔王愛ちゃんもいるんだから。
「俺、全国大会出れるのかな?」
宮永家の皆にはおもいっきり負け越していて、唯一勝ち越せているのがおじさんだけだ。
こんなレベルで全国へ行けるのか不安になる。
「大丈夫、大丈夫、娘二人は大会に出ないし、今の京太郎くんの実力なら七割位で行けると思うよ」
保証してくれるのが愛ちゃんだから不安なんだよ。
------
----
--
「まさか、京ちゃんが優勝するなんてね」
本当に夢みたいだよ。
全国の小学生、その頂点に俺が立つなんてさ。
「でもさ、照や咲、みなもの方が強いから実感がないね……それに、小蒔ちゃんには会えなかったし……」
「そうだね。作戦失敗かな?」
「もっと俺が有名になれば見つけてくれるのかな?」
二連覇、インターミドルやインターハイでも活躍すれば、何時かはあの子に会えるだろうか。
諦めるって気持ちはない。
それなら、やるしかないよな。
「照、麻雀打とうぜ!」
「うん、私が勝ったら京ちゃんのおやつ貰うから」
------
----
--
「はあ、また負けた」
「今回は駅前のアイスクリーム五段重ねをよろしくね」
「はいはい」
あの夢を見た日から何年経っただろうか。
俺は高校生になった。
「何で照には滅多に勝てないのかな? 咲たちには勝ち越せているのにさ、小学生の時から公式戦負けなしで男子のインターミドルチャンピオンだったんだけど自信なくす……」
「京ちゃんが成長しているように私も強くなってるからね」
「はあ、それだけ強いんだから去年麻雀部に居てくれたら楽に全国行けただろうにな。はあー」
特大のため息がつい漏れてしまう。
「むっ、京ちゃんだって中々彼女に会えないから中学一年時で麻雀部辞めたよね。それで二年間もハンドボールに浮気するからいけない、自業自得」
「うっ、分かってるよ……麻雀で有名になってもダメならスポーツ選手とかならいけないかなって思ったんだ……」
俺は未だに小蒔ちゃんに会えていない。
だけど、彼女が何処の誰かなのかは漸く判明したんだ。
もしも麻雀部を続けていれば、インターミドルとインターハイは同時期に同じ場所で開催されるから去年全国の会場で会えたはずだった。まあ、済んだことを嘆いても仕方ない。
「早く会いたいな」
「永水女子エースの神代小蒔か。本当に彼女が夢の中の女の子?」
「ああ、間違いない」
忘れるはずがない。
間違えるはずがない。
俺の胸を締め続ける求めてやまなかった女の子、今年のインターハイで合間見えることが出来る。
「そっか……でも、京ちゃん……彼女は京ちゃんのことを知らないと思うよ?」
分かっている。
きっとそうなんだって俺だって理解しているさ。それでも、俺はどうしても会わなきゃいけない。伝えたいんだこの想いを……。
「京ちゃんは本当にバカだな」
「うるせいやい、そう言えば何で照は今年から麻雀部に入ったんだ? 部長はもっと早くに入って欲しかったって嘆いていたぞ」
照は麻雀がとっても強い。
俺の私見じゃあ、昨年度のインターハイ個人戦で優勝した荒川憩や準優勝の辻垣内智葉、MVPを獲得した天江衣を遥かに上回る怪物だ。
それほどの実力を持ちながら、照はこれまで仲間内でしか打とうとはしなかった。それがどういう風の吹き回しか、今年から麻雀部に入ったんだよな。
「気分」
「あっそう……照が出るなら団体戦も個人戦も女子は勝負が見えたようなもんか……」
我が清澄の麻雀部は魔窟だな。
宮永家三人組、女子のインターミドルチャンピオンである和、東場ならそこそこ強い優希、記憶力の凄い染谷先輩と悪待ちの部長。監督に元プロの愛ちゃんと完璧な布陣だ。
男子が俺だけなのが如何ともし難いけれど、まあ、楽しいから良いか。
「はあ、早く夏が来ないかな」
------
----
--
焦がれ続けた彼女が目の前にいる。
心臓が、胸が、心が、魂が歓喜で打ち震えている。ああ、漸く会えた。
「俺のこと覚えていますか?」
ドクンドクンと五月蝿い音が鳴り止まない。
神秘的な雰囲気を持つ少女の瑞々しい桜色の唇が開く。
「……すみません、何処かでお会いしたことがありましたか? えーと、私の記憶には須賀さんと会った覚えはありませんが……」
分かっていた。
こうなるかもしれないって頭では理解していただろう。覚悟していたはずじゃないか、動揺するなよ。
「俺は覚えています。あなたが好きだ、世界で一番大切で愛していることを忘れていません」
「…………」
「それをずっと伝えたかった。時間を取らせてすみませんでした……それじゃあ……」
さようなら、小蒔ちゃん。
俺はそう呟いて逃げるように振り返ることなく走り去った。
その場に留まっていたら怒鳴るように、懇願するように、神代さんに向かって当たり散らして叫ばずにはいられなかったから。
何で、どうして覚えてないんだ。
ずっと一緒、また一緒にって約束したじゃないか。
「約束したのに……」
ぽたぽたと涙が落ちる。
人気のない路地裏で崩れ落ち、膝をついて泣き叫んでいた。胸が痛い、張り裂けてしまったように苦しくてどうにもならない。
俺はなんのために、これまで頑張ってきたのは何だったんだ。
「バカだよ京ちゃんは」
そんな声が聞こえた。
「よしよし、本当にバカなんだから」
俺を抱き締めて彼女はあやす。
ただ、悲しくて、苦しくて、辛くて、どうにもならない気持ちのまますがり付いて泣き続けた。
幼い子供のように、泣き疲れ眠りに落ちるまでみっともない醜態を晒した。
--
----
----
--
「まさか、往来の中で愛の告白とはびっくりなのですよー」
あの人は嘘をついているようには見えませんでした。私は彼と何処かで会ったことが本当になかったのでしょうか。
「少し、姫様が羨ましい。私もあんな風に情熱的に求められてみたい」
「春ちゃんも乙女だね」
「そうは言うけれど巴ちゃんも少しは憧れたんじゃない? 霧島の巫女である私たちにあんな振る舞いをする男性は非常に珍しいもの」
背が高かった。
金色の髪に、力強い眼差し、もしも会ったことがあれば忘れることなんてあり得ない。
だから、知らないはずなんです。
「そうなのですよー、一度はあんな風に告白されてみたいもんですねー。姫様はどう思いにnっ!?」
「小蒔ちゃん!? ど、どうしたの、嫌だったの? 何かあったの?」
「私たちが気づいていないだけであの男に何かされたのですか?」
「姫様、大丈夫? か、悲しいときとか甘いもの、黒糖ありますよ!?」
皆どうしたのでしょうか。
滅多に見えないくらいに慌てていますがおかしいですよ。
「どうかしましたか?」
「どうしたのって聞きたいのは私たちの方よ。だって小蒔ちゃん、あなた泣いているじゃない?」
「え?」
本当ですね。
何故、私は泣いているのでしょうか。
悲しくなんかない、身体の何処かが痛かったり苦しかったりするわけでもないのに、何で……。
「どうして涙が……」
------
----
--
幸せ、京ちゃんはあの子への想いを今も引きずっているけれど、彼の隣に居るのは私だから。
「ねえ、京ちゃん」
「何だ?」
「私ね、京ちゃんに一つだけ嘘をついてるんだ」
きっと、私が一番になることは永遠にない。それでも京ちゃんの隣に居られるなら問題ない。
「照?」
「京ちゃんを照魔鏡で見えないって言ったのは嘘、本当は見えてるよ」
彼は胡乱気な眼差しで私を見る。
「教えて欲しい?」
「…………」
「ふふ、京ちゃんは呪われている。幾つもの、何十人もの女の情念が灯す煉獄の焔に囚われている……私には分かる」
「何が分かるんだ?」
「京ちゃんは繰り返す。これから何度も、何十回も魂の輪廻を重ねることになる。今は一巡目、女たちの情念が全て燃え尽きるまで人生をループする」
「ふざけているのか?」
「ふざけてないよ。これは御祓、奇跡を望んだ対価。その罪が赦されたとき、京ちゃんはあの子と再会できる」
「そ、それって……!?」
本当に怨めしい。
羨怨ましいよ神代小蒔。
お前のことに希望が持てただけでこんな活力に満ちた表情をさせるのだから。
「人を呪う程の重たい情念を晴らすのは簡単じゃない。きっと何度も失敗し、魂が先にすりきれるよ。それでも京ちゃんは彼女と会えるならやるんだよね?」
ああ、諦めないよね。
そんな京ちゃんだから私は好きなんだ。
「私は何時だって京ちゃんの味方。今回は準備しよう。次に向けて対策と情報を練ろう」
呪い。
因果の呪い。
京ちゃんを慕うクズ共の穢い情は全て晴らす。
「死ねばやり直し、私は京ちゃんを照魔鏡で見ればおおよその事情が分かるから頼りにしてね」
だからこそ、御祓は終わらない。
私の情念は私が私である限り、晴れはしない。永遠に京ちゃんの隣を歩み続ける。ふふ、ふふふ、あははは……
カンッ!
最終更新:2017年10月12日 21:39