30歳。それはあらゆる面においてのタイムリミットである。
 人は若さという青春を踏破した後、老いという名の佳境を迎える。
 徐々に動かなくなる身体、枯れ始める魅力。そして心蝕む孤独。
 故に、アラサーと呼ばれる人種は結婚に最後の望みを賭ける。

健夜「はぁ...いい人、見つからないなぁ」

健夜「ねぇねぇ良子ちゃんは彼氏いるの?」

良子「今のところはいませんね。女子校育ちっていうのも楽じゃねーです」

良子「この前チームの先輩に合コンに連れて行かれた時」

良子「結構良い線行ってたのに、結局私だけ残っちゃいました」

健夜「あら...それは意外...かな?」

健夜「良子ちゃんはアレでしょ?まだ25行ってないでしょ?」

良子「イエス。でも...仕事もしなきゃ生きていけないし」

健夜「世知辛いね~。芸能人も楽じゃないよ~」

 テレビ局の控え室、ゼクシィ片手にため息ばかりの小鍛治健夜32歳。
 その隣には後輩でまだ24歳の戒能良子がちょこんと座っていた。

健夜「その点はやりちゃんは上手いことやったよね」

健夜「結婚する為に芸能界と麻雀のプロ引退したんだから」

良子「私にはまだそういうことはできません...はやりさんは凄いです」

「小鍛治さん。スタンバイお願いします」

健夜「はい、今行きます」

 スタッフに呼ばれた健夜は返事を返し、良子に一礼してから控え室を
出て行った。無造作にほっぽり出されたゼクシィをしげしげと見つめる良子。
 興味本位で本を開くとわかりやすく折り目がついたページがあった。
 それは幸せそうに微笑むはやりとその婚約者の一枚絵だった。

良子「...私もうかうかしていられませんね...」

 ポケットからスマホを取り出し、目当ての番号を引っ張り出す。
 それは健夜に話した合コンの戦利品だった。
 控え室を後にしながら、前後左右誰もいないことを確認し、更に
用心を重ね、テレビ局の入り口から2km離れた所から電話をかける。

良子「嘘は言ってませんからね。女で一人残っていたのは私だけですから」

京太郎「もしもし、良子さんですか?」

良子「はい。戒能です。ハロー?ご機嫌いかがですか」

京太郎「最高ですよ。今お仕事の休み時間ですか?」

 年下で大学生で優しくてイケメンというまさに世の中の夢見る女子の
理想的な相手を捕まえた良子は、滅多に感情を表さないクールフェイスが
満面の笑顔になるくらいに有頂天になっていた。

良子「ええ。番組の収録終わって事務所に戻る途中です」

良子「京太郎は今授業ですか?」

京太郎「そうっすね。授業サボって一服してます」

良子「ダメですよ。ちゃんとしないと留年しますよ?」

京太郎「俺はおっさんの声より良子さんの声の方が聞きたいですけどね」

良子「もう、年上の女をその気にさせないで下さい...///」

京太郎「あ、照れてる?だとしたら俺も結構嬉しいかも」

この前、正確に言えば四ヶ月前の合コンで連絡先を交換した二人は

その後ちょくちょく人目を忍びながら、逢瀬と身体を重ね非常に良好な

関係を構築することに成功していた。

 一ヶ月前には彼氏である京太郎の実家に顔を出し、相手方の両親からの

オーケーサインを貰ったばかりである。

 このまま上手くいけばゴールイン間違いなしだが、まだ油断は出来ない。

京太郎「ところで良子さん。今月空いてる日ってない?」

京太郎「車乗ってどこか行きませんか?」

良子「いいですね。実は神奈川に行きたいと思ってたんです」

良子「京太郎は?いついけるんですか?」

京太郎「土日なら空いてますけど、平日でも大丈夫かな」

良子「thx。今スケジュール帳を見ているんですけど...」

良子「来週の土曜日と再来週の水曜日が一日オフです」

京太郎「そっか、じゃあその次の日早く出なきゃいけないのはどっち?」

良子「土曜日の方です。でも、水曜日は授業が」

京太郎「卒業単位は半分以上は取ってるんで、一日くらい平気っす」

良子「ありがとう。じゃあ待ち合わせは?」

京太郎「考える時間下さい。一通り出来たらまた折り返しますから」

良子「オーケーです。お返事は夜10時から11時までの間にメールで」

京太郎「はい。それじゃまた」

 手際良く誰にも邪魔されずにデートの約束を取り付けた良子は
電話を切ったと同時にガッツポーズを取った。
 余り物には福がある。自らを例えるにしては身も蓋もない表現だが、

良子「ああ...悪くない気分です。人を好きになるって素晴らしい」

しかし、これはまだ序の口でしかない。
 先程の会話の中で、彼と違う呼吸音が約三人分聞こえて来た。 
 同性愛者でもない限り、異性も同性も極端に身体を密着させる筈がない。

良子「悪い虫は、デリートしなければ..」

 心でつながっていれば、なんて戯れ言を言う気は毛頭ない。
 現状維持に満足して横から掻っ攫われて全部が水の泡になるのは御免被る。
 だからこそ、早い内に他の相手よりも決定的な差をつける必要がある。

良子「念のため、探偵雇ってリサーチするのがグッドのようですね」 

 計画も大詰め。これからは更に忙しくなりそうだ。

 呟いた言葉は風に乗ってどこかへと消え去っていく。
 仕事の報告を終えたら、その足で来たるべきデートの為の新しい服を
買いに行こう。
 今までのビジネスライクなスタイルとは正反対の可愛らしくお洒落な
イメージできっちり決めて、その日の夜に自分の本心を打ち明けよう。

良子(きっと、京太郎なら受け入れてくれる)

 そうなるという確信はない。
 だが、これから先も京太郎に取っての一番でありたい。

 自分の意思を再確認した戒能良子は足取りも軽やかに、クールに決める。

良子「ふふふ...逃がしませんからね、Darlign」

 カン