時たま、部室に見慣れぬ備品が増えていることがある。
膝掛け、クッションその他諸々。
あっても別に困らなかったしはっきり言ってありがたかったので感謝しつつも気にしなかったのだが、今目の前にあるこれはさすがにどうなのだろうかと思う。

コーヒーメーカー。
今より一、二世代ほど前であろう型式のそれはコンセントそばの机に確かな存在感を持って鎮座していた。

私がこれに疑問を持っているのは場所を取るだとか、コーヒーが嫌いだからとかそういった理由ではない。
むしろコーヒーは好きな方だ。…砂糖とミルクをたっぷり入れた、と枕詞がつくのではあるが。

これが電気ポットやケトルならば疑問は持たなかったし、そもそもすでに配備されている。
(そのついでにどこぞの蘊蓄好きの議会長閣下の謎のこだわりにより、緑茶や紅茶だけでなく何故かカップスープまで常備されていたりする)
何故疑問を持たないかと言えば、使用用途が多岐にわたるからだ。
前述した緑茶や紅茶で喉を潤すことはもちろん、カップスープで小腹も満たすことが出来るし、変わった用途としては耐熱容器に湯を入れて即席湯たんぽにするなども出来る。

しかし、コーヒーメーカーとはその名の通りコーヒーを淹れる機械であり、間違っても緑茶や紅茶を淹れる機械ではない。
湯を沸かしながら淹れるわけだから極端に言えば緑茶も紅茶も淹れられるが、わざわざこれを使って淹れる者は少ないだろう。
つまり、まさにコーヒーを淹れる為だけに存在する機器なのだ。

その妙なハイソ感から私は疑問を抱いてしまっているのだろう。
これは一体誰が持ち込んだものだろうとうんうん唸っていると、「うーっす」といささか間の抜けた声と共に部室のドアが開いた。


「あれ、和一人だけか。他のみんなは?」


そう聞いてくるのはこの部活での黒一点、須賀京太郎くんである。
今まで接点がなかったのに、あるいは接点がなかったからこそ麻雀部に入部した変わり者である。

初めは未経験者と言うこともあって彼の指導を中心に進むはずだったが、幸か不幸か彼が連れてきた一人の少女のおかげ(あるいはせい)で団体戦出場人数が揃い、つい後回しになってしまったのだ。
今はその奪ってしまった時間を少しでも取り戻すために全員が全員気合いを入れて指導しており、彼もまた弱音を吐かず…と言うわけにはいかないが挫けることなくついてきてくれているのであるが…


「ええ、今日は連日の濃密な指導で全員疲れきっているので休みだと通達があったのですが…聞いていませんでしたか?」

「そんなこと一言も…いや待て、確かメールが着てたような…うわぁ着てたわ…」


あちゃあ、と彼はため息をついた。
このように彼もまたポンコツとからかう幼馴染みの少女のようなうっかりを時々やらかすのである。
この頃はそうした失敗も少なくなっているので心配はしていないが。
それに―――


「ま、済んだことは落ち込んでもしょうがね。和、もし今暇だったりするなら軽く指導頼めねぇかな」


根がスポ根なのだろう、反省はしても後悔はそこまで引きずらず、次へ次へと前に進む明るさがある。
こういった生徒は物怖じせず、様々なことを学んでいくので指導する側としても楽しいものだ。


「構いませんよ。準備をするので少し待っていてください」


ちょっとした僥倖に頬を緩ませつつも、何を教えようかと思案していると。


「お、んじゃちょっと飲み物でも淹れるとするか。ちょっと喉渇いたしな」


そう言って、彼は。歩み寄った。



――――コーヒーメーカーのもとへ。


「……………ッ!?」

予期せぬ出来事に思考が止まる。
そのまま彼の行動を逐一と観察した。
水を入れ、フィルターを敷き、粉を入れ、スイッチを入れる。
その流れるような動作は使いなれたもの特有の動きであり、ひとつの事実を指し示していた。

コーヒーメーカーの持ち主が、彼であると。


まさか、とは考えない。
思えば彼は時おり妙なこだわりを発揮するところがあった。
背は小さいが態度は大きい友人のためにとある執事のもとに料理を教わりに行ったり、食堂のレディースランチが美味しそうと言う理由で本一冊と引き換えに幼馴染みに注文してもらったり。
恐らく今回のこれもその一環の様なものだ。
むしろミルを用意しなかった分妥協したとも言えるだろう。
この手の機材はこだわりだすと際限がなくなってしまうのだから…


「ほい、おまちどーさま。美味そうなクッキーもあったからついでに用意したぞ」


と、思考が一段落した頃には彼は準備し終わっていたようだ。
何も言わずとも私の分もきちんと淹れてくれる彼は本当に優しい。
ありがとうございます、と微笑んで彼の用意してくれたコーヒーに口をつけ「苦いっ……!?」

軽くパニックだった。

「あー、ごめんな…お前って苦いの駄目だったのな…」

涙目でうーうー唸っている私のもとに彼はシュガーポットとフレッシュを持ってきてくれた。

「いえ…これは好みを言わなかった私の落ち度ですから…」


何時もなら真っ先に確認するはずなのに一見もせず飲んでしまった自分が情けない。
彼からの申し出がどれだけ嬉しかったと言うのか。
どうやら私自身もうっかりさんの仲間入りのようである。


「ハハハ、なーんか指導とかそういう雰囲気じゃなくなっちまったなぁ」

ケラケラと悪気なく笑う彼に少し腹が立つ。

「誰のせいですかっ」

私のせいである。

「ごめんって。和がブラック苦手ってのはあんまりイメージに合わなかったからさ、おかしくて」

ひとしきり笑って落ち着いたのか、彼はひとつため息をついた。

「なんつーかさ、和ってもっと大人っぽいのかと思ってた。落ち着いてるし、行動も理論的だし、成績が良い…ってのは関係ないか。まぁそんな感じでさ」

でも、と彼は続ける。

「本当の和は多分もっと子供っぽい…正確に言うなら大人になろうとしてる子供っつーのか…達観したようでいて、その実熱血でどれもこれも諦められないし諦めたくない、本当に同年代の女の子だ」

「当たり前でしょう。私のこと留年生とでも思っていたんですか」

「そういう意味じゃねっての。あくまでイメージだ」

「冗談です」

「真顔で冗談を言うなよ…ウソかホントか判断しにくいだろ…」

彼は一旦崩れ落ちるも、「とにかく」と仕切り直し、

「結構長い間一緒にいたけどさ、俺はまだお前について知らないところがたくさんあるんだよな…今日のコーヒーみたいにさ」

「できれば忘れていただけるとありがたいんですけれど」

「絶対忘れねー。…こんな風にさ、お前のこともっと知っていきたい。お前ともっと仲良くなりたい」

…もしかして告白ですかね、これ。

「だからこれからも、たまにこうやって一緒に過ごさないか?…なんか告白みたいだな、これ」

「…お、お友達からお願いします?」

パニック再びである。

「なんだよ、俺達まだ友達じゃなかったのかよ」

私の内心の動揺をさとったらしい彼はにやにや笑っていた。

「ぅぅ…知りませんっ」

そう言って頬を膨らませてそっぽを向く私を、今度は快活な笑顔で。

「ほら、和のまた新しい一面が見れた。」

毒気をすっかり抜かれてしまった私は、ふと時計を見ると、下校時間30分前であった。
どうやら短いようで結構な時間話し込んでいたらしい。
片付けのことを考えると、そろそろ帰り支度を始めなければ間に合わないかもしれない。
その旨を彼に伝えたあと、下校の準備をしようと思い、とりあえず手元のコーヒーを一口飲んだ。

長話の間にすっかり冷めてしまっていたものの、まだほんのりとだけ温もりを持っていたそれは、何故かいつも飲むコーヒーより甘い気がした。
同じ量の砂糖だというのにこれはどうしたことかと首をかしげたものの、これもありかと思い直しもう一口飲んだ。

てきぱきと支度をする彼のことを何とはなしに見つめる私。
ふと振り向いた彼は一瞬呆けた。
その時私は微笑んでいたらしい。
これ以上ない優しさをこめて。

カンッ