「それとってくれー!」
「……」

夏休み、ふらふらと散歩に出かけていれば、怜の足元にボールが転がってきた。
そのボールを少しばかり見て拾った後、怜は声の主へと顔を向ける。
顔を向ければ少し先のほうに何かのユニホームを着た少年が両手を上げて待っていた。

「……ていっ」
「……ぷっ」
「むっ」

ボールを構え、上から綺麗に投げるもボールはそのまま手を滑り落ち怜の頭へと落ちる。
見事な空振り、しかもギャグ漫画張りの頭で受ける行動に少年は少し笑う。
そんな少年に対して怜は恥ずかしさと悔しさで頬を染め膨らませるとボールを蹴り飛ばす。
そもそも怜は運動が苦手だ。
ボールを思いっきり蹴るもころころと転がり、到底少年には届かない距離で止まる。

「っ~~~~!!」
「悪い、悪い。 上から投げるのは難しいからしょうがないよ」
「最後の蹴りは?」
「……」

そんな怜とボールを見て少年が駆け寄り、ボールを両手で取ってから苦笑気味に怜へと近づく。
フォローのつもりか、笑ったことへの謝罪かそんなことを言ってくれた。
しかし、恥ずかしいやら虚しいやらで自棄になった怜には通用しない。
最後のへっぽこな蹴りを自虐と使い、笑えとばかり胸を張った。
少年からは無言の苦笑だけが返ってきて、余計に虚しくなり怜は泣いた。

「笑えばええやろ」
「悪かったって」

缶ジュースを両手で持ち、木陰で二人は先ほどの話題を話す。
あの後、少年のお礼と言うか拗ねた怜のご機嫌を取る為か休憩がてらジュースを奢ったのだ。
奢った後、散歩で疲れた怜と少年の休憩が重なり、どうせならと一緒に話をしようとなる。

「……はんどぼーるやったっけ? 聞いたことないんやけど」
「メジャーじゃないからね。手でやるサッカーみたいなもんだよ」
「へー……面白い?」
「楽しい……周りはサッカーとか野球やってる子多いけど、俺はこれがいいなー」
「ふーん」

そもそもサッカーなどの競技も殆どやったことない怜には、何が楽しいのか分からない。
ただただ、よく動けるなと関心するばかりである。

「結構やっとるん?」
「えっと……四年生だし、始めたばかり」
「……四年生?」
「うん、小学四年」
「と、年下かー……しかも二歳も下」

関心しつつも話題を広げれば、怜はダメージを受ける。
二歳も下の男の子にフォローされた挙句にジュースを貰っている。
そのことが余計に落ち込ませた。

「そ、そんなに落ち込まないでも」
「……そういわれてもなー。竜華にも勝てんし、年下にも負けるとは」
「負けるって……」
「竜華には勉強に運動に家事に麻雀に……君には精神的に負けとる。 負け負けの人生や」
「……」

ジュースを酒のように煽り、遠くの空をぼーと眺める。

「ならさ……勝ってみようか」
「はえ?」
「竜華って子に少し勝ってみようか」
「は……?」

そういって少年はにこやかに笑い、怜の前に立ち手を差し出してくる。
そんな少年の言葉に怜は意味が分からず呆けるも、そんな手を差し伸べてくれる少年に竜華を重ね気付けば手を取っていた。

「投げるん?」
「そそ、意外とボールを上手く投げるって出来ない子多いんだぜ?」
「ドッチボールかぁ……」

あれから何をどう勝つのかと思い話を聞けばそんなことを言われた。
ドッチボールは怜も何度かクラスメイトに混じり行なった事がある。
体育の授業でもやる頻度は高いが、怜は常に隅っこで怯える役であった。

「昼休みとかによくやるし、やったことあるでしょ?」
「うん、皆よくやっとるな」
「上手くなれば、友達も出来るし憧れの的になるぜ?」
「……確かに」

その言葉に納得し頷く。
昼休みに頻繁に行なうドッチボール、その中で活躍できれば目立つし尊敬されるだろう。
少しばかり上手くなり、竜華含め他の子を倒し胸を張る自分を想像する。

「ええな」
「だろ? 投げ方教えるから覚えてみようぜ」
「……うん」

にひひと元気に笑いボールを構える少年を見て怜は少し頬を染めながら頷く。

「まずはボールの投げ方な」
「よろしくお願いします」
「おう!」

その日から怜は少しばかり変わった少年からボールの扱い方を習うこととなった。

「こう?」
「そそ、それで投げて」

「あいたっ!」
「怖がらずに受けた方がいいよ」
「そういわれてもなー」
「転ぶより痛くないし」

「これでどうや!」
「……なんで後ろに飛ぶのさ」

「はやっ! こわっ!」
「これぐらい余裕、余裕」

そんなこんなで時間があれば、二人は共にボールを投げ合い、時間すごす。
最初こそへたくそな怜であったが、経験を積めばある程度ましになってくる。
そのことが怜自身も感じられ、気付けば麻雀の時のように楽しくなってきた。
何よりだ、体を適度に動かしているお蔭か体の調子も良くなっている。

「えへへ……どや!」
「これなら勝てるな」

夏休みも残り僅かとなった頃、怜はボールの扱いに長けた少年がたまに取りこぼすほどの物を投げる事に成功する。

「これで明日のドッチボールも余裕やな!」
「明日あるの?」
「うん、竜華含め皆で遊ぼうってなっててな。おひろめや!」
「そう……なんだ」
「結果教えるから楽しみにしててな」
「……」

にへらと笑いかける怜に対して少年は少し考え込み、寂しそうに頷く。
怜はそんな少年の表情に明日が楽しみすぎて気付けなかった。

翌日となり、少しの間皆でわいわいと雑談し鬼ごっこやかくれんぼをしてからドッチボールで遊びだす。
最初は教わったようにボールを目で追いゆっくりと体を慣らす。
暫くすればコートの中の人も少なくなり、怜も狙われるようになる。

「怜、覚悟ー!」
「まっとったよ!」
「あれ?」
「竜華、アウト」
「うわー……夢でも見てるんかな?」
「えへへ、夢やないで! 竜華!」

親友である竜華が楽しげに怜へとボールを投げる。
怜はそれを待ってましたとばかりにボールをキャッチするとそのまま綺麗に投げ返す。
投げ返したボールが竜華へと当たり、地面に落ちたところで竜華が驚いた声を上げた。

「い、いつのまに!?」
「園城寺すげー! さっきのはえーな」
「どうなっとん?」

怜の素早い投球に対して周りが騒ぐ。
やれ、何時の間に。やれ、どうやったのだ。やれ、反撃だ。と騒がしく楽しい声が上がった。
結局、その後も続ければ怜の活躍もあり、怜の入っていたチームが勝つ。
怜はそのことが嬉しくもあり、活躍により喋った事のないクラスメイトともよく話した。
結果を言えば、友人が出来て竜華に勝つことに成功し怜は上機嫌になる。

「またなー!」
「また、遊ぼうな!」
「うん、またな!」

その後も皆で遊び、夕方となり手を振って別れる。
別れた後は、少し足を早くし怜は少年が待つであろう場所へと向かった。

「……あれ?」

しかし、何時もの場所に付くも少年の姿は無い。
少年がいないことに怜は頬を膨らませて怒る。
昨日あれだけ報告すると伝えたのに居ないのはどういうことだ。
そう思いつつも諦めきれずに辺りを探す。

「あら、また来たのね」
「あっ、こんにちは」

辺りを探っていれば、少年が所属しているハンドボールのチームが練習をしていたコートへと辿り着く。
そこにはそこの管理人の女性が居り、よく遊びに来ていた怜に対して挨拶を交わした。

「あの子、知りません?」
「あの子って……金髪の?」
「はい、勝ったこと報告しようと思ったんですけど……」
「……なるほど、それであれを」
「あれ?」

理由を話せば、管理人は少し溜息を付いて事務所に戻り、何か持ってすぐに戻って来た。
不思議に思いつつもそれを怜が見守っていれば怜にそれを渡す。

「これって」
「渡してくれって」

渡された物はボールだ。
普通のボールではない、怜と少年が練習用に使っていたハンドボールだ。

「……」
「あの子は合宿で此方に来ていた子でね。長野に帰っちゃったのよ」

女性の言葉を聞きつつも怜は黙ったままボールを回す。

  • 楽しかった。ありがとう。 京太郎-
「……っ」
「―――」

少し汚い文字で書かれたそれを見れば文字が掠れ出す。
次第に目がぼやけて見えなくなり、管理人の声が聴こえなくなった。





  • 六年後-


「……はぁ」

高校麻雀のインターハイ会場。
そこの入り口で京太郎は、溜息を付く。
咲達を応援するという名目の雑用をしに付いてきたのだが、熱い日差しの中を歩いて少々疲れてしまった。
頼まれていた弁当を持ち、会場に入れば冷たい冷房が体に当たり気持ちがよい。
少し涼みながらも歩き廊下を歩く。

「って!?」

とぼとぼと誰もいない廊下を歩いていれば、頭に何かが当たった感触がした。
特に痛くもないのだが、反射的に言葉に出し頭を撫でる。

「なにがっ……ボール?」

撫でながらも頭に当たった物が何かと探ると自分の足元で見覚えのあるボールが転がる。
そのボールは少しばかり古いハンドボールであった。
それを不思議に思いつつも手に取り、しげしげ゙と転がし見つめる。

「あっ」
「やっと気付いた」

転がせば、見覚えのある文字が書かれており、後ろから声が聴こえた。
その声とこのボールから後ろに居るであろう人物に予測が付き、京太郎は顔を引き攣らせる。

「……何か言うことは?」
「上手くなったね」
「ばーか」

後ろを振り向けば、あの夏に会った少女が大きくなって立っていた。
どうしてその少女――怜であることが理解出来たのかと言えば……。
頬を膨らまして不機嫌そうな顔はまったく変わっていなかったからだ。

膨れた頬とじと目で見られて京太郎は、今度はどうやって機嫌を取ろうとかと考えた。

カンッ!