「何で余計なことをしたの?」

 口許は綻びながらも目は鋭く、咎めるように彼を見る。

「お節介でしたか?」

「見守ってくれるようには頼んだけれど、引き合わせて欲しいなんて一言も言ってないよ」

 イライラを消すようにフォークがスポンジを裂き、口へとケーキを何度も運ぶ。頬張った中身に幸せな気分が到来する。しかし、誤魔化されてはならない。それこそが対面に座る幼馴染みの狙いなのだから。

「そうですね。照さんから見れば俺の行動は裏切りに他ならない」

「分かっていたなら……」

「それでも、俺はあなたにいつまでも過去を引きずって欲しくなかったんです」

 勝手な言い分だと照は思う。
 彼が彼女を誘わなければ、もう互いに顔を会わせることもなく、蟠りや溝が消えることもなかっただろう。それに、今年のインターハイで白糸台は三連覇を成し遂げられたはずだ。

「俺のことを嫌いになりましたか?」

「狡いよ……私が京ちゃんを嫌いになれないことを知ってるくせに……」

 幼馴染みに妹のことを気にかけてくれるようにと頼んだのは照自身だった。その彼が高校では麻雀部に入り、妹をも部に誘ったのだ。
 全ては彼の目論み通りにことが運んだ。姉妹の仲は未だにぎこちなくはあるが、少しずつ修復が進んでいる。
 悪い状況ではない。
 しかし、面白くもない。だから、照は不満を示すようにスイーツの皿を平らげていく。京太郎のお財布から諭吉が飛ぶことは間違いない。
 膨れる彼女を眺め、彼はポリポリと頬を掻く。

「許してくれませんか?」

 さて、どうしようかと照は悩む。別に本心から怒っているわけではない。

「俺に出来ることなら何でもしますから」

 言質は得た。
 どうすることが自らにとって都合が良いだろうか。そう考えて彼から聞いていた話を思い出す。
 彼が所属する清澄高校の麻雀部で男性は一人きりであるらしい。部内最弱で全く勝てず、雑用に専心しているとも聞いている。個人戦では予選で敗退したそうだ。

「京ちゃんは麻雀を続けるの?」

「夏休みが明けたら辞める予定ですね。咲にはもう俺がいなくても大丈夫でしょうから」

「麻雀は嫌い?」

「嫌いじゃありませんし、部員の皆のことも好きですよ。ただ、俺は体を動かす方が性に合ってますし、ハンドを再開するつもりですね」

「……ハンドボール部に所属するのは良いよ。だけど、麻雀部も続けてくれる? それで許してあげる」

 予想外だったのか京太郎は驚き固まる。文化部と運動部とはいえ、二足の草鞋を履くことは難しい。真剣に努めるならば、とても困難なことこの上ない。

「それは、……どうしてですか?」

 麻雀において全高校生の頂点に君臨する彼女ならば、中途半端に励むのはよろしくないと分かっているはずである。だから、京太郎には照の意図が分からない。

「京ちゃん、本当はもっと麻雀打てるよね?」

「ははは、俺はまだ役程度しか覚えてない雑魚ですよ?」

「嘘。麻雀は普通に何度も打てば、素人でも一度も勝てないとかあり得ないよ」

「国内無敗の方がいますけど?」

「小鍛冶プロは公式戦では確かにまけ知らずだね。そんな彼女でもプライベートでなら負けたことがあるよ」

 戒能良子から聞いた話なので間違いない。トッププロ数人が集まり卓を囲んだ時の勝者は彼女と赤土晴絵の二人だったそうだ。

「…………」

「後腐れなく消えるために、わざと放銃して振り込んだり、弱い振りしてるよね?」

 全てを見抜くような眼差しにお手上げだとばかりに京太郎は深く息を吐いた。

「照さんとは麻雀を打ったことも、見せたこともないはずなんですけどね。だけど、俺が部内最弱なのは事実ですよ?」

 全てを負ける。放銃を続ける。それは相手の手配を読めていなければできないし、不自然さを消すために打ち回しにも工夫がいる。それが可能なだけの実力が彼にはあった。

「京ちゃん、このまま部活を辞めたら弱いから逃げ出した負け犬だって思われるよ?」

「いやいや、そんなことはないですよ……多分」

 優希や部長の久には確かにそう思われるかもしれない。麻雀部を辞めれば和の好感度は下がりかねず、まこには申し訳なく思われ、咲は悲しむかもしれない。後ろ首を引かれる思いがないわけではない。しかし、既に目的は遂げており、続けるだけの理由もないのだ。

「京ちゃんがハンドボールが好きなことは知ってるよ。本気で打ち込みたいって思っていることもね」

「それだったら……」

「でも、私は京ちゃんが貧乏クジを引くのは嫌。だから、どうせなら部員の皆に実力で勝ってから辞めようよ?」

「全国一の部員に麻雀歴半年もない俺がですか?」

 弱さを理由にするでもなく、高い実力がある上で辞めるなら凝りはより少ないかもしれない。しかし、オカルトもない自分が、彼女らを上回ることができるとは思えない。
 そんな心根を照は読んだのだろう。

「大丈夫。高校生で一番強い私が鍛えてあげるから」

「……分かりました。ご指導お願いしますね、照さん」

「任せて、京ちゃん」

 約束を取り交わし、照は笑う。
 残りの夏休みは地元で過ごすことにした。そして、秋の国麻は嬉しいことに長野が開催地なので自然と会えるだろう。学校が始まればネトマで指導の予定だ。
 妹との関係が変化したように、照は幼馴染みとの関係も明確に変わることを望んでいた。
 変化が訪れるのはまだ先のこと、再び姉妹の対立が生じるのはそれよりも少し後の未来である。

カンッ!