――寄せる晩婚化の波は麻雀界にも!? 結婚出来ない女雀士たち!

「相変わらず痛烈な見出しだなぁ」

控え室に置かれた週刊誌を見て、咲は苦笑を浮かべて頬をかいた。

ゴシップや有名人の下世話な話を過激に書き立てる、大した信頼のない雑誌ではあるが、見出しに躍るその言葉は間違いのない真実だった。

全国のライバル、そして咲の姉、照との熱い対局から十年の時が経ち、気づけば咲はプロの雀士になり、年齢も「アラサー」と呼ばれる頃に片足を突っ込んでいる。

麻雀の楽しさを覚えた高校時代、全国のライバルと切磋琢磨し続けて、やがて行き着いた先がプロの世界。振り返りも省みもせず一心不乱に走り抜けた青春に悔いはない……のだけれども。

「旦那様どころか、恋人さえいないっていうのはどうなんだろう私」

へにゃり、と卓の上で浮かべる表情とは遠く離れた情けない顔を晒して、咲は悲嘆の声を上げた。

十年前には自身がプロになるとは考えてもいなかった。麻雀は好きになれたし、楽しかった。インハイでも結果を残し続けたのだから、実力もあったのだろう。流石にそこを謙遜しては厭味になると咲も理解していた。

だけど、あの頃の自分は将来平々凡々は生活を送るのだろうと考えていた。

普通に大学に行って、普通に就職して、普通に結婚して、普通に子供を産む。そういう将来が待ち受けているのだろうと。

反して、現実の、十年後の咲は「普通」という言葉では括れない生活を送っていた。

競技人口は数億を超えた麻雀という分野で、ごく一握りの人間しかなることの出来ないプロになり、更にその選りすぐりの中でもトップクラスにまでなれた。まず間違いなく、咲の人生は平凡ではなく非凡と言い表されるものだろう。

だが、十年前の自分が「普通」だとカテゴライズしていたことが出来ていない。

普通に進学して、普通に就職して、普通に結婚。ああ、昔に思い描いた「普通」のなんと難しいことか。

伸びた手が、週刊誌の端を掴んだ。

「……もはやアラフォーも近い小鍛治プロ、瑞原プロらを筆頭に、女子プロ雀士に未婚の者が増えている」

『特に顕著なのは宮永世代と称される年齢層の選手だ。姉である宮永照プロ、その妹である宮永咲プロ。その間に空いた一学年も含めて、結婚した女性プロはなんと驚きの0人』
『今年26歳になった宮永咲プロも最早アラサーと呼ばれてもおかしくはなく、その姉の宮永照プロは28歳と紛うことなきアラサーだ。社会全体が晩婚化の道を歩んでいるとはいえ、流石に誰一人として結婚していないのは、寂しいことである』

「おーきなおせわだよっ!」

咲は余りに無体なその記事に罵声を浴びせる。ページをめくれば「これが結婚できない原因だ!」とご丁寧に粗探しの記事まで用意されている周到さ。

憎々しささえ覚えるその週刊誌に怒りを込めて、ばしん! と強く音を立てて雑誌を閉じ、ばしん! と机に強く叩きつけた。

「分かってますよーだ、女子力足りてないのは知ってますよーだ」

ふてくされたかのようにソファに横になり、ゴロゴロと狭いスペースを転がる。そのような年甲斐もない行動をとるのも、結婚できない要因の一つではあったが、咲自身はそのことに気付いていなかった。

「大体、彼氏もいないのは私だけじゃないし。部長だって、まこ先輩だって、優希ちゃんだって、和ちゃんだってずっとフリーだって言ってたし」

転がりながら、高校時代の部員たちを思い出す。彼女たちも咲自身と同じようにプロの門を叩いたり、形は違えど麻雀業界に携わる仕事をしている。

高校を卒業してからも付き合いは切れていないし、未だに集まっては飲みに行く関係だ。だが、「私だけじゃないからセーフ」という考えは現実逃避にはなれど現実と立ち向かう力になるわけではないのが難点だった。

「あまりこういうことを言うのもなんだけど、正直私たちってそこらの男性より稼いでるじゃない? だから経済面でパートナーに頼るって必要を感じないのよねぇ」

先日あった飲み会で、久が言った言葉を咲は思い出す。

「そうじゃのう、実家を潰すつもりもないんで、出来れば婿入りして貰えりゃいいんじゃがのう」

これはまこの言葉。

「男性は下劣です! 見てください咲さん! この品性を疑うような記事を! 男性はもっと紳士的であるべきです!」

そう言って週刊誌を取り出したのは和。酒であまり覚えていないが、「原村プロの悩殺バディに麻雀教室に通う中年オジサンはメロメロ」だとかなんとかの記事だったはずだ。

内容は麻雀教室を開く和の写真、それもやたらと胸を強調したものばかりが誌面に躍っていた。

……そういえば、先ほど叩きつけた雑誌と同じ週刊誌だったような気がする。

「わたしは家のことをしたくないからなー! タコスを作れる専業主夫をきぼーするじぇ!」

欲望だだ漏れだったのは優希の理想像だ。……確かに一理はあるかもしれない、と咲も一瞬ぐらついたのはナイショだ。

だってしょうがないじゃないか。先の年収は26歳にして年間獲得賞金は億を超え、スポンサーからの収入も勘案すれば桁が更に一つ増える。

妻にそれだけの稼ぎがあれば旦那様に家のことを任せたっていいはずだ。

「……って考えだから『女子力が足りない』ってなるんだよね」

やはり、世の男性が求めるのは家庭的な女の子なのだろう。咲は生来の引っ込み思案と、ここ数年の発達した科学と、利便性を増す一方のコンビニエンスストアの三本柱によって、完膚なきまで、骨の髄までに干物女と化していた。

家ではジャージ、掃除はルンバ、洗濯はアイロン掛けがめんどくさいから全てクリーニングに出して、食事はコンビニかレストラン。それで万事が事足りてしまう。やだ、便利ってこわい。

「駄目だ。……しなくちゃ、花嫁修業」

むくりと起き上がって、咲は思い立つ。このまま過ごせばまず間違いなく小鍛治健夜ルート一直線である。

ネタでもなくリアルアラフォー独身干物女。最早誰も彼女に対して「アラフィフ」というボケさえ出来なくなった女。言ったが最後、麻雀される。麻雀に振るルビは「ころ」だ。恐ろしい。

そうと決まればまずは料理修行である。生粋の文学少女であるところの宮永咲は、いの一番に料理本を買いに行くことを決めた。




都内某所の大型書店に足を運んだ咲は、並び立つ一般文芸作品からの誘惑を決死の想いで振り切り、なんとか料理本コーナーに辿り着くことが出来た。

「うわぁ、一杯ある」

目に映るのは色とりどり、種々様々な料理を表紙にした本の数々。一体どれが初心者に優しいのか、さっぱり理解できない。

「一から始める料理の仕方、和食大全、お弁当レシピ百選、痩せる! 谷田の健康レシピ、須賀シェフ監修初めての料理、広がる! 深まる! パスタの世界!」

「えと、どれがオススメなのかなー」

「……」

「……ん?」

待った。

今、ちょっと、看過できない何かがあった気がする。

痩せる谷田、違う。パスタの世界、これじゃない。お弁当レシピ百選、ノー。

「須賀、シェフ、監修」

咲の手が、その一冊を引き抜いた。表紙には瑞々しいサラダと、ふんわりとしたパン、とろりとしたポタージュスープに、食欲をそそる色合いのグリルチキンが写っている。

表紙をめくり、著者を確認。

「須賀、京太郎。長野県出身、高校時代から料理に目覚め、龍門渕の執事に師事。東京の大学に進学すると同時に都内のレストランでアルバイトを始め、在学中に本場フランスへ修業に向かう。その甘いマスクと確かな実力で、今脚光を浴びる新進気鋭のシェフ……」

「きょ……きょ……」

ギョウヂャンダアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

「ギバード!?」

いきなり目の前に現れた幼馴染の近況、もとい現在の姿に、咲は思わず書店内で叫び声を上げた。同時に何処からかビックリした声も聞こえてきた。

周囲から白い目を向けられることも気にせず、咲は一心不乱に本を読み進める。ページを幾つかめくれば、そこには確かに調理をする京太郎の写真が載っていた。

……それにしたって、料理よりも京太郎の方にピントが合わせられているような写真ばかりで。

――男性アイドルのグラビア?

そう思ってしまうような内容だった。

――今見ているこれなんて、何故か胸元はだけながら京ちゃんがパプリカをセクシーに齧ってるし。

読む読む、読み進める。読み進めれば確かに初心者向けの料理が懇切丁寧に載っているページもあった。料理素人の咲でも一目で調理方法が分かるそれは教則本として素晴らしいできなのだろう。

しかし、半分はそれでもう半分は京太郎のグラビアみたいなもので埋め尽くされている一冊なのだが。

「何処が出してるんだろうこれ……」

咲が包んだオブラートを取っ払うように言い変えれば「よくゴーサイン出したなコレ」。いや、むしろあれで中々真面目なところのある京太郎が、だ。ノリが悪いわけでもないが、それでも流石にこのアイドルグラビア写真は京太郎自身がブレーキを踏むんじゃなかろうか。

咲は背表紙に書いてある出版社名を確認すると。

「……ああ」

納得で頷いた。出版社の頭には燦然と輝く「龍門渕」の三文字。成程、断りきれなかったんだね京ちゃん。

同時に、本に帯が付いていることに気付いた。余りの衝撃で手に取った時には気付かなかったものだ。

『感謝御礼十万部突破! 2の発売も決定!』

「……すっごい売れてるし」

「……ん?」

本を抱きしめながら、咲はふと思う。

私は、結婚相手を探している。

「うん」

出来れば、結婚相手には家事を任せたい。

「うん」

当然、結婚相手は好きな人だ。

「うん」

出来れば、結婚相手は初恋の人がいい。

「うん」

つまりそれは?

「……ギョウヂャンダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「だからギバード!? 何処にいるの!?」





自壊予告

「京ちゃん、料理教室も開いてたんだね」

料理本を買った咲は、後日、京太郎が主催する料理教室へ向かっていた。全ては愛すべき須賀京太郎に専業主夫になってもらうため!

「咲! 久しぶりだな! 何時以来だ? いや、まさかお前も俺の教室に来てくれるとはな」

「うん! 久しぶり、京ちゃん! 大学の時以来だから、もう四、五年ぶりに……。ん? 私『も』?」

だがしかし、咲の歩みを阻む強力なライバルが其処にいた!

?「……京ちゃん、今日の料理教室はケーキがいい」

「……ど、どうして! どうして貴方が此処にいるの!?」

?「肉親同士、考えることは同じということ。ならば彼を手に入れるのは、私か咲か、そのどちらか。……実の妹だろうが、容赦はしない」ギュルギュル

共鳴しあう宮永ホーン!

??「フフフ、宮永照は婚期絶望組にさえ入れない下っ端、私達の相手ではない。真の地獄、両親から諦観の目で見られるという死線を潜り抜けた私達にはね!」

???「流石に永遠のアイドル路線はもうキツいから、そろそろ素敵な旦那様を見つけたくって☆」

??「ノーウェイ、貴方がたと京太郎では年の差が離れすぎでしょう。……具体的に言うと、干支一回りくらいは。やはり姉さん女房と呼べるのは私くらいまでが許容範囲」

??「ん!」プンスコ

立ちふさがるアラフィフ四天王!

??「アラフォーだよ! ……お願い本当にやめて、突っ込むのも厳しいんだ」

??「私はまだアラサーですよ。サーティーを超えていますがアラサーはアラサーです」

咲は数多のライバルを乗り越えて見事京太郎のハートを射止めることが出来るのか!?


咲「専業主夫?」京太郎「十年後の咲たちと」

連載はないです。おわれ