こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。

 中学で知り合って、高校で付き合って、大学も一緒。

 中学一年からだから、もう十年近い付き合いになる。生きてきて半分とまでは行かないが、長く一緒にいるわけだ。

 夫婦なんてからかわれて、恋人になって、ずっと一緒にいたいと思った。

 その感情は嘘じゃない。


 「あ、あの。お父さん」

 「界さん、お邪魔します」

 「おー、京ちゃん。いらっしゃい」


 気さくに声をかけてくれる界さん。

 この人との付き合いも咲と同じ中学生時代からで、その時に会ってからいろいろと良くしてくれている。

 それなのに、物凄く緊張する。

 高校時代に咲と付き合うことを報告した時も緊張したけれども、その比じゃない。

 これから界さんに伝えなければいけないことは、一人の女の子の人生に関わることだ。

 考えた。咲と一緒になるために、二人で考えた。

 この日のために、と言っていいのかわからないが、そこそこいい企業に就職できたつもりだ。

 咲のことだって誰よりも考えている自信がある。

 咲は俺が支えていく。そう決めた。

 まだ早いかもしれない。若すぎると言われるかもしれない。

 それでも俺は、咲と一緒にいるって決めたんだ。

 ……本人には一回しか言わないけどさ。




 「界さん。今日は大事な話があって来ました」

 「きょ、京ちゃん」

 「ほう……?」


 今まで十分考えたんだ。

 今は考えるな!

 思っていることを言えばいい!


 「界さん」


 唇が乾く。

 心臓が飛び出そうだ。

 震える手を握りしめろ!


 「俺たち、結婚します。

  娘さんを、咲を俺にください」


 「……」

 「……」

 「お、お父さん」


 界さんの表情が今まで見たことがないくらい真剣だ。

 こんな顔も出来るのか、と思った。

 これが父親の視線。心が射抜かれたようだ。

 手を更に強く握りしめる。


 「お父さん。

  わ、私も、京ちゃんと結婚したい」


 咲も緊張しているのか、震える声で俺の後押しをしてくれる。

 愛おしそうに撫でる指輪は、俺がプレゼントした指輪だ。


 「咲。少し京太郎君と話がある。

  部屋にいなさい」


 俺と咲がビックリした。

 界さんが俺のことを「京太郎君」と呼んだのは、初めて出会った時以来だ。

 それだけ真剣に考えているんだと思うと、俺だって負けられない。

 これは男と男のぶつかり合いなんだ。

 咲の手を軽くなぞり、部屋に行くのを薦める。

 心配そうな目でこちらを見ていたが、目で強く律した。

 大丈夫だ。俺に任せろ!




 居間に残った俺と界さん。

 界さんは、タバコに火をつけ、視線を外した。

 お互い黙ったまま、時間が過ぎていく。

 時計のカチ、コチと言う音だけが聞こえる。

 何分経ったのかわからない。

 界さんがポツポツと語り始めた。


 「咲は、まぁ、手にかからない子でね。

  照と喧嘩することはあっても、俺たちに何かを言うことなんてなかった。

  ……家族麻雀に限らず、アイツにはいろいろと我慢させてきた」

 「小さい頃、ああいった性格になってしまったのも、すべて俺たちが悪い。

  君に会う前にいた友達は一人だけだった」

 「中学の頃、君と出会って君の話をする咲は眩しかったよ。

  今までそんな強気に出られる相手なんていなかったからね。

  その相手が男だったと言うのは、当時複雑だったなー」

 「高校に入って、女の子の友達も出来て、大分安心した」


 界さんはタバコを吸いながら、昔を懐かしむように話した。

 その間、俺に視線は一切向けず、過去だけを見ていた。

 すると突然、真剣な表情でこちらを射抜いた。


 「当時、男手一つで育ててきた。

  人一人を養うなんてのは簡単なことじゃない。

  それは君にはわからない」

 「っ」

 「君が真面目なことはわかっている。

  だが、真面目なだけではダメなんだ」

 「……界さん」


 自分がまだ、世間に揉まれてないなんてことは、わかってる。

 じゃあどうすればいい。どうすればわかってもらえる?

 「まぁ聞け。

  結婚式の費用は?

  養うならば、子供は作るのか?

  子供と咲を養えるだけの給料はあるのか?」

 「結婚式くらいは挙げたいだろう。

  いや、何が何でも挙げさせる」


 考えてなかったわけじゃない。

 でも、今の俺たちに出来るのは「将来こうしたい」という願望だ。

 それだけの力と金がない。

 一緒にいるだけで幸せと言うのは、間違いなのかもしれない。


 「俺は父親失格だよ。

  一度家族を崩壊させたんだ。本来は何かを言う資格なんてない。

  それでも、それでも! 咲には人並みの幸せを掴ませてやりたいんだ」


 界さんの気持ちは痛いようにわかる。

 俺が咲の幸せを何よりも考えているように、界さんも咲の幸せを何よりも考えているからだ。


 「君が咲のことを想うように、俺も咲の幸せを祈っている」

 「じゃあ、界さんはどうしたら認めてくれますか。

  俺は咲のことが好きです。

  将来設計だって、若造の考えだと言われたらそれまでです。

  一緒にいるだけで幸せなんて言って、否定されたら終わりです。

  でも、それでも、俺は咲は一緒にいたい。

  認められるためならば、なんだってします!」

 結局、俺に出来ることは熱意を伝えることだけだ。

 どんな精密な将来設計だって、うまくいかないことがある。

 でも、今の俺には若さと熱意がある。

 いや、それしかないんだ。

 それならばそれを武器にするしかない!


 界さんは一息ついて、タバコの火を消した。


 「認めてないなんて言ってねーぞ?」

 「え?」


 先ほどまでの空気が弛緩した。

 呆然とする俺に対して、いつもみたいに笑う界さん。


 「ただ結婚式だとか、これから住む場所だとかは気になってさ」

 「は、はぁ」

 「二人で色々と考えたんだろうが、まだ若いんだ。

  色々と我慢することも多いだろう。

  お金はないと幸せになれないぞ」


 割と裕福な家庭で過ごしてきたので何も言えない。


 「結婚式のお金なら、うちも出すさ。

  住む場所も、安定するまではうちを使ったって構わない。

  もう少し親を頼りなさい。

  咲も京ちゃんも、幸せになりなさい」


 顔を叩かれた気分になった。

 今まで自分たちでなんとかすることしか考えてなくて、親を頼るなんて考えてなかった。

 そうだ。咲を幸せにするんなら、俺のプライドなんて安いもんだ。

 だから、この涙は悔しいから泣くんじゃない。

 嬉しいから流すんだ。男だって、それなら泣いていいはずだ。


 「お願いします……っ!!」




 「これでいーんだよな」


 誰もいなくなった部屋で呟く。

 いつかこんな日が来ると思ってはいたが、本当に早かった。

 京ちゃんとの付き合いも10年以上になる。

 初めて会ってからこんなに長い付き合いになるなんて思わなかった。


 「照がいるから、これをあと一回か。

  それに照の相手はこう簡単にはいかねーだろ。

  あー、しんどい」


 照の相手は誰になることやら。

 こんなの柄じゃない。

 自分が同じように妻を貰いに行った時も、あんな真剣な表情をしていたのだろうか。

 ……俺はその時の約束を果たせなかったなぁ。

 今でこそ和解したとはいえ、一時期でもああなってしまったんだ。

 悔やんでも悔やみきれない。

 俺と嫁だけならまだ自業自得だろう。

 照と咲には本当に申し訳ないことをした。


 「よし、飲むか!」


 娘がいる奴にこの気持ちを分けてもバチは当たるまい。

 ちょうど、弁護士の知り合いが長野にいる。

 昔のように無理やり連れ回すのもいいだろう。


 「お父さん。ありがとう」


 後ろから娘の声がした。

 驚いて振り向けば、閉まっていない扉に急いで階段を降りる音。


 「こっちこそ、ありがとうな」


 妻と別居した時に、俺についてきてくれた。

 いつだって我慢させてきた。


 咲。幸せになれよ!


 「京ちゃん。ちょっとお義父さんって呼んでみてくれよ」

 「はい?

  お、お義父さん」

 「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」

 「えぇぇ!?」

 「いやー。一回言ってみたかった!」

 「お父さん! 何やってるの!」

 「おう咲。最初から聞いてたんだろ?」

 「さ、咲!? 聞いてたのか!?」

 「ひゃぅ!? き、聞いてないもん!」

 「あっはっは。顔真っ赤だ。

  熱烈な大好きアピールだったもんなー」

 「お父さん!!」

 カン!