小蒔「ほら!京太郎さん見てください!海ですよ!海!」

8月も中旬、いよいよ夏真っ盛りという頃合いに至り、暑さは留まるところを知らない。
…が、個人的な意見ながら、避暑にかこつけて様々な娯楽に興じる事が出来る分、引きこもるしかない冬より幾分ましだろう。

ついでに、自分はまさにその季節の恩恵の真っただ中にある。

京太郎「…おー、人でいっぱいだな」

言いつつ、視線をあちらこちらに巡らせる。

…というのはフリだ。愛すべき恋人の水着姿を目に焼き付けなくて何とする。
我がすてでぃー神代小蒔にかかれば、そこいらのヒトヒトヒトなどうぞーむぞーのなんとやらである。

京太郎「とりあえず海に入ろう。時間がもったいないしな。…ほれ、浮き輪もビーチボールもある」

小蒔「! は、はい!頑張ります!」

京太郎「はは、何気張ってんだよ」

相変わらずではあるが、彼女なりの頑張りどころが分からない。
まあ、そこも魅力の一つだ。

京太郎「…さ、行こうぜ」

小蒔「…!は、はぁい…」

俺が手を取ると、小蒔は顔を真っ赤にして俯いた。
…やっぱりボディタッチは苦手なんだろうか?水着の披露タイムは大丈夫だったんだが。

手を引き、じゃばじゃばと素早く水の中へ歩みを進める。

京太郎「――ほいっ!ドボン!」

小蒔「待っ!じゅんびうんど…きゃあ!」

京太郎「浅瀬の砂浜だし大丈夫だって!わはは」

下調べは万全である。

小蒔「…ふふ、やりましたね!…ていっ!」

京太郎「ちょっ待、ボーぶっ」

軽く突き倒しただけなわけだが、仕返しとばかりにビーチボールを投擲してくる小蒔。
俺が持ってたはずなんだけどな。あんな大きいモノをいつスられたんだろう?この姫様あなどれず、割とスリの才能が有るのかもしらん。

小蒔「まだまだですよ!あははっ!えいっ」

京太郎「…うわぁぉッ!」

体当たりで追撃が来た。ぺちゃりと肌と肌が張り付く感覚もそこそこに、俺と小蒔はもんどりうって海中に倒れ伏すことになった。
…あれ?ボディタッチ?

京太郎「くげぼっ!ふふぁはは!辛抱なんねえな!おらっ」

小蒔「きゃー!あはは!うふぁ…わぷっ」

そこからはグダグダである。持ってきた道具達が寂しく海を漂う合間で、俺たちは散々じゃれあうハメになった。
ビーチボールは無くした。


耳に心地いい音色を上げて、寄せては返すを繰り返す白波を眺める。
落ちて行く夕日を前に、横並びの影法師をふたつ引きながら、俺と小蒔は砂浜に座っていた。

京太郎「……」

小蒔「……」

人影は既にまばらだった。静寂に気まずさはなく、時間はゆっくりと流れていく。
口を開いたのは小蒔だった。

小蒔「…あの、京太郎さん」

京太郎「んー?」

返事の意味を込めて唸る。
小蒔は少し気恥ずかしそうに逡巡する素振りを見せると、やがて続けた。

小蒔「…今日は、ありがとうございます。連れてきてもらっちゃって…私、迷惑じゃなかったですか?」

京太郎「とんでもない。無理言って連れ出したのは俺だしな。お礼を言うのはこっちだよ」

言い、なるべく気障に決めようと口の端で笑ってみる。そういうものですか、と、くすりと笑い返してくれた。
…よからぬ衝動が押しよせた。ただ愛おしくて、どうしようもない。
視線を外し、一拍置いて、小蒔はさらに続けた。

小蒔「京太郎さんは、楽しかったですか?」

京太郎「ああ。勿論。…小蒔は?」

小蒔「私は…」

ぐっと何かを噛みしめるように、間がおかれた。

小蒔「――楽しかったです。とっても。」

…心の内を表すような、今日一番の笑顔だったと思う。

小蒔「小さいころから、家柄で。学校に親しい友だちは居ませんでした」

小蒔「あ、分家の皆とは仲良しだったんですけどね。親友だとも思ってます。…でも、その中でも扱いには明らかに差が有って」

小蒔「…だから、こんなに…全部忘れて、いっぱいはしゃいで楽しんだのは…」

小蒔「…生まれて初めてだったかもしれませんね」

京太郎「…そっか」

良かったよ。と、小蒔の笑顔に恥じない様に、努めて笑顔で返した。
良い顔が出来ていただろうか。あんまり自信はない。

静寂の質が変わったのを、肌で感じた。



京太郎「…小蒔」

小蒔「…京太郎さん」

呟いたのはどっちが先だったろうか。
先に手を伸ばしたのは、どっちだったろうか。


京太郎「大好きだよ」

小蒔「大好きです」


放った言葉は、同時だった事だけ覚えている。

初めてのキスは、潮の香りがした。






おはり