「ななっ!今度さ、みんなでプール行かねえか!」

「プールっすか?」

「お前らもどうだ?」

「麻雀の方がいい」

「だ、だよねー」

「そんなこと言って、どうせ泳げないんだろ?」

「そんなことはない」

「へー、じゃあ証明しろよ!今週末俺んちの前で集合な!」

「首を洗って待ってて」

「ははっ!よく言うぜ!」



「京太郎、どうだったよ」

「照姉ちゃんも行くってさ!」

「よしよし、楽しんでくるんだぞ」

「父ちゃんは車よろしくな!」

「おう、任せとけ」












【十日目 決勝戦】


京太郎「痛た……なんだ今の夢」

京太郎「照と、咲とモモ?」

京太郎「……いよいよ、今日なんだよな」


京太郎「もこ、っ、離れろ」

もこ「んむー」ギュゥウ

京太郎「絶対起きてるだろ!」

もこ「起きてないー」ギュゥゥウ

京太郎「起きてんじゃねえか……はぁ」



京太郎「もこー離れろー」

もこ「んーん」

京太郎(どうにかして起こさないとな……)

京太郎「もこーもこー」

京太郎「……そうか、まだ起きないんだな」

京太郎「あぁ、今わかったよ、それがお前なりの考えなんだよな」

京太郎「それじゃあ俺はもう行く」

京太郎「ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

もこ「!」


もこ(ラ・ヨダソウ・スティアーナ……別れ)

もこ「……」ガバッ

京太郎「お」

もこ「……嫌だ」

もこ「京太郎、まだ……」

京太郎「ん?」

もこ「まだ、共に、戦場へ」

京太郎「……ああ」

京太郎「いいぞ、行き掛けに朝飯食ってくか」

もこ「うん!」ニコッ

京太郎「荷物とかはもうまとめたか?」

もこ「準備万端、心配無用」

京太郎「よし、いざ出陣だ!」







京太郎「俺が一番乗り、か」

京太郎「この卓で、打つんだよな」

桃子「京太郎に先越されたっす……」

咲「もう、速すぎだよモモちゃん」

桃子「咲も体力つけないとダメっすよー!」

咲「そうは言っても、私運動音痴だし……」

京太郎「……なあ二人とも、話があるんだ」







咲「わかった」

咲「でもね、最後は京ちゃんが頑張らないとだよ」

桃子「照姉と約束をしたのは京太郎なんっすからね」

咲「そうだよ、ここまで来るのは私たちみんなの約束、でも勝つか負けるかは京ちゃん自身なんだから」

京太郎「……ああ、そうだな」

京太郎「絶対に勝つ」

京太郎「またみんなで打って、俺が勝つ」

照「…………」

京太郎「四人揃ったな、じゃあ――」



「――試合、開始だ」


東一局
親 咲 25000
桃子 25000
照 25000
京太郎 25000



全員ノーテンのため、流局


咲「ノーテン」

桃子「ノーテン」

照「ノーテン」

京太郎「ノーテン」

京太郎(……)

京太郎(幸先悪っ!)

京太郎(まあいい、これで……)ゴッ

照「…………」ゴッ


照の【照魔鏡】と京太郎の【照魔鏡】発動!


照「…………」

照(…………京)







東二局一本場
咲 25000
親 桃子 25000
照 25000
京太郎 25000



照「ツモ、600・1100」

照(……私の親番)

照(でも、京相手にどれだけ稼げるんだろう……)

京太郎(照の連続和了……今日なら、俺なら)

京太郎(まだ太刀打ちできる気がする!)


東三局
咲 24400
桃子 23900
親 照 27300
京太郎 24400



京太郎(いや、さっきのただの意気込みだから)

京太郎(少ししか自信が無かったから)

京太郎(なのになんで……)

京太郎「ロン、12000」

京太郎(マジで和了っちゃってんの俺!?)

照「…………」

京太郎(まあいい、これで親番は流した!)

京太郎「まだまだこれからだ!」


東四局
咲 24400
桃子 23900 点数移動:14300
照 15300
親 京太郎 36400




京太郎「照、それポン!」

京太郎(俺の親番……ここでもっかい行っとくか!)

京太郎(……咲、お前の十八番、借りるぜ!)

京太郎(いや、できないだろうけど……)

京太郎「カン!」

グラッ

京太郎「……っ」

京太郎「…………」

咲「京……ちゃん?」

桃子「ツモらないっすか?」

京太郎「っあ、ごめんごめん」スチャ

京太郎「……よし!」

京太郎「嶺上ツモ!4000オール!」

照「…………」

桃子(……まあ、このくらいっすかね)

桃子(こっから先は、ステルスモモの独壇場っすよ)


桃子が[ステルスモード]に移行しました


東四局一本場
咲 20400
桃子 19900
照 11300
親 京太郎 48400





京太郎(跳満に親満!ツイてる!ツイてるぜ俺ァ!)

咲「京ちゃん、それロン、16300」

京太郎「えっ」

京太郎「…………」

京太郎「えっ?」

咲「なんで聞きなおしたの」


南一局
親 咲 36700
桃子 19900
照 11300
京太郎 32100


照(流石に甘すぎたかな……)

照(ここからは、本気)

照(誰にも邪魔はさせない)

照「―――ロン、2000」


南二局
咲 34700
親 桃子 19900
照 13300
京太郎 32100



照「……ツモ、1000・2000」

照(ここは、もう攻める!)ゴッ

咲「!」ゾクッ

咲(この感じ……お姉ちゃん)

咲(大変なことになるかも……)


【鏡開き】発動!


南三局
咲 33700
桃子 17900
親 照 17300
京太郎 31100







照(最後の、親番)

 手牌:一ニ112①⑧⑨南西北發中 ツモ:東

照(一索が頭、後は揃うのを待つだけ) 打:2



京太郎(ん?結構調子よくねえか?)

 手牌:四四五133358③⑥⑥⑥ ツモ:5

京太郎(タンヤオ三暗刻、上手くいけば四暗刻まで行けるかも……)

京太郎(……あれ?) 打:③



咲(二暗刻、多分これは、やっぱりお姉ちゃん)

 手牌:三三三八222688④⑤⑦ ツモ:二

咲(でも、そっちがその気なら) 打:八



桃子(配牌四対子って……)

 手牌:六七②②③④④④⑧東西西北 ツモ:東

桃子(まずは様子見っすね) 打:六



照(…………)

 手牌:一ニ11①⑧⑨東南西北發中 ツモ:白

照(これで、一向聴) 打⑧



京太郎(んーっと、これは……)

 手牌:四四五1333558⑥⑥⑥ ツモ:四

京太郎(……狙ってみるか) 打:8

京太郎(でも、こんなこと前にもあったような……?)



咲「……ポン」

咲(お姉ちゃんのあの気配、昔と同じ……)

 手牌:二三三三2226④⑤⑦ 【888】

咲(まずは……) 打:6



桃子(黒ばっかっすね)

 手牌:七②②③④④④⑧東東西西北 ツモ:⑧

桃子(混一色、一盃口か七対子あたりっすかね) 打:七





照(国士無双九萬単騎……)

 手牌:一八11①⑨東南西北白發中 ツモ:9

照(これなら、勝てる) 打:八



京太郎(……そういや、よくあったっけ)

京太郎(みんな揃って役満手って)

京太郎(まあ俺は気づかなくて四暗刻崩しちゃったりしてたけど)

京太郎(今思うとクソもったいねえよな)

京太郎(……さて)

 手牌:四四四五133355⑥⑥⑥ ツモ:5

京太郎(四暗刻単騎待ち……ってか三巡目でこれはおかしいだろ、どうなってんだ全自動卓)

京太郎(恐らくは照も役満……当たったら一溜りもねえ)

京太郎(でも、俺は……)

京太郎(直接対決だ、照)



咲(……んー)

咲(四槓子……和了れる、かな)

 手牌:二三三三222④⑤⑦ 【888】 ツモ:8

咲「カン」

 手牌:二三三三222④⑤⑦ 【8888】 ツモ:⑦

咲(…………) 打:二



桃子(これで一向聴?っすかね)

 手牌:②②③④④④⑧⑧東東西西北 ツモ:西

桃子(客風は来なくていいっすよ……) 打:北

桃子(もう集まっちゃったからしょうがないっすけど)




照(不要牌……?)

 手牌:一119①⑨東南西北白發中 ツモ:⑦

照(それだけじゃない、ヤオチュー牌がモモたちに流れてる)

照(こんなこと、今まで……)

照(……咲がずらした?)

照(いや、それなら既に手は止まってるはず)

照(…………)

照(違う、この感じ)

照(麻雀を始めたころに、段々引き戻されていくこの感覚……)

照(手が進まなくて、もどかしくて、けどわくわくして楽しい気持ち)

照(……懐かしい、気持ち) 打:⑦

照(これは…………)



咲「ポン」

 手牌:三三三222④⑤ 【⑦⑦⑦】 【8888】

咲(テンパイ……だね) 打:④



桃子(……うわ)

 手牌:②②③④④④⑧⑧東東西西西 ツモ:⑨

桃子(一向聴のまんまっすか) 打:⑨



照(……九筒)

照(モモのツモは本来、私のツモだったはず)

照(なら、私のツモは……)

照「…………っ」

 手牌:一119①⑨東南西北白發中 ツモ:1

照(……一索)

照(もし、私の予感が当たってたら、これは多分京の和了り牌)

照(絶対的な確証はない、けどこの予感は本物)

照(オリることもできるけど、そうすれば勝ち目が無くなる)

照(…………)

照(……突っ張るか、逃げるか)

照(どうすれば……)



――――――――――――――――――――――


京太郎「ポン!」

京太郎「チー!」

京太郎「それもポンだ!」

京太郎「さらにポォーン!」

咲「京ちゃんまた裸単騎?」

京太郎「男たるもの一個で十分だ!」

京太郎「それに今回はただの裸単騎じゃないんだぜ!」トン!

照「ロン、36000」

京太郎「そげぶっ」

桃子「致命傷っすね」

京太郎「……ちぇっ、前に一索捨ててたから和了れるって思ったのに」

京太郎「つーかその手だったら一索捨てない方が速かったじゃんか!」

照「安全だと思ったからね、考えなしの京とは違うんだよ」

京太郎「何だよそれー、危なくてもテンパイしろよー」

京太郎「高いのが恐くてやってられるかよ!」

咲「それ、完全に負ける人の台詞だよ」

京太郎「なあなあもう一局打とうぜ!」

桃子「そろそろ帰った方がいいっすよー」

キーンコーンカーンコーン

京太郎「あ……」

照「終業だね」

桃子「今日はこれでお開きっすね」

咲「早く帰らないとまた先生に怒られるよ?」

京太郎「よし、早く帰ろう」キリッ

三人「切り替え早いな(っすね)」

京太郎「……あ、忘れてた!」

京太郎「ななっ!今度さ――――」


――――――――――――――――――――――




照(危なくてもテンパイ、か)

照(…………)

照(……私も)

照(前に、進もう)

照(たとえこれで当たっても、後悔はしない)スッ

照(これが、私の選択)

照(だから――)



――――トンッ



京太郎「――ぁ」

京太郎(……来た)

京太郎(これで……俺の勝ちだ)ギュッ

京太郎(後はただ、声を出すだけ!)

「ロ――――」グラッ

    (何だ、何だこれ……)

     (何かが、流れ込んでくる……)

          「――――ンっ!?」




叫びと、目の前の人だかり

無意識の内に俺の足は走り出していて、誰の声も聞かずに飛び込む

柔い衝撃の後に少し温い水が体を包み、俺の前進を遮ろうとした

息つく間を与えずに手で水を掻いて押し出して、水が口を満たしても脚で水を蹴って押し退ける

掴みそうで掴めない感覚の先にあったのは、目指していた柔らかい肌だった

五つの感覚が、差し出した手を包む

抱えた女の子の顔は蒼白く生気を失っていて、その辛そうな表情に不安を覚える

咽る、気管に入り込んだ水に体が拒否反応を示したのだ

女の子を映す眼は光を失い、咽る内に呼吸もままならなくなり、脚からは力が抜けていく

――いなくなってほしくない

ただ放すまいと腕に力を込める、絶対に救いたいと切に願う




――――だが、やがてはその願いも、込めた力も、意識が落ちると同時に果てた







京太郎「……はぁ、はぁ」

咲「京、ちゃん?」

桃子「大丈夫っすか?」

京太郎「ぁ、ああ、大丈夫だ――」

京太郎(深呼吸……深呼吸)

京太郎「すぅぅぅぅぅーー……」

京太郎「……はぁぁぁぁぁーー」

京太郎「……よし!」



――――ロン!――――



――――四暗刻単騎、32000!――――



終局
京太郎 63100
咲 33700
桃子 17900
照 -14700





腹の底から声を出した、堂々と終わりの声を告げた、牌を倒した手は汗まみれで、なぜか体が熱かった

それは、照を飛ばしたことの興奮からか、それとも――



京太郎「俺の勝ちだ、照」

照「…………うん」



少しだけ下に向けた照の顔はどこか満足気で、今さっき脳裏に浮かんだ女の子の青褪めたそれが重なった

……じゃあ、俺が助けたのは……

でも、俺が照と水場に行くなんて、そんなこと、一回しか――



『ななっ!』



――何かが白くぼやけている

――何かが、思い出せない



京太郎「……なあ」

桃子「どうかしたっすか?」

咲「京ちゃん?」

京太郎「一つ、聞きたいんだけど」

京太郎「……俺、俺たちで海とか行かなかったか?」

照「…………」

咲「海?」



『今度さ、みんなで――』



京太郎「――――あ、いや」

京太郎「……プール」



そうだ



京太郎「プール」



膨れ上がった袋の結び目を解くように




京太郎「……三年前、みんなでプールに行ったよな?」





  •  ・ ・ ・ ・ ・ ・

  •  ・ ・ ・ ・

  •  ・ ・

  •  ・




俺は表彰式を終え、取材とかその他諸々の用事を済ませた後に街の喫茶店で照と落ち合うことになった

ちなみに、咲とモモは都合が合わないので来ないそうだ

俺よりも取材が多い照は少し遅れて店へ来た

あらかじめ俺が頼んでおいたココアを一口啜って、照は口を開いた


照「熱い」

京太郎「そりゃそうだ」

照「水が欲しい」

京太郎「はいよ」

照「ありがとう」


透明なグラスに入った水を火傷した舌でチロチロと舐める照の姿は、何と言うか可愛らしかった




照の様子が落ち着いたのを見て、話しかける


京太郎「で、話してくれるんだよな」

京太郎「三年前、俺に何があったかを」

照「……うん」

照「私は、もう逃げない」


もう一口ココアを啜って、照は話し出した



――――――――――――――――――――


俺と照が出会ったのは、俺がモモと知り合ってから三年後、小学二年生のある春の日だった

いつもは休日も暇な俺とモモで遊ぶはずだったが、モモは家の用事で遠出をしていたため、俺は暇な休日を過ごしていた

新たな出会いを求めて近くの公園へ出かけたときに、俺は照を見つけた



京太郎「なーなー姉ちゃん」

照「……何?」

京太郎「せっかくこんなに天気良いんだからさ!ぱーっと遊ぼうぜ!」

照「私には本で十分」ペラッ

京太郎「はっはーん、お前ひょっとして友だちいねーんだろ」

照「」ピキッ

照「そんなことない、友だちの一人や二人……」

京太郎「じゃあ俺とでも遊べるだろ?」

照「しょうがないな、お姉さんが相手してやる」

京太郎「よっしゃあ!何する?何する?」

照「えーっと、かくれんぼ、かな?」

京太郎「そんじゃあお前鬼だからなー!」

照「えっ」



京太郎「今日は楽しかったぜ!ありがとな!」

照「こちらこそ」

京太郎「モモがいないからひまだーって思ってたんだけどお前がいてくれてよかったぜ!」

照「……照」

照「宮永照だから、照って言って」

京太郎「テル、か俺は京太郎だ!」

照「……長いから京でいいかな」

京太郎「おう、大かんげーだ!」

京太郎「んじゃまた会おうぜ!じゃな!」



そのうち、照とモモと三人で遊ぶようになって、咲も混じって来るようになった

いつからか俺たちは麻雀で時間を過ごすようになった

照曰く、俺は照と互角に打てるほどだったらしい。「曰く」や「らしい」というのは俺が昔のことを覚えていないからだ

それこそ飛ぶこともあったが、今日のように照たちを飛ばすこともあったそうだ



……そうして、六年前の夏に俺たちは約束を交わした

国民麻雀大会で四人で打つ、という無謀で実現可能だった約束を



俺たちが小五になると照だけは中学に上がり、必然的に俺たちが一緒に遊ぶ回数も減っていった

距離感を感じた俺から照への呼び名は照姉ちゃん、と少し疎遠なものへと変わっていた



そんなこんなで三年前、俺たちは中学へ上がり、照と麻雀部を設立した

顧問の先生は厳しい人で、遅くまで残っていると怒られたりもした

四人で麻雀を打って、喋って、帰って、遊んでいた

それでも、照との距離は縮まっていないように思えた

照は一人だけ俺たちと違う学年で、中三ともあって先生に呼ばれたりして部活に来れないこともしばしばだった

そこで、俺は四人の距離をもっと縮めるために、夏休みの間にみんなを県内のプールに誘った

元は俺の疑問を聞いた父さんの提案で、当日も父さんに連れて行ってもらった

俺たちが行ったのは、25mプールとか流れるプールだとか、ウォータースライダー、波のプールとかがあったりするオーソドックスでそこそこ大規模なプールだった

照とモモは流れるプールで泳ぎ、俺は25mプールで咲の泳ぎの稽古をつけていた



例の件は、その昼時に起きた




――――ここから先は、照の話によるものだ











【side-照-】


照「モモがどっか行っちゃった……」

照「みんな迷子になりすぎだよ、やっぱり私がしっかりしないと」

照「もう一泳ぎして行こう」チャプチャプ

照「…………」

照「私も京に教われば良かったかな」

照「けど、そうすると馬鹿にされそうだし……」

照「はぁ……、ッ!」

照「痛っ!」

照(あ、脚が……!)ジャバジャバ


私が脚をつったのは、流れるプールの中でも幅が大きいところ

このままだと溺れる、と恐怖して

誰かが助けてくれる、と希望したその矢先―――


ピンポンパンポーン

『ただいまより、安全確認を行いますのでご遊泳中のお客様はプールからお上がりください』


―――無機質な音と少し低めの声が館内に響いた


照(なっ、なんで……)


周りの人の注意は当然プールサイドへ向いて、私の方は見もしない

溺れまい、ともがけばもがくほど力は発散されていって、息は途切れ途切れになっていく

呼吸を整えようとしても口に入ってくるのは水ばかりで酸素の一欠けらもないように思える

ようやくプールサイドに人が集まって、大声が聞こえた

「助けろ!」とか「危ない!」だとか

人だまりの端から、飛び込んでくる人影が見えた。金色の軌跡が目に入った

ああ、やっと助けに来てくれた、と安堵して、身体から力が抜けていった

荒い吐息が肌にかかって少しくすぐったかった

意識が遠のく中で、触れた手を握り返した


温かくて、優しい手を






気が付いて体を起こすと、目の前では咲とモモが泣いていて、私の隣では京が寝ていた

二人の話によると、あのとき私を助けてくれたのは京で、その京自身も息ができなくなって溺れてしまったらしい


咲「えっと、じゃあ私京ちゃんのお父さん呼んでくるね」

桃子「あ、私も行くっす!」

照「行ってらっしゃい」

咲「はーい、まだ寝てていいからねー」

ガチャ バタム

照「…………」

照「……京?」

隣で寝ている幼馴染に声をかけてみても――

京太郎「ぐぅ……ぅ……」

――返ってくるのは寝息だけだった

照「……もう」

ベッドが近いのでほっぺを突っついてみる

私のと比べると少し硬いほっぺは私よりも多くの表情を作り出す

笑ったり、怒ったり、寂しがったり、悔しがったり、京も咲もモモも私には作りにくい表情を見せてくれる

休日は遊びに連れ出して、平日は麻雀で相手をしてくれる

ここ二年はあまりそういうことはできなかったけど、一人の私に構ってくれる

初めて遊んだときだって…………あれは京が寂しかっただけか

京太郎「ぐごぉ…………」

隣の恩人に「ありがとう」と小さく呟いて、手を握った

今度は、寝ている京は、握り返さなかったけど



―――――――――――――――――――――――――




照「……しばらくして京も目が覚めて、おじさんも来た」

照「次の日の部活動でもみんなで打った……でも」

照「異変があった」

京太郎「異変?」

照「京が弱くなってた」

京太郎「弱い……か」

照「前は点数計算もできてたのに、その日からはリーチも鳴きも役満もわからなくなっていて」

照「まるっきりの初心者になっていた」

京太郎「……は?」

照「私もよくわからないけど、多分溺れて気絶したときに京の頭がおかしくなったんだと思う」

京太郎「いやどういうことだよ」

照「事故のショックで記憶を失うとか、そういうことらしい」

京太郎「さっぱりわかんねえんだけど」

照「話を戻す」

京太郎「おい」

照「……咲は京を楽しませようと京を勝たせるように細工をするようになった」

照「私が東京へ行く前には8局全部プラスマイナスゼロなんてことができるようになってた」

照「モモも京を気遣って消えることが少なくなった」

照「……あの日から、私たちは変わってしまった」

照「変えてしまったのは、私」

照「だから、私はまた、京たちの輪から遠のいていった」

照「遊ぶこともなくなったし、麻雀をすることもなくなった」

照「そんなときに、母さんの転勤話がでてきた」

照「ちょうど白糸台からも話が来てたし、このままでいいと思って私は東京へ行った」

照「京は、モモと咲と一緒にいた方が幸せだと思った」

照「私はもう必要ないんだ、って思った」

京太郎「…………」

京太郎「まあ、何となくわかったけど、じゃあどうしてお前は三箇牧に来たんだ?」

京太郎「おばさんのことも、白糸台のことも都合悪いじゃんか」

照「白糸台は……嫌だった」

京太郎「部員の人たちは結構慕ってるみたいだったけど?」

照「私が入ってから麻雀部に来た人たちはほとんどが私目当てだった」ドヤァ

京太郎「若干どや顔しながら言うなよ」

照「そのうちにみんなやる気を無くしていって、その人たちと打つことも少なくなった」

照「私はただの客寄せパンダなんだ、って」

照「東京の上野だけに、ね」ドヤァ

京太郎「あーはいはい」

照「それから、だんだん麻雀に嫌気が差していった」

照「けどみんなとの約束も破るわけにはいかないから、続けた」

照「……それで、母さんから京が三箇牧に受かったって聞いた」

照「咲たちは長野の公立、京だけは大阪の私立、一緒にいるはずだった咲たちと京が離れた」

照「……私は京に謝ろうと思った」

照「あれさえなければ、京は咲たちと仲良くなれたはず」

照「あの日のことを全て打ち明けようって思った」

照「だから、今日……」

京太郎「ちょいタンマ」

照「なに?」

京太郎「お前、何か勘違いしてないか?」

照「?」

京太郎「俺が三箇牧に来たのは麻雀と勉強を頑張るためなんだけど」

京太郎「麻雀部、確か六年前に優勝してたし、全国二位もいるって聞いたし」

京太郎(あの学校複雑だからゆっくり探そうと思ってたんだけど、案外早く見つけちゃったんだよな……)

京太郎「別に俺があの二人と仲が悪いとかそういうわけじゃないぞ?」

照「そうなの?」

京太郎「今日見ただけでわかるだろ」

照「…………」ウーン

照「……あっ」ピコーン

京太郎「ったく、今の今までお前は……」

照「…………」ズズッ

京太郎「……なあ」

照「何?」

京太郎「陽も落ちるし、そろそろ帰るか」

照「うん」

京太郎「ホテルまで送ってくか?」

照「菫と淡が迎えに来るから大丈夫」

京太郎「そっか、じゃあまたな」

照「うん……あっ」

京太郎「どした?」

照「優勝おめでとう」

京太郎「ああ、ありがと」

照「バイバイ」

京太郎「またメールするからー!」


国民麻雀大会で優勝した!









京太郎「さて、どっか行こうかな」



京太郎「結局暇だなー」

京太郎「他の人もゆっくりしてるんだろうし遊びに誘ってみるか」






京太郎「団体戦の労いも兼ねて雅枝さんを誘うぞ!」

京太郎「……人妻と遊びに行くっていいのか?」

prrr prrr

雅枝『愛宕です』

京太郎「雅枝さん!遊びに行きましょう!」

雅枝『いきなり何言うとるんやお前』

京太郎「団体戦、疲れたでしょう?」

雅枝『確かに疲れたけど、それがどないした?』

京太郎「なら洋榎さんの相手なんかしてないで俺と遊びに行って疲れを取りましょう!」

雅枝『どっちにしても疲れる気がするんやけど』

京太郎「まあまあ、行きましょうよ」

雅枝『そもそも行くってどこ行くんや』

雅枝『それに、夜用事があるから長くは遊べへんで』

京太郎「じゃあ行ってくれるんですね!」

京太郎「行くのは







雅枝「ファミレスで何するつもりや」

京太郎「駄弁ったり、くつろいだり」

雅枝「ええ歳した大人がええんやろか……」

京太郎「まっ、もう来ちゃいましたからね」

雅枝「せやな」

京太郎「雅枝さんは何を食べますか?」

雅枝「軽いもんでええわ」

京太郎「すみませーん!ハンバーグプレート二つー!」

雅枝「ちょいちょい待て!今軽いもん言うたやろ!」

京太郎「え?200gって軽くないですか?」

雅枝「単純な重量ちゃうわ!」

京太郎「あはは、わかってますよ、関西人を試しただけですから」

雅枝「アンタなぁ……」

店員「それで、ご注文は?」

雅枝「抹茶ぜんざい」

京太郎「じゃあ俺は……」



店員「かしこまりましたー」

雅枝「結局食うんか」

京太郎「こう見えて早食いなんですよ、俺」

雅枝「ふーん」

京太郎「素っ気無いっすね」

雅枝「遅くなりそうやから戒能プロに連絡しとこ」

京太郎「良子さんがどうかしたんですか?」

雅枝「ああ、戒能プロと臨海んとこの監督と善野監督とで飲み会行くんや」

京太郎「それが夜の予定っすか」

雅枝「ほな電話するから静かにしとき」

京太郎「」ピッピッピッ

京太郎「あ、良子さんですか?飲み会、俺も行っていいですか?」

京太郎「はい、了解っす!」

ピッ

京太郎「俺も行くことになりました」

雅枝「行くことにさせたんやろが」

京太郎「そうとも言いますね」

店員「お待たせいたしましたー」

京太郎「おっ、来た来た」

京太郎「そんじゃあお先に頂きまーす」

雅枝「ほんま気ままやな」

京太郎「そういえば絹恵さんってまだ成長してるんですか?」

雅枝「何の話しとるんや、ええ加減にせんと怒るで」

京太郎「洋榎さんは着けなくていいですよね、あれなら」

雅枝「使い回しばっかやから助かるわ」

京太郎「まあそうでしょうね」

雅枝「…………」

雅枝「娘たちと同じくらいの男となんて話しとるんや私は……」

京太郎「同感です」



雅枝「男子高校生と居酒屋行くってアカンやろ」

良子「オーライですよ、プロバブリー」メソラシ

臨海「久しぶりだな、須賀」

京太郎「お久しぶりです、監督さん」

善野「優勝おめでとな、須賀くん」

京太郎「どうも、ありがとうございます」

良子「早速中に入りましょうか」



京太郎「飲み会って大体どんなことするんですか?」

雅枝「アンタがさっきしようとしとったことや」

京太郎「ただ酒飲んで話すだけですか」

善野「そういうことやな」

良子「それではもう頼んでしまいますねー」


京太郎(流れで来たはいいけど……)

京太郎(適当に誰かと話すか)



京太郎「それにしても、なんでこの面子で飲み会なんてしてるんですか?」

京太郎「良子さんと善野さんと雅枝さんと霞さんならわかるんですけど……」

臨海「むっ、私がいると不満なのか?」グビッグビッ

京太郎「そうじゃないですけど、気になるなーと」

雅枝「前の合宿で協力もしてもろうたしな、あと石戸はああ見えて未成年やし」

京太郎「なるほど」

臨海「ふぇぇ、カイノー!須賀が虐めるぅぅぅ!」ビエーン

京太郎「えぇぇっ!?」

雅枝「もう出来上がってもうたんか……」

良子「待ち合わせ前にワンカップをスリーカップくらい飲んでましたからね」

善野「ええなぁ、お酒」

京太郎「飲めないんですか?」

善野「お酒とか、色々と先生に禁止されとるからダメなんよ」

善野「居酒屋来てもおつまみくらいしか食べられへんのよね」

良子「あ、そうでした善野さん、今度の姫松とのゲームなのですが」

善野「あー、せや頼んどったね、どないしました?」

良子「それがですね――――」



京太郎「……」チュー

雅枝「……」ヒョイ パクッ

京太郎「……」パクッ

雅枝「……」ゴクッ

雅枝「……何か話そか」

京太郎「そうしましょう」




店員「お待たせいたしましたー」

店員「こちら、砂肝と若鶏のから揚げでございます」

京太郎「」ピクッ

雅枝「」ピクッ

京太郎「から揚げ……」

雅枝「ほなレモンかけるで」

京太郎「え、何言ってるんすか?レモンかけるとか正気ですか?」

雅枝「から揚げにはレモンって相場はきまっとるやろ」

京太郎「雅枝さん、それ一回内科に行った方がいいですよ」

雅枝「から揚げにレモン無しで食べられる方がどうかしとるわ」

京太郎「俺の方が主流だと思いますけどね」

雅枝「ほな他のにも聞いたろか?」

京太郎「いいですよ、どうせ……」

「レモン?から揚げにレモン?……ププッ」

京太郎「とかなるんですから」

雅枝「さあどうやろな、そっちこそ」

「どうして、から揚げに何もかけないで食べることができるだろうか?いいや、できまい」

雅枝「とか言われるに決まっとるわ」

京太郎「なんで反語?」

京太郎「……雅枝さんの家に電話して答えてもらうってのはどうですか?」

雅枝「ふん、ええわ、愛宕家に勝負を挑むとはええ度胸や」

京太郎「じゃあ俺からかけますね」

prrr prrr





洋榎『はいはーい、いつもニコニコ元気な愛宕やでー』

京太郎「あ、洋榎さんですか?」

雅枝「なんや洋榎か……」

洋榎『京太郎か、どないしたん?』

京太郎「洋榎さんってから揚げに何かけます?」

洋榎『ウチと絹は何もかけへんで』

雅枝「……は?」

京太郎「雅枝さんがかけたりするんじゃないんですか?」

洋榎『オカン帰り遅いからな、絹とウチだけで食べとるんや』

洋榎『あ、もちろん作るんは絹やで』

京太郎「知ってます」

洋榎『今日も飲み会やいうし、たまには一緒に食べたいわ』

京太郎「……俺からも言っておきますね」チラッ

雅枝「……」

絹恵『お姉ちゃーん、ご飯できたでー』

洋榎『はーい、ほなまたな』プツッ

雅枝「…………」

京太郎「…………」

京太郎「俺の勝ちですね!」ドヤァ

雅枝「この雰囲気で言う言葉!?」

京太郎「んー、でも家族と食べた方がいいですよ」

京太郎「なるべく早く切り上げるとか……はもうしてるんでしょうね」

雅枝「……そうなんやけどな」

京太郎「俺も一人暮らしなんで寂しいんですよ、だから洋榎さんたちも寂しいんじゃないかな、と」

雅枝「せやったら今度うちに来るか?四人で食べるのも悪ぅないやろ」

雅枝「なんなら京太郎のこと迎えに行くのもええし、あとは……この後とか?」

京太郎「……雅枝さんが俺を家に連れ込んだら、洋榎さんたちってどんなリアクションするんでしょうね」

雅枝「…………」

雅枝「!」

雅枝「べ、別に変な意味は無いんやからな!」

雅枝「こうすれば洋も絹も京太郎も寂しないやろ!」

京太郎「わかってますよ、機会があればお願いします」

雅枝「それでええわ、それで」

雅枝(ちょっと変なこと想像してもうたやないか、まったく)











そして四時間後


良子「きょぉたろぉ……もう遊べないの?」

京太郎「松山と大阪じゃあ流石に無理でしょう」

良子「いやだいやだいやだぁー!」ギュッ

京太郎「あーもう面倒くせぇ……」

雅枝「京太郎?聞いとる?」

京太郎「はいはい、それで洋榎さんがどうしたんですか?」

雅枝「それでなーそこで洋がなー」

臨海「焼酎もう一杯……」Zzz



善野「……そろそろお開きにしよか」

京太郎「ですね」



臨海「新大阪どっちらっらへ?」

京太郎「何言ってるのかわかんないっすよ」

良子「きょぉたろぉ、送っていってぇー」

京太郎「よっかからないでくださいよもう、ほらしっかり立って」

雅枝「あ、洋と絹が見えるわぁ……」

京太郎「いないですよ!どこにもいないですから!何見えてるんですか!」

雅枝「あはははぁ……」

京太郎(大人ってめんどくせぇ……)

善野「ふふふっ、ほな帰ろか」

京太郎「ちっとも笑いごとじゃないですよ」







洋榎「ほな監督お疲れさんさんさんころり~」

絹恵「さよなら~」

雅枝「本物や、本物がおる~」ウツラウツラ

洋榎「とっとと帰るで」グイグイ

雅枝「うぇへぇはぇ~洋の腕やわらか~い」

洋榎「気持ち悪いわ!」

絹恵「せやったら私は左!」

雅枝「絹もやわらかいなぁ~」

善野「また学校でな」フリフリ


良子「あぁぁ……帰りたくないー」ギュッ

京太郎「帰ってください、タクシー来てますから」

臨海「カリフォルニアへレッツゴー!」

運転手「えっ」

京太郎「新大阪まででいいですから!」

良子「きょぉたろぉとどこまでも~」

京太郎「さっさと離れてくださいよっ」




ブロロロロ

京太郎「というわけで帰りましょうか」

善野「ええの?」

京太郎「善野さんみたいな人が一人で夜道を歩いてたら危ないですからね、行きましょうか」

善野「よろしく頼むで、王子様」

京太郎「かしこまりました、お姫様」






京太郎「段々寒くなってきましたね」

善野「風邪引きやすぅなるのは勘弁や……」

京太郎「風邪と言えば……末原先輩ってどうなんですか?」

善野「どういう繋ぎ方しとるんや」

善野「恭子ちゃんはええ子やで、いつも一生懸命やし、洋榎ちゃんよりも主将らしいし」

京太郎「俺が打ったときも強かったですよ、少し自信なさそうに見えましたけど」

善野「宮永咲ちゃんにやられたときからあんな調子やったんや、洋榎ちゃんたちとみんなで励ましたけどな」

善野「今度、須賀くんと打ってみたいわ」

京太郎「はい、俺もです」

善野「これからも同じ大阪やさかい、よろしうな」

京太郎「ははっ、三箇牧は負けませんからね」

善野「こっちやって負けてばっかりやないんやで」ニコッ



善野「あ、もうここまででええわ」

京太郎「そうです、か、じゃあまた!」

善野「はいはい、お疲れさん」






京太郎「善野さんも送って無事帰って来たことだし、何かするか」



京太郎「少し寒いけど散歩して来よう」

京太郎「夜も遅いし、いつも通り人もいないなーっと、あ」

京太郎「あの人は……」

エイスリン「ア!キョウタロー!」

京太郎「すっごく久しぶりな感じがしますね」

エイスリン「!」

エイスリン「ン……」ゴソゴソ

エイスリン「キョウタロー、コレ!」つ|京太郎が笑っている絵|

京太郎「これ、俺のために?」

エイスリン「」コクッ

エイスリン「キョウタロー、オメデトウ!」

京太郎「うわぁ、ありがとうございます!」

エイスリン「ドーイタシマシテ!」

京太郎「で、何してたんですか?」

エイスリン「sketch!」

京太郎「夜道を描いてたんですね」

エイスリン「ゼンゼン、カイテナカッタカラ!」

京太郎「ずっとホテルでしたもんね、やっぱりこっちの方が楽ですよ」

エイスリン「ラクチン!」ニコニコ



エイスリン「…………」カキカキ

京太郎「……」ジーッ

エイスリン「キョウタロー?」

京太郎「何ですか?」

エイスリン「ツキ、キレイ?」

京太郎「確かに綺麗ですね、それが何か?」

エイスリン「"I like you"ハ『ツキガキレイ』!」

京太郎「そうなんですか?」

エイスリン「ナツメソウセキ!」

京太郎「へぇ、そんなことが」

エイスリン「キョウタロー、ツキガキレイ!」

京太郎「同感ですね」

エイスリン「エヘヘ……」


エイスリンの好感度が上がった!


【11月第1週 休日】終