833 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/19(土) 21:31:29.81 ID:NDZpxqyFo [8/20]


【to the beginning】



少女が一人、泣いていた。

俯瞰的に見るそれ。

ただ涙を流すその子供を、自分は知っている。

過去の自分だ。

声にならない声。

それでもって悲痛なまでに存在を示している。

泣く赤子は、その泣き声で親を呼ぶ。

それがもっとも親が反応するものだと、本能で知っているからだ。

その時の自分は、その赤子だった。

両親が死んだ。

私を残して死んだ。

私を引き取ったのは従姉妹の透華の家。

龍門渕家。

自分はまだ、その事実を受け入れなかったのだろう。

気づけば、新たに迎えてくれた家族すら、私を恐れた瞳で見ていた。

何をしたのか。

それは、この身に潜む何かに違いない。

何でも、簡単に壊してしまうから。

私は。

……衣は、また一人ぼっちになった。

でも、それは今度は長くは続かなかった。

透華が衣と遊んでくれた。

友達を集めてくれた。

衣は、幸せになれた。

皆のお陰だ。




835 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/19(土) 21:32:49.03 ID:NDZpxqyFo [9/20]


衣「………」


衣は一人、川原に佇む。

時刻は夕暮れ。

逢魔時。

沈む太陽に比例して暗くなり、月の輝きがはっきりと目立ってくるのが分かる。

今宵は満月。

そして、衣の力が最も高まる時間。

えてして、高揚するのが分かる。

破壊への本能。

そう言えばよいのだろうか。

透華たちならば、壊れはしないだろう。

衣は足を家路、正確には今も待機しているだろうハギヨシの下へと向ける。

人気は何処までも少ない。

ほら、今だって一人の男とすれ違うくらいで――――


京太郎「ああ、ったく。何でこうも受験勉強ってのはダルいんだ畜生……」

衣「―――――」


すれ違う。

そして、振り返る。

中学生だろう。

金髪の、衣と同じ髪色を持った男だ。

今。

震えた。

この私が。

満月の夜の私が。

一瞬とはいえ、恐怖した。

見る。

その力を、知っている。

断片的。

それですら恐ろしい、力を感じる。

あれは。

あれは……!


衣「神代の巫女の九神か……!!」

京太郎「?」


それがこんな凡夫にしか見えない男に!?

その事実に衣は驚愕する。





837 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/19(土) 21:34:44.88 ID:NDZpxqyFo [10/20]




だが。

しかし。

まだ見える。

……家、だ。

男と、九神の背景。

そこには、一つの家が見えた。

まるで男が何時でも帰ることの出来るようにと、待っているような家が。

見えたのだ。

そして。

そして、そこで待ち受ける、4人の女の口元の笑みも。

衣には、見えた。


衣「――――――面白い」


衣はにやりと笑い、指を弾く。

一陣の風。

そこに控えるのは、ハギヨシ。

私はハギヨシに目をくれず、ただ淡々と。

命令を下していた。



【Next Start】

840 名前: ◆VB1fdkUTPA[!蒼_res] 投稿日:2013/01/19(土) 21:37:22.50 ID:NDZpxqyFo [11/20]
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━

━━━━

━━



……夢を見た。

幸せな夢だった。

俺は、一人の女性に纏わり付かれていた。

その人のことを、どう扱えばいいか分からなかった。

でも。

それは年月という時間が解決した。

気づけば俺は、愛するようになっていた。

ああ、そうだ。

幸せだった。

その最初こそ変わった出会いであろうとも。

俺は。



842 名前: ◆VB1fdkUTPA[!red_res] 投稿日:2013/01/19(土) 21:38:19.21 ID:NDZpxqyFo [12/20]





俺は、幸せだjdAGaerさpg」skbprでpkhgあlr







―――――








―――――







――――――






847 名前: ◆VB1fdkUTPA[!red_res] 投稿日:2013/01/19(土) 21:42:48.45 ID:NDZpxqyFo [13/20]



【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きょうちゃんがたすけてくれる】

【きっとだいじょうぶ】

【いつもみたいにたすけてくれる】

【いつものように、ぼくの手をにぎって、たすけてくれる】






【…いよ、たすけて、…ちゃん】




858 名前: ◆VB1fdkUTPA[!red_res] 投稿日:2013/01/19(土) 21:46:57.87 ID:NDZpxqyFo [14/20]



【hvlsにhzghゃHEおhjfpJEjgjzjrjzggんhbhがrhfOegちhjfcたjけksljjflいhflhfすdlsl】





861 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/19(土) 21:53:58.97 ID:NDZpxqyFo [15/20]



京太郎「――――――」


その目覚めは、何処までも。

何処までも、静かだった。

手のひらを見つめる。

俺はゆっくりと、身を起こす。

ああ、なんでだろうか。

俺は、知っていた。

あの手を、知っている。

俺の原初にある、何か。

それは。

ああ、なんだ。

単純な、ことだ。

俺は。

俺は。

俺は。




知っている。




“あいつ”を、知っている。



京太郎「お前は……」

京太郎「いや、※※……」

京太郎「そう、だ、った…………――――」









あれ、俺、何考えてたんだっけ?



6 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/24(木) 22:46:24.60 ID:NGQPco96o [1/6]



龍門渕高校。

その名は全国大会会場という場所においては絶大な意味を持つ。

昨年MVPを輩出。

3人同時飛ばしでの勝利。

そしてメンバー全員が当時は1年生であった。

当時の話題性だけで言えば、あの宮永照さんをも凌ぐ。

そういう選手たちだ。

だが、今年は出場自体していないのが現実である。

清澄高校。

その今まで無名だった高校が、咲の通う高校が全国へと駒を進めることになったからだ。

俺は少し複雑なものを感じる。

なんというか、何時も手を伸ばせばそこに居た幼馴染。

それが遠くに行ってしまったような。

そんな気分だ。

気分を晴らすように俺はむくり、と起き上がる。

今、俺は東京に居る。

龍門渕高校のメンバーとして、清澄への声援という名目でだ。

時刻は現在、5時。

少々早すぎ、とも思わなくもない時間だが、そんなことは無い。

俺はこの時間から、仕事があるのだから。


京太郎「よろしくお願いします、ハギヨシさん」

ハギヨシ「こちらこそ、京太郎君」


そう。

俺はハギヨシさんに色々と雑務の極意なるものを教わっているのだ。

ハギヨシさんは龍門渕家、特に衣さん付の執事。

その家事スキルは圧倒的の一言だ。

まあ、俺は雑務をするハギヨシさんの存在に若干の肩身の狭さを感じていた。

そんなことで、今のようにお願いして仕事を教えて貰ってるのだけれど。

と、まぁそんな時、俺たちが居る部屋のドアが開く。

向く視線。

見れば、目元を擦る衣さんの姿。

薄い笑みを浮かべたハギヨシさんが、驚きを浮かべた俺が。

それぞれ「おはようございます」と挨拶をしていた。





7 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/24(木) 22:54:06.53 ID:NGQPco96o [2/6]



衣「おはよう……きょうたろうは、べんきょーか?」

京太郎「そうです、うるさかったですか?」

衣「いや……衣の目が醒めただけだ」


そうは言いつつ、小さく欠伸。

まだ少し呂律が悪い気がする。

それも無理もない。

まだ時刻は早いもの。

移動の関係でそれなりに夜遅くなったので、今日の朝は皆ゆっくりとしているはずだ。

それは衣さんも同じ。

まだまだ寝てるべき時間だろう。


ハギヨシ「衣様、寝室へと戻りましょう」

衣「うむ……京太郎、案内を任せた」

京太郎「へ、俺ですか?」

衣「うむ、お前の仕事振りを見てやろう」


えへん。

そんな風に偉そうに胸を小さく張る。

俺がハギヨシさんに視線を向ければ、にこり、と笑い返されるだけ。

俺はそれに小さく、息を吐く。

そしてゆっくりとお辞儀をすると、ちょっと慣れない笑みを浮かべた。


京太郎「それではお部屋にご案内します、衣お嬢様」

衣「任せたぞ!」




  • 変化ありませんでした

10 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/24(木) 23:01:36.52 ID:NGQPco96o [3/6]
【8月14日:昼】



透華「須賀さん!須賀さんは何処にいますの!?」


俺を呼ぶ甲高い声。

何処か慌てたような雰囲気を感じるその声の主。

特徴的な声だし、俺は須賀さん、と呼ぶ人は一人だけだ。

俺は少し小走り気味に、その声の下へと向かう。

ちょっと手洗いに行ってたので席を離れたのが拙かったのだろうか?


京太郎「ここです、透華さん」

透華「そこに居ましたか。もうすぐ抽選会ですわよ!」

京太郎「もうそんな時間ですか?」


俺は腕時計を見る。

確かに、そろそろ抽選会の時間だ。

全国女子麻雀大会。

清澄高校の面々はどのブロックに配属されるか、それがこれから決まる。

まぁ、ウチの高校のメンバーは何処のブロックだろうと「清澄なら問題ない」と言うのだろうけど。


京太郎「ある意味、ブラックホースっちゃブラックホースなんですけどね、清澄も」


俺はそう告げる。

前評判では清澄の実力は原村和の実力とマスコミは評している。

また、長野のレベルが落ちた、という言葉もあるくらいだ。

少なくとも、俺にはそうは思えない。

あの決勝戦・大将戦。

あれでレベルが低いとか、なんの冗談なんだろうか。


透華「言わせておけばいいんですわ!結果は雀卓にのみ現れますわ」

京太郎「そっすね」


髪をふぁさ、と跳ね上げる透華さん。

そこにあるのは、自信だ。

龍門渕を、自分たちを倒した清澄。

だからこそ、勝って当然。

そういう信頼が、彼女にはあるのだろう。

俺は部屋に入り、そこに並ぶ面々に軽い挨拶を交わす。

テレビに写る、各校選手たち。

注目の一年、ということで去年のインターミドル覇者の原村和が写る。

その後ろ。

そこに見えた特徴的な触角を持つ幼馴染。

咲に、俺は小さく「頑張れ」と呟いた。




99 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/28(月) 22:03:58.14 ID:Qt21HsCGo [3/18]
【8月14日:夜】



どうして気に入られてるか分からない。

そんなことが俺にはある。

あれは今から数ヶ月前。

受験する高校を近場の清澄にしようと思ってた頃。

唐突に担任の先生から来た話があった。

試験を受けてみないか、という誘い。

それが俺にあった、と。

しかも授業料免除、宿泊施設の格安。

そう言われて、名前もそれなり。

挑戦してみるか、という軽い気持ちで受けて合格したのが大本だ。

会場に受験番号を見に行ったあの日。

まるで当然のように合格している俺の番号を見て呆然としていると感じた制服の袖を引っ張る感覚。

視線を向ければ、ウサギの耳のような赤いリボンが特徴の子供。

衣さんが居たのが、俺にとっての初めての接触だ。


京太郎「そして現在に至る、と……」

ハギヨシ「人生とは面白いものですね」


俺はハギヨシさんと並んでカップを磨きながら言葉を交わす。

思い返せば、なんとも早い数ヶ月である。

しかもやってることと言えば執事スキルを磨いてるだけだったような…。


衣「?」

京太郎「あれ、どうしたんです衣さん?」

衣「いや、京太郎は卒業したら衣の家の執事になるのだろう?」

京太郎「………はい?」

ハギヨシ「少なくとも、そのつもりで私は須賀君に技術を教えております、衣様」


爆弾発言。

いつの間にか就職まで決まってるのか俺?

いや、いやいやいやいや!

待て待て、落ち着け。

え、執事?

『パーフェクトだ、ウォ○ター』とかいう執事に俺が?

いや、借金は無いから『ハ○テの如く』で無いことは確かだ。

『黒○事』がどっちかと言えばハギヨシさんだし。

そんな俺の混乱する様子に、コテン、と首を可愛らしく傾げる衣さん。

え……ええー……。




  • 衣の従順度が1上昇しました


128 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/28(月) 22:39:39.76 ID:Qt21HsCGo [7/18]
【8月15日:朝】



朝である。

もう一度言おう。

朝である。

現在時刻7時。

総員起床の時間だ。

純さんに国広さんは予定より早く目を覚まし、それぞれ各々のやることをしている。

透華さん透華さんで自分の髪の手入れなどをしている時間だろう。

衣さんはきっと、今も半分お眠。

きっと透華さんとハギヨシさんが揃って対応しているはず。

そんな中、俺は最後の一人。

沢村さんの部屋へと足を向けている。

おそらく、たぶん、まだ寝てるだろうから。


京太郎「沢村さーん、朝ですよー」


ドアを少し強めにノック。

その瞬間、ばたん、と何かが倒れる音が聞こえた。

ずる、ずる。

何かを引きずる音。

それに非常にいやーな予感を感じつつ、俺はもう一度ノックした。

その瞬間だ。

がちゃん、と。

短い音を立て、ドアのロックが開かれる。


京太郎「あ、おはよ、う……ございます」

智紀「………は、よう…」


眠たげな顔に思わず無言になる。

なんというか、あれだった。

沢村さんのメガネの無い顔には薄い隈が浮かんでいる。

ついでに言えば、髪の毛も一部一部が跳ねていた。

視線を少し下に、シャツ一枚である。

インドア派のためか、白い肌が目にまぶしい。

だけど、ここまでくるとどうにも「お、おぉ…」という反応しかできない。


智紀「これ、データだから……」

京太郎「あ、はい」


渡されるタブレットPCにはCブロックの高校のデータがあり、今までずっと纏めていたんだろう。

ふらりと、また寝るために部屋に戻っていく沢村さんに俺は何も言えなかった。





148 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/28(月) 23:07:41.67 ID:Qt21HsCGo [10/18]
【8月15日:昼】


会場。

そこに向かった我ら龍門渕高校。

それぞれが思い思いに行動しだす中、俺はハギヨシさんと国広さんと一緒に居た。


京太郎「あれ、国広さんにハギヨシさんは衣さんと透華さんに着いていかなくていいんですか?」

一「純君が着いてるから大丈夫でしょ」

ハギヨシ「お嬢様方が御呼びになれば直ぐに駆けつけますので」


国広さんはからからと笑って適当に。

ハギヨシさんはそれ出来るの貴方だけですと思うようなことを言ってのける。

そんなもんかなぁ、と腕を組む俺。

そんな俺ににこりと、涼しげな笑みをハギヨシさんは浮かべていた。


ハギヨシ「そう言えば、宮永様に挨拶は?」

京太郎「あー、いいですよ」

一「宮永さんとは幼馴染なんだっけ?」

京太郎「腐れ縁ですよ、腐れ縁」


俺と咲。

昔からの幼馴染の関係なだけ。

今思えば、あの当時から俺の周りには女の友達しか居なかった。

そんな気がする。


京太郎「そういえば、しっかりとした男の友人ってのはハギヨシさん含めて本当に少数だな俺…」


『友達、いないの?』

古傷を抉られる言葉を思い出す。

いや、確かに咲くらいしかいなかったけどさ。

普通に遊ぶ相手くらい……くらい……。


京太郎「……あれ?」

一「須賀君、落ち込まないで、ボクも居るからさ」

ハギヨシ「私も居ますから」

京太郎「優しくしないで!?」


二人して哀れみの視線を向けられる。

そんな悲しいことは無い。

正直悲しいというより痛い!

優しさが痛いレベルだ。

くっ、俺だって友達くらいいるわい……!




  • 一君の従順度が1上がりました
  • ハギヨシとの交友ランク:親友

198 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/28(月) 23:35:04.39 ID:Qt21HsCGo [16/18]
【8月15日:夜】


清澄高校、一回戦突破。

実に鮮烈なるデビューだった、というのが第一印象だ。

中堅での他家飛ばしで勝利。

実に呆気ない形だったが、それでも勝利は勝利だ。

むしろ、咲や原村の打ち筋を他高校に見せることなく終わった。

それが一番の収穫のはずだ。

俺はそんなことを思いながら歩く。

時刻はほどなく夜に近い。

衣さんがホテルに居ない。

それを受けて捜索している最中だ。

最も、ハギヨシさんならもう見つけてそうだけど。

しかし、見つからない。

結構、歩いたはずだ。

俺は空を見る。

夕日は沈んだ。

空には、丸い満月。

……満月?


京太郎「もしかして……」


思うが早い。

俺は即座に引き返す。

行き先は、ホテルの屋上だった。


衣「――――京太郎か」

京太郎「ここに居たんですか、衣さん」

衣「ふふん、お前ならば気づいていたはずだ」


俺はヘリポートに立つ衣さんの傍に行く。

見れば、浮かべる不敵な笑み。

例の状態、らしい。

俺は普段とあまり変わってるようには見えない衣さんに、「帰りましょう」と言う。

少しきょとんとした衣さんは、何か自分の中で納得。

自然と、俺に手を伸ばしてきた。


衣「うむ!エスコートの程は任せる!」

京太郎「了解です、お嬢様」







222 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/29(火) 00:06:05.91 ID:+AQOJpy3o [2/27]
【8月16日:朝】



執事。

それは仕える者。

執事。

それは、傅く者。

羊。

それはなんもかんも政治が悪い。

間違えた。

執事とは、その全てを以って主の生活を支えるフォーマルな守護者である。

執事を名乗るためにはそれを名乗るだけのスキルを持つことが求められる。

以前。

というか昨日、俺は衣さんにそんな執事になるように言われた。

そしてハギヨシさんも、そのつもりで俺にスキルを教えていたらしい。

全くもって身に覚えがない。

そう聞かれれば、嘘になるだろう。

裁縫、料理、清掃。

それらから始まり、衣装の仕立てやマナー。

そういうのも結構教わった記憶が俺にはある。

最初は龍門渕に通うことで必要とか、そう言われた。

しかし、今思えばおかしいものだ。

明らかにやってることは従者の仕事なのだから。


衣「ホットケーキー♪」

ハギヨシ「京太郎君」

京太郎「はい、メイプルシロップはどうしますか?」

衣「沢山だ!」

京太郎「了解です」


……うん。

どう考えても執事のそれだよな、今の俺。

俺はハギヨシさんと並んで皆の朝食の用意をしている。

むしろここまでくれば慣れというか、自然と体が動くレベルで。

俺は幸せそうにホットケーキをパクつく衣さんを見る。

まぁ、あれだ。

こうして笑顔を見れるのなら、悪い気分は無いんだよなぁ。






298 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/29(火) 21:35:33.21 ID:+AQOJpy3o [9/27]
【8月16日:昼】



さて、ここで一つ纏めるとしよう。

そんな関係には見えないが、国広さん、沢村さん、純さんの3人は龍門渕家のメイドさんである。

これは衣さんと遊べる相手、ということで透華さんが集めたメンバーでもあり、もはやもう一つの家族のようなものでもある。

ちなみにだが、皆給料はしっかりと貰ってるらしい。

授業料免除で給料つき、やっぱりハヤ○の如くのようである。

しかし、それは今ではあって無い様なもの。

主従という関係は屋敷の中だけ。

そんな、友達みたいな関係が居心地よいのが、龍門渕麻雀部だ。


一「須賀君、そっち洗い物終わったー?」

京太郎「今拭いてますよー」

一「了解、じゃあボクはテーブルの整理してくるよ」

京太郎「お願いします」


しかし、そうは問屋が卸さない。

こうして、食事の準備と片付けを含む雑事は当然、俺たちの仕事。

ハギヨシさんが主に料理担当で、俺たちはその他をする。

そういうのは、ここでも変わりないことだ。

水道の蛇口を止める。

手洗いして、布巾で水拭き。

これで清掃と片付けは両方完了である。


一「あー、疲れたー!」


視線を向ければ、椅子に座ってうな垂れる国広さん。

なんとも言えない気だるさを語る顔。

こういった仕事は性に合わない。

そう無言で語られてる気分だ。


京太郎「国広さん、とりあえず片付け終わりましたし部屋に戻ったらどうです?」

一「あー、うんー……そうだね、そうするー」


メイド服も脱ぎたいし。

そう服をパタパタとさせる国広さん。

………私服になる。

それだけで、なんで俺はこんなに不安になるんだろうか。


京太郎「………ちゃんとしっかりした服にしてくださいね」

一「え、あれってしっかりしてない?」


してません。





318 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/29(火) 22:00:07.92 ID:+AQOJpy3o [12/27]
【8月16日:夜】


何事にも得意不得意がある。

俺は麻雀が下手。

衣さんは麻雀の強者。

しかし、その反対に俺は料理がそれなりに得意。

衣さんはあんまり得意じゃない。

適材適所。

実にいい言葉だ。

俺は今自分の手牌を見ながらそう思う。

牌に触っていたい。

そう言った衣さんに付き添う形で俺は今、麻雀を打っている。

他のメンバーはそれぞれの仕事中だったり、お風呂だったり。

確かハギヨシさんと純さん、沢村さんは明日の料理の仕込み。

国広さんと透華さんはお風呂のはずだ。

つまり、手が空いてるのは俺だけ。

なのだが……。


衣「ロンだ!」

京太郎「ひぎぃ!?」

衣「リータンピン三色ドラドラで跳満だぞ、京太郎」

京太郎「もう点棒ありません……」

衣「また衣の勝ちだー!」


そう、蹂躙されてます。

おっかしいなー?

こんなに圧倒的だったけなー?

俺、少なくともこんなに理不尽にいじめられてる覚えは無いんだけどなー?

俺が頭を抱えていると、ふと近くに気配を感じる。

見れば、俺の横に衣さん。

それに立ち上がって相手をしようとすると、鈍い着地音と軽い重圧を感じた。

俺の膝の上に乗る衣さんは、「いいか」と牌を手に取った。


衣「京太郎はドラや赤ドラを抱えすぎる。気づけば、筋からも浮き出ていることが多いぞ」

京太郎「………えっと、教えてくれるんですか?」

衣「当然だ!」


鼻歌交じりに牌を掴み、手牌を整える衣さん。

俺は目の前を左右に揺れるリボンを見つつ、そんな小さい教師の命令に従うのであった。






345 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/29(火) 22:37:36.82 ID:+AQOJpy3o [17/27]
【8月17日:朝】


本日はAブロックの試合。

有名所で言えば東京白糸台高校。

そして福岡新道寺や大阪千里山の試合がある日だ。

そのためか、どうにも朝から観客が多い。

俺とハギヨシさん、衣さんというメンバーで会場入り。

しかし、その熱気はどうにも慣れないものだ。

衣さんは、どうにも楽しげなのだけど。


衣「宮永照、その力を存分に衣に示すが良い!」

京太郎「いやいやいや、衣さん試合に出れないから関係ないじゃないですか」

衣「こういうものは気分の問題だぞ、京太郎」


さいですか。

俺はモニターに目を向ける。

試合開始。

モニターには4人の先鋒戦選手が映っているのが見えた。

そこには、無表情の人が居る。

咲の姉さんの、照さんが。

俺は無言で、見る。

咲が会いたい相手。

決勝じゃなきゃ、会えないだろう相手。

俺は少し、目を細める。

なんというか、面倒な感じだな、と思いながら。


京太郎「……ん?」


そこでふと、足元に何かが当たる。

観客席の上の方から転がってきたらしい。

手に取って見れば、1本のペン。

水性マーカーだ。


衣「どうした、京太郎?」

京太郎「いや、何でかペンが転がってきまして……」

衣「ふむ」





400 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/29(火) 23:16:57.28 ID:+AQOJpy3o [21/27]



衣さんが視線を後ろに向ける。

じっと、何かを見つめるように。

すると何かを見つけたらしい。

俺の手を取り、衣さんが席を立った。


衣「こっちだ京太郎」

ハギヨシ「衣様、足元にお気をつけて」

京太郎「うわっ、ちょ、引っ張らないでくださいって!!」


ずんずんと足を進める衣さん。

手を引かれる俺。

にこやかに着いてくるハギヨシさん。

歓声をBGMに、俺は最上段に行く。

そして見れば、そこに一人の少女が居た。

金髪碧眼。

そんな外国人らしい髪と目を持った可愛らしい容姿をした女の子。

スケッチブックを片手に、おろおろ。

そんな感じで足元を見てうろうろとしているのが見えた。

俺は手元のペンを見る。

……これ、だよなぁ?


京太郎「あ、あの…」

エイスリン「!」


びくっ!と反応するその女の子。

俺がちょっと困惑気味にペンを出すと、その表情が晴やかなものになる。

間違いなく、彼女の物のようだ。

俺がそれに小さく安堵の息を漏らすと、その女の子は俺の手をがしっと握った。


エイスリン「アリガトウ!」

京太郎「ど、どういたしまして」


笑顔で礼を言われると、悪い気分はしない。

俺は思わずそう思ったが、続いて手元を見る。

………あのー?


京太郎「……すいません、あの……手……」

エイスリン「…!」バッ


ずっと手を握ってたエイスリンさんが慌てて離すと、頭を下げる。

そしてそのまま、逃げるように去っていってしまうのだった。





403 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/29(火) 23:19:00.63 ID:+AQOJpy3o [22/27]
【8月17日:昼】


『試合終了―――ッ!王者白糸台!まるで当然のように一位通過ー!!』

京太郎「終わり、ましたね」

衣「うん、終わったぞ」


試合は、白糸台高校ペースだった。

勝負は2位争いだったのが、本音だろう。

福岡新道寺。

それが白糸台と共に準決勝に進出した高校だ。

先鋒が凌ぎ切り、次峰が白糸台の弘瀬選手に狙われたけども何とか逃げ切り、中堅、副将、大将と一気に高火力を爆発。

そんな展開だった。

衣さんは満足気に頷き、行くぞ、と俺に言う。

普段の雰囲気とは違う。

麻雀を打つ、本気の時の顔を衣さんはしている。

当てられた。

そんな感じだろうか。

俺が同意を得ようと視線をハギヨシさんに向ける。

だが、何時の間にかそこには居ない。

残ってるのはメモ一枚。

見れば、手が足りない純さんに呼び出しを受けたようだ。

俺は「帰りますか?」と尋ねる。

衣さんはそれに頷き、俺は周囲を見る。

混雑気味、という感じだ。

試合が終わったのだから当然、観客も帰るだろう。

昼過ぎて、夕方。

暗くなる前に帰りたいのは誰も一緒だ。


京太郎「衣さん、手を貸してもらえますか?」

衣「うん!」


俺が手を伸ばせば、衣さんは何の迷いもなく俺に手を差し出す。

小さい手。

あったかい手だ。

さてさて、ちゃんとエスコートしましょうかね。





422 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/29(火) 23:36:11.89 ID:+AQOJpy3o [25/27]
【8月17日:夜】



遠足の前の日の夜。

俺はなかなか寝付けなかった思い出がある。

当然、そのせいで遅刻しかけたのも記憶のうちだ。

楽しみすぎて練れない。

ある程度、物事に対する熱が失われるとそれは徐々に無くなっていく。

感情の押さえが利くから、とかまぁそんな感じだ。

少なくとも、今の俺は何かが楽しみで寝れない。

そういう経験は無い。

しかし、だ。

それはあくまで俺の話。

どうにも、それは我が家の姫様には当たらないらしい。

俺は額に汗を浮かべる。

目の前に居るのは、姫様こと衣さん。

彼女の手には大きなぬいぐるみ。

まるで、寝付けない子供が親元に来てしまったような。

そんな格好に見えた。


衣「どうしよう、胸躍り寝付けないぞ京太郎」

京太郎「……」


頭を抱える。

なんというか、なんというか。

子供だよね、うん。


京太郎「ホットミルクでも飲みます?」

衣「それを飲めば、寝れるのか?」

京太郎「気分が落ち着いて、リラックスできるとは重い舞うけど」


たぶん、きっと、めいびー。

俺は衣さんを連れてキッチンへと行く。

鍋を取り出し、砂糖とシナモンスティックを。

火をかけてゆっくりと、ゆったりと温めていく。

視線をふと向ければ、その待ち時間でだいぶ落ち着いたのだろう。

眠たげな顔をして椅子に座る衣さんが居た。

ホットミルク。

眠れる、という飲み物で有名なそれ。

きっと、こういう待ち時間を含めて、眠れる、というんじゃないだろうか。





  • 変化なし

439 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/30(水) 00:03:46.62 ID:ANrldOUJo [3/12]
【8月18日:朝】


本日、第二回戦。

今日勝ち残った高校は準決勝に駒を進める。

清澄高校も、それに挑む一つだ。

俺たちは揃って会場に向かう。

テレビで観戦するのもいいらしいが、実際に近くで見るのもまたいい。

そんな意見もあって、朝早くから会場入りをしていた。

そして、俺は例によって衣さん付き。

人の出入りが激しいこの場所。

離れ離れは致命的、という奴だ。

そんな俺は今、非常に居心地が悪い。

向けられる視線。

それは俺を嘗め回すように見ていると分かるからだ。

龍門渕高校。

制服も一応あるが基本、私服で通学できる高校だ。

当然、試合も思い思いの格好である。

俺の服装は、半そでシャツにズボン。

あとはベストくらいだろうか。

タクシーの運ちゃんみたい、と言われればそう見えなくもない格好だ。

しかし、会場に男は珍しい。

だから視線も当然集まるのだろうか。

俺がそう思っていると、鼻歌が聞こえる。

視線を向ければ、衣さん。

そしてその隣で言葉を交し合う、エイスリンさんの姿があった。


衣「京太郎!また会ったぞ!」

エイスリン「コンニチワ!」

京太郎「こんにちわ……選手、でしたか」


俺は前試合のダイジェストで、エイスリンさんを発見していた。

宮守高校の選手だ。

困ったように微笑む、エイスリンさん。

なんというか、可愛らしい笑みを浮かべる人だ。

俺はそんなことを思った。


エイスリン「キョウタロー、コロモノバトラー?」

衣「うむ、衣のもう一人の執事だ!」

京太郎「嘘言わないでください!!」





459 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/30(水) 00:24:32.36 ID:ANrldOUJo [8/12]
【8月18日:昼】


有名人は憧れるくらいが一番だ。

白糸台で言えば照さん。

千里山で言えば江口選手。

姫松で言えば愛宕洋榎選手。

永水で言えば神代選手。

その他にも家老渡の佐々野選手なんかも有名どころだ。

しかし、有名というのも考えもの。

人目に常にさらされる、注目される。

そういった人間はちょっとの不注意で激しく非難される場合が多いのだ。

心無い新聞、雑誌記事。

とくにゴシップを取り扱うような雑誌はその色が強い。

有名になるということ。

そういうのはやっぱり考え物だろう。

さてさて、有名人。

そう言うと、この大会では照さんら高名な選手たちを遥かに抜いて有名な人たちが来る。

甲子園で言えば実況アナウンサーと解説担当者。

有名高校の元監督だったり、元プロなどが解説に入るのが通例だ。

そしてこの大会には、麻雀の専門家が必要になる。

それはつまり、プロの雀士による解説。

それが行われているということだ。

近年で世界的にメジャーとなった麻雀。

そのプロの解説と言えば、注目度も同じく高いのは当然だった。

そしてそれには、ミーハーなファンも居るもので……。


京太郎「すげぇ……」


わいわいがやがや。

俺はそんな雰囲気で従業員入り口に集まっている大会参加者や関係者を見ている。

どうやらここから解説を担当したプロが出てくる、という情報を掴んだらしく、瞬く間に人が集まったのだ。

俺は物珍しさで近づいただけで、まぁ特に気にしては無いのだけれど。

俺はとりあえずその場を離れようと考え、足をくるりと反対へ。

ふと耳を澄ませば、「え、ちょ!?お、押さないでこーこちゃ…」という悲鳴。

そして一斉に上がる歓声。

その膨れ上がった空気に追い出されるように、俺はその場を後にした。





509 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/30(水) 22:40:28.07 ID:FyfwaMKeo [4/17]


京太郎「凄かったなぁー……」


俺はふらふらと会場を歩く。

何処か道を外れたのだろうか?

配管が巡る、舞台裏、という感じの場所に俺は来ていた。

何も考えず歩くからこうなる。

小さくため息を吐いて、ふと見回す。

人気は流石に無い。

迷子にでもならなきゃ、こんなとこ誰も来ないだろう。

となると、俺は相当に気が抜けていたらしい。

戻るか、と俺は思う。

ここまで言っても、多分非常口とかそういうのしか無いだろう。

俺は振り返り、来た道を戻る。

そこで気づいた。

向こうからこちらに向かう人影があるということに。

ん?と目を凝らす。

服装は私服。

顔には眼鏡がある。

だが、しかし!

そこには服で隠し切れないおもちがあるッ!

そしてその顔は……!!


京太郎「瑞原…プロ…?」

はやり「あっ」


あっ、と声を出す瑞原プロ。

しまった、とかそういう顔だ。

何処かあどけなさすら感じる表情なのだが、俺は「ああ」と思い出す。

あの学生の集まり具合。

そして今回の解説に来たプロ集団で著名と言えば、小鍛治プロを除けばアイドルとしても有名な瑞原プロだ。

こっそりと帰ろうとする判断は間違えじゃないだろう。

どうしよう、という顔をする瑞原プロ。

俺は少し横にずれて、会釈する。

その意図を察したのか、にこりと笑う瑞原プロは小さく、口を開いた。


はやり「ありがとうねっ!」


………うむ、やっぱり良いおもちである。





510 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/30(水) 22:41:37.68 ID:FyfwaMKeo [5/17]
【8月18日:夜】


激動の一日。

夜ともなれば昼間の熱は冷めるもの。

しかし、東京の夜は暑かった。

アスファルトの大地に篭った熱。

それがビルなどに押し留められているような暑さ。

一言で言えば、いらいらしてくる暑さだ。

俺は冷たいもの。

贅沢は言わない、キンキンに冷えた水が欲しい。

炭酸の爽快感もいい。

しかし、体が求めるのはそういうものじゃない。

純粋な水分のみ。

財布片手に俺は廊下をフラフラと。

時刻は夜22時。

そろそろ寝る準備をしてる頃のせいか、廊下はやけに静かだった。


京太郎「う~自販機自販機」


俺は自販機を求めて歩く極普通の男子学生。

人と違うところを言えば、執事見習いってとこカナ。

……アホ言ってないで、さっさと買って帰ろう。

俺は水片手に来た道を戻る。

しかし、そこで見えたものは少し違う。

さっきまで居なかった人がいるのだ。

そこに居るのは、衣さんだった。


京太郎「あれ、衣さんどうしました?」

衣「京太郎!」


とてて、と可愛らしい足音。

にこりと笑う顔からしてトラブルでは無さそうだ。

なんだろうか?

そう俺は考える。

俺がそれを尋ねようと思ったそのとき、衣さんが先に動いていた。


衣「京太郎、おやすみ、だ!」

京太郎「………それ、言いに来たんですか?」

衣「うん!」


元気よく、しかし少し眠たげ。

そんな様子で挨拶してくれる衣さんに俺は笑みを返す。

……お休みなさい、衣さん。



548 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/30(水) 23:12:33.91 ID:FyfwaMKeo [10/17]
【8月19日:朝】



朝になる。

そんな俺は普段なら起きてる時間だ。

ごそりと、手元を探っては携帯を見る。

時刻は7時。

起きなければいけない時間だ。

というより、少し遅いかも知れない。

俺は力の抜けた四肢に気を入れる。

今すぐ動こう。

そう思えば動けるだけの意識はあった。

しかし、それは不意に止まる。

ガチャ、という音。

鍵が開く音が聞こえたからだ。

反射的に、俺は布団を被り直す。

何故か、それが自然に。


衣「京太郎ー……起きてる、か…?」


侵入者、もとい衣さん。

起きてますよー、と答えようと思うが留まる。

衣さんの声は低い。

どう考えてもこっそりと、そういう風にしている意図がある。

足音が聞こえる。

薄っすら目を開けば、俺の顔を見下ろす衣さんの顔がそこにはあった。


衣「よ、よし……!」


すぅっと息を吸い込む衣さん。

見れば、悪戯心満載の笑みを浮かべているのが見えた。

知ってるだろうか?

早朝バズーカ、という企画を。

バズーカ型クラッカーを寝ている対象にぶっ放す企画で、中々に面白かった記憶がある。

そんなドッキリと同じことをやろうとしている。

それが分かれば、こっちもリアクションの準備が出来るものである。


衣「朝だぞ―――――!!!」

京太郎「!?」


衣さんの大声。

俺は一拍置いて跳ね上がると、ぽん、とベッドが跳ねる。

あ、という声が俺の口から零れるとバランスが崩れて。

落ち……



604 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/30(水) 23:40:08.13 ID:FyfwaMKeo [15/17]


そこで、俺は意識を失う。

ガンッ。

鈍い音。

後頭部を打ったかも知れない。

痛みより、鈍い痺れ。

こりゃ、不味い。

俺はそう考える暇も、もう………――――。














【くすくす】


何だ?


【くすくす】


誰かが、笑ってる。


【くすくす】


草原に倒れた俺を見下ろすように、誰かが笑っている。


【くすくす】


顔は、影になって見えない。


【くすくす】


でも、俺は。


【くすくす】


俺は、その影の中を知っている。


【………】


知って………





【駄目だよ、京ちゃん】






609 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/30(水) 23:45:15.70 ID:FyfwaMKeo [16/17]



京太郎「――――――ッ!!」

衣「め、目覚めたのか!京太郎!!」

京太郎「い、いたたたた……」


俺はズキンと痛む後頭部を抑えて身を起こす。

たんこぶ発見。

なんというか、間抜けだな俺。

思わずそんな自分に苦笑いが浮かぶと、目に涙を溜めた衣さんが俺を見ていた。

泣いている。

俺には、それが見えた。

さっきまで、誰かが笑っていたのは覚えている。

気分的には、どうして衣さんが泣いているのか分からない状態だった。

ただ、俺は衣さんの涙を自然と指で掬っていた。

手は衣さんの頭に。

撫でるように、手が動く。

それが当たり前であるように。

俺は、もはや染み付いたような動きで笑みを浮かべていた。






615 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/30(水) 23:49:04.65 ID:FyfwaMKeo [17/17]
【8月19日:昼】


正直、後で判明したがちょっと傷があったらしい。

後頭部にはもうガーゼは無いが、少し前まで赤い染みがあったのは驚きだ。

俺はそんなことを思いながら足を薬局に向ける。

使った分の医薬品買い足しが今の俺の仕事だ。

ホテル周辺。

そこを探せば薬局はすんなりと見つかる。

元々、こうした人口密集地帯の客を相手する目的の店だ。

お菓子もあれば化粧品も揃ってるように見えた。

さすが東京。

地方と比べるとどうにも品数が多い気がする。

ふらふらと、目移りする。

買い物しないけど、見ているだけ。

そういうのを女の人が好きな理由が分かった気がする。

こういうのは確かに興味を誘われる。

しかし、前方不注意は見逃せない。

俺は柔らかい背中とぶつかる。

慌てて退けば、女性の後ろ姿。

半分上ずった声で俺は謝罪をしていた。


はやり「あ、君って昨日の……」

京太郎「み、瑞原プロ!?」

はやり「わわわ!しーっ!しーっ!」

京太郎「す、すいません!」


俺が声を上げそうになると手で押さえられる。

私服の瑞原プロ。

というか、プライベートのプロを見れるとか凄く珍しい気がする。

そんなことを考えつつ、周りに視線を向ける。

どうやら、誰にも聞かれてないようだ。


はやり「あー、びっくりしたぞっ☆」


声は小さい。

だがしっかりと“はやりん”になって声を出す瑞原プロ。

なんというか、凄まじいプロ根性だ。

俺はそれを実感しながら、乾いた笑いを浮かべていた。



なんというか、お疲れさまです。





641 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/31(木) 00:17:49.71 ID:QyLVB1YEo [3/47]
【8月19日:夜】



一「はい、一応消毒終わったよ」

京太郎「どもっす」


夜。

俺は自分で買ってきた消毒液などで国広さんによる治療を受けていた。

傷は浅い。

浅いが、頭部というのは出血が派手になる部位でもある。

風呂上がったばかりでまた開いてしまったので、こうして消毒しているわけだ。


一「にしても、髪の毛邪魔だね」

京太郎「まぁ、そういう部分ですし」

一「……刈る?」

京太郎「刈りませんよ!?」


恐ろしいこと言って笑う国広さん。

これくらいで刈られたら笑えないもんである。

俺だって髪は恋しい。

というか、坊主頭は絶対に似合わないだろうし。


一「ちぇー」

京太郎「はさみを持たないでください」


やめてください、毛根は死んでません。

ぶぅ、と何故か文句ありげに椅子へと寄りかかる国広さん。

俺は医療具の片付けをしつつ、息を吐く。

なんというか、あれである。

この人は、本気なのか本気じゃないのか計りかねる時が多い。

奇術師とか、ピエロ。

そんな空気の掴めなさだろうか。

まぁ、手品は非常に上手いんだけどな。


一「……そうだ、これは手品ですって言って君の」

京太郎「俺に被害が及ぶならNGですよ」

一「……ちっ」


………舌打ちしたよな、今確実に。






675 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/31(木) 00:58:31.54 ID:QyLVB1YEo [8/47]
【8月20日:朝】


朝。

俺は枕に血の染みが無いことを確認して起き上がる。

日差しは強い。

こうもきついと朝は自然と目覚めてしまうものだ。

俺はシャワーを浴びると一路皆が集まるだろう大部屋へと向かう。

見回せば、人気は無い。

いや、正確には一人だけ。

なんともコメントに困る格好をしている人が居るんだけども。


京太郎「……」

一「あれ、どうしたの?ほっぺなんて抓って」

京太郎「ああ、そうですか。夢かと思いました」

一「変なの」


変なのはあなたの格好です。

これを言えたらどれだけ幸せなんだろうか。

露出露出アンド露出。

むしろ隠すべき部分すら隠し切れてないんじゃないだろうか。

長野の田舎で誰もいないとこならまだしもだ。

ここは大都会東京。

人人アンド人という街なのだ。

実に。

実に問題ある格好じゃないだろうか。

しかもそれを問題に思ってないことがさらに問題なのだ。

常識というものを叩き込みたくなる気分である。

いや、しかも他の皆がそれを受け入れてるのも問題なんだけどね?


一「ねぇ、言いたいことあるなら言えばいいんじゃないかな?」

京太郎「何もありません」


……悲しいけど、面を向いて否定できないんだけどね。

くそぅ。

こういう時、優柔不断な我が身が悔やむ。

見えそうです。

その一言を言うには、それなりの覚悟が必要なり。






706 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/31(木) 01:14:46.74 ID:QyLVB1YEo [12/47]
【8月20日:昼】


純「おーい須賀ー、ちょっと付き合ってくれねーか?」

京太郎「純さん、何かあったんすか?」


俺が龍門渕の中で最も気安い異性。

それを聞かれれば、真っ先に出てくるのが純さんだ。

何処か軽い雰囲気。

だけど見るべきところを見る注意力。

全てを以って、かっこいい人。

そんな評価を出せる人だ。

純さんの付き合い。

それは予想してみたとおり、ちょっとした食べ歩きの付き添いだった。

男の俺ほどではないけど、純さんは結構食べる。

こうして暇があれば何処かに出かけて散歩したりしつつ何かを巡っている感じだ。

まぁ、一人で、というのは寂しいだろう。

何かを食べるにしても一人というのは悲しい。

そんなこんなで、俺と純さんは街に出る。

適当にバーガーでも齧ったり、そういうジャンクな食い物探し。

これが意外と楽しいのである。

B級グルメというのはちょっとした楽しみとして笑える料理だ。

そんなことを思っていると、「お」という純さんの声。

純さんの視線の方角へと顔を向ければ、たこ焼きの屋台があった。


京太郎「行きます?」

純「行っちまうか?」


口を揃えて、足は屋台へ。

食べるためのスペースもあり、中々に気が利いてる感じだ。

ふと目を向ければ、先客が居る。

………学ラン?


純「お?」

セーラ「ん?」


ふと、純さんと学ランの人の視線が合う。

見詰め合うこと、数秒。

互いが面白いくらいに反応していた。


純「お前、千里山の江口か!」

セーラ「龍門渕!?」





730 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/31(木) 01:40:03.83 ID:QyLVB1YEo [16/47]



揃って反応。

俺は千里山、という純さんの言葉を聞いて脳裏に思い浮かぶ。

千里山。

全国2位の結果を残した、大阪の強豪。

去年先鋒だった江口選手と同じ先鋒の純さん。

もしかすると、接点でもあったのだろうか。

俺がそう思っていると、江口さんが口を開いた。


セーラ「ええと……龍門渕の井上やったな」

純「お、県予選敗退の選手を覚えてたか」

セーラ「うちの監督が龍門渕を警戒しとったからな」


ま、清澄ってとこが代表やけど。

そう鼻先を触る江口さん。

なんというか、勝気。

そんな印象を第一に受ける。

純さんは純さんで「ほっとけ」と苦虫を潰したような顔で言って苦笑している。

江口さんが、ふと俺を見た。

なんというか、マジマジと見られるとどうにも恥ずかしい。


セーラ「ん、ほなな」


目が合ったのは数秒。

そそくさと立ち去っていく江口さん。

俺と純さん。

揃って顔を見合わせ、首を捻っていた。

はて、何でか知らないが逃げられた気分だぞ?






731 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/31(木) 01:42:21.94 ID:QyLVB1YEo [17/47]
【8月20日:夜】


夜の東京。

多くの歌にも歌われる街並みは日々変化している。

ホテルの上階に泊まる俺たち。

ふと窓の外に視線を向ければ、街の光が長野で見る夜空みたいに広がっていた。


透華「あら須賀さん、何か珍しいものでもありまして?」

京太郎「いえ、何も」


不意に声が聞こえる。

振り返れば、一人優雅にティーカップを傾ける透華さんの姿がある。

寝具姿に肩掛け。

そのまま足を組む様は何処か浮世めいたものを感じる。

いや、事実、それは間違いじゃない。

この人、透華さんも、その従姉妹の衣さんも。

何処か枠をずれたような不思議な魅力がある。

こういうのをなんというのか。

それを表現する力が微妙に足りてないことに俺は悩んでいると、透華さんが声を上げた。


透華「65点……というところですわね」

京太郎「よ、ようやく赤点回避ですか…」

透華「ハギヨシを100点としての65点、十分成長しておりますわ」


そう。

今俺は、紅茶を淹れていたのだ。

その評価。

それを透華さんが担当している。

こうして週に1~2回の割合で、俺が茶を淹れる機会がある。

紅茶、コーヒー、緑茶、ハーブティー。

それぞれの扱いも学ぶ最中、ということだ。


透華「もう一杯、戴けます?」

京太郎「はい!」


オーダー。

俺はそれに受け答え、声を張る。

どうせなら師匠に並ぶくらい、技術を高めたいものだ。





797 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/31(木) 21:41:32.01 ID:QyLVB1YEo [24/47]
【8月21日:朝】




本日、準決勝開催日。

姫松、清澄、臨海、有珠山。

それぞれのベスト8校が決勝行きをかけて戦う日だ。

そんな中、俺は背中にリュックを手に一人前を行く沢村さんの後を追っていた。


京太郎「今日の相手の、譜面ですか?」

智紀「そう」


俺はリュックの中身。

数百枚はある譜面を指して会話を挟む。

智紀さんが纏めた各高校の特色的な打牌を纏めたものだ。

清澄で例えれば、優希の東場の爆発力。

竹井部長の悪待ち。

そして咲の嶺上開花とか。

それを見ればその選手の特徴が分かる、というものだ。

智紀さんは別に清澄に肩を入れてるわけじゃない。

来年。

当然のように龍門渕が全国を制するためのデータ。

そのつもりで取っているだろう。

まぁ、こっそりと差し入れみたいにデータを渡してたりもするのだけれど。


京太郎「でも、纏まりきらなかった……ですか」

智紀「有珠山は情報が少なすぎる、臨海は世界大会の譜面だけじゃ薄すぎる、姫松はデータで通じる部分は少ない」

京太郎「確かに……」


姫松の愛宕のお姉さん。

あの人は無能力者らしい。

だが、それでもあの打ち筋だ。

振り込むであろう牌を握っても、ノータイムでそれを回避。

いわゆる、場の空気を読む。

純さんがさらに鋭くなったような選手だ。

だから、それを防ぐことは出来ない。

能力という固有の、確定した力じゃない。

所謂、センスという奴だからだ。

直感とかを含むようなセンスは、数値化できないだろう。


智紀「試合中にそれを掴むから」


まぁ、それがこの人の負けず嫌いの部分を刺激してしまったのだけれど。






839 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/31(木) 22:06:28.17 ID:QyLVB1YEo [29/47]
【8月21日:昼】



京太郎「先輩、飲み物仕入れてきます」

智紀「うん、お任せ」


凄い勢いでタイピングする沢村さんを横目に、俺は大ホールから出る。

今は中堅戦の最中。

結果はまだ分からない、というのが正直な部分だ。

いや、負けると思ってない。

清澄が強い。

それは龍門渕の全員が知っていることだ。

でも、舞台が全国。

その威圧感。

いや、正確に言えば、慣れないステージでの試合。

それがどれだけの影響を及ぼすか、だ。

全中に参加した原村を除けば、皆初参加なのだから。


一「あれ、何深刻な顔してるのさ?」

京太郎「うぉう!?く、国広さん!?」

一「や、須賀君」


背中に衝撃。

振り返れば俺の背中を叩いたであろう手をぷらぷらとする国広さんが居た。

片手には飲み物。

俺と同じく、買出しにでも着てたのだろう。

取れた席の関係か、微妙に離れ離れになっているのが現実だ。


一「しかし、面白い感じだね試合」

京太郎「です、ね」

一「清澄の部長さんが後ろにどう繋ぐか、今が分水だね」


何処か鋭い目で、そう呟く。

それは俺も分かる。

清澄は大きく後半で仕掛けれるだけの選手を副将と大将に据えている。

どう繋がるか、その形が重要だろう。

まぁ、とからからと国広さんは笑う。

心配なんてしてない、という顔のままで。


一「大丈夫、勝つよ。僕たちを倒したんだから」

京太郎「……はい!」





872 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/31(木) 22:35:27.94 ID:QyLVB1YEo [33/47]
【8月21日:夜】



透華「まっ!清澄が勝つのは当然でしたわね!!」

一「透華、途中はハラハラして見てたのにねー」

智紀「データはそれなりに集まった」


女3人寄れば姦しい。

その言葉は実に正しいものだ。

そう俺は実感している。

清澄高校は決勝へと駒を進めた。

その結果の報告会、というような名目のお茶会だ。

純さんと衣さんは清澄のところに行ってるらしく、こんなメンバーということだ。

俺は追加のお茶を淹れつつ、耳を傾ける。

聞こえる会話は以下の通りだ。

透華さんは原村和ならあの結果は~うんぬんかんぬん。

国広さんはやっぱり副将から動いたね~うんぬんかんぬん。

沢村さんはデータを入力しながら検証をしている。

しかし、なんというか。

言い争い、というよりは主張のぶつかり合いが始まりそうな雰囲気だ。

俺がそれに冷や汗を掻いていると、「「須賀君(さん)!!」」と声が重なった。


透華「今回のMVP、それは当然原村和ですわよね!?」

一「いーや!その二人に繋げる場を作った部長さんだね!!」

京太郎「ちょ、俺に振るんですか!?」


二人揃ってそう聞いてくる。

下手な答えは許さない、という空気がそこにある。

いやいやいや、俺からすれば正直全員凄かった(小並感)

この一言で会話が終わってしまう自信があるぞ?

しかし、そんな答えを口にしようものならどうなるか。

俺は二人の荒ぶる視線を受け、助けを求めるように。

沢村さんを見た。


智紀「………データ上では、宮永咲の動きが一番重要」

京太郎「みたいっす」

二人「「データを読むんじゃなくて自分の意見で言ってよ!(言いなさい!)」」

京太郎「いやだって沢村さんのデータは嘘つきませんもんー!?」

智紀「そういう風に纏めてるからね」






917 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/31(木) 23:09:37.74 ID:QyLVB1YEo [37/47]
【8月22日:朝】



じゃらり。

その音が鳴るたびに、目はそれに向く。

太い革のバンド。

丈夫そうな鍵。

それは手を封じる枷だ。

国広さんが着けるそれ。

最初見た時はドン引きしたが、その事情を知る今ではそうは言えない。

透華さんとの絆。

それを可視化したら、それになる。

俺は常にそう思っている。

……それでも、やっぱり拘束具ってのはどうかとも思うんだけど。


一「須賀君はそう思うの?」

京太郎「ま、まぁ……普通は、ですが」

一「確かに視線は感じるけどね」


じゃあせめて人目あるところでは外してください。

それを言いたい。

実に言いたい。

俺の無言の訴え。

それはクリアされたのか、仕方が無いなぁ、と国広さんが呟く。

手をポケットに突っ込み、はい、と出す。

小さい、鍵。

上げるよ、と国広さんが俺へと言った。


一「僕の拘束の鍵、君に渡しておくね」

京太郎「……あの、いいんすか?」

一「信用から信頼になってるからね、京太郎」


呼び方をそう変えて、国広さんが笑む。

なんというか、こそばゆい。

そんな感じがある。

えーと。

俺は言葉に悩む。

それを見越してか、「ん」と、後ろ手を差し出す国広さん。

悪戯めいた、笑みを浮かべていた。



一「一でいいよ、呼び方。これから長い付き合いになるんだしね」




  • 一君従順マックスおめでとー

959 名前: ◆VB1fdkUTPA[saga] 投稿日:2013/01/31(木) 23:31:20.94 ID:QyLVB1YEo [42/47]
【8月22日:昼】


京太郎「沢村さーん、お昼持ってきましたよー」

智紀「ちょっと、待って」


時刻はただいまお昼時。

……そう言うには一時間ほど遅かった。

昼時に現れなかった沢村さんのために、俺はお盆に載った食事を運んできている。

部屋の中から物音が聞こえる。

そこまで騒がしさはない。

散らかってる、ということは無いだろう。

そう思っているとドアが開く。

見れば、眼鏡がちょっとずれていた。


京太郎「お疲れさまっす」

智紀「こっちも、ごめん。時間かかって」


聞けば、データ保存している最中だったらしい。

手を離せなかったのは作業を終わらせてしまおうとしたから。

なんというか、ワーカーホリックみたいだ。

正直、ハギヨシさんを除けば龍門渕で一番仕事しているのは沢村さんじゃないだろうか?


京太郎「何してたんですか?」

智紀「記録の譜面と、録画した試合映像の刷り合わせ」

京太郎「そ、それはまた……」


やばい。

その作業量。

想像するだけで絶句もんだぞ、正直。

そんな俺の様子に首を傾げる沢村さん。

……そうだった。

この人は、一つに熱中すると余裕で10時間とか越える集中力の持ち主だった。

訂正しよう。

この龍門渕で、一番精神的に安定している人。

それは絶対に、沢村さんだと。