http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1391352993



はぁ…咲さん咲さん咲さん…
文学少女な咲さん可愛いです魔王な咲さん可愛いですおしっこ漏れそうな咲さん可愛いです
シュルシュルキュピンなストレートヘアも、小動物みたいなクリクリした瞳も、私でも包めそうな赤ちゃんみたいな小顔も
全部全部可愛くて…あぁ、もう食べちゃいたいくらい
なんでこんな可愛い子が普通に歩いているんですか
こんなに可愛い咲さんを見たら誰だって好きになっちゃいますよ
やっぱり私のお部屋に監禁して一杯可愛がって…いや、それは流石にダメですね


咲「ん?どうかした?」

和「あ、いえ…なんでもありません」

咲「そう?」

ふふ…本当は咲さんの顔に見とれていたんですけど
でも、それは流石に言えないですよね
だって、私達はまだ『まだ』【 ま    だ  】お友達ですし
これからはどうなるか分からないですけど、今はごくごく普通のお友達ですし
まぁ、咲さんにとって一番の親友は私ですけどね、えぇ、間違いなく


咲「あ、でも、もし何か悩み事があるなら言ってね?」


ズッキューン
あぁ、私の事を気にかけてくれるなんて咲さんってばもうマジ天使
可愛い…あぁ、その心配する顔を頬ずりしたい…
おもいっきり私の匂いをマーキングして…私の咲さんだってすぐに分かるように


咲「…あ、京ちゃん」

京太郎「おう。咲。今日も和と一緒に登校か?」


…出ましたね、お邪魔虫
何いきなり天使な咲さんに話しかけてるんですか
咲さん穢れるんで止めてもらえませんか?
と言うか近寄って来ないでください
咲さんが男臭くなっちゃうじゃないですか!!


咲「京ちゃんも一緒に行く?」


え…やめてくださいよ、咲さん
幾ら優しい咲さんでも言って良い事と悪い事がありますよ
そんなのどう考えてもダメに決まってるじゃないですか
こんなケダモノと一緒に登校なんて…ぜ、絶対、襲われちゃいますって!


京太郎「いや、悪い。実は俺、部長に頼まれてる事あってさ」

咲「…そうなんだ…」


あ゛?
何、咲さんの事悲しませてるんですか
ふざけるのはその存在だけにしてください
そこは咲さんの誘いに乗ってあげるべきでしょう
それが出来ないならあなたに存在価値なんて無いんで死んでください
出来るだけ惨めに血をまき散らしながら死んでいってください


京太郎「あ…それで和に頼みがあるんだけど」

和「…なんですか?」


正直、光速で断りたい気分ですが、そんな事をしたら咲さんがもっと悲しみます
本当は反吐が出るくらい嫌いなのに当たり障りなく反応をしなければいけないなんて
視界に入れるだけでも…本当は嫌なくらいです
まったく…なんでこんな男が世の中に存在しているんでしょう
世の中が咲さんだけならきっと素晴らしい世界になるのに


京太郎「今日の放課後さ、時間作ってくれないか?」

和「分かりました」


それってつまり咲さんを待たせろって事ですか
何言ってるんでしょうこの存在自体が無駄生物は
咲さんの前でなければ一瞬で断ってやるのに…くぅ…


京太郎「そ、そっか。ありがとうな」


…はぁ、何を勘違いしてるんでしょう、この類人猿
なんでちょっと優しくしただけで顔を赤らめてるんですかね
手なんてパタパタ振って落ち着きなくして…可愛いとでも思ってるんでしょうか
悪いけど、滑稽なだけですよ、それも吐き気を催すくらいに


京太郎「じゃ、じゃあ、また部活でな!」

咲「…うん。またね………京ちゃん最近、忙しそうだよね」

和「そうですね」


ぶっちゃけあんな男に興味ないんでどうでも良いです
出来れば過労死するまでこき使ってもらいたいくらいですけど
なんでか知らないですけどやけに献身的ですしね、あの金髪不良男は
多分、咲さんに良い顔をしようとしてるんでしょう
まったく…あんな浅ましい男が咲さんの幼馴染だなんて
咲さんの唯一無二の関係である幼馴染に相応しいのは私なのに…!


咲「…どうしたら京ちゃんのお仕事代わってあげられるかな…」


…あぁ、またこの目ですか
どうしてそんな目であの男の事を語るんですか
あんな男にそんな価値なんてないのに
人の胸ジロジロ見てくる最低のクズ野郎なのに
なんで…咲さんはそんな…私よりもあいつの事を想って… ――


和「…大丈夫ですよ、彼は男ですから」

咲「でも…」


えぇ、あの男は所詮、馬車馬のように働くのがお似合いなんです
そしてそのまま過労死するまで働き続けてひっそりと社会から消えていってくれるのが一番です
咲さんが気にする事はありません
それよりも咲さんはもっと女の子のことを考えるべきです
具体的には今、隣にいる世界で一番、咲さんの事を愛している女の子の事とか


和「それよりほら、早くしないと学校に遅れますよ」

咲「あっ…」


ふひひひっ勢いに任せて咲さんの手を握ってしまいました
あぁ…やっぱり咲さんの手プニプニで可愛いです…
まるで子どもみたいに体温高くて…ふあぁ…♪
もうこれだけでゴハン三杯は硬いですね!
夜の方も今日はこれだけでオッケーです
手一つでこんなにも私の事を満たしてくれるなんて…やっぱり咲さんは最高ですね!!


咲「ちょ、待ってよ、和ちゃん!」


ふふふ…必死に私に追いつこうとする咲さん可愛い
でも、大丈夫ですよ、転んだらちゃんと傷口prprしてあげますからね
咲さんの血は私の中で永遠に私のモノとして生きていくんです
あぁ、なんて素晴らしい…これこそ真の愛ですよね
あんな男には、決してこんな愛し方は出来ません
だから…


………
……






【放課後部室】

京太郎「…好きだ!付き合ってくれ!」

和「…はい?」


いきなり何を言ってるんでしょうこの類人猿は
バカ過ぎて言葉を忘れてしまったんでしょうか
好きだとかそういう単語は猿が使っていい言葉ではないんですよ
例え猿マネでも不愉快です、撤回してください


和「…本当…ですか?」

京太郎「あ、当たり前だ!そうじゃなきゃ…告白なんてするもんか」


何を心外そうに言ってるんですか
所詮、男の好きなんて性欲混じりのものでしょうに
そんなものが好きだなんてちゃんちゃらおかしいです
私が咲さんに向けるものはもっとピュアで綺麗なものなんですから


京太郎「それで…あの…」


しかし…どうしましょう
このクズを振るのは簡単です
と言うか意識しないと即座に振る言葉が出てきそうなくらいですし
だけど、それに従ってしまうと…この男はきっと咲さんへと近寄るでしょう
優しい咲さんがそうやって悲しんでいる人を見過ごせないって知っているから…
その弱味に漬け込んでこのケダモノはあんな事やこんな事をするつもりなのです


和「…許せない」

京太郎「え?」

和「あ、いえ、なんでもありません」

悲しい事に…えぇ、世の不条理を嘆きたくなるくらい悲しい事に咲さんはこの男の事を強く気にかけています
このクズが強引に迫れば、嫌だと思いながらもきっと断る事は出来ないでしょう
そうなると咲さんが穢されてしまいます
百合の花がポトリと堕ちて次にはピロートークのシーンが入っちゃいます


―― …とは言え、ここで告白を受け入れるなんて吐き気がします


何か当たり障りない方法はないでしょうか…
せめて何かやり方でもあれば…ハッいや…待ってください
とりあえず今ここで頷いて恋人同士になってから、咲さんに相談するのはどうでしょう?
無理矢理キスされてレイプされそうになったって咲さんに言うのです
そうしたらきっと咲さんは同じ女である私に同情してくれるでしょう
そして私が咲さんに綺麗にしてくださいって言って、咲さんもそれに応じてくれて…うへへへ
此処から先は良い子には見せられませんね…


京太郎「それで…返事はなしでも…」

和「良いですよ」

京太郎「え?」


何意外な顔をしてるんですか
自分から告白してきたくせに…なんて失礼な
せめて勝算くらい作ってから告白してくださいよ
ま、その程度の頭すらないんでしょうけど


京太郎「ほ、本当か!?」

和「えぇ。よろしくお願いします」


所詮は当て馬の役目ですけどね
まぁ、それでも私の為に働けるんだからこのケダモノには幸せでしょう
その後社会的に死ぬ事になるかもしれませんけど、私は知りません
精々、私と咲さんの未来の為に滑稽に踊ってください


京太郎「じゃあ、今月末空いてるか?」

和「今月末ですか?」


その辺りは咲さんと一緒に遊ぶ予定が入っています
いや、まだその認識を咲さんを共有してはいませんがそれでも私の中では確定した未来です
それを揺るがせる事は神様だって出来ません…本来なら


和「…大丈夫ですよ」


だけど、この男をとっとと社会的に抹殺する為には早い方が良いです
と言うか男と恋人同士ってだけで吐き気を怖気が湧いてくるくらいですし
早く咲さんに清めてもらう為にも頷いておくべきでしょう


京太郎「じゃあ…遊園地行かないか?実はペアチケットもらってさ」


…ただのデートじゃなくて遊園地デート…ですって
どれだけ準備が良いんですか…気持ち悪いくらいですよ
と言うかそれ私が断ったらどうするつもりだったんですかアナタ
もしかして傷心旅行と称して咲さんを…やっぱりこの男は咲さんに近づけてはいけない人種です


和「はい。お付き合いさせて貰いますね」

京太郎「~~~っ!」


…何震えるくらい嬉しそうな顔してるんですか
普段のバカ面がもっとバカに見えますよ
いや、バカは所詮、バカでしたか
だってもう今にも叫びだしそうになってますしね
あぁ…やだ、こんな下らない男とデートなんて
でも…少しだけ…ほんのすこしだけ我慢すれば… ――





【遊園地デート】

京太郎「どう…かな?」

和「楽しいですよ」


遊園地に来たのなんて久しぶりだったんですけど…案外おもしろいものですね
あ、勿論、そこのクズは一切、関係ありません
と言うかこの男が一緒でなければ、もっと楽しかったはずなのに
咲さんと一緒と言わずともゆーきと一緒なら…


京太郎「そっか。楽しんでもらえたようで何よりだよ。っと、はい」

和「ありがとうございます」


…で、ここで飲み物ですか
変なものとか入ってないですよね…媚薬とか睡眠薬とか
男はケダモノだから警戒しなさいと父も言っていましたし…
でも、もらったのに何も口をつけないのは不自然ですし…飲んだフリだけしておきましょう


京太郎「でも、もうアトラクションはほとんど制覇したな」

和「そうですね…」


まぁ、私が絶叫系とかホラー系に入れない所為なんですけど
…仕方ないじゃないですか、怖いものは怖いです
それでも咲さんが一緒なら役得目当てで頑張りますけど…
隣にいるのがこのケダモノなんですから気を緩められません



京太郎「今日は付き合ってくれてありがとな」

和「…お礼を言われるような事ではありません」


はなはだ不本意な事ではありますが、私と彼の利害が一致しただけですから
お礼を言われるような事ではありません
それにすぐにそういう事を言えない立場になるんですから


京太郎「そうだけど…まぁ、和は俺に興味ないと想ってたし」

和「それは…」


まぁ、まったく興味がなかった訳ではありません
私にとってこの何の取り柄もないバカは興味の対象です
ただ、それは明らかにマイナス方向へと振りきったものですけれど
咲さんの優しさに漬け込んで周りをうろちょろする害虫みたいなものですし


京太郎「だから…本当はさ、すげー失礼だけど…振られるつもりで告白したんだ」

和「…本当に失礼ですね」


そうやって自己の感情を整理する行為は分かります
だけど、そんな自己満足に付き合わされたと思うとそれだけで怖気を…うぅ
まるで性欲のはけ口にされてるみたいですよ…気分が悪い




京太郎「ごめんな。まぁ…そういう訳で…嫌なら嫌で振ってくれても良いんだぞ」

和「…どうしてそういう事言うんですか」


私だって本当はそうしたいです
だけど、それが出来ないからこうして付き合っているんじゃないですか
まったく…本当に察しが悪い男


京太郎「だって、和全然楽しそうじゃないしな」

和「…そんな事ないですよ」


…と思ったらちゃんと人の顔は見えているんですね
でも、そこまで分かってるのにどうして死んでくれないんでしょう
私がこの害虫に望むのはそれだけだって分からないんでしょうか?


京太郎「ま、俺の考えすぎなら良いんだけどな…」

和「えぇ。考えすぎです」


個人的にはその理由まで考えて欲しいところですけど
でも、この男にそれだけの知能があるとは到底思えませんし
今日も人の胸をジロジロと見ていましたしね
そんな猿に会話しようとしても無駄です
ただ粛々とすりつぶしていけば… ―― 



ピンポンパンポーン


京太郎「あ、そろそろパレードが始まるな」

和「…みたいですね」

京太郎「折角だし見に行くか?アトラクションもほとんど乗り切ったしさ」

和「えぇ」


まぁ、どんなパレードかは知りませんけど
でも、この男とこうしてベンチに二人で座っているよりは有意義なはずです
どんなものでも思考や気分を紛らわせるだけの意味はあるんだってそう思わせて貰えますし


和「…わぁ」


ってエトペンのパレートじゃないですか
わぁ…可愛い…ちょこちょこ歩いてる…
やっぱりエトペンって素敵…咲さんほどじゃないけれど
周りも一杯キャラに囲まれて…とっても幸せそう


京太郎「…追いかけるか?」


あ、勝ち誇った顔をしてる…
多分…これが見せたくてこの遊園地を選んだんでしょう
いや…まぁ、確かに嬉しかったですけどね
サプライズにもなりましたし…


和「えぇ」


でも、ソレ以上に悔しいです
こんな男にしてやられたなんて…でも、あんなに大きいエトペンが見れたのは嬉しくて…
むぅ…なんですか、この気持ち…
私をこんな風にするなんて生意気な…


京太郎「よし。んじゃ行こうぜ」

和「はい」


ですけど…まぁ、エトペンに罪はないですしね
パレードそのものも思ったより豪華で気合の入ったものですし
出来れば最初から最後まで見てみたい…なんて
でも、それだとこの男と一緒の時間も増えるんですよね…


京太郎「…どうした?」


…でもサプライズパレードには変えられませんし…
それに手すら握ってこない訳ですから
怯えているのか、或いは慎重なのかは分からないですけど…
まぁ、でも、一緒にパレードを見るのに邪魔でない事は確かです
パレードが終わるまでの時間くらいまでは一緒にいても良いかもしれません
ま、どうせ遊園地の入り口で解散の予定ですし…それくらい先延ばしになっても… ――



………
……



【三ヶ月後】

…おかしいです
なんで三ヶ月経ってもキスどころか手を握っても来ないんですか
いや、別にそれをされたい訳じゃないですけど…でも、そういうのなかったら別れられないじゃないですか…
まったく…とっととあの男を排除して咲さんと幸せになる計画が…

―― せめて既成事実さえあれば社会的に抹殺出来るんですけど

父の力を借りれば合法的にそれが可能です
ついでに塀の向こうへと送り込む事が出来るかもしれません
その事が楽しみでずぅっと我慢してるのに何の手出しもしてこないなんて…あの男はヘタレか何かですか…


和「…はぁ、なんでキスしてくれないんでしょう…」

咲「えっ」

優希「えっ」

久「えっ」

まこ「えっ」

和「……えっ?」


あれ…もしかして私、口に出していました?
え、ち、違うんです、それはそういう意味じゃなくて…
って部長も囃し立てないでください!
咲さんもそんな泣きそうな目で見ないで…違うんです私は穢れた訳じゃ…
心はまだ咲さんのものですし、それに…あんな男の事なんて大っ嫌いなんですから


久「じゃあ、今日は部活を中止して和が須賀くんをどうやって誘惑するかを考えるわよ」


ちょっ!ま、待ってください!そんなの必要ないですから!
それよりも咲さんを誘惑する方法を考えてくださいよ!
タラシだって噂の部長なら何とか出来るでしょう!
…あ、いや、やっぱり今のなしで
部長でも頭の中で咲さんに迫られる事思うと我慢出来ません
部長も部長で油断出来ないタイプですしね…




久「それでね、キスの時は…」


へ、へー…そういう風にするんですか
いや、まったく興味ありませんけど…そういうのって二人で高めていくものだと思いますし?
腰砕けにしてもほら、何の意味もありませんし?
だけど…後学の為に聞いておくのも良いですね
えぇ、もしかしたら階段で転びそうになった咲さんを支えようとしてキスするシチュエーションがあるかもしれませんし
…え?そんな確率なんてほとんどないって?
例え那由多の彼方でも、存在するなら私には十分すぎます


咲「……」チラッ


ってはぅぅう!?
咲さんが私の事を見てます…!
チラチラッって部長の話を聞きながら横目でなんて…
これは絶対に誘ってますね…えぇ。誘惑してます
そんないけない子は脳裏でちゅっちゅの刑ですよ、うへへへ…


京太郎「ただいまー」

久「おかえりなさい、色男さん」

京太郎「いきなりなんっすか…」


ってなんでこのタイミングで帰ってくるんですか…
お陰で皆ニヤニヤしていますし…咲さんは悲しそうな顔をしてますし・・
うぅ…これも全部、このクズの所為です
やっぱり早くこの男を抹消しないと…!



【半年後】

和「…はぁ」

京太郎「どうした?」

和「何でもありませんよ」


結局、手を繋ぐだけで半年ですか
普通の子ならどう考えてもぶちきれてますよこれ
私は別に須賀君の事なんて好きじゃないから良いんですけどね
須賀くんに付き合っている所為で貴重な時間が無駄になってますけど…まぁ、正直慣れましたし


和「あ、来週は咲さんとお出かけしますから」

京太郎「そっか。楽しんできてな」

和「はい」


まぁ何処に行くかはまだ決まってませんけどね
でも、何処だって須賀君と手を繋いで下校するよりは楽しいはずです
最近は咲さんの方が気を遣って一緒に下校してくれなくなりましたしね
咲さん成分が不足してるんで一杯、補給してこないと


京太郎「んじゃ俺は雀荘でも行って練習するかな」

和「…また染谷部長のトコロですか」

京太郎「あぁ、この辺りじゃやっぱりあそこが一番良心的だし」


…いや、別に良いんですけどね
でも、最近、入り浸り過ぎじゃないですか?
勿論、須賀君が麻雀の事を真剣に考えてるっていうのは知ってますけれど
けれど、私と会えない週末ほとんど染谷部長のところってのはちょっとどうなんです?


和「…そうですか」

京太郎「ん?」


やっぱりここらで一度、しっかり言っておくべきでしょうか…
いや、それよりももうちょっと須賀君と一緒に麻雀する時間を作るべきなのかもしれません
とは言え、私が予定入っている日はいかんともしがたいですし…
…そうですね、咲さんと出かけるついでに須賀君の教本を買ってくるのも良いかもしれませんね
咲さんも須賀君のためならって言えば喜んで付き合ってくれるでしょうし


京太郎「あの…和。もしかして…もしかしてだけどさ」

和「え?」

京太郎「嫉妬してくれてる…?」

和「ふぇ?」


………は?
何を言ってるんでしょう須賀君は
そんな事ある訳ないじゃないですか、まったく
私にとって須賀君はただの邪魔者なんですよ?
こうして側に置いてるのだって、目的が達成さえていないからなんですから
そもそもそんな嫉妬めいた感情を向けるほど私が心を許しているなんて咲さんだけです


和「な、ななななななな何を言ってるんですか!!そんなオカルトありえましぇん!」


えぇ
あり得るはずがないんです
確かに…まぁ、最近、色々あって見直しましたけど
この前、ゲームセンターで絡まれた時に助けてもらったのは格好良く見えなくもない事もなかった気がしますけど
でも、だからって私が須賀君と染谷部長に嫉妬してるなんてオカルトどころかデマゴーグも良いトコロです


京太郎「そ、そっか。そうだよな」

和「そ、そうですよ…まったく…」


…で、なんでそんな顔にやけてるんですか
2828って…あぁ、もう気持ち悪い
そういう顔するから須賀君なんて嫌いです
違うって言ってるのに絶対信じてなくて…もう嫌いったら嫌いです


京太郎「…ごめん。俺、今、すげー嬉しくて…バカみたいな顔してる…」


その点には心から同意しますよ
まるであてもなく金脈掘り続けて、ようやく掘り当てた人みたいな…信じられない顔をして
夢みたいな目で明後日の方向見つめてるんですから
しかも、頬を赤く染めて…どれだけ嬉しがってるんですか…
やっぱり須賀君はバカですね、大馬鹿です


京太郎「その…アレだその…」

和「…えぇ、アレですね」


アレだなんて言われて分かるはずないでしょうに
私と須賀君は別に長年連れ添った夫婦でもなんでもないんですよ?
ようやく出会って一年弱ってレベルなんですから
それなのにアレだなんて言われて正確に意味を理解出来るはずないでしょう
…ま、少しだけ指先に力が入ったのが分かりますけれどね
足の速度も緩めて…もうちょっと一緒に居たいんでしょう
…ま、良いですけどね、私もちょっと疲れていますし
仕方ないから…付き合ってあげますよ


【ニ年後】

京太郎「うぅあー…」

和「…はぁ、またですか」

京太郎「…ごめんな」


一々、ごめんとか言わなくても良いんですよ
まぁ、確かに咲さんとの時間を割いてここにいる訳ですけどね
でも、須賀君がちゃんと大学に入れないと咲さんだって心配するじゃないですか
だから、仕方なくですよ、仕方なく


和「・・まぁ、ちょっと休憩しましょうか」


あんまり詰め込んでも意味ないですし
糖分補給でもしたら気分も紛れるでしょう
丁度…えぇ、丁度、気まぐれで昨日、焼いたお茶菓子がありますし
須賀君の好きな紅茶と一緒に出してみますか


京太郎「…ありがとうな」

和「どういたしまして」


ま、このくらいでやる気を出してくれるなら安いものですよ
焼き菓子なんて準備さえしていれば大量に作れますし
それに須賀君の紅茶好きは私が教えたものなんで…嗜好は一致してますから
自分の分を淹れるついでだと思えばあまり苦ではありません


京太郎「あ、そう言えば…これお弁当。今日も美味しかったよ」

和「それなら良かったです」


そのお弁当もあくまで自分の分のついでです
本当は咲さんに出したかったんですけど…咲さんは自分の分はちゃんと作ってきていますし
その半面、須賀君はズボラで、学食ばっかりでしたからね
そうなると自然自分の好きなモノを食べるんで栄養が偏りますし
それで倒れてもらうと他のだれでもない咲さんが悲しむんですよ


京太郎「しかし、和は本当、凄いよな」

和「…何がですか?」


…いきなり何を言い出すんですか
まぁ、須賀君よりも私の方が咲さんに相応しいでしょうね
私は今も咲さんに相応しい女になれるように努力してるんですから
私の夢は未だに咲さんのお嫁さんであり、その夢に向かって邁進し続けているのです


京太郎「家事万能で成績優秀、気立ても良いし…」


当然です
だって、私の理想は咲さんが外で麻雀で稼いできて、私が家を護る事なんですから
まさに完璧で隙のないその未来を実現する為には、それら全ては必要な要素です
そのためにはどんな努力だって惜しみません


京太郎「その上、美人だしな」

和「…おだてたって何も出ませんよ」


須賀君はそのための実験台です
どれだけ料理を作ってもそれを食べてくれる人がいなければ意味ありませんから
その点、毎日、お弁当の細かく感想を言ってくれる彼はとても有難い存在です
今では彼の嗜好に合わせて料理をつくる事も容易いですけど…それでもそうやって聞かされるのはモチベーションになるんですから


和「…ほら、良いですから…とにかく食べてください」

京太郎「はは」

和「…まったく」


なんで笑ってるんですか?
別に…私の頬は赤くなんかなってないですよ
赤くなっているようにみえるのはただの錯覚です
光の加減とか暖房の入れすぎとかそういうので赤くなってるだけですから
そんな風に幸せそうに笑わないでくださいよ…もう
見てるこっちが恥ずかしくなるじゃないですか


京太郎「さて…それじゃ可愛い和の為にも頑張りますか…!」

和「…えぇ。頑張ってください」


須賀君が私と同じ大学に来てくれないと私も困るんです
だって、須賀くんを一人にしてしまうと咲さんが襲われてしまうかもしれないんですから
いえ、かも、じゃなく、それは最早、確定した未来です
私と二年付き合っているうちに口も上手くなった彼は絶対に咲さんの事を狙うでしょう
それを防ぐ為にも私と遠くの大学に行くのが一番です

―― …だって、ついこの前もキスされましね

二年付き合ってようやく須賀君は私にキスしてくれ…いや、したのです
二年間色んな人にアドバイスもらってそれっぽいムードを作ってくれたのに…ようやく
けれど、私は呆然としてその証拠を掴むのを忘れてしまいました
結果、私はこうして須賀君と未だ付き合うしかなくって…本当は嫌なんですけれど…今もこうしているのです


京太郎「…和」

和「え…?ん…っ♥」チュッ

京太郎「へへ…もーらい」

和「も、もぉ…!」


今ではこんな風にちょっと隙を見せたらキスしてくるんですから
まったく…やっぱり男なんて性欲ばかりの生き物なんですね
こんな低俗な生き物を咲さんの側に置いておくなんて断じて出来ません
やっぱり私が責任を持って処分するべきでしょう
今も証拠の写真を取れなかったままですしね

―― …それに…まぁ、今の時期は咲さんもデリケートですし

こんな時期に幼馴染が強姦容疑で逮捕されたとなったら咲さんの人生も滅茶苦茶です
それを防ぐ為には私がこうして我慢し続けるしかありません
えぇ、こんな生活なんてもう真平ごめんですけれど…でも、しかたがないんです
咲さんの為を思うならばこれが一番正しい事なんですから


京太郎「…和、好きだぞ」

和「~~っ♪…知りません…!」


まったく…二年もキス出来なかったヘタレのくせに口だけは上手いんですから
…いっそその口を塞いでしまいましょうか
…奇遇な事に…いえ、奇妙な事に私の唇もなんとなくもの寂しいですし…
でも、紅茶やクッキーて気分でもないですから……まぁたまには仕返ししても良いんじゃないでしょうか


和「…須賀君」

京太郎「ん?どうした?」


……そう思って呼びかけてみた瞬間、恥ずかしさが沸き上がってくるのは何故なんでしょうか
いや、こうして向き合うとどうしてもキスする事を意識してしまうというかなんと言うか…
その…視線が自然と須賀君の唇に吸い寄せられてしまって…


和「……」


男の人の唇ってあんまりジロジロ見たことないですけど、須賀君のは綺麗ですよね
ツヤツヤして色づきも良いし、ちょっと美味しそうにも見えるくらいです
触れた時の柔らかで包まれる感覚はその…ちょっとだけ気持ち良いですし…
ドキってした瞬間、身体の中がトロォってしちゃって…


京太郎「…和?」

和「ハッ…い、いえ、なんでもないです…!」


わ、私何を考えているんでしょう…
男の人に自分からキスしようだなんて…
い、いえ、仕返しはまだ良いんです
アレは私の正当な報復であり、復讐であるのですから
でも、その後に私は…しようじゃなくしたいってそう思って…


和「お、思ってません!思ってませんからね!」

京太郎「お、おう…」


そうです
あんなのは気の迷い…何かの間違いに決まっています
私がキスしたいのは世の中でただ一人咲さんだけなんですから
私がちゃんと勉強を教えてあげなければ大学すら一緒に行けないような男の唇に心惹かれるなんてありえません
何かの陰謀に決まっています!!!!



【四年後】

京太郎「…ふぅ…」パチン

和「……」

京太郎「うぉあ!?」


…何驚いてるんですか
ただ、一応、関係上はギリギリ、恋人である私が部屋で待っていただけですよ?
それなのに驚くなんて…やっぱりやましい事があったんじゃないですか


京太郎「…電気もつけずに何をやってるんだよ和」

和「…別になんでもありません」


そもそも…こんな状況で電気なんてつけられる気になるはずないじゃないですか
女の人と一緒にお酒を飲みに行くだなんて…信じられません
そんなのは全部私とすれば良いじゃないですか
私はあんまりお酒が強いとは言えないですけど…でも、京太郎君がそれをしたいなら付き合うくらいはしますし


京太郎「あー…やっぱり怒ってる?」

和「…怒ってませんよ」


…怒ってる訳ないじゃないですか
そもそも私が京太郎君と付き合っているのは咲さんの為なんですよ?
それなのにここで怒ったりしたらまるで私が嫉妬しているみたいじゃないですか
だから、私はまったく怒ってません
怒ってるはずなんて欠片もないんです


京太郎「ごめん。どうしても先輩の誘いを断れなくってさ」

和「それはもう何度も聞きました」


分かってますよ、ゼミの集まりだって事くらい
でも…そのゼミの中には女の人もいるじゃないですか
いえ、それだけならともかくあの人目に見えて京太郎君を狙ってますよね?
私がいる前でも挑発するように彼にボディータッチしてきますし…


京太郎「…ごめん」

和「…はぁ」


…だから、怒っていないですってば
今までゼミの集まりを全部、断らせたのは嫌がる私の意思を尊重してくれているからだって分かっていますし
そもそも京太郎君はああいうキャピキャピしたタイプは好きではない事くらい知ってますから
だから…私はこの程度で怒ったり不安になったりしません
…そもそもそんな風に不安になる理由なんて何処にもないんですけれど


和「…ギュってしてください」

京太郎「え?」

和「…それで許しますから、ギュってしてください」


…でも、それを一々口で説明してもきっと信じては貰えないですよね
京太郎君の頭の中じゃ私が嫉妬してるってストーリーが出来上がっているみたいですし
それなら…えぇ、それなら…まぁ、今後の健全な付き合いの為にもそれに乗っかっていた方が良いでしょう
関係の改善に必要なのはお互いが意固地になる事ではなく、妥協点を探りあう事なんですから


京太郎「…ん」

和「ふあぁ…♪」


優しくてあったかい抱擁…
これはいけないものです
世の中に存在しちゃいけない代物です
だって、こうして抱きしめられるだけで何もかもが溶けていきそうなんですから
嫌な自分も…意固地な自分も何もかも消えて…ただの原村和になっていく…
こんな抱擁…咲さんには絶対渡せません…
こんなの咲さんが知ったら…絶対に虜になっちゃいますから
京太郎君抜きじゃ生きていけないようなダメな人にする訳にはいきません
だから…


和「…良いですか。京太郎君は私の恋人なんですよ?」

京太郎「あぁ」

和「…こういう事して良いのは私だけです。咲さんにも…勿論、ソレ以外の人にもしちゃいけません」

京太郎「分かってるよ」

和「…言っときますけどあの人はもっとダメですよ?」


勿論、あの人が京太郎君の好みじゃない事くらい知ってますけれどね
でも、京太郎君も男の人ですし…もしもって事がありうるかもしれません
だから…その為にもちゃんと釘は指しておかないと
人の恋人にも色目を使うような女の人に京太郎君は渡せません
私は別に京太郎君がどうなろうと知った事じゃないですけど…でも、それで彼が身を崩すと咲さんが心配しますから
何よりあんな貞操観念の緩い人に任せたらすぐに別れる事だって考えられる訳ですし
そうなったら私の管理下から放たれたケダモノが咲さんの身近に増えるのですから…私が身を持って彼を繋いでおかないと


京太郎「…大丈夫だよ、俺は和にゾッコンだからさ」

和「も、もお…誰もそんな事聞いてないですよ」


いきなり耳元でそんな風に囁くなんて卑怯です…
お陰で私の背中…ゾクゾクしちゃったじゃないですか
何処か気持ち良くって身体の奥が火照るような寒気…そんなの咲さんと一緒にいてもなかったのに
こんなに色んな事教えこむような人をやっぱり野放しにする訳にはいきません
大学でも…いえ、その先もしっかりと私が管理しておかないと




【六年後】


にしても…二人暮らしって色々と大変ですよね
やる事が単純に二倍に増えるって訳じゃないですけど…でも、やっぱり増加する訳ですし
何より洗濯が一人だった頃とは比べ物にならないほど大変になってしまいました
京太郎君のパンツとかが毎日洗濯カゴに出るなんて…そんなのてんご…いえ、地獄じゃないですか
しかも、匂いが染み付いているのが勿体な…いえ、臭くて私の服と一緒に洗えないくらいですし
お陰で洗濯をする度に毎日葛藤するくらいなんですから…ホント大変です


京太郎「ただいまー」

和「あ、おかえりなさい♪」


…でも、こうやって帰ってきた京太郎君を迎えるのはそんなに嫌いじゃないです
まるで新婚さんみたい…あ、いえ、勿論、相手は咲さんですけれど
京太郎君との結婚生活なんて考えただけでもゾクゾクとしちゃいます
…勿論、それは怖気であって、決して興奮とかじゃないです


和「あ、カバン受け取りますね」

京太郎「うん。何時もありがとうな」

和「いえ…京太郎君の方こそ何時もお疲れ様です」


大学ももう半分を過ぎてそろそろ就活の時期に入りました
そんな中、京太郎君は就活生としてあちこちを歩き回っています
今日もスーツ姿の彼はビシッと決まっていて…ちょっぴり…ほんのちょっとだけ格好良くなくもない気が…


京太郎「ん?」

和「な、なんでもないです…!」


…私って別にスーツフェチとかじゃなかったはずなんですけど…
なんで毎日、帰ってくる京太郎君に見惚れて…い、いえ、違います…
別に見惚れてなんかいません
アレはただ京太郎君がだらしないトコロがないかチェックしているだけです
一応恋人って立場ですし、だらしない姿をされると私も恥ずかしいからに決まってます


京太郎「あ、そうだ。和、例のところに就職決まったよ」

和「え?ほ、本当ですか!?」


嬉しい…!
やっと京太郎君の良さを分かってくれる企業がいたんですね…!
まったく…何処も京太郎君の真面目さを理解せずにお祈りばっかりで…
彼には沢山良いトコロがあるのに…本当に見る目が無いです
そんな企業ばっかりだから日本の景気が停滞しているんですよ、きっと
グローバルだって言う前にもっと国内の優秀な人材を発掘する事に力を向ければ、京太郎君の良さにも気づけたはずなのに
あ、いえ、あくまで一般論の…一般論の話ですけれどね


京太郎「あぁ…和が今日まで支えてくれたお陰だよ」

和「わ、私は何もやってませんよ」


…そもそもコネとは言え先に就職決まっちゃって正直気まずかったですし
お祈りされる度に落ち込む京太郎君の為に出来る事なんてあんまりなかったですから
精々が家事をやったりとかそのくらいで…頑張ったのは京太郎君自身です


京太郎「でも、俺、和が励ましてくれなかったらここまでやれたか分からないよ」

和「…そんな事はないですよ」


京太郎君は私が知る中で誰よりも努力家で立派な人なんですから
私が励ましたりしなくても立派に成果を出す事が出来たでしょう
…でも、そんな風に言われてあんまり悪い気はしません
どうしても頬がにやけて…いえ、それよりも…


和「それより今日はお祝いしないといけませんね」

京太郎「お…楽しみだな」

和「えぇ。楽しみにしておいてくださいね」


今日は普通にゴハンを作るつもりでしたけど、奮発して高いモノにしましょう
仕送りしてもらっている以上、流石にお寿司とかを取ったりは出来ないですけど…でも、自分に出来る最高のご馳走を振る舞えるように
今から仕込めば、まだ夕飯時にはギリギリ間に合うはずです
いえ、折角の記念日なのですし、間に合わさなければいけません


京太郎「でも、あんまり気張らなくても大丈夫だぞ。何時もの和の料理で十分ご馳走だからな」

和「ふふ…お世辞なんて言っても何も出ませんよ」

京太郎「本心だっての」


…まったく…そんな事言って
そんなに私を喜ばせてどうするつもりなんですか?
そんな優男みたいなセリフを言っても、京太郎君に靡いたりしないですよ
私の心はずっと咲さんのものなんですから
京太郎君と伽を共にするような関係になってもそれは変わりません
本当は別れたくって仕方ないですけど…でも、喘ぐ自分の姿を証拠としてビデオに撮るのが恥ずかしいだけです
実際、毎日沢山イかされて恥ずかしいセリフも一杯言っちゃってますし…まぁ、それはともかく


和「じゃあ、そのご馳走を作る為に買い物に付き合ってもらって良いですか?」

京太郎「勿論。荷物持ちはお任せあれってな」


本当はゆっくり休んで欲しいですけど、でも、ご馳走を作るとなれば材料だけでも大変な量になります
出来れば肉や魚はスーパーに並ぶような材料ではなく、ちゃんとしたお店で選びたいですし
そうなると移動する事が多くなるので京太郎君と一緒の方が色々と都合が良いはずです
それにまぁ…最近は京太郎君が就活で忙しくてデートらしいデートなんて出来なかったですし
ほんのちょっとの距離ですけど…でも、こうして一緒に歩くのもデート…ですよね?




【十年後】


京太郎「お嬢さんを僕に下さい!!」

「…………」

和「…………」


重苦しい沈黙
そう感じるのはまさか自分がこのような場に居合わせる事になるなんて思っていなかったからでしょうか
幾らIPS技術が発達していくとは言え、女性同士の結婚なんてまだ社会的に認められる訳じゃありません
だからこそ、私は実家の許可を得る事なく、咲さんと駆け落ちする事になると思っていたのです
しかし、そんな私の未来は大きく変わり…私の横で頭を下げるのは最愛の女性ではなく、
当時はなんとも思っていなかった京太郎君でした


和「…お父さん」


とは言え、ここで何のフォローもしない訳にはいきません
父は厳格な人であり、また公平な人間でもあるのですから
ここで全てを彼に任せてしまえば、父からお断りの言葉が出るでしょう
私をまだ嫁に出せるような人間ではないと私の方にダメ出しが来るはずです
それは…私にとって決して許容出来るものではありませんでした


和「…私も京太郎君と結婚したい…です」


勿論、その言葉に嘘はありません
ただ、そこにはごく一般的に言われている愛だの恋だのという感情はないのです
私は京太郎君を管理して縛り付けておきたいだけであり、それを彼が愛だと勘違いしているだけ
私達の関係はとても歪で、決して祝福されがたいものです
とは言え、ここで結婚の許可が出なければ、京太郎君と咲さんが高校時代のようにまた急接近してしまうかもしれない
それを防ぐ為にも私はこうして適齢期になった彼と共に頭を下げました


京太郎「お願いします!」

和「…お願いします」

「……」


けれど、それで父の目を誤魔化せるかは自信がありませんでした
なにせ、父は業界でもやり手と噂であり、その目は多くの嘘を見破ってきたのです
そんな父からしたら私の吐いた嘘なんて簡単に見破られるかもしれない
そう思うと胸の動機が激しくなり…なんとも身体が落ち着かなくなります


「…頭をあげなさい」

京太郎「…はい」


けれども、顔をあげた京太郎君の顔に不安はありませんでした
真正面から父の顔を見据えて、視線は一瞬たりともブレる事はありません
仕事をしている時以上の威圧感すら感じさせる父に真っ向から向き合うその姿にちょっとだけ頼もしさを感じます
この数年の間に社会に揉まれてより逞しくなった彼は、娘さえ怯むような父に対して立派な姿を見せていました


「須賀君は立派な男性だ。真面目で誠実で…将来性もある」

京太郎「ありがとうございます」

和「…お父さん」


…父の言葉に私は安堵しました
一時期はその軽そうな外見を嫌っていた父にも京太郎君の魅力が伝わったのでしょう
なんだかんだで十年も娘と一緒に居るのですから、幾ら父が頑固と言っても評価を改めざるを得なかったのです
…ま、まぁ、私は別にまったく京太郎君への評価を改めるつもりはないですけどね、えぇ
こうして父に結婚の許可をもらいに来たのも彼からプロポーズされて仕方なく…仕方なくですし


「だが、娘はやれん」

和「…え?」


……何を言っているんでしょう
さっきまで京太郎君の事を持ち上げてくれたじゃないですか
それとも…問題は私の方なんでしょうか…?
やっぱり父は…さっきの私の嘘を見抜いて…?
ち、違うんです…それは…ただ素直になれないだけで…
ほ、本当は私だって…京太郎君の事を…


京太郎「僕に何が足りませんか?」

「…足りないものなんてない。君は今の時代には珍しいくらい素晴らしい相手だ。…だが、私はまだ君の事をよく知らない。だからこそ…」


そこで言葉を区切る父の顔は…微妙なものでした
晴れやかなようでもあり…諦めたようでもあり…嬉しそうなようでもあり
様々な感情が混ざり合ったその表情は、けれど、明るいものでした
…でも、それはきっと私の事を父が愛してくれているからなのでしょう
愛して…そして今もまた祝福しようとしてくれているのです


「和との結婚を許可する前に君の事を良く知らないとな」

京太郎「お…お義父さん…」

「…まだ君に義父と呼ばれる筋合いはないはずだが?」

京太郎「す…すみません…!!」


そこでバッと頭を下げる辺り、どうしても最後まで締まらないと言うかなんというか
まぁ、普段、私の前で見せる彼はこの姿が基本なんですけれど
でも、お仕事の時の格好良い姿はもうちょっと見たかったな…なんて…
いえ、別に…か、格好良いなんてちょこっとしか思ってないですけれどね
頼もしいとか…この人で良かったなんて絶対に思っていないです
そんなオカルトなんてあり得ません


「…まったく…明日は休みなんだろう?」

京太郎「あ、はい。そうです」

「じゃあ、今日は朝まで付き合ってもらうぞ」

京太郎「はい。喜んで!」


喜んで、じゃないですよ、もう…
ホント嬉しそうな顔しちゃって…
そんなに私と結婚出来るのが嬉しいんですか?
言っときますけど、私はあんまり嬉しくないですからね
…でも、既に父にも話を通してしまいましたし、逃げ場はないですよね
…だから、仕方ないので…結婚してあげる事にしますよ



【十二年後】

和「くぅ…うぅぅ…」

京太郎「和…頑張れ…頑張れ…!」


頑張れって…簡単に言わないで下さい…
これ…ホント死にそうなくらいにキツイんですから…
もう何時間…この苦しみが続いているのか…
辛い…苦しい…でも…


「おぎゃああああ」

和「はー…はー……」

京太郎「大丈夫か、和」


大丈夫なはずないじゃないですか…
身体中汗びっしょりで気持ち悪いですし…
身体の節々が痛みで固まってろくに動けません…
もう終わったはずなのに…脱力すら出来なくて…
女性ばっかりがこんなに苦しむなんて…不公平です…
しかも、なんでこんな…アナタの為なんかに…


京太郎「…ありがとう。良く頑張ってくれたな」

和「あ…♪」


…まったく…それで帳消しのつもりですか
そんな風に頬を撫でても全然嬉しくなんかないんですからね
でも…見てるだけで何も出来なかったアナタも辛かった…でしょうし…
それを紛らわせる為にも私を労いたいという気持ちは分かります
…だから、まぁ、もうちょっとだけ…撫でても良いですよ
そうやって撫でてくれると…少しずつ身体からも力が抜けていきますし…


「…もうよろしいですか?」

京太郎「あ…すみません」

和「……」


…いえ、別に良いですけどね
特に邪魔されたとかそんなの思っていないですし
でも…もうちょっと空気読んでくれても良いんじゃないでしょうか
私は今、女性として一世一代の大仕事を終えたばかりなんですし…
一応、仮にも、対外的には…京太郎君は私の夫な訳ですよ
そんな彼に労って貰う時間をこうして邪魔する必要が果たしてあるんでしょうか
私じゃなかったら絶対に怒っていたと思います
…いえ、私だって彼女の腕に生まれたばかりの赤ん坊がいなかったら許せなかったでしょう


「元気な女の子ですよ」

和「……あぁっ」


…良かった
ちゃんと生まれてくれたんですね
ずっと辛くて苦しいのが続いていたから…もしかしたらと思っていたんですけど…
でも…さっきからモゾモゾって動かして…とっても元気そう…
これは京太郎君に似て結構ヤンチャな性格になっちゃうんじゃないでしょうか
目元とか特に京太郎君に似ていますし…ふふ…


「抱っこしますか?」

和「…はい」


ちょっと怖いですけど…でも、私は今日からお母さんになるんです
不安な気持ちはありますが…だからといって子どもを抱くのに躊躇なんてしていられません
これからは子育てっていう文字通りの意味で人の人生を預かる仕事が待っているんですから
抱っこ一つで怖気づいてはいられませんし…何より…


京太郎「…ん?」

和「…いえ、何でもないですよ」


京太郎君が居れば何でも乗り越えられる…なんて別にそんな事を思った訳じゃないですけど
でも…彼はこうして結婚して数年経っても献身的に私の事を支えてくれていますし
子育てだってきっと協力してくれるでしょう
…いえ、寧ろ沢山、協力させるべきなのです
浮気しようなんて思わないくらいにしっかりと子育てを生活に食い込ませなければ…
…別に私は浮気なんて怖くないですけど…でも、咲さんも幼馴染が浮気で離婚調停待ちとなると心労が著しいですし
プロになって頑張っている咲さんが身を崩す源になりかねません
子どもが出来ればおいそれと離婚は出来ないと思いますけれど…念には念を入れなければ
…意外とこの人モテますしね



【十五年後】

子育てと言うのは案外楽しい物でした
日に日に成長していく我が子を見るのが楽しくてついつい日記までつけているくらいです
恥ずかしくて夫にも見せるつもりはありませんが、読み返す度に光景が瞼の裏に蘇ってきました
その度に顔がにやけてしまうのですから…どうやら自分でも思った以上に私は子煩悩であったみたいです


「ママー」

和「なぁに?」

「ママは夜のプロレスごっこをパパとしてるの?」

和「…はい?」


だからこそ、私はその言葉を最初信じられませんでした
少なくとも私はそんな淫らな隠語の類を娘に教えては居ません
夫も私に負けず劣らず子煩悩なタイプなので教えるはずはないでしょう
まだ幼稚園にも言っていない娘がよそで変な知識を覚える事だってないはずです


和「…それ誰から聞いたの?」

「あのねあのね、ゆーきおねーちゃんが言ってたの」

和「…なんて?」

「パパとママはちゃんと仲良しで喧嘩とかしてないのかなーって」


ゆーき…
確かに彼女には色々と心配や迷惑を掛けてしまっています
咲さんとの事を相談していた彼女にとって私が夫と付き合う事になるだなんて思ってもみなかったでしょう
ましてや結婚して子どもを作るなんて想像すらしてなかったはずです
そんな彼女にとって私の真意が読めないのもある種、当然と言えるでしょう
もしかしたらこの子も夫の子どもではないかもしれないと下手に事情を知っている分、不安に思っているのかもしれません
…ゆーきは夫とも私とも仲が良かったですしね


「夜のプロレスごっこを一杯してたら安心なんだけどって言ってたよー」


でも、やっぱり、ギルティです
これ完全に面白がって言ってますよね
高校の頃からまったく変わっていないあの顔でにやついている姿が浮かびましたよ
そんなんだから未だに結婚出来ないんですよ
……流石に女子プロになって日本代表として活躍しているから、と言うのはオカルトじみていますし


「それで…プロレスごっこしてるの?」

和「ぅ…」

「ねぇ、ママー」

和「う…うぅぅ…」


…恨みますよ、ゆーき
貴女のお陰で娘に夫婦の性活を口走る羽目になったじゃないですか
いえ…まぁ、娘に意味は分からないと理解しているんですけど…それでもですね…
それでも…そういうのを口にするのはやっぱり恥ずかしいんですよ…


和「…し…して…るよ」


でも…こんな風に不安に見つめる娘の前で嘘はつけません…
実際、娘が寝てる度に二人目作る為に色々としてますし…
流石に大学時代のように毎日って訳じゃないですけど…でも、まぁ…お互いに余裕があれば…そんな雰囲気にですね…
で、でも、別に私から誘ったりはしてないですよ!?
そ、そもそも…夫の精力が強すぎて…ちゃんと処理してあげないと浮気されちゃいそうですし…
風俗とか利用されたら娘の教育にも悪いですし…仕方なく、仕方なくですから


「じゃあ、ママとパパは仲良しなの?」

和「…えぇ。仲良しよ」

「えへへ…やったぁ」


…はぁ、なんかすっごく疲れました…
これも全部、ゆーきの所為です
今度家に寄った時には夫に頼んで激辛タコスを作ってもらいましょう
きっと泣くくらいに喜んで食べてくれるはずです


京太郎「たっだいまー」

「あ、パパだぁっ」


…まったくさっきはあんな不安そうだったのに、今はもう元気いっぱいなんですから
子どものそういう切り替えの早さって本当に凄いですよね
もう三年も一緒だと振り回されて疲れる事もありますけど…でも、その元気一杯な姿がとても微笑ましくて
…こういうのがきっと母親になるっていう事なんですよね


京太郎「ただいま、和」

和「…はい。おかえりなさい、アナタ」


でも、こうして毎日、子どもと一緒に夫を出迎える辺り、私はまだまだ妻なんでしょう
まぁ…出来るだけ良妻を演じておかないとこれまでの努力が全て水の泡になりかねませんし
咲さんの事もそうですが何よりまず娘の為にも離婚なんて出来ません
そんな事になって娘が悲しむ姿を見ない為にも出来るだけ長く働いてもらわないと
既に色々な柵に囚われている私が夫を馬車馬のように使い捨てる訳にはいかないのです


和「今日もお疲れ様でした。ゴハンもお風呂も準備出来ていますよ」

「じゃあ、風呂から貰おうかな。でも、その前に…」


…なんですか、もう
そんな風に手招きしちゃって…
いえ、もう分かってますけどね、毎日やっている事ですし
でも、この歳になってお帰りなさいのチューは流石にないんじゃないでしょうか
お互いもう三十路越えてるんですよ?
その辺、分かってます?
こういうの普通はしないらしいですよ?


和「…はい。ちゅー」

京太郎「ふへへ…よーし。元気になってきたー!」

「あ、私もするー」

和「だーめ。パパはママだけなの」


…でも、そんなのでへそを曲げられたら困りますしね
仕方ないからやってあげますよ
あ、言っておきますけど娘でもダメですよ絶対
毎日そんなのさせてロリコンになったら大変じゃないですか
…別に娘に嫉妬なんてしてないですよ?
えぇ、絶対に




【二十二年後】


「パパと一緒に服は洗わないで」


…ついに来ました
これが反抗期って奴なのですね
私にはあまりありませんでしたけど…夫の活発な血を引く娘はそうはならなかったのでしょう
これまでもその徴候がありましたが…ついに爆発してしまいました
まぁ、それ自体は娘が順調に成長している証なので別に構いません
問題は…それに対してどう私達がリアクションを取るかです
雑誌などではこうした反応の一つ一つが子どもの人格形成に強く関わってくると言われていましたし…良く考えなければ


「パパってば加齢臭きついから不愉快なの。匂い移ったらもう着れないし」


…でも、一つだけ…えぇ、一つだけ言わせてもらえれば…そこまで言わなくても良いんじゃないでしょうか
確かに夫は昔に比べたら身体は衰えてきています
お腹もぽっこり出てきてそろそろダイエットしなきゃね、なんて事後に話したりもしてますから
だけど、加齢臭がきついと言われるほどじゃないですし、まだまだ同年代に比べれば顔も身体も若々しいです
少なくとも娘にそんな風に言われるほどじゃありません
それは誰よりも夫と一緒にいる私が一番良く分かっています


京太郎「そっか…まぁ、俺ももうおっさんだししゃあないよな」


…だから、そんな風に諦めたように笑わなくっても良いんですよ
アナタが私達の為に頑張ってくれているのはちゃんと理解していますから
それは娘も同じはずですよ
こうして反抗期になっても尚、アナタの事をパパと呼んでいるんですから
ほんのちょっと反抗期を拗らせただけで、アナタへの感謝の気持ちは持ち合わせているはずです
だって、私とアナタの子どもなのですから
だからこそ…ここは厳し目に言っておかないと


和「じゃあ、これからは自分のものは自分でしなさい」

「え?」

和「洗濯も洗い物も料理も全部全部自分でやって自分のお金だけで生活しなさいって言ってるの」

「で、でも…」

和「何を驚いた顔をしているの?貴女が暮らしていけているのは誰のお陰?」

「それは…」

和「パパのお陰です」


勿論、私も専業主婦としてやる事は完璧にやっています
しかし、だからと言って私だけでこの家は決して回りません
一家の大黒柱であり、家族のために毎日頑張ってくれている夫が居てくれているからこそです
そんな夫をないがしろにするような発言は娘としても許せません
いえ、娘だからこそ許す訳にはいかないのです


和「私が家事をしているのはそんなパパに報いる為。貴女たちの面倒を見ているのはそのついでよ」


…まぁ、実際は娘の為でもあるのですけれど。
なんだかんだ言いながら私も娘は大事ですしね
ただ、娘の反省を促す為にもここはキツ目に言っておいた方が良いでしょう
ここでなあなあにすると二人の間に禍根を残しかねませんし


和「だから、パパの事が不愉快ならわざわざ我慢してもらわなくて結構。自分のことは自分でやりなさい」

「~~~っ!」


反論出来なくて逃げちゃいましたか…
その辺りもちゃんと教育しないといけませんね
今はまだ反抗期って事で許しもしますがずっとこれでは逃げ癖もついてしまいますし
とは言え…今は反抗期でメンツも丸潰れになった訳ですし…後で改めて話をする事にしましょうか


京太郎「和…その…」

和「…何を微妙そうな顔してるんですか」


それより今はこの何とも言えない顔をしている夫を何とかしないと
こういったアフターケアは長く働いて貰うためには必要な事ですし
それにまぁ…今は娘と話をしても意固地にさせるだけでしょうから


和「私は当然の事を言っただけですよ。嘘じゃないです」


…まぁ、方便ではありましたけど
でも、決してまるっきり嘘ばっかりではありません
一応、ほんのちょっぴり、欠片程度ではありますが、夫には感謝していますし
私が頑張る理由に夫を長く働かせる為と言うものがあるのも事実ですから


京太郎「和ぁ…!」

和「やん…もぉ…」


感極まっていきなり抱きつくとか子どもですか…
言っときますけど…ここからが大変なんですからね
本格的に反抗期が始まった以上、娘に対するリアクションが彼女の人格を左右するんですから
アナタにももうちょっと頑張ってもらわないといけないんですよ?
……まぁ、それくらいはさっきの表情を見る限り、分かってるんでしょうけど
嬉しいようで、落ち込んでいるような…なんとも言えない微妙な顔は、反抗期の大変さを理解しているからでしょう


和「…大丈夫ですよ、あの子は私とアナタの子どもなんですから」


それに…まぁ、あんまり頼りにはしてないですけど、アナタもいますしね
今まで二人三脚でいろんなこと乗り越えてきたんですから…今回もきっと大丈夫です
少なくとも私は決して不安じゃないですよ
これからが大変だとは思っていますけど…でも、あくまでそれだけです
だから、これからもお父さん頑張ってくださいね、アナタ



【五十年後】

京太郎「ただいま」

和「はい。お帰りなさい」


まるで習慣のように夫からカバンを受け取りリビングへ
けれど、それも今日で終わりです
夫は今日で定年退職となり、明日からは仕事がありません
だから、私がこうして玄関で夫を出迎える事ももうないのです


和「…長らくお勤めお疲れ様でした」

京太郎「ありがとう」


それに一抹の寂しさは否定出来ません
私にとって玄関で夫を出迎える仕事は最早ルーチンワークのように組み込まれたものなのですから
夫が一国一城の主になり、子どもが巣立ち、孫が出来ても、それは決して変わりませんでした
でも、私はもうこうして夫を迎える事はなく、家でのんびりと一緒に過ごす事が出来るのです


京太郎「和もお疲れ様な。今まで支えてくれて本当にありがとう」

和「いえ…私なんて大した事はしていませんよ」


私がやっていたのは専業主婦としては当然の事です
こうして改まって感謝をされるような事はまったくしていません
それよりも家族の為にこうしてずっと働いてくれていた彼に私の方こそ感謝をしなければいけません
私は外で働いたことがないので分かりませんが、それがどれだけ大変なのかは疲れた夫の姿を見て十二分に伝わっているのですから
時に一日中寝て過ごすくらい疲れる仕事を40年も務め上げてくれた事には感謝の言葉を捧げるべきでしょう


京太郎「でも、毎朝弁当作って帰りも俺を待ってくれてる奥さんなんて俺は和くらいしか知らないよ」

和「それは…」


しかし、それは専業主婦としてごくごく当然の事です
家事と言う分野だけで養ってもらっている立場なのですからそれくらいはやっておかなければ釣り合いがとれません
それに夫だって休日などは家事を率先して手伝ってくれている訳ですから
少なくとも胸が張れるほど立派なものではないはずです


京太郎「だから…さ。これ受け取って欲しいんだけど…」

和「…え?」


これって…国内旅行のパンフレット?
しかも、いくつか付箋が挟んでありますし…これってもしかして…


京太郎「今まで一杯苦労させたからさ、ちょっと旅行しないか?」

和「…苦労なんて…」

京太郎「俺がそう思ってるんだ。迷惑じゃなかったら着いてきて欲しい」

和「…もう」


…そんな風に言われたら断れないじゃないですか
まぁ、多少、強引ではありますけれど…でも嫌じゃないですし
それに…さっきさらっと見たところ奈良の松実館に付箋が挟んでありました
自分が行きたいからじゃなく私の事を思って言い出してくれているのはそれで十分分かります


和「じゃあ、ゴハンを食べながら話し合いをしましょうか」

京太郎「そうだな」


幸いにしてもう子どもたちもそれぞれの家庭を持っています
私達が二人で急に旅行に行く事になっても誰も困ったりはしないでしょう
夫の仕事も今日で終わりですし、極論、明日には旅行に出かける事が出来るのですから
こうして旅行に行くなんてもう十何年ぶりですし…気持ちが高揚するのは否定出来ません


京太郎「そうだな。それに旅行の事じゃなくこれからも事も話し合わなきゃいけないし」

和「え?」

京太郎「これからは俺も暇になる訳だし…だからその…な」


…なんでそう言って視線を逸らすんですか
まったく…変なところで恥ずかしがり屋なのは変わってないですね
そんなところで区切られちゃ普通の人は分かりませんよ?


和「…デートとかしたいんですか?」

京太郎「ま、まぁ…子ども出来てからはあんまりそういうのなかったしさ」


…まぁ、なんだかんだでもう何十年の付き合いですし…私には十分に伝わってきてますけれど
夫婦としての期間だけでも子どもたちの年齢より遥かに長い付き合いなのです
今更、その程度の誤魔化しで真意を隠しきれる訳がありません
それだけの長い間、ずっと一緒だったのですから嫌でも夫の言いたい事は分かってしまいます


京太郎「明日からはお互い暇が出来る訳だし…何か一緒の趣味とかも持ってみたいなって」

和「…ふふ」

京太郎「な、なんだよ…」

和「いいえ。なんでも」


こうしてもうおじいさんおばあさんになっても、まだこうして夫からアプローチがあるなんて
ちょっとだけ…ほんの少しだけですけれど…幸せだと思いました
この気持ちは忘れない内に日記帳に書き記しておきましょう


和「…アナタ」

京太郎「ん?」

和「…まだまだ思い出一杯作りましょうね」

京太郎「あったりまえだ。死ぬまでずっと一緒だからな」


…それは間違いですよ
私も夫を繋ぎ止めている間にもうおばあさんですしね
今更、誰かと結婚したりは出来ないですし
今から離婚したりすると娘たちにも心配や迷惑が掛かりますから
…だから、死んでからも…お墓の下で一緒です
仕方なく…本当に仕方なくですけど…


和「これからも末永くよろしくお願いします、アナタ」



【七十年後】

京太郎「和ぁ…」


まったく…男の人が何をそんなに泣いてるんですか
子どもたちや孫までいるのに…みっともないですよ
ほら、子どもたちも笑って…いえ、泣いています…ね


京太郎「死なないでくれ…頼む、置いて行かないでくれ…」


…仕方ないじゃないですか
私も生きたいです
まだまだ…アナタと一緒にいたいです
でも…ごめんなさい、もう…無理みたいです
本当…年は取りたくないですね
まだまだアナタとやりたい事一杯あったのに…
ちょっと身体壊したくらいで…こんなになるなんて…


京太郎「ダメなんだ…俺、和がいないと…俺…」


分かってますよ
アナタがどれだけ私の事を想ってくれているかって事くらい
本当は心配です
私が死んだらすぐにボケちゃったりしないでしょうか
ゴハンはちゃんと食べられるでしょうか
もしかしたら私の後を追って死んじゃったりしないでしょうか…
さっきからそんな事ばっかり浮かんで仕方がないです


和「はー…はー…」


本当は一人になんてさせたくありません
もっとずっと…一緒にいたいです
でも、もう意識も朦朧として…目の前がどんどん暗くなっていきます
泣いてるアナタの顔すら…もう朧げになって…
これが…死ぬって事なんですか


和「…アナ……タ」

京太郎「…なんだ?」


…死にたくない
そんな風に言えたらどれだけ楽でしょう
でも、そんな事を言ったら…きっとアナタは私の後を追うはずです
昔から今までずっと変わらずに私の事を愛してくれているアナタならば
だから…えぇ、だからこそ、それは言えません
夫が自殺なんて事になったら子どもや孫にも悪影響がありますし…
何より…私は自分で自分を傷つけるような事を夫にしてほしくないのです
だからこそ…言いたい事があるのに…もう力が…出なくて…
呼吸器さえ外してもらえれば…まだ何とかなるかもしれないのに…
今はもうそれを訴える力すら私にはなくって…


京太郎「…なんだ?何が…言いたいんだ、和…」


仕方ない…ですね
本当は呼吸器を外して欲しいですけど…でも、きっと夫ならば大丈夫です
こんな状態でも私の言いたいことは分かってくれるでしょう
だから…私の身体に残った全ての力を込めて…本当に最後…ほんの1フレーズだけ…






和「――」





和「――」





和「――」





和「――」





和「――」





和「――」





和「――」
























ピー




○月X日
今日、病院でガンを宣告されました
どうやら私の身体はもうボロボロで余命は半年もないみたいです
しかし、私はもう十分過ぎるほどに生きました
コレ以上生きても夫や家族に迷惑を掛けるだけなら延命治療せずに寿命だと受け入れてしまおうと思います
勿論、怖いですけれど…でも、ほんの数年生きられるかどうかの為に何百万ものお金を払わせる訳にはいきません
私は十分、幸せに生きました
こんなしわくちゃになってまで愛してくれる夫がいて、立派に育った子どもたちがいて、慕ってくれる孫たちもいる
幸せ過ぎるくらい幸せな人生で満たされた人生でした

それは全部…夫のお陰です
夫はそんな事はないと言うかもしれません
ですが、私がこうして人並み以上の幸せを手に入れる事が出来たのはやっぱり夫のお陰なのです
夫がいなかったら私はきっと道を踏み外して、誰も彼もを不幸にするしかなかったでしょう
それを思いとどまらせてくれたのは夫で…本当に心から感謝しているんです
あんまり口に出したりはしないですし…そもそも好きだなんて言った記憶はありませんけれど…
でも、私は夫の事を心から愛しています
私をこんなに満たしてくれた夫の事を誰よりも深く愛しているんです
死ぬ間際になってようやく認める気になるなんてとても滑稽だと思いますけれど…
でも、やっぱり私にとって一番、大事な人は…夫なんです

だから…アナタ、もしこれを読んでいたら…どうか死ぬのだけは思いとどまって下さい
私はずっとずっと待っていますから、少しでも長く長生きをして下さい
私がいない世界に絶望なんてしたりせず、孫たちと穏やかな余生を送って下さい
そして…それでも死ぬしかなかった時は…どうか私のところに来てください
それから一杯、思い出話しをして欲しいんです
私がいなくなってからあんな事があったこんな事があったって沢山の思い出をアナタの口から聞かせて下さい
それだけを楽しみに私はずっと待っていますから…どうかご自愛をお願いします



京太郎「~~~っ…」ポロポロ






―― 悪い。待たせたか


                      ―― いいえ、大丈夫ですよ


―― …ごめんな


                      ―― 謝ったりしないでください。私が望んだ事なんですから


―― …でもさ


                      ―― 寧ろ、私は嬉しいんですよ、ちゃんと約束を守ってくれたんだって



―― …ま、和との最後の約束だったからな。破る訳にはいかないだろ



                      ―― 勿論、思い出話も沢山ありますよね?


―― あぁ、勿論だ。幾らでもあるぞ


                      ―― ふふ、楽しみです。あ、そうだ


―― ん?


                      ―― …久しぶりに手、繋ぎませんか?


―― あぁ。…まるでデートみたいだな


                      ―― …勿論、デートに決まってるじゃないですか


―― こんな場所なのにか?


                      ―― アナタが一緒にいてくれるなら何処でもデートに決まってます


―― 和


                      ―― 愛していますよ、アナタ


―― あぁ、俺も愛してる、もう離したりするもんか


                      ―― えぇ。これからはずっと一緒です、ずっと…ずっと…



















ピー