(透華による旧龍門渕麻雀部の殲滅が1年遅れている設定で)


友人が麻雀部に入った。

だから俺も麻雀部に入ることにした。

部活なんてどこでもよかった。

ただ、帰宅部だと何かもったいない気がして、それで選んだ部活だった。

友好関係を作るための、ある種のステータスとしての部活選びだった。

それが俺がこの部にいる理由。

勿論、不真面目だったわけではない。

部活時間中は麻雀に精を出していたし、小さな練習試合とかだって頑張っていた。

それでも、負けたら負けたで仕方がない。

麻雀は好きだけど、友達同士で和気藹々と打ったりするとすごい楽しいけれど。

真面目に強くなろうという気はあまり無かった。

透華「失礼いたしますわ!」

バン、と扉が勢いよく開かれる。

麻雀をやっていた人も、あぶれて喋っていた人も、みんながみんなそちらをいっせいに向く……勿論俺も。

そうして目に入ったのは凛とした少女の姿だった。

透華「御機嫌よう。私、龍門渕透華と申しますの」

透華「早速ですが、麻雀部の皆様方」

透華「この部活をお譲りくださいまし」

その人は唐突にそう言った。

頼む、というより命令しているように聞こえる。

胸を張って、堂々と。

自分が正しいことを疑いもしないように。

「……はい?」

「ごめん、えっと……龍門渕さん。ちょっと言ってる意味が――」

透華「弱者は必要ありませんの」

透華「ですから、今日でこのお遊び麻雀部は廃部」

透華「そして、今日から私が部長として麻雀部を新設しますわ」

「……あのさ、私たちも別にお遊びでやってるってわけじゃないんだよ?」

「皆、真剣に全国目指して頑張ってるの」

透華「知っていますわ」

透華「でも実力が伴っていないのならお遊びも同然でしょう?」

むか、と部室内の雰囲気が一気に険悪なものに。

今まで楽しく頑張ってきたこの場所に入ってきた異物に向かっての悪意がそこかしこ向けられる。

ひそひそ、と聞こえる声はおそらく彼女への罵声だろう。

「……言ってくれるじゃない」

「じゃあ、さぞかし貴方はとても上手なんでしょうね」

透華「ええ。あなた方よりずっと」

皮肉交じりの声をさらりと受け流す。

――いや、違う。

本当にそうだと確信している。

自分の方がここの誰よりも強いと確信している。

そんな表情だった。

透華「疑っているのなら証明してさしあげましょう」

透華「そして、理解したのなら出て行ってくださいまし」

透華「貴女達は邪魔ですわ」

そして彼女は確かに証明してみせたのだ。

部長が指定する部内の猛者を――そして部長さえも、凛とした表情も変えることなく倒してみせたのだ。

透華「理解できたかしら?」

対面側の席でブルブルと震える部長に尋ねる。

……が返事は返ってこず。

彼女はそれを無言の肯定と受け取ったのか、一息ついた後立ち上がり。

この部室に入ってきたときと同じように胸を張って

透華「それでは、今日から新しく麻雀部を設立させていただきますわ!」

と、自信に満ち溢れた表情で言ってみせたのだった。

俺はそんな表情に。

いや、表情だけじゃなく、彼女の全てに見とれてしまった。

そして、同時に、憧れてしまった。

自分もこうありたい、と。

――一週間後。

俺は部長が変わったこの部室に訪れていた。

こんこん、と扉を叩く。

……つい先日まで何もせずに入っていたから少し違和感が。

透華「どなたですの?」

京太郎「あ……えっと」

透華「あら……貴方は確かあの時いましたわね」

京太郎「あ、はい。元麻雀部の須賀です」

姿だけでも覚えていてくれたことがほんの少しうれしい。

透華「それで、どうしたのかしら、須賀君?」

京太郎「えっと……龍門渕透華さん」

京太郎「俺を麻雀部に入れて――!」

透華「断りますわ」

頭を下げきる前に拒否された。

若干メゲる……が、予想通りだ。

これで入れるはずがない、なんてわかっていたじゃないか。

透華「貴方も聞いていたでしょう?」

透華「貴方達は邪魔なんですの」

透華「そこには須賀君も入っていたのですけれど……理解できなかったのかしら?」

京太郎「……いいや、わかっています」

透華「それじゃあ、どうして入部したいだなんて、いいましたの?」

京太郎「わかっても、理解はできませんでしたから」

透華「……なんですって?」

ピクリ、と反応する。

京太郎「だって、俺は龍門渕さんと打ってませんから」

京太郎「対局は見ていましたけど、もしかしたら俺でも勝てるかなって思いましたし」

京太郎「そんな俺だったら邪魔にならないでしょう?」

ピクリピクリ、と龍門渕さんの体が震える。

あの日呼ばれていたのは部長が信頼する強い人だけだ。

つまり、格下と思っていた相手に言われていることになる、舐められていることになる。

……そりゃ怒るだろう。

京太郎「ですから……そうですね、龍門渕さん」

京太郎「俺が勝ったら俺を麻雀部に入れてください」

もう一度頭を下げる、今度は最後まで下げることができた。

1秒、2秒、3秒。

しばらく待っても、返答は帰って来ない。

……もしかして、流石に呆れられて部室に戻ったのか、いやそれならドアの閉める音が聞こえるはず――なんて考えながら顔を上げると。

透華「……いいですわ」

透華「ええ、勝負してあげましょう」

透華「そんな生意気な口が利けなくなるくらい」

透華「そんな夢物語が語れなくなるくらい」

透華「こてんぱんに叩きのめしてやりますわぁっ!」

と、闘志を燃やした透華さんの姿があった。

うむ、計画通り。

一「……どうしたのさ、透華」

透華「麻雀の準備をなさいまし、一!」

透華「今からこの無礼な男子に身の程を思い知らせてやりますわ!」

京太郎「」

親すら回って来ずに負けた。

京太郎「……対局ありがとうございました」

透華「はいはい、ありがとうございましたわ」

はぁ、とため息を吐かれる。

それもそのはずだろう、なんてったって俺は雑魚なんだから。

自慢することじゃないが、俺は部内でも下から数えたほうが早いくらいの強さだ。

そんな俺があんなに自信満々な宣言をする……なんて想像つかなかったのだろう。

闘志に目を燃やしていた龍門渕さんは消え。

そのうち、俺に呆れるような目線を向けながら麻雀を打っていた。

透華「まったく……あんなの初心者でも振り込みませんわ」

京太郎「つまり俺は初心者の枠に入りきらない初心者の神――初神者ってことですかね?」

透華「わかり辛いですわ」

京太郎「じゃあ初心神ですかね?」

透華「『しょしんじん』なんて言われても私にはどういう漢字を使っているのか検討もつきませんわ」

京太郎「えっとですね、初心者の『初』に――」

透華「言われなくてもわかってますわ。皮肉もわかりませんの?」

はぁぁ、と一際大きなため息を吐かれた。

それで、呆れとかそういった感情を全部吐き出し終えたのか、急にきりっとした表情に戻ってこちらを向いた。

透華「……で、理解できましたの?」

透華「これが私と須賀君の差ですわ」

京太郎「……」

実力差。

そんなの。

京太郎「……いいえ」

わかりきっていることだ。

透華「そうでしょう。それじゃあもう――」

透華「――いま、なんといいましたの?」

京太郎「いいえ、理解できませんでした」

透華「……」ピクリ

透華「こ、こんなに惨敗しておいてかしら……?」

こうして麻雀をしてくれたことから考えても、彼女は多分流されやすい。

京太郎「ええ」

京太郎「なんせ俺は始めたばっかりですから」

京太郎「遊び半分でやっていましたから」

京太郎「真剣になったら余裕ですね」

透華「……余裕?」ピクピク

京太郎「ええ、余裕も余裕ですよ」

京太郎「ちょちょいのちょいで龍門渕さんなんて倒せるようになりますから」

……イメージするのはあの時の龍門渕さん。

あの時みたいな、凛々しく、自信満々に、真っ直ぐに。

透華「ふ……ふふ」

透華「いいですわ!」バン

雀卓を勢いよく叩いて立ち上がった透華さんは、敵意をむき出しにしたままびしりと俺に人差し指を向けた。

透華「いいですわよ、ええ、わかりましたわ!」

透華「それなら、私は何度でも貴方を叩きのめしてさしあげますわ!」

透華「もう立ち上がらなくなるまで、立ち直れなくなるまで!」

透華「その喧嘩、買ってさしあげますわ!」

そして、これもまた計画通り。

こうして、俺は憧れの人と会う口実ができたのだった。

透華「ですからハギヨシ! 須賀君を教育するのはまだやめてくださいまし!」

ハギヨシ「承知しました」

京太郎「俺何を教えられる予定だったんですか!?」

……龍門渕さんが乗ってくれて本当によかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


透華「……来ましたわね?」

京太郎「ええ、今の俺なら龍門渕さんなんて余裕ですよ」

透華「ふん、その実力ためさせてもらいますわ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


透華「また来ましたのね。惨敗しましたのに」

京太郎「あの時の俺はまだ努力が足りなかったんです」

透華「それじゃあ、今の須賀君には足りているのかしら?」

京太郎「ええ、余裕ですよ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


透華「懲りずにまた来るんですのね」

京太郎「今回の俺は一味違いますからね」

透華「……その自信はどこから湧き上がってくるんですの?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


京太郎「今の俺なら龍門渕さんなんて余裕ですよ」

透華「そういって惨敗したのは何日前だったかしら?」

京太郎「過去の俺と現在の俺は異なる人物ですから」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


京太郎「あ、お邪魔してます」

透華「……なんでもう中にいるんですの?」

一「透華が来るまで外で待機させるのもアレじゃない?」

透華「須賀君は部員じゃないんですもの。気にする必要なんてありませんわ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

透華「……ねぇ、須賀君」

京太郎「何ですか?」

透華「どうして貴方はこの部に執着しますの?」

それはふと気になった疑問だった。

この男子は、私が何度大差をつけて勝利しても諦めずにやってくる。

その原動力は果たしてどこからくるのか、それが気になった。

京太郎「……いえ、俺は別に部には執着してませんよ?」

透華「どの口がそんなことを言うのかしら?」

透華「現に今、こうして私と入部をかけて麻雀していますのに?」

京太郎「ええ、部には執着していないんです」

透華「?」

どういうことかしら。

部に執着しないとして、入部する理由になるもの。

……。

透華「……誰かに一目ぼれでもしましたの?」

京太郎「一目ぼれ……まあ、そうなのかもしれませんね」

あら、あたった。

純? 智紀? 一? ……もしかして、衣?

須賀君の好みに合いそうなのは――。

京太郎「――憧れたんです」

透華「憧れですの?」

京太郎「ええ」

京太郎「その凛々しさに」

京太郎「その格好良さに」

京太郎「自信家であるところに」

京太郎「真っ直ぐであるところに」

京太郎「一目ぼれして、そして憧れました」

京太郎「俺も、こうありたいって」

京太郎「そして思いました」

京太郎「この人と話してみたいって」

京太郎「麻雀してみたいって」

透華「そうですの……」

透華「……ふふ、胸をくすぐる話ですわね」

どなたに対しての感想か知りませんけれど。

相手の子は彼を知っているのかしら?

……いいえ、こうしてここに来てるってことは知らないんでしょうね。

透華「……でも、残念ですけど、その願いは叶うことはありませんわ」

透華「だって、今日も私が勝つんですもの――リーチっ!」

京太郎「……いいえ、龍門渕さん」

京太郎「それはもう叶ってるんです――ロン!」

タン、と須賀君の手配が倒される。

その手は――逆転できるほど高い手ではなかった。

裏ドラは乗らず……逆転することは無く、対局が終わった。

京太郎「残念、また、負けちゃいました」

透華「……私と貴方の差。理解できましたの?」

京太郎「いいえ」

京太郎「これくらいの差なら、次は余裕で勝ってみせますから」

京太郎「覚悟していてください、龍門渕さん!」

と、彼は嬉しそうに立ち上がり、そして逃げるように立ち去った。

残された私は彼の手牌をもう一度見て。

……彼の憧れの対象を理解して。

透華「……ふふ、面白い、面白いですわ!」

透華「次の挑戦を待っていますわ、須賀君!」

扉の向こうに消えていく彼に声を投げかけた。

勿論、負けるつもりは無い。

手加減るつもりも無い。

けれど、彼が上手くなっているのは事実だ。

もしかしたら……本っ当にもしかしたらだけど、負けることがあるかもしれない。

そうして、彼が憧れに手を届けることができたのなら。

その時は彼は邪魔でなくなる。

彼を入部させる理由ができる。

その日までまだまだかかりそうですけど。

透華「……ふふっ」

憧れといわれて嫌な気分になんてなるはずない。

この胸の中のほんのりと暖かい気持ちを抱えながら、次に訪れる日を待つとしよう。


カンッ!