加治木ゆみはしっかり者だ。

周りの人間はそう評価している。

けれど、私自身は決してそうは思わない。

しっかりしているように見えるのは、ただ相対的なものでしかないと思っている。

私の親友は私の目から見ても随分とのほほんとしている。

あれでいて実は友達思いでよく気がつく奴なのだが。

まあ、それは今は関係ないか。

私はただ、出来る限りのことをやっているだけにすぎないのだ。

更に、周囲の評価に反して、私は感情的に、突発的に行動を起こすことがままある。

例えば、モモを部活に誘った時なんかもそうだ。

「私は君が欲しい!!」

あんなことを教室の真ん中で、それもまだ生徒が大勢いる中で叫んでしまうくらいだ。

そそっかしいとのラベルを貼られこそすれ、しっかり者などとは程遠い。

モモが引っ張ってきた男子、京太郎にも、初めは随分とキツい態度を取ってしまっていた。

後から聞けば、毎度蒲原がそれとなくフォローしてくれていたらしい。

「今まで異性と接したことが無いんでしたっけ?でしたら仕方無いですよ。むしろ当然の反応かな、と。

 こちらこそスイマセン、先輩方に余計な負担を掛けてしまって……」

そう言って京太郎は逆に頭を下げてきた、と蒲原は苦笑していた。

確かに私は今まで男子と接したことが無かった。

少子化の影響からか、去年から共学になると聞いて非常に焦ったのも今となっては懐かしい。

モモが京太郎を引っ張ってきた理由。それを私達は初め、理解することができなかった。

だが、一週間もすれば自ずと理解出来た。

モモは時と場所を選ばず、目の前から”消えて”しまう。

慣れるまではとても苦労したものだった。いや、今も時々見失ってしまうのだが。

ところが、京太郎はそんなモモを初めからずっと視認していたらしい。

「教室でいつも孤立していたので話しかけてみたんですが、目を飛び出さんばかりに見開いて驚かれましたよ」

そう苦笑いしながら京太郎が語ってくれたことがある。

京太郎にとってはモモの存在感が薄いということが信じられないそうだ。

そんな体質のモモだから、私達麻雀部の勧誘を断り続けていたらしい。

「同じグループの人とかに見つけてもらえない寂しさに、自分から突っ込んで行きたくはないッスからね」

そんな心配は無用だったッスけど、と花が咲くような笑みをむけてくれたモモを見て、麻雀部に誘って本当に良かったとも思ったものだ。

そうして団体戦の人数が揃ったことで、ようやく地区大会に向けての練習を開始することが出来た。

京太郎は、自分は初心者だから、と進んで雑用を担ってくれた。

私や妹尾が手伝おうとしても、大会に向けての練習の方が大切ですから、と練習に戻らされる。

しばらく私も様子を見ることにし、蒲原の意見も聞いてみたが、確かに京太郎には嫌々雑用をやっている様子は微塵もない。

どころか、どこか満足気にも見えたほどであった。

そうであるならば、と私達も地区大会に向けての練習に集中することに。

練習に練習を重ね、その合間に部員同士の繋がりを強める為に皆で遊びに行ったりすることも忘れず。

そんなこんなであっという間に6月、地区大会の月。

「皆さん、頑張ってください!俺は力にはなれませんが、全力で応援していますから!」

そう言って見送ろうとしてくれた京太郎。

その言葉を聞いて、私の足は動かなくなってしまった。

何故、どうして。私の頭は理由を明確に理解していない。しかし、私の心は理解していたらしい。

「”力になれない”なんて、本当にそう思っているのか、須賀君?」

「え?あの、ゆみ、さん?」

「須賀君。君が嫌な顔一つせず雑用を一手に担ってくれたから、私達は地区大会の練習に専念することが出来たんだ。

 それは君なりに私達を考えてくれてのことだったのだろう?

 確かに、君は私達と一緒に団体戦に出ることは出来ないかも知れない。けれども、君はその他のところでどれだけ私達の力になってくれていたことか。

 今から実際に対局に臨むのは、確かにこの5人だ。だが、この戦いは、須賀君、君を含めた6人全員での戦いだ。

 だから、君も胸を張ってくれ。『俺が支えたから、このチームがあるんだ』くらい思ってくれて構わない。

 そして……一緒に戦う気持ちでいてくれ」

「ゆみさん……はい、分かりました!」

言い切ってしまってから、遅まきながら頭の方でも理解が追いついた。

京太郎の、自身の過小にすぎる評価、それがどうしてか悲しかったのだ。

「わ、分かってくれたならそれでいいんだ!ほ、ほら、皆!控え室へ急ぐぞ!」

衝動的に言ってしまってから急に恥ずかしくなってしまった私は、慌てて皆を急かして控え室へと急いだ。

「ワハハ、ゆみちん、顔真っ赤だぞー」

「ば、ば、ば、バカを言うにゃっ!うっ……」

親友のいつもの茶々にもこの時ばかりは冷静に対処出来なかった。

試合が始まるまでの僅かな間、この一連のことでからかわれ続けたことは決して忘れないだろうな。

大会の方は初出場でマークされていないこともあってか、順調に勝ち進んだ。

そして、とうとう登り詰め、万全を期して臨んだ決勝……だったが、あまりに呆気なく、私達は負けてしまった。

「すまない、皆……」

「ワハハ、気にするなーゆみちん。あれは化物だー」

「そうッスよ。それに最後、本当に惜しいところまで行ったじゃないッスか!」

「どんな場面でも全力で向かっていくゆみさんの姿、とってもカッコよかったですよ!」

皆が明るく出迎えてくれたのは私にとって唯一の救いだったな。



大会に負けたことで私と蒲原は麻雀部を引退することになった。

部長は蒲原から津山に引き継ぎ、私が担当していた諸々のことはモモと京太郎に教えた。

この頃からか、モモと京太郎が仲良くしているところを見ると、どうしてか胸の奥が痛んだ。

初めは気のせいだと思うようにしていたが、その痛みは日に日に強くなっていくばかり。

そして、ある日、遂に耐え切れなくなった。

何気ない登校風景の中に、戯れながら歩く二人を見つけた瞬間、私は近くの壁に思いもかけず身を隠してしまったのだ。

「なあ、ゆみちん。ゆみちんは何もしなくてもいいのか?」

突然後ろから掛けられた声に飛び上がらんばかりに驚いたが、それよりも私は蒲原の言葉の意味が引っ掛かった。

「何も、とはどういうことだ、蒲原?」

「まさかゆみちん、自分で気付いてないのか?」

尚も怪訝な顔を向ける私に溜息を一つ吐いて蒲原は呆れたようにこう言った。

「ゆみちんさ、京太郎のこと、好きなんだろ?」

「なっ!?」

「最近のゆみちん見てればバレバレだぞー、ワハハ。あ、気付いてないのが約一名いるけどなー」

急激に顔が熱くなる。

私が京太郎の事を好き?それはつまり、私が恋をしているとでも言うのか?恋というと、つまり好きとか愛するとかの……

混乱のあまり思考がループする私の耳に蒲原の声が響く。

「ゆみちん。私達はあと半年もすれば卒業だ。今の内に出来ることはやっとかないと、後悔するだけだと思うぞ?」

「……確かに、そうかも知れない。だがな、蒲原。京太郎にはモモがいるじゃないか。

 明るくて可愛くて、京太郎と交わせる話題も多い。それに私よりもよほどしっかりしている。それにあんなに仲がいいんだ。

 私なんかよりよく似合ってるよ、あの二人は……」

蒲原の声で何とか心の平静を保って脳を働かせ、出た結果がこれだった。

その言葉に蒲原は薄く笑ってこう付け加えてきた。

「そのモモなんだがなー。京太郎に恋愛感情は、今のところ無いんだとさ。京太郎の方も一緒だ。2人とも、互いを気の置けない大切な”友人”として見ているんだなー」

たったそれだけ、蒲原の口から出た、本当かどうかすら定かで無い情報を聞いただけで、俯けていた私の顔は跳ね上がった。

「なあ、ゆみちん。ゆみちんが出来ることをやらないなんて、らしくないと思うぞ?」

長く一緒に過ごした親友の一言に、私はハッとした。

そうだ、私は今まで自分に出来る限りの事はこなしてきたではないか。だったら今回も……

「おっ、いい顔になったな。頑張れ、ゆみちん。幸運を祈ってるぞー」

「ああ。ありがとう、蒲原」



一昨日の朝に蒲原に諭され、覚悟を決めた今日、メールで京太郎を呼び出した。

放課後のこの時間、一年生の教室から少し距離のあるこの場所までは多少時間がかかるだろう。

この間に改めて覚悟を……

『モモを誘った時みたいにすればいいんじゃないかー?』

蒲原はそう言ったが、そんな簡単に出来るものか。

あれは感情的で、しかも突発的だったから出来ただけだ。

それに、私は心の中では”京太郎”と呼んでいながら、未だ口に出しては”須賀君”としか呼べていないんだ。

そんな私が……

『どんな場面でも全力で向かっていくゆみさんの姿、とってもカッコよかったですよ!』

……全力で、か。

うん、そうだな。京太郎が”カッコよかった”と褒めてくれた、私の全力で。

私の精神力の全力を持って、今からの一言を……

「すいません、ゆみさん!少し遅れました!」

「いや、私も今来たところだよ、須賀君」

「あの、それで話ってなんでしょう?」

「ああ、それなんだがな……」

少し間を置いて、深呼吸をして……

さあ、踏み出せ、私!




「須賀君、いや、京太郎君!君に言いたいことがあるんだ。私は……


 私は――――」


カン!