奈良にきてもう三ヶ月が経とうとしていた
こっちに来て少しすると、妙に懐いてくる奴がいた

名前は穏乃

身長は優希よりちっこいけど、すばしっこい
話に聞くと年中ジャージで山を駆け回ってるらしい
最近は外で走り回る以外は俺の部屋に入り浸っている
俺は特に面白い話し手じゃないけど、俺の話を聞く穏乃はやけに楽しそうだ



「それでそれで!」


穏乃が話の続きをせっつく。


「結局、俺が怖がって立てなくなったそいつを負ぶって肝試しのコースを往復したんだよ
 首にしがみついてくるから息苦しかったけど、気にしないふりしてな」


「あははははっ!その人、男の子なのに怖がりだね~!」


中学生の時の思い出話を穏乃はいたく気に入ってくれたようで、げらげら笑ってる

だけど、一つだけ思い違いをしているようだった


「男じゃないよ、言うの忘れてたけど、そいつは咲っていう女の子なんだ」

「え?」

そんなに意外だったのか、穏乃の表情が一瞬で変わった


「強く言える相手も俺ぐらいな気弱な奴でな、
 何かと世話っつーか、面倒を見てたんだよ

 友達というより妹に近いな、ありゃ」


「……へぇ…」


性別を勘違いしていた事が恥ずかしいのか、急に黙る穏乃

少し空気が悪くなりそうだったので次の話でもしようかと口を開きかけた時


「おっと」

携帯電話が鳴った

相手は……


「わりぃな、ちょっと出るよ」

「……うん、どうぞ」


「………もしもし


 咲か、どうした?」


「!!」 


視界の隅で穏乃の体がはねた
聞いたばかりの名前が出てきて驚いたんだろう

「今、友達とお前の話をしてたんだよ

 あの中学二年の時の肝試しの話


 ……あはは、そう怒るなよ!」


「……」


だんだんと彼女の顔が険しいものになっていっているようだ
放っておかれるのは確かにいい気持ちはしないだろう
また夜にでもこっちからかけ直す事にして、ちょっと早めに話を切り上げるか


「まあまあ…で、そっちは変わりはないか?


 俺のほうもまあまあうまくやってるよ

 …彼女?
 ははっ、いないって…」


と、そのとき突然背中に衝撃がきた


「京太郎っ!」

「うわっ!
 し、穏乃?!」

「えへへ~京太郎~!」


俺の名前を呼んでいるが、やけに大声だ


『京ちゃん…そこにいるの女の子?』


電話の向こうの咲の声が震えたものになった


「あ、今聞こえた声が咲って子?
 私にも話をさせなよー!」


言うが早いか、その素早い動作で電話を奪われた

「あっ、おい!」


「はい、もしもしー!私、高鴨穏乃って言います!

 今ね、京太郎の部屋で二人っきりなんだよ!」


「なっ!何話してんだ!」


「休みの日はね、大抵二人きりで外へ出かけるか、
 こうして京太郎の部屋でずっと一緒にいるんだー

 京太郎といると本当に楽しいね!」


「おいっ!」


奪い返そうとするけど、
山を遊び場にしている穏乃は想像以上の身の軽さで俺の手を難なくかわす


「あはっ、京太郎!
 急に襲い掛かってくるなんて、どうしちゃったのさ」

「いいから、もう電話を返せよ!」


立ち止まったところへまた手を伸ばす
穏乃は避けきれなかったようで俺に掴まった


「あんっ、もうっ
 気が早いんだね」

「変な声出すな!」

「そんなところ触っちゃってさ、
 今日の京太郎なんだか怖いな~、いつもだったらもっと優しく…」

「返せっ!」


とうとう我慢できずに穏乃の手の中から乱暴に電話を奪還した

「でも、切れちゃってるよ
 聞きたくなかったみたいだね~」


両手を頭の後ろで組んで、あははと笑う穏乃
確かに耳をあてても、もうツーツーという音しか聞こえなかった


「しず……!」


「京太郎さ」


何のつもりか問いただそうとした時、
聞いた事のない低い声で穏乃が俺を呼んだ


「咲って子と話をしてたとき、すごい優しい声だったよね
 こっちはあんな声で話しかけてもらったことないのに」


俺をじっと見つめる彼女の目も、底が見えないほど暗く思えた


「ずるいよ、そんなの」


背筋が凍る思いと同時に、俺はとんだ思い違いをしていた事に気づかされた

同性の感覚で接していたが高鴨穏乃は紛れも無く


女である事を



カンッ