「弘世先輩って、常に冷静沈着でクールですよね」
「……なんだ、突然藪から棒に」
「いや、1年同士で話してた時にふと話題に上がりまして」

夕暮れの部室を掃除している折にふと京太郎はそんな事をここ白糸台の部長、菫に言った。
今日は京太郎の当番であり菫は別の事務的作業を行っていただけなのだが、場をもたせようとなんとはなしに口をついて出たのがその話題であったとも言えた。要するにその場凌ぎである。

「……それは、褒め言葉と受け取っていいのか?」
「勿論です。ですが……なにかお気に召しませんでしたか?」
「いや……それならいいんだ。ありがとう」

相変わらず鉄面皮とは言わないまでも、表情が乏しい端麗な顔立ちで菫は告げた。
再び場を静寂が支配しそうになり、京太郎は慌てて話を広げにかかった。

「……え、えっと何かコツとか秘訣とかってあるんですかね……?」
「コツ?秘訣?一体何の話だ」
「いやその、動じないというか冷静というか」

京太郎自身もあまり平静でないようで言葉がまとまっていなかった。
こんな答えに窮する質問をしてどうするというのか。

「ふむ……考えたこともなかったが、例えば護身術を嗜んでいるからだろうか」
「ご……護身術ですか?」
「ああ」

思いもよらない方面からの回答に京太郎は思わず聞き返していた。

「護身術って、合気道とかそういった類のものですか?」
「そうだな。概ねそれに近いものだろう」
「はぁ……てっきり部長が何かやっているとしたら弓道だとばっかり思っていましたが」
「よく誤解されるがな。あれは私の技術(わざ)がそう形容されるだけで私自身が嗜んだことはない」

京太郎はある意味得心したように軽く数回頷いた。
彼女は京太郎より僅かに小さい程度の、女性としては非常に恵まれた体躯だ。
そんな彼女が護身術まで備えているとなれば、並の危険ではおいそれと恐れたりはしないのだろう。

「並の暴漢であったら容易く関節を外して地面に叩きつけるぐらいの自負はあるが……別にだからといって怖いことがないわけじゃない。むしろ怖いことばかりなくらいだ」
「え?そうなんですか?」

割と穏やかでない発言からの打って変わった言葉に京太郎は一種肩すかしを食らったように感じた。

「勿論だ。私はこの白糸台の部長なんだからな」

自身の胸にとんと右拳を置きそう菫は告げるも、先の発言を引きずってか微妙に覇気がない(表情こそ大して変わってはいないが)。

「実際問題、私は実力で言えば照や淡には及ばないからな。凡人は凡人なりに努力を積まねばやってられんのさ」
「そうですね……」

若干の自嘲を含んだ菫の言葉に京太郎は肯定とも否定ともつかない笑みを浮かべるしかなかった。
自称100年生の淡はともかくとして、あの照さんに管理能力を求めるのはお門違いだろうとも同時に思ったが。

「はて、何の話だったかな。随分脱線してしまった気がするが……つまり、別に私は君達が思うほど立派な人間じゃないということだ」
「そ、それは違います!それはその」
「何だ?まだ何かあるのか」

話をまとめて畳もうとする菫の言葉を京太郎は強引に遮った。
自分から話を振った手前、このまま話を終えてしまったらただ単に部長が卑下しただけで終わってしまう。そんなのは御免だった。

「その、弘世部長は凄く立派な人です!少なくとも俺からはそう見えます。
 背も高いし凛々しいし俺が襲いかかっても敵わなそうだし!」
「……そうまで言われるとそれはそれでなんだか傷つくんだが」
「す、すみません!でも、菫さんはこうしてこんな時間まで雑務をしていたり、俺なんかの話も真面目に答えてくれてます。
 その、要するに菫さんは菫さんが思うよりずっと素敵な女性だってことですよ!」
「……」
「あ、う、その」

思いつくままにまくし立てたので自分が何を言ったのかもよく把握していないが、ひどくこっ恥ずかしい事をのたまった気がした。

「……君の名は」
「え?」
「君の名は須賀京太郎、で合っていたかな?」
「は、はい。弘世菫部長」

思わずフルネームで呼び返してしまい反射的に肩がすくんだが、

「……そうか。面白い奴だな君は。気に入った。特別に私も掃除を手伝ってやろう」
「えっ!あの、その」
「いいから。特別の特別だ。君と私、二人だけの秘密だな」
「は、はい……」

そう言って箒を取りに行った菫を呆然と見据えながら、

「……反則だろ、あんな微笑(かお)」

京太郎は反芻するようにただただそう呟いていた。