若葉が芽吹く前に、私は京太郎君に抱かれなくてはならない気がしていました

急ぐ理由は何も思い浮かばないのに、なぜだか自分で期限を決めて彼のもとに行きたかったのです

けれども奥手な私に県内とは言え少し距離のある彼の家まで身を捧げに行くのは途方もない勇気が要りました

朝起きてから昼を過ぎて晩を向かえて寝るまでの間に感じる意味のない焦燥に私は落ち着きを失っていきました

一体何が私を不安にさせていたのでしょう

確かに打ち明けた事はなくても京太郎君を強く想っていましたし、その腕の中を夢に見たのも一度や二度ではありません

何だかわからないものの為に私は胸をざわつかせていました

しかし、春が訪れると原因が判明しました

京太郎君からメールが届いたのです

内容は「彼女ができました」という簡潔な文章と、その女性と写った写真でした

祝福の言葉を期待して送ってきたのでしょうが、私は突然首を絞められたような苦しみを覚えました

ああ、あれは虫の知らせだったのです

そのことに気づいたのも、涙を枯らすほどに嗚咽し、体の震えが止まらずに嘔吐してしまって、しばらく放心していた頃でした

…………

ただの片思いでしたらここまで悲しくはなかったでしょう

だいぶ小さい頃の初恋だって、その子が別の子を好きでいたという話を聞いて「ああ、そうなんだ」と納得すると、

翌日には忘れていたと想います

私の中では京太郎君は私のものでなければならないと決めていたのでしょう

いいえ、そうでなければ説明ができません

私は自分のことを大人しい人間であると自覚していましたし、私を知る人みんなもそう思っているでしょう

ですがその実、私の中身はこれほどまでに浅ましい、ただの独占欲のかたまりでしかなかったのです

その証拠に、哀しみを吐き出してから今の私にわき上がってきたのは、京太郎君の隣を物にした女性への憎悪でした

…………

自分の正体に気づいてからの私の行動は早いものでした

きっとあのとき私から流れ出ていったものの中には人として大事な何かもあったのかもしれません

しかし、それすらも今はわかりませんし、気にもしていません

何よりも京太郎君を奪わなくては、という自己の運命に対しての使命感があったのです

だいぶ時間が経ってはいましたが京太郎君に返信をしました

「会って話をしたい事があります妹尾佳織」と


…………

待ち合わせは京太郎君の家にしました

これから彼を奪い、また彼に自分を奪わせるために必要な舞台でした

出迎えてくれた彼の笑顔はとても和やかで、私の暗い計画も明るい光に滅していきそうなほどです

ですが、ここで今更中止するわけにはいきません、妹尾佳織は生まれ変わったのですから

京太郎君は自分の部屋に通してくれました

室内に入り、彼の物、彼の温度、彼の匂いで満たされている空間にいると思うともう理性をおさえられませんでした

ベッドに腰掛けて、私の話を聞こうとする京太郎君に飛びつき、眼鏡が当たるのも気にせず唇を求めました

驚いて私の肩を掴む彼の手を私の胸までずらし、強く押し付けました

片腕で彼の頭を離さないようにして、ひたすら私は夢にまでみた京太郎君の口に吸いつき、舐め続けました

それでもやはり腕力に差があります、やがて引き離されると「何を考えている」という怒声が飛んできました

その表情は呆然としたものですが、目にかすかな怯えと、何より怒りが宿っていました

当然です、私は恋人がいると知っている男性を欲するがあまり、とんでもない行動に出たのですから

しかし、私も女です

ずっと好きだった事を伝え、一度の思い出を作るために来た、という事を涙ながらに話し、

自分の武器である大きく育った乳房を両腕ではさんで強調します

彼の弱点、性的な嗜好は知っていました

自分のなかの夜叉が目覚める前はこの体で誘うのは汚い事と考えていましたが、いまやその価値観さえ死んだものです

私はどこまでも醜くなっていました

京太郎君も激しく高鳴っているであろう心臓をおさえて、荒い息で深呼吸しているのは興奮状態だからですが、

それが驚きによるものだけではない事は明白です

彼が心の底で何を考えているかを私は泣いている顔の奥で冷静に見抜いていました

あと一押しです

とにかく一度だけ、たった一度だけと訴えかけました

彼も拒み続けていましたが、私が再び体を近づけると今度はすんなりとキスをすることができました

そのまま眼鏡を外して、体にしなだれかかり、手足を絡みつかせると、彼も逃げられないと観念したのか、背中に腕を回してくれました

…………

「あ」という声が部屋中に静かに響きました

京太郎君が違和感を覚えた頃にはもう遅かったのです

使用したのは私がこの日のために買ってきたゴムでした

よく分からないのでコンビニへ行ってとにかく一番高い物を購入してきました

店員は私と年の変わらない女の子でした

商品を持ってきたときの彼女の顔には戸惑いが浮かんでいたのは確かですが、

私の目にはささやかな蔑みもあったようにうつりました

あの女の子には私が処女で、ひどく黒い感情を秘めてお金を出したことなど知る由もないので、

私の思い込みでしかないその彼女の顔が、今になって浮かんできたのです

慌てて行為を中断した京太郎君ですが、先に述べたように遅すぎたのです

今日、家を出てくる前に千枚通しで傷をつけてきたので、それが本来の役目を果たせるはずもありません

私と自分の下腹部を見下ろしながら絶句している京太郎君

この事を彼は不良品による事故だったと思うでしょう

自分の周期さえも私が計算ずくであったことなど考えもしないで

ようやく計画の重要な部分が成功した事を知った私は、

彼に見えないように笑みを浮かべました


カンッ

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最終更新:2014年05月03日 22:10