――清澄部室

京太郎は語る――その日ほど、清澄高校麻雀部に入部したことを後悔した日はなかった、と。

京太郎「ちわーっす」

咲「あ、京ちゃん、遅かったね」

京太郎「おー、ちょっと掃除が長引いてさ」

和「お疲れさまです、須賀君」

優希「ご苦労だじぇ!」

まこ「茶でも飲むかの?」

いつも通りの面々との会話。
ここまでは平常……何ら変わりなし。

京太郎「……と、ところで部長は?」

微かな気まずさを滲ませながら聞く。

咲「部長はまだ来てないよ?」

和「たぶん、生徒会のお仕事があるんだと思います」

京太郎「そ、そっかー、ハハッ……」

例の一件――秘蔵のえちぃ本を発見され、からかわれたのが土曜日。日曜を挟んで、今日が久と初めて顔を会わせる日となる。

京太郎(いや、確かに美味し……ヤバいシチュエーションにはなったけど、何もなかった。何もなかったらなかったんだから、こんなに緊張する必要なんてねえし!)

何を勘違いしたのか、きつく目を瞑ったまま待機してしまった久に対して出した言葉。

――ぶ、部長、こーいうのは場の雰囲気に流されて、ってのはダメですよねやっぱ!?

妙にしおらしくなった久を見送り、その後丸二日、モンモンと過ごす羽目になったのは、京太郎の若さゆえか。



京太郎(帰る時の部長……めちゃくちゃ可愛かったです、はい)

真っ赤な顔を俯かせ、小さく――

久『――――じゃ……また部活で。バイバイ……きょ、京太郎君』

そう言い残して去った久の後ろ姿を思い出し、ニヤけそうな口元を押さえる。

咲「さっきからどうしたの京ちゃん?顔赤くしたり、ニヤニヤしたり、キョロキョロしたり……」

じー、と疑わしげに、また同時に心配そうに咲が顔を覗き込んでくる。

京太郎「な、なんでもないって、いや、マジで!」

咲「うーん……ホントかなあ?」

まさか咲に、久といい雰囲気になったなど言えるはずもなく、必死に何もないことをアピールしておく。

優希「咲ちゃん、京太郎が変なのはいつものことだじぇー!」

和「優希ったら……ゴメンなさい、須賀君。優希、口下手だから」

優希「ちょっ、のどちゃん!?その生温かい目はなんだじょ!?」

和「フフッ、なんなんでしょうね?」

優希「じぇー!?」

まこ「にしても、いつもにまして遅いのう、部長の奴」

京太郎が加わって一気に賑やかになる中、まこが心配するように呟いたタイミングで、久が部室の扉を開けて現れた。

久「ご、ごめん、ちょーっと遅くなっちゃった……」

京咲和優ま「あ、部ちょ………………え?」

声をかけようとして、一同絶句。
一瞬、何に違和感を覚えたのか理解できず、思考が止まったのだ。
妙に久の声に元気がなかったのもそうだが、何より一同を口ごもらせたのは彼女の髪型。

久「……ぇ、えっと、ど、どうしたのーみんなー?」

目をそらして何でもない風を装う久の顔色は赤く、明らかに自分が場を混乱させている原因だと理解している。
それもそうだろう、彼女の今の髪型は、普段であれば対局で集中する時にしか見せない――――おさげになっていたのだから。


まこ「……とーしたんじゃ、そがー急に髪型変えて?」

久「ふえっ!?ちょ、ちょっとした気分転換よ、気分転換!」

困惑する一同を代表して質問したまこに、あからさまに狼狽した答えを返す久。

まこ(あやしいのう……)

和(怪しいですね……)

優希(ペロッ……この味、事件に違いないじぇ!)

咲「部長どうしたのかな、急におさげにして。ね、京ちゃん……」

京太郎「ハハッ、ソーダナナンデダローネ」

咲「きょ、京ちゃん?どうしたの、なんか顔色悪いよ!?」

京太郎「ナンデモナイノヨー」

咲に肩を揺すぶられながら、何でもないと主張するが、青ざめた顔色と不自然に震える体が全てを台無しにしていた。

久「さ、さあー、少し遅くなっちゃったけど部活、始めましょうか!」

咲「え?で、でも部長、京ちゃんが……」

まこ「調子悪いんなら、帰って休んだ方がええぞ?」

和「無理は禁物ですよ」

優希「風邪うつされたらたまらないから、犬はさっさとハウスだじぇ!」

京太郎「え?あー、あぁ、うん……」

何だかんだで心配はされているのだろう、素直ではないが優希にまで帰宅を促され、無意識に頷く。

京太郎「部長、ちょっと……気分がすぐれないし、今日は帰って――――」

久「ぇ……」

絶望。
そんな表情を久に浮かべられた。
反射的に前言を撤回。

京太郎「ィ、イヤー!?俺ってば全然元気だし、やっぱり練習していきてえなー、なんて!」

咲「京ちゃん……?」

京太郎「聞くなっ……今は何も聞かないでくれ……!俺のことを思うのならっ……!」

ざわ……ざわ……と人のどよめき声を発声させながらの懇願。
逃避……その場限りの責任逃れ……!
触れれば火傷する……分かっているからこそ、あえて見ぬフリ……!!


久「…………」(チラッ……チラッ……!

髪型を変えたことへの反応を求めるように時折、こちらを窺ってくる久を意識せぬよう、殊更対局に集中して――――

まこ「さて、オーラスじゃのう」

優希「うー、やっぱり南場は調子でないじぇー」

咲「頑張れ京ちゃん、逆転の手は残ってるよ!えと、リンシャンカイホウとか、四カンツとか?」

まこ「カンする以外の方法はないんかい」

和「……須賀君、なかなかやりますね」

まこ:33900

和:29500

京太郎:23500

優希:13100


京太郎「なん……だと……?」

――時間が跳ばされました。時空操作系の能力と思われます、以上。




まこ「いやあ、久しぶりにガッツリ練習できたの!」

優希「ううぅー、最後親ッパネが決まってたら勝てたのにー!」

咲「え、と、惜しかったね京ちゃん。もうちょっとで二位だったのに」

和「そう簡単には負けてあげませんけど」

咲「やっぱりカンしなかったからだよー。三元牌二つも暗刻してたんだから!」

京太郎「咲……俺、お前と違ってカンすりゃツモ和了れるみてーな能力ないからな?」

咲「む、それってどーいう意味?」

和「分かってないみたいですね」

まこ「分かっとらんのー、百パーセント」

優希「咲ちゃん、ある意味鬼畜だじぇ」

咲「え?ええ?」(オロオロ

京太郎(凡人の苦労を分かれ、って言ったとこで無理だろうなー)

窓の外、暮れた夕空に寂しそうな笑みで浮かぶ末原恭子に、共にめげずに頑張ろうとエールを送る。

咲「きょ、京ちゃん、私なんか変なこと言ったのかな?も、もしかして、嫌な思いさせちゃってたのっ……?」(オロオド

京太郎「そんなに怯えるなって、ちょっとした感性の違いって奴だから」(ナデクリナデクリ

咲「ぁ、うん………………エヘヘヘ」(フニャリ

まこ「溶けよった」

和「とろけてますね」

優希「タコスソースもビックリだじぇ」

ドラゴンなんかを手懐けた人って、こんな気分だったのかな、と思わなくもない。

京太郎「……じゃ、じゃあ区切りもいいし、みんなそろそろ帰りましょうか!」

咲「うんー」(フニャン

まこ「ほうじゃの」

和「はい」

優希「おー!」



話を進める。
話柄を転じる。
話題をそらす。

京太郎(……ここまでは計画通り)

残る一人――久に声を掛ける。

京太郎「え、えっと、部長も一緒に帰ります……か?」

久「……………………」(じっ……

京太郎「……ゴクリ」

焦燥に苛まれながら、久の答えを待つ。
気分は伸るか反るかの大博打。
はたして、久が固く結んでいた口を開く。

久「……え、ええ、いいわよっ!」

顔を赤くしながらの同意。

まこ「ほんまに今日の久はおかしいのう」

和「らしくなさすぎてオカルトですね」

優希「きっとタコス力が切れたんだじぇ」

咲「ゆ、優希ちゃんじゃないんだから……」

そうしてみんなが好き勝手に話す中、久の京太郎に対する爆弾が落とされた。

久「そ、そそ、それじゃあ途中まで一緒に帰りましょうか、京太郎君!」

京太郎「……ア」

咲和優ま「……………………京太郎君?」

なるほど、時が凍らせるというのはこういうことか。
今度、千里山の怜に会ったら自分も時を操れたと言おう。
そう思った。




まこ「なんか変じゃ変じゃ思っとったが……部長がおかしかった原因はお前か、京太郎?」

ガッシと肩を掴んでまこ。

和「そういえば、対局中にチラチラと須賀君の様子を窺ってましたね、部長」

顎に指を当てて、少し前の光景を思い出しながら和。

優希「髪の毛弄りながら犬を見てた部長、なーんか色っぽかったじぇ?」

笑顔に剣呑な影を這わせて優希。
そして――

咲「きょ、京ちゃん……え、えっと、その……も、もしかして今日、様子が変だったの、部長と……何かあった、からなの?」

カタカタ壊れかけのブリキ人形のように震えながら咲。

和「ほら、宮永さん、こっちで少し休みましょうね」

優希「咲ちゃんにこっから先の話は酷そうだじぇ……」

一番重症な咲を和と優希で手を引いて、仮眠用のベッドへ連れていく。

まこ「ほんで……お前さんらに何があったんじゃ?」

正直、あまり聞きたくないと、頭痛を堪えながらまこが尋ねるのに、京太郎はどう答えればいいのやらと途方に暮れ、そして久はというと。

久「ちょ、ちょっと……人に聞かれるのは……は、恥ずかしいかも」

京太郎(ちょっと部ォォォォォ長ッ!?なに頬押さえて顔赤らめてんですかぁぁぁぁぁっ!?)

羞恥に頬を染めた艶やかな表情に、聞く者の背筋を震わせるような色っぽい囁きを漏らしていた。
内心、コレを自分の部屋にいる時にやられていたら危なかったとそら恐ろしく感じながら、誤解を解かなくてはとまこに弁解しようとして気付く。

まこ「……………………」

京太郎「そ、そんな……気を、失ってる?」

いつの間にか、京太郎の服の袖を軽く摘まむようにして持つ久の、目に見えざる脅威によってか、まこはただ呆然と立ち尽くしていた。

久「な、なによ……そんな反応することないじゃない……?」

京太郎「ぶ、部長……」

いつもよりも幼く感じるおさげ姿に、色っぽさと儚さを兼ね備えたか弱い態度。オプションにすがるような袖ちょん掴みときた。
変ではないが、反則ではある。
やけに熱くなった鼻を押さえつつ、呼吸を整える。

久「あの、さ……やっぱり今の私、変……かしら?」

自分でも、いささか調子が狂っていることを分かっているのだろう、少しばかり申し訳なさそうに久が目を伏せる。

久「ごめん……あの時、京太郎く――須賀君が調子に乗った私への仕返しでああいうこと言ったりしたっていうのは、分かってるつもりなんだけど……」

徐々に赤みを増していく顔。
耳まで赤くなったところで、これ以上の醜態を見られたくないと思ったのか、京太郎の肩に額を押しつけるようにして顔を隠して話す。

久「…………須賀君は、私に名前で呼ばれるの、やっぱり嫌かな?」

わざわざ、これまでの呼び方に戻してからの問い掛け。

京太郎(――――ああ)

望ましくない答えに怯えたか細い声に、天井を仰ぎ見てある種の諦念を抱く。

――――これはもう、俺……ダメかもしんねえ。