「白糸台、か…」

今日はここ、白糸台高校の入学式だ。

俺、須賀京太郎は白糸台高校を受験し、見事合格した。

この選択には計り知れない程の葛藤があった事も事実だ。

だが、俺は結局上京することを決意した。

かつて、俺が自らの意志で逃げ出したはずの道にまた舞い戻ってきてしまったのだ。

―――――
―――

「京ちゃん、一緒に東京へ行かない?」

2年前、照さんは俺に向かってそう言った。

聞けば、白糸台に入学し、麻雀の頂点を目指すのだそうだ。

「ごめん、照姉。俺はもう、麻雀は…」

「どうして?京ちゃんも私と同じ、”進める”人でしょ?だったら、麻雀をやるべきだよ。だって、今でもそんなに強いじゃない」

「……ごめん」

「……そう」

心底から納得してくれたとは思っていない。

だけど、それでも照さんは引き下がってくれた。

申し訳無いとは思う。けれども、この時の俺は、これ以上麻雀に関わるのが怖かったのだ。


その一週間後、照さんは東京へと発った。

照さんが俺のところに勧誘に来たのは、結局あの1回だけだった。

~~~~
「京ちゃんは何でお姉ちゃんと一緒に東京に行かなかったの?」

いつだったか、咲にそう聞かれたことがある。

どうして俺が照さんに誘われたことを咲が知っているのか、なんてことは疑問にも浮かばなかった。

その時は只々、その話をすぐに切り上げたかったのだから。

「さぁな、忘れちまった。当時の俺に聞いてみないと分からないけど、大方照さんには敵わないから、とかそんなんだろ。それよりさ―――」

「……嘘つき」

ボソッと呟いた咲の言葉は聞こえないフリをする。

そりゃそうだ、咲も知っている。

俺の麻雀の腕を。あの忌まわしい”力”を…

だが、咲はそれ以上追及しては来ない。

俺はその気遣いに感謝した。

~~~~
「京太郎、これ照ちゃんじゃない?」

中学3年の夏、母親がとある雑誌の記事を俺に見せてきた。

『無敵の虎姫、全国2連覇達成!!エース・宮永照、怒涛の勢いで12万点荒稼ぎ!!』

デカデカと文字が踊る。

母親は幼馴染の快挙に浮き足立っているようだ。

だが、俺の目は別の一点から離れなかった。

そこに写るのは、”作られた”笑顔の照さん。

まだ照さんがこっちにいた頃、彼女はこんな顔はしたことが無かった。

いつも自然な、そして綺麗な笑顔を見せてくれていた照さん。

それとは似ても似つかない、歪な笑顔を見せる雑誌の中の照さん。

そして何より…彼女は確かに強かったが、これほどの快挙を成し遂げられるほどでは無かった。

それらが意味することは……

(やっぱり、あれから更に”進んで”しまったのか、照姉…)

いつしか握りこんでいた拳には、深く爪の痕が残ってしまっていた。

~~~~
「俺、白糸台を受験するよ」

秋、いい加減進路を決めるに当たり、俺は両親にそう答えた。

反対はされなかった。意外と言えば意外だが、割と放任主義的なところのある両親なので納得は出来る。

咲はただ一言「そう…」とだけ言って、寂しげな顔を見せていた。

何も言わずとも分かったのだろう。

俺が照さんを追って白糸台へと行こうとしていることを。

その理由は多分に誤解が混ざっていそうだが、放置する。

真の理由は話したとしても理解などされない。

だが、他でもない俺が照さんを止めなければ。

2年前のあの時、予兆は感じていた。

にも関わらず、俺は我が身可愛さに照さんの危険を見て見ぬふりをしてしまった。

結果があの変わり果てた照さんの姿。

(俺はもう、逃げない。きっと照さんを留めてみせる…)

そう心に決めたあの秋の日。


―――
―――――
あれから季節も巡り、万事順調に今に至る。

眠たくなる様な入学式、退屈な簡易HRを終えると、俺は直ぐ様麻雀部の部室へと向かった。

(あの”虚”を覗き込んでしまった俺は、もうどうしようも無い。でも、照さんは、きっとまだ間に合うはずなんだ…)

祈るような思いと共に、自然と早足になる。

やがて、事前に聞いていた麻雀部の部室前に到着。

一つ深呼吸をし、思い切りよく扉を開いた。

「失礼します。麻雀部に入部したいのですが」

「え?あぁ、この部屋は虎姫用の部室。新入生はあっち…の……」

部屋の中にはたった一人、扉に背を向けてお菓子を頬張っていた。

その人は俺に気づくと、部室の間違いを訂正しようとして途中で言葉が途切れてしまう。

「ん?君は新入生か?新入生の入部希望者は向こうで…って、どうしたんだ、照?」

「きょ、京…ちゃん?」

固まっていたその人物、照さんは凛とした雰囲気の女性の登場によって動き出す。

俺は照さんに向かって微笑みを”作って”答えた。

「はい、そうです。結局、来ちゃいました」

「京ちゃん…来てくれたんだね。私、嬉しいよ」

照さんは”自然な”笑みを見せてくれる。

隣の女性はそんな照さんの様子に驚いているようだが、俺は心底安堵した。

(良かった…やっぱりまだ間に合う…!)

麻雀の神様か、はたまた運命の神様か、何にせよ、俺もまだ神様には見放されてはいな…

「おっはよー、テルー!あれ?こいつ誰?」

「京ちゃん。私の幼馴染。入部する、って」

「ふ~~~~ん……へ~~」

突然乱入し、マジマジとこちらを眺める金髪の少女。

どうしてか、俺はこの少女に薄ら寒い印象を抱く。

「こんにちは。俺は須賀京太郎って言います。よろしく」

「……な~るほどね~…キョータローだっけ?あたしは大星淡。あんたは特別に名前、覚えてあげるよ!」

ニッコリと笑いかけてくる大星。

その笑顔を見て、俺は足元が崩れていくような感覚を覚えた。

(笑顔が”壊れている”…この子も俺と同じ、か…)

どうやら俺は神様に見放されるどころか、悪魔に魅入られてしまっているのかも知れない……


カン