青い空。春の匂いがする日差し。
芝生の上に空になったランチボックスを置いて、
京太郎とハルちゃんはまるで此処には二人しかいないみたいに身を寄せあってる。

晴絵「京太郎、どうかな……?」

京太郎「うん……滅茶苦茶美味かった。ありがとう、晴絵」

晴絵「へへっ、そっかそっか♪またつくってきてやるから、楽しみにしてろよー♪」ばんばん

京太郎「叩くな叩くな」はは

京太郎「あ~……マジで美味かった。やっぱ晴絵は最高だな」

晴絵「おいおい、照れるじゃないか。そんな私を射止めたのはお前だぞ?京太郎」

京太郎「ははは。晴絵の彼氏で光栄だよ」

晴絵「……京太郎」

京太郎「晴絵……」

二人の唇が重なる。
私は目を逸らさなかった。
気持ちは何故か高まった。鼓動がはやくなる。
私はそっと、自分の唇を指でなぞった。

――

どうにも近頃落ち着かない。
ボウリングで汗を流していても、心が集中しきれない。
ふと気づくと、京太郎が場内に入って来てた。

灼「……京太郎」

京太郎「こんにちは。久しぶりに転がしたいんですが、サービスしてくれません?」

灼「無理。ちゃんとお金払って……」

京太郎「はは、ですよね……良ければ一緒にどうですか?」

灼「……いいよ」こくり


こうして間近で京太郎を感じていると、邪な考えがアタマを過ったりする。
手を伸ばしたら京太郎に届きそう、とか。
強引に迫って何もかもめちゃくちゃにしてみたい、とか。
……ごめん、ハルちゃん。絶対そんなことしないから安心して。
アタマの中だけで済ますから。
何も、問題ない。

京太郎「ふー。疲れたぁー」どさっ

灼「体力な……」

京太郎「神経の話ですよ。久しぶりにボウリングしに来たからさ」

灼「……」とすっ

京太郎「灼さん?」

灼「汗……」ふきふき

京太郎「ちょっ、やめてくださいよ。自分でやれますよ」あせあせ

灼「任せて」きっ

京太郎「……じゃ、遠慮なく」

灼「……」くすっ

京太郎「?どうかしましたか?」

灼「ううん。何でもな……」

汗の匂いに興奮したなんて言えるわけない。
京太郎をじっと見つめる。こんなに近い距離まで詰めたのは初めてかもしれない。
私の吐息が掛かってるのを、京太郎は精一杯スルーしてる。
それが少し可愛くて、肌に齧りつきたいとか。
このまま部屋に連れ込みたいとか。
考えるのはそんな事ばかり。

灼「……京太郎、部屋来る?」

京太郎「え?そんな、悪いですよ」

灼「遠慮しないで。寛いでいいから」

京太郎「んー……じゃあ、そうですね、灼さんの部屋って少し面白そうですし、上がらせてもらいます」

灼「……別に普通だけど」

我が儘言ってごめん、ハルちゃん。
多分許してくれるよね。
きっと、お裾分けをもらうくらい、許してくれる。


京太郎「ふ、普通だ……」

灼「何を期待してたの……」じとー

京太郎「いやあ……ははは」

灼「……」じぃー

京太郎「はは……あ、これ」ひょい

京太郎「……晴絵の記事か」

灼「!」

灼「……そ、そうだよ。何か?」

京太郎「なんにも。やっぱり灼さんは晴絵のこと尊敬してんだなって」

灼「……そんな、そんな言葉で片付けてもらったら困る。私たちは、深く繋がってる」ぐっ

京太郎「そっか……じゃあ同じですね」

灼「?」

京太郎「俺も、晴絵は俺の全てだって、思ってますから」

灼「……」


灼「……」ぎり

灼「本当にそう思ってる?」

あれ。

京太郎「……え?」

灼「京太郎は、"たまたま"ハルちゃんと恋人だからそう言ってるだけ……本当は、そこまで深く想っていな……」

私、一体何を……

京太郎「な、なんだって?灼さん、冗談は良くないですよ。俺は本当に……」

どんっ
京太郎を、壁と私で挟む。

京太郎「!」

灼「なに……?その目は」

灼「言葉では何とでも言える。京太郎は誠実な人だから。でも、顔をつくれるほど器用じゃ無……」

京太郎「な、なにを……」

灼「責めてない。仕方ない話だよ……だって、"たまたま"ハルちゃんが最初に告白して、ハルちゃんは悪くないなって感情が、雰囲気に流されて好きって感情だと錯覚して」

灼「相手は教師。最初は良くても、時間が経つと、気苦労が多いことに気付くよね」

すっ

灼「ほら、京太郎……少し……疲れてるんじゃない?」


ばっ


京太郎「止めてください!灼さん!」

京太郎「何でそんな事言うんですか?いくら灼さんでも、これ以上は本当に怒りますよ!」


灼「怒る……?いいよ……」

灼「はっきり言って、京太郎とハルちゃんは、全く釣り合ってない」

灼「別れるのが正解」にやっ

京太郎「っ!!」いらっ

ばんっ

私は京太郎に体を押されたのを利用して、そのままうまいことベッドに倒れこんだ。
京太郎はアタマに血が上ったみたいでずかずかと距離を詰めて、顔を近付けてくる。

京太郎「そんなことねえよ!晴絵は本当に俺を想ってるし……それで十分だろうが!!」

京太郎「あんたがいくら晴絵を慕ってたって、そんなこと言われる筋合いねえよ!!ほっといてくれ!!」

灼「……」

京太郎「はぁーっ、はぁーっ」ぜえぜえ

灼「京太郎。ごめん……」

京太郎「いえ……俺も取り乱してすいませんでした……」

灼「でも私、間違ったこと言ってないと思う。京太郎、自分を偽る必要は無……」

灼「本能に従お……」

京太郎「……灼、さん」

灼「おいで、京太郎……」ばっ


京太郎(どうしてだ)

京太郎(俺は今、灼さんの誘いを遮るものを何も考えられない)

京太郎(俺は晴絵の彼氏だ。解ってる。解ってる……)

京太郎(でもそれなのに、どうしてこんなに……灼さんに惹かれてるんだ!?)

京太郎が、静かに私に覆い被さってくる。
ハルちゃん、ごめん。でも、私は──

──

今私はハルちゃんと向かい合っている。
京太郎にはあの後、私が一方的にハルちゃんに別れを告げさせた。
その次の日に部室で耽るリスクは解ってた。ハルちゃんに見られる確率も計算してた。
京太郎を巡り争うことになることも。

ハルちゃんは怒ってる。見たことのない顔で私を見てる。
此処に京太郎は居ない。二人だけで話し合う必要があるからだ。
そして私には自信がある。
ハルちゃんを超えられる自信が。

晴絵「どういうことだよ……灼」

灼「……」

晴絵「どういうことだって、訊いてんだよ!!!」

灼「……そう声を荒げないで、ハルちゃん」すっ

灼「私はただ、京太郎はハルちゃんじゃなくて私を選んだって……そう、言ってるだけ……」

灼「京太郎は元々私が気になってたんだよ。部活の皆でもなくて、私に。ボウリング場によく来てたから」

晴絵「あ、灼……」

晴絵「灼は、最初から狙ってたの……?灼も、京太郎のことが好きだったの……?」

晴絵「私が、京太郎と付き合う以前から……?」

灼「そう……」

灼「二人が付き合って、私は最初、祝福したし、嬉しかった。私にとって最高の人同士が惹かれ合ったんだって」

晴絵「じゃあどうして、こんなことするんだ!?」ぽろっ

晴絵「こんなやり方で……どうして私から京太郎を盗るんだ!?」つー

晴絵「そんな子じゃなかったでしょ!!灼ぁ!!」ぼろぼろ

灼「そうだね……」

灼「私も自分の変化に戸惑ったから……ハルちゃんの気持ちはよく解る……」じりじり

晴絵「どの面下げてそんな……」きっ

灼「でも京太郎に手を出したとき、この感情に気付いた……これはね……」じりじり

晴絵「……灼」


灼「……本能だよ、ハルちゃん!!」ぐっ

晴絵「うぐっ!?」ぐぐぐ

晴絵「あ、あらた……やめ……」ぐぐぐ

灼「京太郎が欲しい。もっと深く繋がりたい。京太郎には私しか見ないで欲しい。私以外のただの一人にも、気を許さないで欲しい」

灼「ハルちゃんにはこんなこと思わなかった。それはハルちゃんが私にとっての最高の人で」

灼「京太郎は、最愛の人だから……!」

灼「京太郎さえいれば、私にはそれ以外何も要らない!!」ばっ

晴絵「っ!」

灼「二度と、京太郎に手を出さないで。というより、ハルちゃんは"大人"だから……もし手を出したら、どうなっても知らな……くすっ」

晴絵「ごほごほっ……あ、あらたっ……待て……あらたぁ……」


灼「さようなら、ハルちゃん」くるっ

灼「私の一番の、憧れの人……」すたすた


ガチャン

──


晴絵「ふっ……うう……あああ……」ぼろぼろ

晴絵「あああああ……ああ……あああ……」ぼろぼろ

晴絵「……」ごしごし

晴絵「京太郎、どうして……私を裏切ったんだ……」

晴絵「灼のどこが、そんなにいいっていうんだ……」

晴絵「いや、違う……!京太郎は、灼に誑かされたんだ……」

晴絵「灼自身、言ってたじゃないか、灼から手を出したって、そう」

晴絵「灼……変わってしまったんだな……」

晴絵「灼……」

晴絵「許さないよ、灼……」

晴絵「京太郎は絶対取り戻してやる……」

晴絵「それに、いいさ。灼がそのつもりなら、思い知らせてやるよ……」

晴絵「人の男に手ェ出すことが、どういう報いを受けるのかをな……」



カンッ