昔、俺は事故に遭った

 それで脚を酷く骨折してしまった俺はそのまま入院することになった

 見舞いに来てくれる同級生もいて、入院生活に不満は感じなかった

 退院してクラスに戻ったが、小学生の人間関係の発展は案外に早く

 脚が痛むので外で遊ぶことのできない俺は、校庭でサッカーをして遊ぶ男子の同級生を眺めることしかできなくて

 女子のグループに混ざることもあまり上手にできなかった

 入院する前に仲良くしていた奴らは俺を外したグループで仲良くなっていて、俺は、孤独感と寂寥感を覚えた


 母の再婚が決まり、新しい父の転勤と共に、俺は東京から長野へ引越すことになった

 クラスでお別れ会が開かれたが、居心地は悪く

 別れの言葉も激励の言葉も彼らの笑顔もすべて全て取り繕ったもののように感じた

 二か月も学校を離れていた俺に向けられたものは全て薄っぺらいものに感じてしまった

 次第と俺は彼らの一言一句に虫唾が走るのを知った


 ―仲良くしていなかったくせに、こういう時に限って善人ぶるなよ

 ―仲間外れにしていたくせに、こういう時に限って友達だとか言うんじゃねえよ


 人と接することを放棄していた俺は、他人に責任転嫁をして情緒を乱し

 そのまま暴れた


 同級生と最悪の別れ方をしてしまった俺は、春休みに入って引っ越すまでの間、家に閉じこもっていた

 外でクラスの奴らに会ったら気まずくなるからだ

 その間、俺への来客はただ一人としていなかった

 優しい新しい父が構ってくれたが、俺は同級生たちに対するものと同じ感想を抱いた

 小学二年生の俺には、変わってしまった環境や新しい環境への適応力が足りていなかったのだと今になって思う

 ようやく迎えた引越しの日、俺は引っ越すことへの不安を誰にも吐き出せずに抱えてしまっていた

 引っ越して新しい生活をすることになるんだと実感したくなかった俺は、

 業者さんが来るまでに荷造りを終え、しばらく出ていなかった外へ出た

 同級生が来ないような、小さな公園で時間を潰していた

 唯一の遊具のブランコでふらふらしていると、不意に声をかけられた


「お隣、よろしいですか?」


 声の主は今まで見たことのない女の子だった

 同い年くらいの、めちゃくちゃ可愛い女の子



 二つのブランコが揺れて、金具の音が俺らの間に寂しく響いていた

 俺はいつの間にか、彼女に話しかけていた

 どうせ見知らない、今日一日だけの関わりしかないからと俺は悩みを打ち明けた

 クラスのお別れ会でしてしまったこと

 転校先での人間関係への不安

 その他

 一方的な俺の話を、彼女はしっかりと聞いてくれていて

 大人びた彼女はその身の上を話してくれた

 彼女の家は転勤族で今日ここに越してきたばかりだそうで、俺よりも別れを経験しているらしかった

 悩みに共感してくれた彼女に親近感が湧いて、自然と話が弾んだ

 他の人と話すのは楽しいな、と小学生なりの感想を抱いた



 長野では、もっといろんな人と話してみよう

 いろんな人と仲良くしよう

 彼女の回答を聞いて、彼女と話して、俺はそう思った

 胸の中を灰色に染めていた不安は彼女に退けられ、新たな希望を抱いた

 彼女との会話が、彼女の言葉が俺を救ってくれたような気がした


「もうすぐお昼の時間なので、お暇します」

――――あ、俺も昼飯だ

「では、途中まで一緒に行きましょうか」


 そう言って、微笑んで、

 差し出してくれた右手に、恩返しがしたくなった



 入試の日、彼女と再会したときは思わず目を疑った

 試験が始まってから、数順の会話をした彼女があのときの女の子だと気付いた

 横目から見ると、彼女は以前よりもずっと綺麗になっていて、特に一部分が著しい成長を見せていた

 運命の巡り合わせ、そんなオカルトに照れて、その日は彼女と話すことを避けた



 あのとき、差し出した左手

 教室のドアの前で立ち止まってる彼女に、踏み出した足

 一瞬だけ目が合って、ときめいた胸

 励ましてくれた彼女の、大声で押した背中

 勢いのまま、撫でた頭

 ―今までで、俺はどれだけ恩返しができたんだろう

 涙を見せながら走り去っていく彼女を見て、ふと考えた



 怒鳴られたあとで、彼女の事情に気づいた

 涙を見たあとで、彼女の心情を察した

 無神経なことを言ってしまった

 和は、苦しんでいたのに


――――恩知らずでごめんな 


 一人残された廊下で、呟いた





                           ,.ー-‐.、
                           ヽ、   ヽ  __
                           /,..-ニ‐- '"_,..)            / ̄\
        _,.‐-、                 ' ´/  , _ 、´              /     ヽ
         ' 、 .ノ    _ _         ,. ''" ,. -‐/ _  ̄\          /      _|
        r   ヽ  i'´ ` !       , ',. -一' ./..'/     .}      /      <_       ,..-、
         !    l i    ヾ、_   / ,. '′  ,..,.  ,/    ./        `ー-イ       \    /   ヽ
         !     ! し  , iヽ、i / /    {  \ヽ      i'        _,/      ,.イ ̄`'´ /!  ゙、
        l      ! /  ヾ |   ー'´        `´\ ヽヽ   !      / ̄          //    / /    |
       └! .i! .!┘ ヽ  r'´          ,.'⌒   `,. l   !     〈          \|     | |   |
         l !l .!   ヽ  !           ! ゝ-‐'´ /l  .!      ヽ   r/           ヽ/    |
        l .l ! l    i ゙、           \  /  }  .}ー"ヽ  ヽ ヽ__//  _    r、__,    ,、  __,ノ
         l .! l .!   | ト、゙、             `ヽヽ  j  ノ`ー-、   }   ./  / |   |   ≧、__|  ̄
 ____r' 」 l、゙、_ノ」__ン____________゙、`'   /__ ヽ/_/ ./ |   |________
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                                ヽノ               ヽ、ノ


第六話 差し出してくれた右手


京太郎「和、か」

和「……はい」

和「応援してくれたのに八つ当たりしてしまって、ごめんなさい!」

和「私……どうかしていました」

京太郎「んなことねえよ」

京太郎「むしろ俺の方がごめん」

和「どうして須賀くんが謝るんですか」

京太郎「俺と和はこれでいいの」

和「訳が分かりません」

京太郎「まあわからなくていいよ」

和「なんですかそれ……」

京太郎「つか、そろそろ晩飯食べに行かないん?そっちはもう時間っしょ?」

和「夕食は各自自由で外で食べてきていいそうです、東京を満喫しなさい、と」

京太郎「えっ、俺聞かされてないんだけど……」

和「でしたら、一緒に食べに行きませんか?」

京太郎「おっけ、奢るぜ」

和「お、奢られるなんてとんでもありません!私が奢りますよ」

和「私は須賀くんに恩があるんですから」

京太郎「恩……か」

和「はい!ですから今夜は私が持ちます」

京太郎「それなら尚更俺が奢るよ、努力賞だ」

和「だからいいですよ」

京太郎「いいよ、俺が奢る」

和「ダメです」

京太郎「俺が!」

和「私が!」

京太郎「俺!」

和「私!」

ハギヨシ「いいからとっとと行かんかい!」

京和「「ハギヨシさん!?」」

京太郎「東京は夜でも暑いな……」

和「ですね……」

京太郎「買い出しに行ったときに良さげな店があったから、入ってみたけどやっぱいい感じだな」

和「そうですね」

和「イタリアン、須賀くんは何が好きなんですか?」

京太郎「俺はカルボナーラとか、ピザはマルゲリータかな」

京太郎「そうそう、知ってるか?」

京太郎「元々イタリアでは前菜にスープかパスタが出るんだ」

京太郎「だからどちらを選んでもいいようにスプーンとフォークが置いてあるだけで、両方使えって意味じゃないんだけど」

京太郎「それを間違って両方使ったのがアメリカ人でそれを真似したのが日本人らしいぜ」

和「龍門渕さんも同じことをおっしゃっていたような……」

京太郎「そっか、結構有名なんかな」

和「……須賀くんが私を名前で呼んでくれるのに私が名字呼びなのはおかしいですよね」

京太郎「すっごい今更だな」

和「だから長野に帰るまでは須賀くん呼びを変えられるように頑張ろうかと」

京太郎「今日この瞬間とかじゃないんだ!?」

和「ふふっ、冗談ですよ、京太郎くん」

和「もっと早くから呼べればよかったんですけど、時間かかってしまいましたね」

京太郎「な、なんかこの間と比べてあっさり……」

和「京太郎くんの方があっさり呼んでくれたじゃないですか」

京太郎「そうかぁ?」

和「そうですよ」


 いつも他愛ないけど、いつも少しの変化がある

 そんな会話を繰り広げる俺たちの関係がもっと続いてほしいな、と思う

 どちらも恩なんて関係なく接することのできる関係でありたいと、いつからか思うようになった

 だっておっぱい大きいし、可愛いし

 俺の方が恩恵を受けているのだから、和の恩返しはすべて有耶無耶にする

 恩返しのつもりは無かった再会したときのはとりあえずノーカンだとして、

 和自身は憶えてない、あのときの恩をいつかはちゃんと返したい


和「私が払いますよ」

京太郎「いいからいいから」

和「……じゃあ私も払います」

京太郎「いや、それは面倒くさいからさ」

和「……この恩知らず」

京太郎「それ、使い方違くない?」

和「受けた恩を知らない、と言う意味なので合ってます」


 それはこっちの台詞だ、と言いたくなるけど黙っておこう

 財布を取り出して、こっちを見て機嫌の悪そうな店員さんに英世先生を差し出す

 店員さんは多分、俺たちが金払うのが遅いから怒ってるんだろう

 そして、俺はふくれっ面の和にこう返すんだ



京太郎「恩知らずでごめんな」





  ずっと続く