清澄に入学して一週間が過ぎました

 まだ名前も知らない彼は、たまに通学路で背中を見たり、廊下を歩いているのを教室から見かける程度

 追いかけて、声をかければ届く距離

 それにも関わらず、私は彼に話しかける勇気を持ち合わせていませんでした

 クラスこそは知っているものの、彼の名前は知らないまま

 私と彼の問題で面倒をかけるのは気が進まないので、ゆーきに彼に話しかけてきてくれるように頼む、ということはできず

 彼と同じ中学校に通っていた同級生の方と仲良くはなりましたが、

 彼女から彼について聞き出すことも気恥ずかしく、とてもできるようなことではありませんでした



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                           ヽ、   ヽ  __
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        r   ヽ  i'´ ` !       , ',. -一' ./..'/     .}      /      <_       ,..-、
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         !     ! し  , iヽ、i / /    {  \ヽ      i'        _,/      ,.イ ̄`'´ /!  ゙、
        l      ! /  ヾ |   ー'´        `´\ ヽヽ   !      / ̄          //    / /    |
       └! .i! .!┘ ヽ  r'´          ,.'⌒   `,. l   !     〈          \|     | |   |
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        l .l ! l    i ゙、           \  /  }  .}ー"ヽ  ヽ ヽ__//  _    r、__,    ,、  __,ノ
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                                ヽノ               ヽ、ノ



『第二話 踏み出した足』


和「こんなことで大丈夫なのでしょうか……」

優希「朝から元気無いぞ!のどちゃん!」

和「今日は早いんですね」

優希「エトペンの目覚ましより三十分も早く起きられたんだじぇ!」

和「私があげた甲斐があったというものですね、偉いですよ、ゆーき」

優希「ふははーもっと褒めて遣わすじぇ」

和「それは逆の立場で言う言葉ですよ」

和「早く起きた分は何をしていたんですか?」

優希「えーっとねー……」

優希「40分くらい二度寝してたじぇ」

和「プラスマイナスゼロどころか寧ろマイナスではないですか!」

優希「目覚ましに勝ったことに変わりはない!」

和「どうしてそう胸が張れるんですか……」

優希「のどちゃんは垂れやすそうだじぇ」

和「慣用句ですよ、余計なお世話です」

優希「見てると半分くらい分けて欲しくなるじゅるり……」

和「そういう語尾にもできるんですね」

優希「そーだ、のどちゃん、今日の放課後は暇?」

和「暇じゃないですよ、忘れたんですか?」

優希「じょ?」

和「今日麻雀部に突撃しようって言っていましたよ」

優希「じぇじぇじぇ!?」

和「入学式へ行くときにゆーきが言ったんですが」

優希「んー…………」

優希「そう言えばそんな気がするじぇ」

和「ゆーきが忘れていてどうするんですか」

優希「てへっ☆」

和「てへっ☆じゃないですよ、しっかりしてください」

優希「今の可愛かった!もう一回頼むじぇ!」

和「やったところでどうする気なんですか」

優希「携帯で撮って全世界に発信!」

和「脅迫に使う文句の一例ですよね!?」

優希「のどちゃんのその可愛さはもっと有効活用するべきだと思うじぇ」

優希「グラビア撮影の依頼とか来ないの?」

和「来ませんよ、されてもしません」

優希「そう言うと思って去年の夏に撮っておいたのどちゃんのスクール水着と麻雀部プールに」

優希「遊びに行った時の水着写真を奥っておいたじぇ!」

和「何を勝手にしくさってですかあああああっ!」ガシッ

和「どこに!どこに送ったんですか!」ガシガシッ

優希「うぷっ……ラーメンタコスをリバースしそうだじょ……」

和「朝からどんなものを食べているんですか……」

優希「ラーメンの残り汁にタコスを漬けて食べるんだじぇ」

和「…………シチュータコスよりはマシみたいですが、食文化が違いすぎます」

優希「タコスであれば何でもいけるじぇ!」

和「わかってましたが凄い雑食ですね」

優希「それほどでもないじぇ~」

和「まったく褒めてません」

優希「送ったって言うのは冗談だじょ」

和「そういう冗談ばかり言っていると友人が減りますよ」

優希「のどちゃんがずっと友達でいてくれるから気にしないじぇ」

和「褒めても昼食のタコスしか出ませんよ」

優希「やった!のどちゃん太っ胸!」

和「意味が分かりません」

優希「こう、器が大きい、みたいな?」

和「納得してしまったのが悔しいです」

和「それは太っ腹、というのですよ」

優希「のどちゃん太っ腹!」

和「最近気にしてるんですからやめてください!」

優希「どう言えばいいのかわかんないじょ!?」


優希「閑話休題、須賀京太郎とはどうなったの?」

和「須賀……京太郎?」

優希「例の金髪だじぇ」

和「須賀君、というのですか?」

優希「知らなかった?」

和「……はい、お恥ずかしながら」

優希「クラスは1-B、のどちゃんからのクラスだと少し遠いくらいだじぇ」

和「そんなことを調べてくれたんですか?」

優希「のどちゃんの恩人は私の恩人でもあるからな!」

和「そうですか……ありがとうございます」

優希「いくら教えたところでのどちゃんがヘタレのままじゃ意味ないんだけどね!」

和「うっ…………ゆーきの言う通りです」

優希「そーこーでー!」

優希「今日須賀京太郎を麻雀部に誘ってみるじぇ!」

和「今日ですか!?」

優希「今日だ!」

和「今日なんですか!?」

優希「今日だじぇ!」

和「そ、それは些か急というか……」

優希「今の内に先制攻撃しておかないと、他の部活に入っちゃうじぇ?」

和「ですが、彼と話すのは……っ」

優希「やる前から諦めていたら、何もできない」

優希「恥ずかしい、恐い――――そうやって諦めていたら、須賀京太郎はもっと遠くに離れちゃう」

優希「一回勇気を出すだけ、もう少しだけ精一杯」

優希「のどちゃんなら、多分……ううん、絶対大丈夫だじぇ」

和「優希……」

優希「頑張れ!のどちゃん!」

和「わかりました!私、頑張ります!」

和「今日話しかけて、須賀君を誘います!」


 私の隣にいる子は正真正銘ゆーきなのか

 学校に着くまでタコスの話を飽くことなく延々と続けるゆーきを見ていると、そんな疑念はいつの間にか消沈していました

 クラスの下駄箱へ歩く間にB組の方の下駄箱を一瞥して、早速気にしてるじぇ、というゆーきのからかいを一蹴

 今度こそはと決意を握りしめて、私の今日は始まりました




 ところが、彼の身にあんなことが起こっていようなどと

 この時の私は、知る由もありませんでした――――



――翌日


「須賀君なら今日風邪で休みだよ」


和「ぇ――――――――――――っ」

和「せっかく……せっかく勇気を出したのに……」

優希「何て言うか、まーそんなこともあるじぇ」

和「はぁ……」

優希「麻雀部に無事入部できて、部長たちもいい先輩で良かったからプラスマイナスゼロってことでいいんじゃないか?」

和「そうですね……」

優希「須賀京太郎の住所も調べたけど、行く?」

和「ちょっとアグレッシブすぎやしませんか」

優希「隣の席の子が同じクラスだったらしいので教えてもらったんだじぇ」

和「よくそこまで聞き出せましたね」

優希「今朝言ったのどちゃんの水着写真二枚あげたら大喜びで働いてくれたじぇ」

和「冗談だと言っていたではないですか!何しているんですか貴方はぁっ!」ガシッ

和「去年もその写真を男子に一枚二千円で売っていましたよね!そろそろ懲りましょうよ!」ガシガシッ

優希「ううっ、揺れる空がデジャブだじょ……」

和「そろそろ腕が痛くなってきました」

優希「のどちゃん太りがちだからいい運動になるじぇ」

和「気にしなくて結構ですよ!」



――翌日、昼休み


「須賀君なら、他の教室に行ったみたいだけど?」

和「アッハイ」




――また翌日、昼休み


「今日は須賀君いるよ、呼んでこようか?」

和「え………………」

和「あ………………………………」

和「う………………………………………………」

和「ふ、腹痛が痛いので今日はやめておきます……」




――そのまた翌日、昼休み


和「行って来ます!」

優希「頑張れのどちゃん!草葉の陰から見守ってるじぇ!」

和「物陰から見守っていてください」

和「……すぅー」

和「はぁー……」

和「…………」

和「はぁー…………」

和「はぁー……………………」

京太郎「よっ、原村さん」

和「!?」

和「ごほっ、げほっ、えほっ、げぼぉっ!」

京太郎「女の子らしからぬ声!?原村さん大丈夫!?」

和「……はぁっ、はい、大丈夫です、至って問題ありません」

京太郎「そっか、病気かと思ってヒヤヒヤしたぜ」

和「……あの、どうして私のことを……」

京太郎「ほら原村さん有名人だし、昨日俺に用があったんでしょ?」

和「あ……はい」

京太郎「立ち話も難だ、学食行こうぜ」

和「お昼ご飯でしたら私が払います」

京太郎「ははっ、そんなのいいよ」

京太郎「女の子に払ってもらうなんて真似させられないもんな」

和「いえ、お礼をさせてください!」

京太郎「お礼……って、そんなん寧ろ……」

京太郎「…………!」ピコーン

京太郎「じゃあ一つ頼みごと、いいかな?」

和「はい!」


和「レディースランチです」

京太郎「ありがと!原村さんは頼まなかったの?」

和「私はお弁当がありますので」

京太郎「もしかして自作?」

和「……はい」

京太郎「すっげー!やっぱ原村さんって何でもできるんだな!」

和「そんなことありませんよ」

京太郎「いやいや、だってすごく美味そうだぜそのお弁当」

京太郎「可愛い、スタイルいい、お弁当もおいしそう、勉強できる、運動もできる、麻雀が強い!完っ璧だろ?」

和「いえ、その……可愛いなんて…………」カァァ


 須賀君はまるで、昔からの友人であるかのように、私と話してくれました

 私がどもっても話し出すのを待ってくれて、しっかりと応答してくれて、とても楽しそうに私との会話を続けてくれる

 会話の内容は、お互いの自己紹介に始まり、中学校のことや、あの日のこと

 彼と和やかな雰囲気で過ごす昼休みは至福に感じられました

 ゆーきや他の生徒の視線も忘れて、彼との会話を楽しみました


京太郎「原村さんに消しゴム渡した後、照れくさくなっちゃったんだよ」

京太郎「ほら、原村さん可愛いから」

京太郎「テレビにも出てるの知ってて、テスト中に気付いた」

京太郎「それから休み時間に原村さんの隣にいるのがなんか恥ずかしくて」

和「ああ、通りで……」

京太郎「気分悪かったよな、ごめん」

和「全く全然これっぽっちも……少し不思議でしたが」

京太郎「でっすよねー」

京太郎「原村さん五限何?」

和「数Ⅰですね」

京太郎「そっか、俺は化学で別棟だからさよならだ」

京太郎「トレー下げてくるよ、じゃあね」

和「あっ…………す、須賀君!」


 背中を向けた彼に、声を

 教室の前で話しかけるのに、勇気は不必要でした

 彼との会話に、恐怖は感じませんでした

 羞恥も感じませんでした

 彼の先回りが私から臆することを忘れさせてくれたのです

 けれど、これからの私の発言は彼が知りもしないこと

 彼の先回りのしようのないこと

 つまり、私自身で勇気を出して、恐怖も羞恥も取り払わなければならないこと

 「一回勇気を出すだけ、もう少しだけ精一杯」

 一歩だけ、足を踏み出そう

 振り向いた彼に、声を


和「入試の日!本当にありがとうございました!」

和「感謝しきれないほど、ありがとうございました!」

和「あ、あと!話は変わりますが……」

和「私と……私と、麻雀部に入ってくれませんか?」

京太郎「うん、いいよ」

和「二つ返事!?」






  続く

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最終更新:2014年03月31日 16:29