7・

 空。

 それは無限に広がる自由のキャンパス。

 この空間を支配することは人類の夢。

 また、ポエムってしまった。

 ……とにかく、上空1000メートル。

 京太郎と和は空中散歩を楽しんでいた。

和「自家用ヘリって……須賀君、どれだけお金持ちなんですか……」

京太郎「金持ってるのも稼いだのも親だって。俺はすねをかじってるだけー」

 褒められたことじゃないのかもしれないが、「親のお金には頼らない!」と言ったことがない。

 親の支援なしに生きていくことなんてまだ出来ないし。誰だって親に守られて生きていくんだし。

 精神だけ独立しても、それはただの反抗期だ。

 本当に親に反抗したいなら経済的にも自立しなければだめだ。

 反抗したいと思ったことはないけど。

 将来、どうやって生きていくかも決めていないのに。

京太郎(そういえば染谷先輩は、もう将来のことを考えてるんだっけ)

京太郎(すごいよな……染谷先輩)

京太郎(俺も、考えてかなきゃ……ならないよな)

 父親の神社を継ぐにしても。祖母の会社を継ぐにしても。

 百合愛を活かせる仕事ができればいいのかもしれないけど、お金が得られるようになった趣味は楽しくないとも言うし。

 麻雀のプロは……一度潰えた夢だし。

 飛行機にはもう何度も乗ったことがあるが、ヘリコプターに乗ったのは初めてだ。

 しかもそのヘリコプターは部活の友人のもの。

 そしてその友人、須賀君は遠くを見る目で、考え事をしているようだった。

和「あの、大丈夫ですか?」

京太郎「………………」

 呼びかけても返事がない。私の声が耳に届いていないようだった。

和「須賀君!」

京太郎「ぅおっと、すまん、考えごとしてた」

和「穏乃のことですか」

京太郎「いや、将来のこと」

和「唐突ですね」

京太郎「そうか? 俺の頭の中じゃ、論理的なプロセスがあったんだけどな……なぁ、和」

和「何ですか?」

京太郎「和は、将来の夢、あるか」

 真剣な顔だった。

 彼は、ときどきこういう顔をする。

 出会ってからまだ少ししか経っていないけれど、もう数回ほどこんな顔を見た。

 その真剣な顔を見ると、わたしはギクリとする。

 怖いのだ。

 何かを抱えてそうな瞳。モヤモヤとしたものがお腹の底で渦巻いているような嫌悪感。

和「……小学校の先生とか、お嫁さんとか、色々なってはみたいものはあります」

京太郎「いいな、それ」

和「だけど、だからといって、なれるわけじゃないですけどね」

京太郎「と、いうと?」

和「いえ、別に……そう思っただけです」

京太郎「親、か?」

和「……その何でも見透かしてるような態度、好きじゃないです」

京太郎「堪えるなぁ。いろんな人にときどき同じこと言われるけど」

和「……すみません」

京太郎「俺は親からの支配とか、そういうの感じたことないから、和の気持ち……わからないよ」

京太郎「だから俺がいくら良いことを言ったところで、それは上辺だけの台詞だ。誰かの借り物の台詞だ」

京太郎「何か悩みがあったとしても、それを解決できるのは俺じゃない。……きっとそのうち、それを解決してくれる誰かに出会えるよ」

和「……はい」

京太郎「でもさ、話したら少し楽になることもあるし、聞かせてくれないか。解決はできないだろうけど、聞くことは出来る」

和「そういう須賀君にもあるんじゃないですか?」

京太郎「なにが」

和「悩み事、です」

京太郎「……う~ん、特に……思い当たることはないな。いくつか疑問とかはあるけど、悩み事ってほどのものじゃないし」

京太郎「基本俺、お気楽に生きてるからなー」

和「本当に、そうですか?」

 須賀君の目を見ていると湧いてくるこの感情。

 須賀君の過去に、何かあったのではないかという疑惑。

 それはまだ消えていない。

 和の目は真剣だった。

 言い逃れできなさそうな空気。

 しかし、京太郎にとっての悩み事は、他人に話せることではない。

京太郎(『どうして百合アンソロジー「つぼみ」が休刊になったのか悩んでる』なんて、とてもじゃないけど言えねえ……)

 この真実を知ったときは悲しくて悲しくて、どうしてこの世界はこんなにも残酷なんだろうと嘆いたものだ。

京太郎「……やっぱり、悩んでることなんて、思いつかないな」

和「そうですか……そうなんですね」

 納得いかないようではあったものの、それ以上の追求はなかった。

和「私も将来のことをいろいろ考えたりしますけど」

京太郎「おう」

和「でも今は目の前に大きな課題があるんです。まずはそれをどうにかしないといけないと思ってます」

京太郎「課題? それって……」

 和は言うべきか言わざるべきか少し悩んでいるようだったけど、観念したかのように息をついた。

和「今年のインハイ、優勝できなかったら麻雀をやめさせられるんです」

京太郎「……そっか」

和「………………」

京太郎「残りの部員、見つけなきゃな」

和「……見つかるんでしょうか」

京太郎「そりゃ、きっとどこかに」

和「でも、三年生も二年生も一人ずつしかいなかったんですよ? もう私たちの学年は二人いるのに、あと一人見つけるなんて……」

京太郎「大丈夫だって、必ず見つかる」

 そのとき京太郎の脳裏に横切ったのは咲の姿だった。

 あいつなら、麻雀をやってくれるかもしれない。

 誘ってみよう、そしたらきっと何かが起こるはずだから。

時山「あと五分で到着です」

京太郎「ありがとう、時山さん。例のもの、用意は出来てますか?」

時山「こちらです」

和「須賀君、そのかばん、なんですか?」

京太郎「見たいか? ほら」

 カバンの中に入っていたのは、女性用の服、一式。

和「わぁ、かわいい……ブランドは……D.A.SUTUARTですか。私、ここの服、好きなんです」

和「NAGANO STYLEとコラボしたシリーズは大流行でしたよね」

京太郎「NAGANO STYLEの服もあるぜ」

和「これ、今春の新商品ですね!  NAGANO STYLE、好きなんですか?」

京太郎「おう、メンズ商品も充実してるからな。少ない布面積に盛り込むふんだんな装飾は海外でも高評価されてるらしいぜ」

京太郎「デザイナーの長野雫さんが、海外の賞を取りまくってたみたいだし」

和「でも、どうしてこんな服を?」

京太郎「和、言ってただろ? 穏乃は今、阿知賀女子に進学してるかもしれないって」

和「実際のところはわからないですけど……」

京太郎「穏乃の家に電話して確かめたんだ。どうやら本当に阿知女みたいだぜ」

時山「そのようにお聞きしました」

和「そうなんですか」

京太郎「で、穏乃は今どこにいるか聞いたんだ。どうやら穏乃は、麻雀部の活動で学校にいるそうだ」

和「麻雀、ですか!?」

京太郎「驚くようなことなのか?」

和「いえ……。穏乃、小学校卒業と同時に麻雀をやめていたので……」

京太郎「……そうだったのか」

和「そうですか……よかった」

京太郎「また穏乃と打ちたかったのか」

和「え……いや…ふふ、そうですね。打ちたかったんだと思います」

京太郎「……よかったな、和」

和「……はい」

 きっと和にとって、奈良で過ごした数年は大切なモノだったのだろう。

 彼女はそういうことをはっきりというタイプではないのでわかりにくいけれど。

和「で、結局その洋服はなんのために……?」

京太郎「と、言い忘れてた。女装のためだよ」

和「えっと……よくわかりません」

京太郎「阿知賀女子学院は女子校だぜ? 女子校は百合の聖地!」

京太郎「男っぽいものは取り除かねばならない!男の俺も本来なら立ち入るべきではないが……今回は事情が事情だ」

京太郎「極力百合の園を汚さないように女の子になる配慮ぐらいはするべきかと思ってな!」

和「何を言ってるのやらさっぱり……」

京太郎「阿知賀は共学化しやすい学校だが……この世界線は共学化しなかったんだ」

京太郎「いや、共学化なんてしたら百合の花が枯れるから勘弁願いたいんだが……」

和「えっと……結論は」

京太郎「女装したいから、女装する」

和「なるほど、須賀君の声って、女装しそうなタイプの声ですもんね」

 ……そこまで思い切ったことは言ってない。

京太郎「和は少しぶっちゃけすぎるところがあるよなー」

和「そんなつもりはないんですけど……せっかくだし、もう少しぶっちゃけてみましょうか」

京太郎「和に『ぶっちゃけ』という言葉は似合わないというぶっちゃけをしたいところだけど、どうぞ」

和「どうして須賀君、急に奈良に来ようと思ったんですか?」

京太郎「えっと……それは」

 優希への思いが何なのか確かめるため。

 ……そんなこと言えない。

京太郎「穏乃に久々に会いたかったから」

和「それ、本当ですか」

京太郎「和……お前まさか本当の理由を知って……!」

和「本当は最近の阿知賀スレブームに便乗しようとしてるんじゃないですか」

京太郎「ぶっちゃけた!」

 ちげーよ!

和「もしくはシリアス展開ばかりが続くのが辛くてギャグ展開で済みそうな場所に緊急避難してるという可能性も」

京太郎「到着だぜ……! 阿知賀……!」

 素早く服を着替え、京太郎はヘリから飛び出した。

 新子憧は、刺激的なことが好きだった。

 しずは、刺激的な少女だ。

 私がしずのそばにいたいと思ったのは、そんな刺激的なところに惹かれているのだろう。

 しずのそばにいたら、刺激的で、楽しい日々が続くのだ。

 部活の休憩時間、憧は屋上へ風に当たりに来ていた。

 屋上は四方が高いフェンスに囲まれていて多少開放感は損なわれているものの、校舎の周りの森林を一望できて気持ちがいい。

 頭をつかう麻雀を得意とする憧にとって、頭の休憩のために屋上は最高の休憩場所だった。

 ……ところで。

 刺激的なことが好きとは言ったが。

 ヘリコプターが私をめがけて飛んでくる。

 エンジンの音なのかプロペラの音なのかはわからないが爆音が耳をつんざく。

 そのヘリから一人の少女が飛び出してくる。

 息を呑むほど美しい少女だった。

 パラシュートが開く。

 美しい少女は優雅に体を動かし、巧みに軌道を修正しながら。

 ゆったりと、憧のいる屋上へ着地した。

 空から降ってきた美しい少女。

 屋上を吹き抜ける風で長い髪がうねる。

 その少女は輝いているかのようだった。

 少女は空を見上げ、自慢気な声で言った。

京子「なるほどSUNDAYじゃねーの」

 SATURDAYだ。

 ほどなく、ヘリも着陸し、中から出てきたのは、憧もよく知る少女だった。

和「須賀君なんでわざわざパラシュートなんて使ったんですか」

京子「特に意味は無いよ。そして今は京子と呼んで!」

和「跡部人気に便乗するためですか」

京子「和、ぶっちゃけキャラになる気か」

憧「の…………」

和・京太郎「ん?」

憧「和ぁ!?」

和「お久しぶりです、憧」

 ……ここまで刺激的なことは求めていない。

 京太郎が初めて女装をしたのは中学1年生。

 百合を汚さないために始めた女装。

 でも今は百合とは別の独立した趣味になっている。

 どうしてこの趣味は理解者が少ないのだろうか? こんなに可愛い服を着られるのに。

 そもそも男の服にはキュートさが足りない。もっと男の服にもフリフリなやつがほしいです。

 最近スカートがメンズファッションとして取り入れられたときは「俺の生まれる時代は間違ってなんかいなかった!」

 と思ったものだが、実際のところ、まだ一般化してないし、そもそもスカートと言ったってミニは許されていない。

 丈が長くてゆるふわ系フリフリスカートも大好きではあるのだが、短いやつも履きたいのだ。てなわけで今、俺はミニスカート姿だ。

 いや、「俺」という無粋な一人称はやめよう。

 私、須賀京子は阿知賀女子学院に降り立っていた。

 女子校である。

 女子校である!

 百合の聖地である!

 少子化の影響で共学化なんてしてないのである!

 阿知賀に来た途端、そこらかしこから百合の香りが漂ってきた!

憧「………………」

 阿知賀に来て一番最初に目についた少女もまた、ほのかな百合の香りに包まれていた。

京子「はじめまして!」

憧「あ……はい、はじめまして」

 握手をする。

憧「えっと、和、この子は……?」

和「須賀京太郎、男です」

憧「え」

京子「はい?」

憧「え」

和「須賀君、こちらが先ほど写真でお見せした新子憧さんです」

京子「へえ……『女の子は一年もあれば見違えるぐらい変わるものだ』と本藤先輩が言ってたけど、本当なんだね! 私、感心!」

和「案外あっさりなリアクションですね」

京子「女の子はいつでもかわいくなれるんだよ? 私、知ってる」

和「カプ総合スレや阿知賀スレで『憧の急成長に驚く』シチュエーションの話がたくさんあるから」

和「競合を避けるためにあっさりなリアクションしたのかと。ぶっちゃけそう思いました」

京子「ぶっちゃけキャラはやめよう、和」

 しかしこんなに姿が変わってしまうと、本来の目的である「優希への思いが何であるか確かめる」が達成できなくなる。

 わざわざ奈良まで来て得られるものがなにもないのでは、悲しくなってしまう。

 そこで、新たな目的を思いついた。

 百合の種探しである。

 百合の種探しとは。

 もうすぐ百合ップルになりそうな女の子を探して事前に仲良くなり、女の子たちがゆりゆりしているさまを観察させてもらうことだ。

憧「えっと、あの」

京子「あなた、恋、してる?」

憧「はい?」

京子「好きな女の子、いる?」

憧「え、ちょっ、まっ」

京子「いるんだね! 私、応援してるから!」

憧「え? う、うん」

京子「LINEのID交換しよう! それで逐一、好きな女の子とやったイベントを報告してね!」

憧(え? あれ? どうなってんのこれ!?)

京子「ID!」

憧「あ、はい……」

 百合の可能性をひとつゲット。幸先のいいスタートだ。

京子「じゃ、他の百合の香りを追ってくるから、このへんで……」

憧「ちょっと待って!」

京子「どうしたの?」

憧「和。この人とどんな関係!?」

 いきなり旧友が謎の女装男とともにヘリで現れたら、そりゃ二人がどんな関係なのか気になるだろう。

和「須賀さんとの関係ですか」

京子「和ちゃんとの関係、かぁ……」

 部活仲間? 友だち?

 何だろう……、私と和の関係って。

 ……そういえば。

 ヘリの中で話し合った。

 将来のこと。将来、なにになりたいか。

 私たちは、将来のことを話しあった関係なのだ。

和・京子「将来のことを話しあった関係」

京子「だよ」
和「です」

憧「え」

憧「えええええええええええええええええ!?」

 阿知賀麻雀部室にて。

 京子は京太郎に戻っていた。

京太郎「ひどい……ひどい……この世界は俺の敵だ……」

玄「ど、どうしたの京太郎くん」

京太郎「玄さん……ここって女子校ですよね」

玄「うん」

京太郎「百合の園ですよね」

宥「ユリの花が咲くのは5月からだけど……」

京太郎「なのに男性教師がいるんですよ!?」

玄「え!? 普通だと思うけど」

京太郎「俺の知ってる女子校は男なんて一人もいないんです!」

玄「どういうこと!?」

京太郎「くそっ……これだから現実は……! もっと百合漫画を見習えよ……!」

京太郎「こんな思いをするぐらいだったらカプ総合スレでいろんな女の子とインスタントにイチャイチャしてるほうがマシだ!」

穏乃「ねーねーきょーたろー。さっきの女の子の姿、もう一回見せてよー」

京太郎「よし、じゃ、着替えてくるぜ!」

灼「ハルちゃんはもうすぐ来るとおも……」

和「そうですか……それじゃ赤土さんが来るまでここで待っていていいですか?」

穏乃「赤土先生は今、職員会議中だから、30分もしないうちに来ると思うよ」

京子「手うがは大切だよ 手うがしようね!」

和「としのーきょーこー?」

京子「 !? 」

和「なんでもありません」

穏乃「わーすっごい! かわいい!」

憧「なじみすぎ!!」

 なじんでいた。

憧「っていうかしず! こいつと知り合いなの!?」

穏乃「きょーたろはうちのお得意さんだったんだよ」

憧「玄と宥姉は!?」

玄・宥「初対面」

憧「なじみすぎ!」

京子「すみません……憧さん……。私、邪魔でしたよね……」

京子「みんなと話すのが楽しくて、つい騒いじゃいました……。本当にごめんなさい……」

憧「え……いや……別に怒ってるわけじゃ」

京子「心配して損した!」

憧「譲歩して損したんだけど!?」

 元の姿に着替える。

 あまりに長い時間京子でいると、自らのパーソナリティを喪失しかねないからだ。

玄「和ちゃんと京太郎くんは将来のことを話しあった関係なんだよね?」

和「はい、そうですね」

玄「いいなあ~……憧れるなあ……」

京太郎「そんなに憧れることですか?」

玄「そりゃ当然! 女の子なら当然なのです!」

京太郎「じゃあ玄さんも俺達と将来のことを考えませんか?」

玄「えぇっ!? だ、だめだよ、そんな! 和ちゃんが怒るよ」

和「構いませんよ」

玄「寛容!? 長野ってそんなに爛れた場所なの!?」

京太郎「何故長野の悪口を……。温泉とかいっぱいあっていいところですよ?」

玄「うちにもいい温泉があるのです」

京太郎「へえ、いいですね! 温泉旅館か何かですか?」

玄「うん。あ、良かったら温泉、どうですか?」

京太郎「あ、それじゃあ、入ります。和も入るよな?」

和「いいですね、温泉。お願いします」

玄「ま、まさか一緒に?」

京太郎「なんでそうなるんですか」

玄「あはは、さすがにまだ早いよね! よかった!」

和「早い遅いの問題なのでしょうか……」

玄「とすると、お二人はどこまで……?」

京太郎「どこまで、とは?」

玄「二人で今までにやったことは?」

 二人でやったこと?

 う~ん、特に思いつかない。

和「そうですね……さっき須賀君の部屋でベッドに押し倒されました」

玄「すごく進んでる!?」

京太郎「あーあれかー。そういえばそんなこともあったな」

玄「そんなどうでもよさそうに……」

京太郎「まあ(バランスを崩して押し倒すなんて)よくあることですし」

玄「長野怖いのです」

京太郎「なぜさっきから長野へバッシングが……? いいところなんですよ長野。交通マナーが少しばかり悪いですけど」

玄「それって良い所だと言えるの……?」

京太郎「奈良も鹿さんの交通マナー悪いんですよね? それと一緒です」

玄「結構違う気が」

玄「でも羨ましいな……。和ちゃんのおもちを自由に扱えるなんて」

京太郎「え、扱えませんよ?」

玄「そこはまだ許してないんだ」

和「『まだ』ってなんですか『まだ』って。一生許しませんよ」

玄「そこはプラトニックなんだ……長野って訳がわからないのです。おもちを触れないとか……長野には行きたくないのです」

京太郎「長野に何か恨みでも……?」

玄「おもち帝国岐阜の隣に位置しながら、長野のおもちは平均以下の大きさしかないんだよ!?」

京太郎「ならば恨むのも致し方無いですね」

玄「そうなのです……ってあれ? 京太郎くん、おもちという言葉をなぜ……?」

京太郎「そういえば玄さん、なぜ俺が作った隠語を……?」

玄「…………」

京太郎「…………」

 この世に、奇跡は存在した。

 300km以上離れた奈良と長野で、同じ言語文化がまったく別の人間によって誕生していたのだ。

京太郎「奇跡ってあるもんですね……」

玄「うん……私、感動しちゃったよ」

 そこで京太郎はあることを思い出した。

京太郎「おもちスレって知ってますか」

玄「うん。私、あのスレの住人だもん」

京太郎「こんな形でオフ会をすることになるとは思ってませんでした」

玄「うん、仲間に会えて、私……嬉しい」

京太郎「俺もです。でもせっかくだったら他の住人さん……」

京太郎「もち吉さんとか、†妖魔†さんとか、黒の騎士さんとか、チャチャさんにも会いたかったですね」

玄「京太郎くん……。ここで重大発表があるんだ」

京太郎「……なんですか?」

玄「その人達、全部、私の自演なんだ……」

京太郎「…………え」

玄「そう、それはあの日のこと――」

 おもちのことを語りたかった。

 おもちのことで夜を明かしたかった。

 でもそんな話を出来る人はいなかった。

 日に日に募るおもちへの思い。

 それは発散されることはなく。

 ――私は、私と語ることにしたのだ。

 掲示板を作り。

 自分のパソコンと、おねーちゃんのパソコンと、自分のケータイと、おねーちゃんのケータイと

 旅館のパソコンを使い分け5つの人格を作り出し。

 たった一人でおもち談義をしていた。

 楽しい時間だったけれど、虚しさは募り続けた。

 だからその日現れたその人は、私にとってかけがえのない人だ。

 あなたが初めておもちスレを見たとき、私は人生であれほど嬉しかったことはなかった。

 時には心苦しいながらもあなたのおもち観を叩いたりもした。

 それでも私は、あなたに感謝している。

玄「ごめんね……自演なんかして……」

京太郎「玄さん……」

 痛いほど、彼女の気持ちが理解できた。

 京太郎にも似たような経験があったのだ。

 百合が好きになって。

 誰かと語り合いたいほど好きになって。

 でもそれを語れる人はいなかった。

 今でもあの頃のことを思い出すと心が寒くなる。

 大切な何かが欠けていたあの日々。

 それはちょうど紅生姜のない牛丼のようで。

 決して戻りたくない過去だ。

京太郎「いいんですよ玄さん……! いいんです……! そんなことはもう……!」

玄「でも、ずっと騙してたんだよ? 大切な京太郎くんを……ずっとずっと騙してたんだよ?」

京太郎「気にしてないです……! 玄さんの気持ち、とても良くわかりますから……!」

玄「京太郎くん……!」

和「そうですよ、玄さん。須賀君は玄さんの気持ちを良く理解してますよ」

玄「和ちゃん……!」

和「須賀君もよくSSスレで自演しまくって自分のスレを人気があるように見せかけてますし」

京太郎「これでぶっちゃけるのは最後にしよう、なっ?」

 しばらくすると、阿知賀麻雀部の顧問であるという赤土さんがやってきて、和と話していた。

 赤土さんが来た瞬間、灼さんの百合指数が十倍に底上げされ、歓喜したのは言うまでもない。

 京太郎はそっと部室を出ると、廊下にある自動販売機でビックルを買い、ベンチに座って瞑想した。

 阿知賀女子麻雀部は百合の土壌であるとともに、片思いしかない、悲恋の世界だ。

 灼さんの思いは一方通行だし、憧の思いも一方通行だ。

 百合の物語は悲しい最後を迎えることも多い。

 だからこそ現実ではハッピーエンドを迎えてもいいと思うのだ。

 憧と灼さんに、何とかしてハッピーエンドを与えられないだろうか。そう思った。

京太郎「……ん?」

憧「あ……」

 そこに、憧がやって来た。

京太郎「何か飲みに?」

憧「……やっぱ戻る」

京太郎「俺のことなんか気にすんなよ」

憧「……別に」

 京太郎は立ち上がり、自動販売機の目で財布を出した。

京太郎「何飲む?」

憧「ちょっ……自分で払うから」

京太郎「そうか、つぶつぶドリアンジュースか」

憧「カルピスソーダ!」

京太郎「はい、購入っと」

憧「あ……しま……」

京太郎「隙を見せたな」

憧「くっ……。それ、いらないから」

京太郎「俺、炭酸苦手なんだけど」

憧「……子どもみたい」

京太郎「よく言われる」

憧「……あーもう、貰うわよ! ありがとねっ!」

京太郎「助かるよ」

 近づこうと一歩踏み出した瞬間、憧は一歩、後ずさった。

京太郎「…………」スタ

憧「…………」スタ

 京太郎一歩前進。

 憧一歩後退。

京太郎「…………」スタスタ

憧「…………」スタスタ

 京太郎ニ歩前進。

 憧ニ歩後退。

 これはもしかして、俺、避けられてね?

 何故だろう。

 嫌われるようなことをしたか?

 したけども。

京太郎「俺のことは嫌いでも、LINEで百合話をする約束はやめないでください!」

憧「……別にあんたのことが嫌いなわけじゃないわよ」

京太郎「好きというわけでもないのか」

憧「好きになる要素ないでしょ」

京太郎「たしかにな」

 否定はできない。

京太郎「じゃあなんで近づこうとすると離れるんだ」

憧「あ……えと……それは」

京太郎「それは?」

憧「……苦手だから」

京太郎「なにが」

憧「お、男の子が……」

京太郎「はは、なるほどな」

憧「……ダメだよね、やっぱり、異性が怖いなんて」

京太郎「……そんなことねーよ」

憧「そんなわけない! 治すべきなんでしょ!?」

京太郎「いいじゃねーか、異性が苦手なくらい。無理して慣れようとする必要はないよ」

憧「でも……」

京太郎「治したいならゆっくり治していけばいい。慌てなくたっていいだろ」

 というか。

 治してほしくない!

 男嫌いとか最高じゃんか!

 それってもう百合に生きろっていう神様からのメッセージだぜ、きっと。

 憧がここまで育てた百合の芽を枯れないように守るのは、「男が苦手」というステータスなのだ。

 変な男に捕まったらせっかくの百合の芽が花を咲かせる前に枯れてしまう。

 そんなのは許せない。

京太郎「憧、俺は気にしないから」

憧「そっか……ゆっくりでいいんだ」

京太郎「ああ」

憧「……ありがとね、京太郎」

京太郎「?」

憧「うらやましいな……和」

京太郎「へ……? 憧、お前、なに言って……」

穏乃「大変だよ、きょーたろー!!」

 そんな憧との会話中、穏乃が慌てた様子で駆け込んできた。

京太郎「どうした!?」

穏乃「和が、和が、熱を出して倒れて……!」

京太郎「え……あっ!」

 そうだ。確かに今日の和の様子は変だった。

 普段はあんなにぶっちゃける性格じゃないのに、今日はやたらとぶっちゃけていた。

 あれは体調が悪くて調子がおかしかったんだ!

 松美館。

 看病しやすいよう、板場に一番近い部屋を貸してもらった。

 板場に氷があるからだ。

晴絵「疲れが溜まってたみたいね。この時期は生活の変化も多いし、体調を崩しやすいからね」

和「……そうですね」

穏乃「おかゆ持ってきたよ! 食べられる?」

和「ありがとう穏乃。いただきます」

京太郎「ごめんな、和……。俺が無理に連れ回したせいで」

和「いえ……私も気づかなかったですから……」

 ……そうじゃないんだよ、和。

 奈良に来たのは俺の勝手な用事で。

 それに巻き込んだのがいけなかったんだ。

 京太郎は立ち上がり和のそばを離れ、部屋の入口にいる時山さんのそばへゆっくりと後ずさった。

時山「原村様のご両親への連絡、完了しました」

京太郎「ありがとう、時山さん」

 場所が奈良だったのは不幸中の幸いか。

 もともと和が住んでいた場所なので、親同士の繋がりもあったため、奈良にいることで大きなトラブルにはならなかった。

時山「この部屋と隣の部屋を使わせていただくよう、手続きも致しました」

京太郎「……いつもすみません」

時山「いえ、お役に立てるのならば」

京太郎「……天江家でのことを思い出してるんですか」

時山「…………違いますよ。それに今の衣様は龍門渕家にいらっしゃるのでしょう?」

時山「龍門渕家にはあの荻原さんがついています。何の心配もいりません」

京太郎「……わかりました」


 夜。

京太郎「それじゃ和、何かあったら遠慮なく呼んでくれ。おやすみ」

和「はい、おやすみなさい」

 和のいる部屋を出た京太郎は自分の部屋に戻ろうとしたが、思い直してロビーに行った。

 ロビーの端にある自動販売機の前に立つ。

京太郎「……昼に一本ジュース飲んじゃったからな。一日二本は飲み過ぎ……」

 水を買う。

 出てきたペットボトルを目に近づけて、水の向こう側を見通す。

 水を通すとゆらゆらと世界が揺れる。

 それは牌の世界に似ていた。

京太郎「今日は牌に会えなかったな……」

 なぜだろうか。最近、牌のことを考える時間が増えた。

 今ごろ牌は何をしてるだろうとか、どんなことを考えてるのだろうとか、過去にどんなことがあったのだろうとか。

 考えるだけ無駄なのに、気づけばそんなことばかり考えていた。

 ゆらゆら揺れる空間に、揺れる人影が映った。

京太郎「……こんな時間に外出して親に怒られないのか」

穏乃「……和のことが心配で」

憧「ちゃんと許可は取ったわよ」

灼「部長としての責任もある……」

京太郎「大丈夫だ、今は安定してる。ゆっくり休めば元気になるはずだ」

穏乃「そっか……よかった」

 安堵したように三人はソファーに腰を下ろした。

京太郎「早く戻ったほうがいいぜ。許可を取ったとはいえ親も心配だろ」

穏乃「許可っていうのは松美館にお泊りする許可だよ」

京太郎「あ、そういうこと……よく親の許可取れたな」

憧「あんたの親はどうなのよ。いきなり外泊なんてして」

京太郎「ふ……俺の親か……?」

 視線をそらし、天井を見上げる。電灯が眩しかった。

穏乃「まさか……親」

京太郎「ああ……」

 視線を戻す。

京太郎「超怒ると思うぜ!」

穏乃「予想と違った!」

京太郎「はぁ……明日がこえーよ……。何時間説教されるのやら……下手したら説教だけで2ページは消費する可能性も……」

穏乃「のび太のパパか」

憧「和のこと……心配?」

京太郎「そりゃそうだろ」

憧「そうよね、将来のことを話しあった関係だもんね」

京太郎「? 確かに、そうだけど」

穏乃「どうやって二人は知り合ったの?」

京太郎「部活が一緒だった」

穏乃「ほほー……定番だね。で、告白はどっちから」

憧「ちょっと、しず!」

穏乃「ヘヘ……いいじゃんか」

京太郎「告白って何のことだ?」

憧「してないの!?」

京太郎「ただの友だちに告白なんてするわけないだろ」

穏乃「え? ……将来のことを話しあった関係なんじゃ」

京太郎「おう。将来、何になりたいかについて語り合った関係だぜ」

憧・穏乃「………………」

灼「知ってた」

京太郎「え? え? なにこの空気」

灼「アラタ」

 その後、旅館の雀卓で三人にボロボロにされた京太郎だった。

 麻雀終了後。

 京太郎は穏乃を外へ呼び出した。

 明かりの近くには虫が沢山いたため、少し暗がりになっていた池のそばへ。

 松美館の池は宴会所の窓から一望できる場所にあった。

 月明かりが池の表面で反射してきれいだ。

穏乃「どうしたの、きょーたろー」

京太郎「なんだかんだでゆっくり話せなかったからさ。思い出でも語ろうかと」

穏乃「思い出かー。実はそんなにないよね」

京太郎「まーな。期間的には短かったし」

 小学校が同じだったわけでも、一緒の麻雀教室に通っていたわけでもない。そんな都合の良い過去はないのだ。

京太郎「あのさ、穏乃は覚えてるか」

穏乃「なにを」

京太郎「俺がここに引っ越してきたときのこと」

穏乃「うーん……半分くらい」

京太郎「俺、何か言ってなかったか」

穏乃「……………………………………」

 穏乃は目を閉じて、顔を傾けた。

 忘れかけたことを思い出そうとしているのだろう。

穏乃「そういえば、ときどき言ってた気がする」

京太郎「なんて?」

穏乃「『あのとき、俺は足が動かなかった』って」

穏乃「『そんな情けない俺の隣を、あいつは駆け出した』」

穏乃「『あのとき俺がその役目を負っていたら、サキも、テル姉も、あいつも――あんなことには』」

京太郎「……その先は!? まだ他に何か言ってなかったか!?」

穏乃「ん……えっと……何か言ってたっけ」

 穏乃の肩を掴む。

京太郎「何でもいいんだ! どんな些細な事でもいいから、頼む!」

穏乃「い……痛いよ、きょーたろー」

京太郎「あ……わるい」

 肩から手を離す。

 手が痺れていた。どうやら知らないうちに強く握っていたようだ。

穏乃「なにか、あったの」

京太郎「…………」

穏乃「すごく、必死だった」

 見抜かれている。

 和は俺のことを「何でも見透かしてるよう」と表現したが、穏乃ほどではないと思う。

京太郎「今日、和とアルバムを見たんだ。俺が奈良にいたときの――つまり穏乃との写真。そのアルバムを見て気づいたことがある」

京太郎「そのアルバムに、空白期間があるんだ。二年間分の写真がすっぽり抜けていたんだよ」

 それは、記憶に蓋をした時間。

京太郎「俺がそのころの写真を捨てたのか、親が隠したのか分かんねーけど……思い出さなきゃならない」

穏乃「……わかった。あのときのこと、もっと思い出してみる」

 穏乃は黙って空を見上げた。

穏乃「ひとつだけ、思い出した」

京太郎「…………」

穏乃「『好きだったのに』」

京太郎「え?」

穏乃「『好きだったのに』って言ってた」


 次の日。

 阿知賀女子学院屋上。

 ヘリに乗り込んだ京太郎たちは阿知賀女子麻雀部の六人に見送られていた。

 プロペラの音が轟いている。

穏乃「和! そこからなら、みんなを見れる!?」

和「見えますよ!」

 大きな声で和は返事をした。

穏乃「これが、私たちのチーム!」

 穏乃が両腕を大きく広げる。

和「はい!」

穏乃「全国で和と遊ぶために、作ったんだよ!」

和「……!」

穏乃「全国、絶対来いよ、和!」

和「そんな約束は……いえ」

 和は京太郎の顔を横目で見て、覚悟を決めたように言った。

和「必ず、行きます!」

 奈良が離れていく。

 京太郎と和にとっての思い出の場所が。

京太郎「そんな約束はできない、っていうのかと思った」

和「そう言うつもりでした」

京太郎「じゃ、なんで」

和「ふふ、どうしてでしょうね」

京太郎「答えは?」

和「答えは教えませんよ」

 こうして、二人の奈良の旅は終わった。

 旅に意味を求めてはいけないとは言うけれど。

 大切なものを手に入れた気がした。

7・終