6・

京太郎「咲……」

咲「京ちゃん……」

 手が重なりあう。

 暗闇の中では視覚が役に立たない。

 それにともなって他の感覚が鋭くなってくる。

 衣服の擦れる音が聞こえる。

 時計の針が動く音が聞こえる。

 心臓の鼓動が聞こえる。

 触覚が、敏感になっていく。

京太郎「本当にいいのか、咲……」

咲「うん……」

 咲の肩に手を置いて、そして――。

「おっきろーーーーーーーーー!」

 ――ようやく目が覚める。

 さて、牌の世界へ飛ばされるとかいうファンタジーな展開に、京太郎がたいして動じなかったのには理由があった。

 それはすでに京太郎があるファンタジーを飼い慣らしていたからだ。

京太郎「……おはよう、カピ」

カピ「あ、ようやく起きた! ご主人さま、起きた!」

 喋るカピバラというファンタジーだ。

京太郎「いい夢だったのに……! 正直、これ夢だなってわかってたけど……! あとちょっとだったのに!」

カピ「なになに? いい夢? 知りたい!」

京太郎「教えない」

カピ「さきちゃんの夢でしょ!」

京太郎「へ? なんのことだ?」

カピ「寝言でさきさき言ってた! ごまかせない!」

京太郎「ひどい」

カピ「フラレたのに健気!」

京太郎「うぅ……」

カピ「ストーカー野郎!」

京太郎「今日のお前ひどくね?」

カピ「それにしてももう高校生だっていうのに女の子の一人も部屋に連れてこないとは……人間の寿命は長いって言うても心配やわ」

京太郎「やめてください」

カピ「いないの? 仲いい女の子?」

京太郎「いや、そんなこと言われてもさあ……。あ」

カピ「どしたの」

京太郎「そういえば今日、和が来るんだよ」

カピ「へ~! その人、仲いいの?」

京太郎「う~ん、向こうはまだ俺のことを信用してない感じはあるんだけど」

カピ「じゃあ、何で来るの」

京太郎「こんなことがあってさ……」

 昨日のこと。

 見事、ニ人の男子部員を集めた京太郎。あと二人の男子部員と、一人の女子部員を求め、和に相談した。

京太郎「和。お前に憧れてここに来た麻雀の強いやつっていねーの?」

和「いえ……別に私は憧れられるような存在じゃありませんし」

 そんなわけない。

京太郎「後輩とかは?」

和「あ……二人いるんですけど……確かにあの子たちは慕ってくれますね。嬉しいです」

京太郎「二人? 中学も強豪校ではないのか」

和「高遠原です」

京太郎「へえ、優希と一緒か。二人は幼馴染だったり?」

和「私は中学2年生のときにこっちに引っ越してきたんです。親友ですけど、幼馴染というわけではないんですよ」

京太郎「引っ越しか。前の中学は麻雀部強かったのか?」

和「そんな有名じゃない……いえ、麻雀部はありませんでした」

京太郎「なんてとこ?」

和「阿知賀女子学院中等部、です。知らないと思いますけど……」

京太郎「……奈良県の?」

和「知ってるんですか!?」

京太郎「小2のころから小4までの間、奈良県の小学校に行ってたんだよ」

和「私は小6からなので……ちょっと時期が違いますね」

京太郎「阿知女かぁ……じゃあ、もしかしてだけど、高鴨穏乃って人、知ってるか?」

和「え!? 知ってます! 須賀君も穏乃の友達だったんですか?」

京太郎「う~ん……どっちかというと、穏乃のおばあちゃん――雪乃さんと仲が良かったんだけどな」

和「えっと、たしかお土産屋でしたっけ?」

京太郎「和菓子屋でもあるけどな。和菓子を買うため、その店によく行ったんだ」

京太郎「最初は親と一緒に、だけどな。……雪乃さん、優しくって。いろいろよくしてくれたよ」

京太郎「学校帰りとかしょっちゅう雪乃さんのところに遊びに行ったっけ……いい思い出だ」

 雪乃さんには大切なことをいろいろ教わった。京太郎の人生観の一部は、彼女によって形作られたと言っても過言ではないくらいだ。

 京太郎にとっての初恋は咲であることに間違いはないが、雪乃さんにもほんのり淡い恋心を抱いていた。

 年齢差は大変なことになるけど、それはまあ……。

和「穏乃とは、そのときに?」

京太郎「ああ。小学校は違ったけどな。雪乃さんを通して紹介された。遊んだのは数回だけど……まあ穏乃はあんな性格だ」

京太郎「人見知りだった俺とも、仲良くしてくれたよ。いいやつというか……すごいやつって印象だった」

和「……そうですね、私もそう思います」

 奈良で過ごした三年間、それは幸せな時間だった。

 奈良に来る前はあんなに心が苦しかったのに……。

 ――苦しかった?

 あれ?

 何で苦しかったんだっけ?

 何で俺、引っ越したんだっけ?

和「そのころ穏乃はどんな感じでした?」

京太郎「見るか? アルバムにそのころの写真があるし」

和「お願いします」

京太郎「あ、そうだ。小6の穏乃も見たいな。どんな風に成長したのやら」

和「じゃあ、私もアルバムを持っていきますね」

 持っていく? 持ってくるじゃなくて?

和「須賀君の家へ」

カピ「のどかちゃんのこと好きなの?」

京太郎「ん? おもちが大きいから好きだぜ。咲と絡ませたら最高の百合ップルだろうな……」

 胸の大きさに差がある百合ップルは最高。京太郎が辿り着いた、一つの真理だった。

カピ「そうじゃなくて、恋愛感情的に」

京太郎「ははは、まだ出会って一ヶ月も経ってないんだぜ? どうやって惚れるんだよ」

カピ「そういえば気になる! どうしてご主人さま、咲ちゃんのこと好きになったの?」

京太郎「え~? うふふふ///」

カピ「なんか気持ち悪い」

京太郎「いろいろ咲のことが気になるイベントはあったんだけど……決定的だったのは修学旅行のときだな」

カピ「お、何だかまともそう」

京太郎「修学旅行の一日目、夕食の時の話だ。その夕食はいくつかのコースから好きなメニューを選べた」

京太郎「まあ若者の集団なわけだからみんな肉料理とかを選んでた。その中で咲は秋刀魚の塩焼きを頼んでたんだ」

京太郎「いや、秋刀魚の塩焼きも、もちろん美味しいよ? でも、それを選ぶ人は少なかったからさ、思わず注目しちゃったんだ」

京太郎「それでな、すごいんだぜ、咲。すっげー綺麗に魚を食うの」

京太郎「骨と身を綺麗に分けて、食べれるところは全部食べて、最後に残るのは綺麗な骨」

京太郎「俺、魚食うの苦手でさ、親に厳しくしつけられたからそこそこ綺麗には食えるんだけど」

京太郎「咲のは今までに見たことがないくらいに綺麗だった。あのときは、もう、マジで惚れたね。結婚したくなった」

カピ「目の付けどころが、シュールです」

京太郎「そうかな、惚れ惚れするぜ?」

カピ「まあ、それはいいんだけど……のどかちゃんが来る前に本棚の百合本は隠してね」

京太郎「……忘れてた」

 本棚上部から下部までそびえ立つ百合! 百合! 百合! こんなの見られたらドン引き間違いなし!

京太郎「片付け完了!  あとは和が来るまでゆるゆりの最新刊を読んで待ってよう」

カピ「片付け完了してない!」

京太郎「………………」

京太郎「……ふへっ」

京太郎「…………ふぬっ」

京太郎「……ふぅ。ゆるゆりは百合じゃないよなー。ほんのり百合っぽい、友情日常漫画って感じ」

カピ「そうなの?」

京太郎「ひまさくは百合だけど」

カピ「あれ」

京太郎「結京も百合だけど」

カピ「おい」

京太郎「あれ? やっぱり百合漫画じゃね?」

京太郎「っていうか、この世の漫画は全部百合漫画じゃね?」

京太郎母「京太郎ー! お友達が来たわよー!」

京太郎「うおおっ! 思ったより来るの早い! ゆるゆりは……ベッドの中にでも入れとくか」

カピ「ガンバッ!」

京太郎「いらっしゃい、和」

和「お邪魔します、須賀君」

 部屋に和を招き入れる。

 普段部室でしか会わない人が自分の部屋にいるのは何だか不思議だった。

和「……何だかいろいろと驚きました。須賀君ってお金持ちだったんですね」

京太郎「違う違う、お金持ちなのは俺の親」

京太郎「尊敬はしてるけどな、親のこと」

京太郎「ま、そこに座ってくれ」

 小さいテーブルの前に置かれた座布団の一つを指さす。

 和が座ったのを確認し、その反対側に京太郎も座る。

和「須賀君、結構本を読むんですね」

 本棚を見上げながら和は言った。

 ちなみに百合本棚はクローゼットに入れ、普段はクローゼットに入れている麻雀関連の本棚を外に置いてある。

 カモフラージュのためだ。

和「麻雀関連の本がいっぱい……これ、一年やそこらで集められる量じゃない気が……」

京太郎「ん? ああ、5,6年分くらいだけど」

和「須賀君って麻雀を始めたの、最近じゃなかったですっけ」

 ……そういうことにしてるんだった。

 自分の昔話は秘密にしておくようにやっさんに頼んだのだ。

 本当は強いんだぜー! とか恥ずかしいし。

 つーか今の俺じゃ、誰にも勝てないから、バレるわけないんだけどな!

京太郎「えーと、打ち始めたのは最近だけど、本とか見て研究は昔からしてたんだ」

京太郎「さ、そんなことより、アルバム見ようぜ」

カピ「キュー!」

京太郎「ん? お前も見たいか?」

カピ「うっす!」

和「いま喋りませんでした!?」

京太郎「珍しいな、和がそんな変なことを言うなんて」

カピ「キュー」

和「き、気のせいですか」

京太郎「そうそう。カピバラが喋るとか非科学的。せーの、はいっ……『そんなオカルト』?」

和「それ、持ちネタじゃないです!」

 1ページ目。

 手をつないでる写真。

和「仲良かったんですね」

京太郎「懐かしいなあ……」

 家族同士で写っている写真。

和「家族ぐるみの付き合いだったんですね」

京太郎「むしろそっちが中心だったかな。よくいろんなところに行ったなぁ」

京太郎「山とか、キャンプ場とか、山とか、なっらーけんこーらーんどとか、山とか」

 山での写真が何枚か出てくる。

和「このときから穏乃、山が好きだったんですね……」

京太郎「へえ、その言い方だと今も好きなのか? うん、確かにあいつ、山には並々ならぬ執念があったし」

京太郎「一回だけ、だけどな。俺と穏乃の二人で山に登ったんだよ。近くの小さな山」

京太郎「まだあのときは幼かったし、遭難――ってほどじゃないけど迷子になって――」

 心細くて、不安で、怖くて、泣きそうだった。

 でも穏乃は違った。

 楽しそうだったんだ。

京太郎「怖くないの?」

 あのとき、俺は聞いた。

 その質問に、うん、と答えるだろうと期待して。

穏乃「そんなことないよ。山は怖いものなんだよ」

穏乃「天気だって、動物だって、地形だって、山は人間に牙をむくことがあるんだ」

穏乃「それでも、そういうことをちゃんと理解したとき」

穏乃「山は私たちにいろんなものを与えてくれるんだ」

穏乃「私は、楽しさをもらった」

穏乃「山は怖いけど、楽しいんだ!」

 そのときの穏乃の顔を見ているうちに、心が落ち着いたんだ。

 落ち着いた心で周りを見回したら、帰り道が何となく見えたよ。

 ……あ、この話にオチはないんだけど、印象に残ってる、大切な思い出だ。

和「私も、穏乃と登ったことがあります」

京太郎「お、そうなのか」

和「1つだけ穏乃に言いたいことは、山登りに適した格好をすべきということです」

京太郎「その辺はなあなあで済ませよう」

和「いいんでしょうか……山登りが好きなある人が」

和「『こんな格好で山登んな!小さい山だろうが慣れた山だろうが関係ねえ! 山なめんな!』って激怒してましたけど」

京太郎「どんなものでもマニアというのは面倒くさいものだからな」

 百合男子もそうだけど。

京太郎「さてと、次のページ……」

 一緒にお風呂に入ってる写真。

京太郎「……は、また今度にして、和の持ってきたアルバムを見せてくれ!」

和「何ですか、今の写真」

京太郎「恥ずかしかったのでナシ」

和「お風呂ですか」

京太郎「まだお互い幼かったからな――実に微笑ましいよな!」

和「はぁ……まあ、普通ならそうなんでしょうけど……穏乃の場合はそうはいかないような」

京太郎「へ? なんで」

和「穏乃が小6のときの写真です」

京太郎「変わってない」

和「こっちが中1のときの写真です」

京太郎「難易度の高い間違い探しか」

和「最後、引っ越すときに撮った写真です」

京太郎「女の子らしくなった……ということはなかった」

和「つまりその写真は幼かったころの微笑ましい1ページというわけにはいかないんです。今現在の写真と言っても過言じゃないんです」

京太郎「いや、その理屈はおかしい」

 本当におかしい。

和「というわけでこの写真はお預かりするということで」

京太郎「いやいや、なんでそうなる……ハッ」

 もしかしてもしかすると。

 百合名場面図鑑収録「あの子の写真を持ってるのは私だけじゃないとイヤ」なのか!?

 そういえば和のカバン。誰かから貰ったんじゃないかと妄想したが、あれは現実!?

 あのカバン、穏乃のイメージとマッチングしてるし! 間違いない!

 穏和は現実だったんだ! 百合はファンタジーじゃなかったんだ! 百合は現実だったんだ!

京太郎(いや、落ち着け俺、素数を数えるんだ。2,3,5、7、11、13……あ、間違えて奇数を数えるの忘れてた)

和「どうしたんですか?」

京太郎「なんでもない、とにかくその写真を元の場所へ」

 手を伸ばす。少し届かなかったので体を乗り出した。

和「そんなに必死に取り戻そうとするとは……やはり」

京太郎「ないない、ありえな、うわっ!」

 バランスを崩す。

 和を押し倒す。

 ベッドにダイブ。

京太郎「………………」

和「………………」

 今朝見た、夢のことを思い出した。

 目の前の少女が咲だったらな、と思った。

京太郎「和……」

和「す、須賀君」

カピ「キーッス!」ヘイッ!

カピ「キーッス!」ソレ!

和「あれ、なにか言いました?」

京太郎「……ちょっと待っててくれ」

和「なにをするんですか?」

京太郎「カピを可愛がってくる」

和「それ今する必要あるんでしょうか……」

京太郎「クッ……まさかこのことを教えなければならないとは」

和「な、なんですか」

京太郎「誰にも言うなよ?」

和「は、はい」

京太郎「俺と和、二人だけの秘密だからな?」

和「わかりました」

京太郎「実は俺……一時間に一度はカピをモフモフしないと手が震えたりするんだ」

和「モフモフ中毒ってやつですか? 大変ですね。もしモフモフしなかったら、いったい……」

京太郎「俺自身がカピバラになる」

和「予想通りです」

京太郎「と、いうわけで、さあ! こっちの部屋でモフモフだ! カピ!」

カピ「堪忍してくれー!」

 バタンッ!


――――――――――――


京太郎「と、いうわけで、さあ! こっちの部屋でモフモフだ! カピ!」

 須賀君はニコニコとした表情でカピさんを抱きかかえた。

カピ「堪忍してくれー!」

 気のせいだろうか。喋った気がするのだが。

 いや、そんなオカルト――いや、やめよう。持ちネタ扱いされる。

 バタンッ!

 扉が閉まる。

和「そういえば、さっき……」

 ベッドに倒れたとき、背中にゴツっとしたものが当たった気がする。

和「何でしょう、四角い感触でしたけど……」

 布団の中に手を入れると、中から本が出てきた。

和「漫画……でしょうか?」

 タイトルは「ゆるゆり」。聞いたことはない。

 しかし、その本が放つ魔力に、和は冒されていた。

 読んでみたいという、恐ろしい魔力に。

和「……須賀君が来るまでの間、読んでみましょうか」

 カピをモフり終えた京太郎は、自分の部屋に戻ってきた。(※モフる=人前で喋らないように指導すること)

京太郎「わるい、和。遅くなった」

和「い、いえ。だ、大丈夫です」

 ……何故だろう。

 心なしか和の顔が赤い気がする。

 そしてそれ以上に。

 和から百合のにおいがする気がする。

和「ま……まさかあんな世界があっただなんて」

京太郎「和?」

和「は、はい!」

京太郎「もしかして、体調が悪いのか?」

和「い、いえ! そういうわけでは」

京太郎「ならいいんだけど」

和「そ、そうです、須賀君! カピさんは?」

京太郎「今は眠ってる」

和「そうなんですか」

京太郎「物理的に」

和「どういうことですか!?」

京太郎「俺のモフりテクが気持ちよかったんじゃないか?」

和「妙な造語を創らないでください」

京太郎「さて、それじゃ本格的に和が持ってきた写真を見ますか!」

 和の写真。和と穏乃と知らない女の子ふたりの写真。

和「この子――憧というんですけど、誰かに似てると思いません?」

京太郎「えー? うーん……俺の知ってる人?」

和「もちろん」

京太郎「むむむむ……」

 普段は女の子を百合妄想のために使っているので、あんまり顔を覚えていないのだ。

 大事なのは関係性だし。

 顔の良し悪しなんておまけなのだ。

 でも、今回は違った。

 答えの少女が唯一、京太郎が百合妄想を出来なかった人物だからだ。

京太郎「ゆうき……そうか、優希か!」

 ちゃんと顔を覚えている三人のうちの一人だった。

和「そうです。あれ……思ったより時間がかかりましたね……即答すると思ってたんですが」

京太郎「はは……いや、こういうの苦手でさ」

 そのとき京太郎の脳裏にあるひらめきが宿った。

 まだ京太郎は疑問に思っていたのだ。

 なぜ優希で百合妄想をすることが出来ないのかと。

 もしその原因が容姿なら。

 優希と似た憧という少女でも百合妄想は出来ないかもしれない。

 そうなると疑問が解消される。

京太郎「……行こう」

和「行くって、どこへ……」

京太郎「奈良」

和「え」

京太郎「吉野へ行こう!」

和「今からですか!? 五時間はかかりますよ!?」

京太郎「時山さん」

時山「はい、ここに」

京太郎「ヘリ、出してもらえますか」

時山「かしこまりました」

和「え? え? え? 執事さん?」

時山「ちなみに私、萩原さんの旧友です」

和「なんかこの人、めちゃくちゃ下手な伏線を張りましたよ」

京太郎「そういうのは伏線とは言わない」

6・終