【鶴賀麻雀部】

妹尾「…でさ~!声をかけられて困っちゃいましたよ~!」

蒲原「ワハハー!かおりんは本当にモテるな~!羨ましいぞー!」

睦月「うむ」ポリポリ…

蒲原「むっきーはそういう経験とかないのか?」

睦月「ふぇっ?わ…私ですか?」

蒲原「ワハハー、正直むっきーが男に声をかけられるなんて想像できないんだよなー」

妹尾「ちょっと智美ちゃん、そういう事は言っちゃ駄目だよ~」

睦月「わ……私は…」

蒲原「ワハハー、正直むっきーの方がモモよりもステルスのような気がするんだよな~!」

睦月「そんな…!蒲原先輩…」

妹尾「だからやめてあげようよ智美ちゃ~ん!智美ちゃんが言った事は気にしないでね睦月ちゃん」

睦月「…………ハァ」

蒲原「ワハハー、どうやらゆみちんが来たみたいだな!じゃあいきますかー!」



【その日の帰り道】

睦月「私がモモよりもステルス、か……確かにそうかもしれない…」

睦月「……私だって好きで空気な訳じゃないのに…」

睦月「……やっぱり私には個性がないから…空気扱いされるのだろうか…」

睦月「………私も欲しいなぁ…モモや佳織みたいな個性が…」

?「ホーホッホッホッ……何やらお困りのようですね」

睦月「えっ…?」


彼女の目の前に現れたのは全身黒スーツの男。
男は不気味な笑い声をあげながら睦月に近づいてきた。


睦月「あの……あなたは?」

京太郎「ホーホッホッホッ、失礼…私はこういう者です」スッ

睦月「ココロのスキマ、お埋めします…?須賀京太郎さん……というのですか…」

京太郎「ホーホッホッホッ、良かったら私にお話を聞かせていただけませんか?」



【BARタコ巣】

京太郎「……なるほど、津山さんは自分の存在感の無さに失望をしている訳ですか…」

睦月「はい……最近では影の薄い後輩よりも薄いと言われてしまいまして…」

京太郎「津山さんは自分の存在感の無さの原因が自分に個性がないから…と思っているのですね」

睦月「はい、私にも個性があれば…と思ってはいるんです」

京太郎「なるほどなるほど、よく分かりました!そんなあなたにピッタリのものがありますよ」ガサゴソ…

睦月「えっ………これは口紅?」

京太郎「はい、この口紅は塗るだけで自分の存在感をアピールできる口紅です!良かったらいかがでしょうか?」

睦月「しかし、私にはお金が…」

京太郎「いーえ、お金はいただきません!津山さんの手伝いが出来れば構いませんので…」

睦月「はぁ……ありがとうございます…」

京太郎「ただし、あまり使い過ぎてはいけませんよ……よろしいですね?」

睦月「はい…分かりました…」

京太郎「ホーホッホッホッ……それでは私はこれで…」



【次の日】

睦月「口紅をもらったものの…本当にこれで目立つ事ができるのだろうか?」

睦月は口紅を眺めながら手のひらで転がす。あのセールスマンの言った事がイマイチ信用できない睦月。

睦月「なんだか胡散臭いような気もするけど…でも、口紅を塗るだけだし……」

睦月「……まあ、騙されたと思って塗ってみよう…どうせタダでもらったものだし…」


ヌーリヌリヌリ…

睦月「さて、そろそろ学校の時間だな……行ってきます!」


タッタッタッ…


蒲原「ワハハー、そんでさ~!その20メートル蛇ってのがテレビで……」

妹尾「ええ~?本当にそんなのいるのぉ?なんだか嘘くさ……」

睦月「失礼します」ガラッ

蒲原「おっ、来たかむっきー………んん?」

睦月「どうかしましたか蒲原先輩?」

蒲原「なんだ~?なんだか今日のむっきーはいつもと違うぞ~?」

妹尾「確かにそうだよねぇ…なんていうか存在感があるというか、気になってくるというか…」

睦月「そ……そうですか?」

蒲原「ワハハー!良かったら買ってきたお菓子でも食べるか?ジュースもあるぞ!」

睦月「蒲原先輩…急にどうしたんですか?」

蒲原「ワハハーいやね、なんだかむっきーの事が気になって仕方ないんだよ~!」

睦月(もしかして……この口紅の効果かな…?)

睦月「ふぅ…疲れた。今日は皆に話をふられて大変だった…」

睦月「どうやらこの口紅の効果は本物みたいだが…まだ信じられない」ヌーリヌリ…


男「ねえ、きみきみ!」

睦月「は…はい!?わ…私ですか?」

男「そうそう!君、可愛いね!良かったら近くの喫茶店で話でもしない?」

睦月「あ…いや……その…」

男「いや~!君みたいな存在感のある女の子に出会えるなんてラッキーだなぁ!俺って運がいいな!」

睦月「ご……ごめんなさ~い!私、用事がありますので~!」タッタッタッ…

男「あっ、ちょっと君~!?」


タッタッタッ…

睦月「ハァ……ハァ…!あれがナンパというものか…初めての事でビックリしてしまった…」

睦月「でも、これで確信する事ができたな…この口紅の力があれば私も……ふふふふふ…」



【数日後】

睦月「…という事だったんですよ!」

蒲原「ワハハー!今日もむっきーは面白いな~!」

妹尾「他に話はないんですか?もっともっと睦月ちゃんの話が聞きたいなぁ!」

睦月「ハハハ…この前ですね…」

ゆみ「睦月、お前に話があるって人が来ているぞ」

モモ「あっ、先輩」

睦月「私に……一体なんでしょうか?」タッタッタッ…

蒲原「ワハハー、早く帰ってこいよむっきー!」

妹尾「行ってらっしゃーい」


【鶴賀学園・校庭】

?「あなたが津山睦月さんですね!?ようやく見つけましたよ!」

睦月「はぁ……失礼ですけど、あなたはどちら様でしょうか?」

スカウトマン「私はトイトイプロダクションの者です!今日、津山さんにお話があって来ました!」

睦月「トイトイプロダクションって…確か芸能界で有名な…!?」

スカウトマン「はい!あなたを我が社のアイドルとしてスカウトしに来ました!」

睦月「え…ええ!?私が…アイドルですか!」

スカウトマン「はい!あなたの事は有名になっているんですよ!存在感抜群の女子高生がこの学園にいるって!」

睦月「はぁ……」

スカウトマン「津山睦月さん!あなたにはスターの素質がある!」

スカウトマン「我々はいつでもあなたが来るのをお待ちしております! それでは私はこれで…」


男は一通り説明をした後、一礼して去っていった。


睦月「私が……アイドル…?なんだか夢みたいだ……」

蒲原「ワハハー、まさかむっきーがスカウトされるなんてなー」

睦月「か……蒲原先輩!?いつの間に…」

蒲原「ワハハー、すまんすまん!何の話か気になったから盗み聞きをさせてもらったぞー!」

妹尾「やったね睦月ちゃん!まさか睦月ちゃんがスカウトされるなんて…でも、睦月ちゃんならやっていけると思うよ」

モモ「おめでとうっす、むっちゃん先輩!むっちゃん先輩が活躍するのを楽しみにしてるっすよ!」

ゆみ「ああ、お前が麻雀部にあまり来れなくなるのは少し寂しいが…今はお前の出世を喜ぶとしよう」

睦月「皆……うむ、私なりに精一杯頑張ります!」


そして、数ヶ月の月日が流れた。



【ライブ会場】

ギャラリーっ「むーっきー!むーっきー!むーっきー!」


ワァァァァァァ…

睦月「みんな~!むっきーで~す!私なりに―――?」

ギャラリーっ「せいいっぱあああい!!」

睦月「それじゃあ……いきますよぉ~!」


トイトイプロダクションに所属した睦月は、会社を代表するアイドルになっていた。



【ライブ終了後】

睦月「ふぅ…今日も疲れたなぁ…」ゴクゴク…

マネージャー「いや~!今日も良かったよ睦月ちゃん!この調子で次のテレビ収録もしっかりと頼むよ!」タッタッタッ…

睦月「………ふぅ」


マネージャーが部屋から出た後、睦月は溜め息を吐いて鞄からあの口紅を取り出す。


睦月「もうそろそろ無くなりそうだな…」


睦月がアイドルとしてやっていけたのは、この口紅の力があったからであろう。
しかし、その口紅も残り僅かとなってしまった。


睦月「この口紅がなくなったら私は……そうなる前にまたあのセールスマンに会わないと…」


須賀京太郎、口紅をくれた男に会ってまた新しい口紅を手に入れるなければならない――そう思いながら
睦月は口紅をポケットの中にしまうと楽屋を後にした。


睦月「もし…口紅がなくなったら私はどうなるのだろうか…?」タッタッタッ…

睦月「……いや、考えるのはよそう…今はあのセールスマンに会う事を考えないと…」

京太郎「ホーホッホッホッ、久しぶりですね津山さん」

睦月「その声は…もしかして京太郎さん!」クルリ

京太郎「ホッホッホッ、どうやら口紅の力でアイドルになったみたいですね!私の口紅がお役に立てて良かったです」

睦月「はい、口紅を私に譲ってくれた京太郎さんには感謝しています!」

京太郎「それは嬉しいですね!しかし…もう口紅が無くなりそうだとは私は思ってはいるんですが…」

睦月「はい…京太郎さんの言う通り、口紅を使える回数が少なくなっています…だからこそ私は京太郎さんを探していたんですよ!」

京太郎「ホッホッホッ、つまり…津山さんは新しい口紅が欲しいとおっしゃるのですね?」

睦月「はい!お願いします京太郎さん!新しい口紅を…私にください!」

京太郎「残念ながらそれは出来ませんね津山さん」

睦月「な……何故ですか京太郎さん!?」

京太郎「その口紅は一つしかないんですよ…ですから、あなたの持っている口紅が無くなったらそれで終わりです」

睦月「そんな……口紅がなくなったら私はどうすれば分かりません!口紅があったから私は…」

京太郎「津山さん…口紅の力に依存するのはもうやめた方がいいと思われます」

京太郎「自分の力で頑張れないのなら……アイドルを引退するべきです」

睦月「そんな――!?それはいくらなんでもあんまりですよ!」

京太郎「ホーホッホッホッ!津山さん、あなたはもう十分に良い夢を見たではありませんか!」

京太郎「これ以上、求めるのは贅沢というものですよ!」

睦月「嫌です!やっと皆が私の事を見てくれるようになったのに!やっと幸せになる事ができたのに…」ポロポロ

京太郎「ホーホッホッホッ!それ以外の幸せだって沢山あると私は思いますけどね!」

京太郎「とにかく、私は警告しましたよ!それでは私は失礼します」

睦月「待ってください京太郎さん!」

京太郎「ホーホッホッホッ!」タッタッタッ…

睦月「………アイドルを……引退なんて……また空気と呼ばれる日常に戻れっていうの…?」

睦月「でも、口紅がなくなったら私は……アイドルとして頑張る事はできるの…?」

睦月「私は―――どうしたら…」


京太郎と会ってから数日後、睦月はついに決心した。


睦月「決めた、私はアイドルをやめる……これが潮時というものなのだろう…今日、マネージャーに言おう!」ガチャッ

マネージャー「睦月ちゃん!ビッグニュースだよ!」

睦月「マネージャー、あの……私」

マネージャー「実は全国生中継のコンサートがあるんだけど……そのトリに睦月ちゃんが選ばれたんだよ!」

睦月「それは…本当ですか!?」

マネージャー「うん!うん!このコンサートが成功すれば、我が社のイメージアップにも繋がる」

マネージャー「なにより睦月ちゃんの人気も爆発的に上がる事間違いないよ!」

睦月「マネージャー、私はあの…」

マネージャー「睦月ちゃんが日本を代表するアイドル…いや、もしかしたら世界に進出する事だってあり得る話なんだよ!」

睦月「私が……世界の?」ドクン…

マネージャー「トイトイプロダクションからスターが誕生するなんて、  本当に鼻が高いって社長も言っていたよ!」

睦月「マネージャー…!私は…」

マネージャー「頑張って社長の期待に答えないとな! それじゃあ今日も頑張ってね睦月ちゃん!」タッタッタッ…

睦月「…………」



【その日の夜】

睦月「結局…芸能界をやめる事をマネージャーに言う事が出来なかった…。 私のバカ」コチンッ

自分の不甲斐なさに睦月は自分の頭を小突く。しかし、それと同時にある感情が睦月の中から生まれていた。

睦月「でも、もし…全国生中継のコンサートに出れば……」


チク…タク…チク…タク…

睦月「…よし、このコンサートを終わらせた後にマネージャーに言おう。 それからでも話は遅くはないだろう…」



【コンサート当日】

睦月「……あれ?」ガサコソ




睦月はコンサートが始まる前に口紅を塗ろうとしたが、探しても探しても見つからない。

睦月「なんで…?どうして……何故鞄の中に入ってないの!?」ガサコソ…

マネージャー「睦月ちゃーん!そろそろ出番だよ~!」

睦月「……そうだ、別の鞄の中に入れておいたんだっけ…忘れてた」ホッ


ガサコソ……

睦月「……………………ない」


ガサコソ ガサコソ ガサコソ ガサコソ ガサコソ ガサコソ ガサコソ ガサコソ ガサコソ

睦月「ない…?ない…!ない…!?ない、ない、ない、ない、ないぃぃぃぃぃぃ!」ガサコソ…

睦月「なんで…!なんでないの…!?あの口紅がないと私は…私はぁぁぁぁぁぁ!」バァン!

マネージャー「何をしてるの睦月ちゃん!もう皆待ってるよ!」ガチャッ

睦月「マネージャー……私…私!」

マネージャー「ほら~!いつまでもそこに立ってないで早く行った行った!」

睦月「どうすればいいの…!?口紅が…口紅の力がなかったら…私は何も出来ないのに…」


タッタッタッ……

睦月「―――こうなったらやるしかない。口紅なしで…やるしかない…」

睦月「それしかないんだ…このコンサートさえ終わればなんとでもなる…!」ゴクリ

睦月(一生のお願いです神様…私に力を、力をください!お願いします!)


【コンサート会場】


むーっきー! むっーきー! むっーきー! むっーきー!

蒲原「ワハハー!さっきからむっきーコールが止まないぞー!」

ゆみ「ああ、睦月から貰ったスペシャルチケットだが……買うとかなり高いらしいな」

モモ「そうっすね、即日完売したって聞いているっす」

妹尾「すごいよねぇ!睦月ちゃん…もう私達の手の届かない世界にいるんだよね…」

蒲原「ワハハー、なんだか嬉しいような寂しいような…」

ゆみ「そろそろ睦月の出番みたいだぞ」

司会「さあ、今回のコンサートも終わりが近付いて参りました!」

司会「ラストは最近お茶の間を騒がしているアイドル……むっきーこと、津山睦月さんです!」


ワァァァァァァァァァァァァ!

モモ「凄い声援っすね!耳が痛いっす!」

蒲原「ワハハー!盛り上がってきたなー!むっきー!」

妹尾「頑張って睦月ちゃーん!私達も応援してるよー!」

睦月「あ…………う…」ドキンドキンドキン

睦月(駄目だ…!身体が全く動かない……頭もガンガンする…)ガチガチ

司会「それでは津山睦月さん…どうぞ!」


ギャラリーっA「むっきー!頑張ってくれむっきー!」

ギャラリーっB「俺を殺してくれむっきー!俺の魂をヘヴンへと誘ってくれ!」

蒲原「ん…?なんだかむっきーの表情が固いなぁ…どうしたんだろ」

妹尾「やっぱり緊張しているのかな…?」

モモ「むっちゃん先輩、頑張ってっす!」

ゆみ「大丈夫だ…睦月ならきっとやってくれるだろう」

むーっきー!むーっきー! むーっきー!

睦月(心臓が痛い…!張り裂けそうだ…!吐き気がする…気持ち悪い…!)

むーっきー! むーっきー! むーっきー むーっきー!

睦月(お願いやめて!私の名前を呼ぶのはやめて!お願いだから…私を見ないで!見ないで!見ないで!)

睦月(やっぱり私には無理だったんだ…!もう私には…)


ドクンッ……

睦月(え……何、今のは?)


ドクンッ… ドクンッ…

睦月(さっきまで聞こえていた私を呼ぶ声が聞こえなくなった……)

睦月(むしろなんだろう……頭の痛みが消えて…心地よい風が通ったような感じ…)


スゥ……

睦月(歌える……今の私なら…歌えるかもしれない!)

妹尾「あれっ、睦月ちゃんの表情が…変わったよ」

ゆみ「ああ……さっきとは明らかに違う…何かを決意したような表情だ」

蒲原「頑張れむっきー!私達がついてるぞ~!」

睦月「いーまーをーぬけだーそーうー…」

モモ「始まったっす!」


ワァァァァァァァァァァァァ!

ギャラリーっA「むっきー万歳!むっきー万歳!」

ギャラリーっB「母なる存在…!観音様・・・! おお…おお…美しい…美しい…!」

睦月(歌える…私は歌える…!自分の力で歌う事ができる…!)

妹尾「睦月ちゃん……凄く輝いてるね」

蒲原「ワハハー!なんだか涙が出てきたぞチキショー!ワハハハハ!」

ゆみ「いわゆる男泣き(女だが)というものだな…」

睦月「それが~どーうしーたのー!」

ギャラリーっB「ウリィィィィィィ!むっきぃぃぃぃぃぃ!」

こうして睦月のコンサートは無事、成功し…その次の日に彼女はファンに惜しまれながらも芸能界を引退した……

京太郎「ホーホッホッホッ!どうやら津山さんは自分の力で自分の道を切り開く事ができたみたいですね~!」

京太郎「きっと彼女なら明るい未来に向かって歩く事ができるでしょう…。さて、私はこれからあの子の所に行かないと…」タッタッタッ…



【風越女子 校庭裏】

京太郎「池田さん!あなたは約束を破りましたね!ちゃんと自分の力だけで麻雀に勝つって言ったのに!」

池田「ごめんだし!次からは気をつけ…」

京太郎「ドォ――――――ン!」

池田「アヒャアアアアアアアア!」

京太郎「ホーホッホッホッホッホッホッ!」





第11話「ステルス・む・む・むっきー」