今年は例年よりもだいぶ寒いとニュースで言っていた。月も分厚い雲に隠された夜の空気は、
まるで私の心にリンクするように冷気となって剥き出しの肌を苛めてくる。

えり「はぁ~」

口元から吐き出された白い息はやがて空中に霧散する。
私もあの息のように消えてしまいたい、なんて柄にも無いセンチメンタルなことを夢想してみたけれど、
意地悪な風は私が思考の世界に逃げ込むのも許してくれないらしい。

えり「・・・・・・さむっ」ブルッ

肌を突き刺す痛いくらいの寒さが私を現実に引き戻す。
ふと周りを見れば、そこに広がるのは目に優しくない光り輝くイルミネーション。
街行く人々を「寒さに負けるな」「元気を出せ」と応援しているように煌くそれが、冷たい風で弱った私の心を抉ってくる。

今日は二月十四日。異国の聖人の記念日にお菓子メーカーが策謀を張り巡らせて
この国に根付かせた悪しき風習が日本中を席巻する日。
私がクリスマスと並んで嫌いな、冬のイベントだ。

思えば昔からそうだった。周りの子たちよりも精神年齢が一つも二つも上だったであろう私は、
よくクールで高嶺の花の美少女と持て囃された。
容姿が他人のそれよりだいぶ優れていたのも自負していたし、
それをひけらかしたり笠に着せない聡明さもあったと自慢ではないが思っている。

しかし、ことそれは恋愛においては美点ではなく欠点であったのだと今なら分かる。

高嶺の花とは言い換えれば近寄りがたいことの裏返し。精神年齢の高さは周りを恋愛対象に見れない心の壁の高さなのだ。

加えて、私がこんな性格なのに恋に夢を見るおぼこな少女だったのも災いした。

少女漫画みたいな恋愛に憧れて、特別な出会いにときめきたいなんて馬鹿なことを思い続けて・・・・・・結果が今の私だ。

バリバリのキャリアウーマンで、局の看板美人アナなんて持ち上げられて。
でも誰も私を恋愛対象には見てくれないし、私も見ることができない。
恋に恋して少女漫画みたいな恋愛を夢見た少女は、今でも少女漫画みたいな
恋しか恋と思えないまま気づけばアラサー。我ながら笑えない、きっと他人事なら笑い話の種にでもしてしまう。

えり「はぁ・・・・・・」

さっきの寒さを紛らわす息とは違う、ただの溜息。
こんな気持ちになるくらいならさっさと家に帰ってお酒でも飲んで気分を紛らわせてしまおう。

そう思って入ったコンビニで適当にワインとおつまみを物色して、
レジでお金を払おうとカバンに入れてある財布を取り出そうとして・・・・・・私は、寒空の下に財布を落としていたことを初めて知ったのだった。

えり「ど、どうしよう・・・・・・」

思えば、今日の私はどこかおかしかったのだ。
いつもなら絶対ミスしないところでミスしてしまったし、普段よりもどこかカリカリしていた。
それもこれもバレンタインなんてものが悪いのだが、それを考えたところで解決にはならないだろう。

とにかく今何よりも優先すべきは財布の回収だ。
中のお金やカードなどはこの際なくなっていてもいい。
クレジットカードの停止はすでに電話で済ませたし、ポイントカードなんてまた作り直せばいい。
でも、あの財布は亡くなってしまった父が私の入社祝いに買ってくれた大事なもの。なんとしても財布だけは取り戻さないと。

しかし冷静になろうとする思考とはやる気持ちが私の中でせめぎあい、私はすっかりパニックになっていた。
私をあざ笑うように降りだした雪の中、かばんに入れてある折り畳み傘も差さないで、
私は来た道の隅から隅までに眼を凝らしながら懸命に財布を探していた。

周りの眼も気にせず雪で髪を染め、頬や耳をつんざす冷気で痛々しい赤に変えた私の姿はきっと奇異に映ったことだろう。
いい年した女がこんな日にこんな顔をしているのだ、きっと他人からは恋に破れた哀れな女とでも映っていたはずだ。

そんな哀れな女の頭上に降りかかっていた雪が、ピタリとやんだ。



??「あのー」

えり「え?」


突如かけられた声に、思わず涙も鼻水もぬぐわないままみっともなく顔を上げた私の頭上には、
困ったような申し訳ないような顔をした少年が差し出した傘が広がっていた。



京太郎「あっ、すいません。いきなり声なんてかけちゃって・・・・・・えっと、何かお困りですか?」

目を赤く腫らし寒さで凍える女に優しく差し出された傘、それを差し伸べてくれたのは御伽噺の王子様みたいな金色の髪をした少年。

精神的に追い詰められていたあのときではわからなかったけど、一年もたった今ならしっかり分かる。

それはきっと、私が待ち焦がれていた特別な出会い。少女漫画みたいな恋のプロローグ。

より一層大切になった財布の表面を優しく撫でながら、私は綺麗にラッピングしてリボンをまいた四角い箱をしっかりカバンに入れた。

彼は喜んでくれるだろうか。どうやって彼にこれを渡そうか。

一年前とは違う、喜びの思考で満たされて迎えた初めての二月十四日。


少女だった頃から止まっていた私の恋は、ゆっくり、ゆっくりと動き出していた。

カンッ