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    俺と良子さんは電車に揺られて隣県の奈良まで向かっていた。


    「春と合流出来るのは何時頃に?」


    「すぐに来る……たぶん、メイビー。」


    下らない会話をしていたら目的の駅に着いた。

    俺たちはロープウェイに乗り継ぎをして件の温泉旅館に向かうことにした。

    旅館の受付を済ませて部屋に行く。


    「しかしよかったんですか?」


    「ん? 何が?」


    「態々泊まりにしてましたけど三人だとお金結構掛かりますよね?」


    「ノープロブレム、子供が気を使うな。」

    「その代わりと言ってはなんだけど一つ聞いていい?」


    「なんですか?」


    「気になったんだけど……如何に神様と言えどオカルトの回数を制限できるの?」

    「確かに京太郎はあの時ゴッドを降ろした。」

    「善狐も確かに憑いていたしトークもした。」

    「狐にお供えや御参りする事で信仰で狐自体が強くなったから園城寺さんの負担も減ると思う。」

    「でも一巡先は結局のところは園城寺さんが使うオカルト。」

    「園城寺さん本人が無理にでもオカルトを使おうと思えば使えるのでは?」


    「さぁ……どうでしょうね。」


    「もしかしてマネーを受け取らなかったのって……」


    「信じるものは救われるってやつです。」


    「言霊による暗示と思い込みか……」

    「私はちょっと用事があるから済ませてくる。」

    「京太郎は温泉にでも浸かってボディを休ませておいた方が良いよ。」


    「そうしておきます。」


    良子さんと分かれ、俺は温泉に浸かることにした。

    旅疲れと神懸りの疲れを落とすように体を清める。

    久々に羽が伸ばせる気分だ。

    鹿児島では近くに信用できない奴がいたから気が張っていたのもある。

    そういえば咲達はどうしてるのだろうか。

    多分長野では俺がいなくても事も無げに回っているのだろう。





    ――電車内――


    一方のそのころの二人の少女はというと……


    「でね、京ちゃんったらそこでドヤ顔しながら間違ってるんですよ。」


    「うふふ、京太郎君らしいですね。」

    「そういうところ小さいころと変わってません。」


    「あ、神代さん、小さいころの京ちゃんってどんな感じだったんですか?」


    「え……そうですね……」

    「よくやんちゃをしてましたけど明るかったですね。」


    電車に乗りながら共通の人物の話で盛り上がっていた。



    ――松実館――


    「はぁ~良い湯だった~。」


    「うちの温泉気に入っていただけましたか?」


    「ああ、はい。」


    風呂上りに独り言を言っていたら着物を着た女性が声をかけてきた

    仲居さんだろうか、どこか見覚えのある女性だ。




    「お客様、こちらの方は初めてでしたか?」


    「ええ、奈良に来るのは初めてで……一日で鹿児島から大阪まで行って今度は奈良という具合に……」


    「鹿児島……!」


    「あ、あのどうかしましたか?」


    「あ、何でもないです……一日でそんなに移動したらお疲れですよね。」


    「まぁ……」

    「……ところで何ですけど、どこかで見たことある気がするんですが。」


    「えっと、多分インターハイに出場していたのでそれのことかと。」


    「……ああ! なるほど、道理で見たことあると思った。」


    やっと思い出した。

    この人は阿知賀女子の先鋒をしていた人だ。

    確か名前は松実玄、だったはず。


    「という事は和の先輩だか友達……?」


    「和ちゃんを知っているんですか?」


    「元部活仲間ですから。」


    「そうでしたか。」

    「和ちゃん、大きいですよね。」


    「ええ、でかいですよね。」


    「おっぱいが。」
    「おもちが。」



    気が合った俺たちはしばらく和の(胸の)ことで盛り上がっていた。

    何もかんも乳トンの万乳引力が悪い。

    部屋に戻る途中着信が来る。

    春だ。

    電話を取ると電話口から短く「部屋を教えて。」と聞かれた。

    相変わらず口数が少ない奴だ。

    部屋に入ると春が待っていた。

    俺が風呂上りなのを見ると春は若干眉を寄せた。


    「わりぃ、温泉先に入った。」


    「別に……後で入るからいい。」


    春はふいっと顔を背けていた。

    そんな春を尻目に俺は古い包帯と札を剥がして新しいものに交換する。

    蛇の鱗みたいな痣がある片方の手をもう片方の手で札を抑えながら包帯を巻く。

    だが中々上手く巻けない。

    そんな俺の様子を見ていた春が見かねたのか包帯を巻いてくれた。

    包帯が巻き終わると春が小馬鹿にしたような態度で鼻で笑いながら「京太郎は不器用。」と言ってきた。

    やってみればわかると言いたいが実際俺は不器用だし、手伝ってもらった手前言い返せない。

    しばらくすると微かにお香の匂いを漂わせて良子さんが戻ってきた。

    どうやら用事とやらは終わったみたいだ。

    それから間も無くして戸の向こうから「失礼します。」と声を掛けられる。

    どうやら夕飯の時間になっていたのでそのことだろう。

    戸が開かれ中に入ってきたのは先ほど話していた松実玄さんだった。

    「お食事のご用意が出来ましたのでお運びいたしました。」


    「あ、さっきはどうも。」


    「いえ、こちらも和ちゃんのお話が出来たのは楽しかったのです。」


    松実さんがにこりと愛想よく笑うが俺は見逃さなかった。

    さりげなく良子さんと春の胸をチェックしていたことを……

    そして小声で「うん、中々の中々……」と呟いたのも聞こえた。

    この人どれだけ胸が好きなんだよ……いやまぁ人の事は言えないけどさ。


    「それでは失礼いたします。」


    配膳を終えた松実さんが退室すると春が口を開いた。


    「黒糖がない。」


    「いや当たり前だろ。」


    こいつはこいつでどれだけ黒糖に執着してるんだ……

    若干呆れ気味にツッコミを入れた。


    「それよりも京太郎。」


    「んー?」


    「さっきの人。」


    「ああ。」


    春との短いやり取り。

    大体言いたい事はわかった。

    だから俺達二人は箸で料理をつついている良子さんをじとりと見ていた。


    「?……なんだい?」


    「いえ、今回はちゃんと休めるのかなって。」


    「何が言いたいの?」


    良子さんは呆けた反応をする。

    春も俺も若干疑っている。



    「良子さん、今回は仕事とかじゃないんですよね?」


    「ノーウェイ、仕事ではないよ。」

    「それがどうしたの?」


    「別に。」


    「仕事じゃないんならいいですけど。」


    どこかほっとして俺たちは料理に手を付け始めた。


    「……京太郎。」


    「んー?」


    「片手だと食べ辛くない?」


    「まぁ、そりゃ多少は。」


    「だったら私がピーマン食べさせてあげる。」


    「ならば私はキャロットを食べさせてあげよう。」


    「あんたら嫌いなものを押し付けようとするな。」


    この人たちは従姉妹なだけあってどっか似てるな。

    二人揃って押し付ける辺りは特に。

    ちなみに俺はナスを押し付けた。


    飯を食べ終わった後、二人は温泉に入ると言って部屋を出て行った。

    俺はというと二人が戻ってくるまで暇だったので旅館内をぶらぶらしている。

    適当に辺りを巡っていると中庭に辿り着いた。

    中庭には立派な松が生えており、その周りには池や甕が置いてある。


    「松実館ねぇ……」


    独り言を呟いていると斜向かい側に目が行った。

    中庭の向かい側には異様な出で立ちをした人がいた。

    まだ夏の暑さが厳しいというのにマフラーに毛糸の帽子、厚手の服を何枚も重ね着している。

    そんな格好をしているのに当人は「寒い寒い。」と言っている。

    あまりに異様な雰囲気に一瞬本当に人かどうか疑ったが一応人のようだ。

    厄介事にはあまり巻き込まれたくないのだが人として一応聞いておく。


    「あの、大丈夫っすか?」


    「はぇ? は、はい、ちょっと寒がりなだけなので……」


    (ちょっと?)

    「顔色良くないですよ? 旅館の人呼びますか?」


    「い、いえ……玄ちゃん達に迷惑掛けるといけないし……」


    「は、はぁ……まぁそう言うのなら……」

    「でも何でまたこんなところに?」


    「ここは日が入ってきてあったかいから……」


    「あの、もう西日が翳ってきてますけど……」


    「う、うんだからそろそろ戻るね……」


    「そうですか、じゃあ俺はこれで。」


    そう言って厚着の真ん丸いシルエットを置いてまたフラフラと歩く。

    明らかに問題を抱えてそうな人だったが何にでも首を突っ込む気はない。

    なのでさっきの出来事は気にしないよう頭のどこか隅にでも追いやった。

    だがすぐに戻すことになる。

    何故なら慌しい様子で松実さんがパタパタと足音を立てて走ってきたからだ。


    「どうかしたんですか?」


    「あ、うちのお姉ちゃん知りませんか?」

    「部屋に居ると思ったんですけど抜け出したみたいで……」


    (抜け出した……?)

    「お姉さんかどうか知りませんが、寒がりなダルマならさっき中庭で日向ぼっこしてましたよ。」


    「それお姉ちゃんです、ありがとうございます!」


    松実さんはお辞儀をした後、またパタパタと駆けていった。

    二人の様子を見て俺は溜息を吐いて一人ごちた。


    「姉妹揃って難儀なことになってるな……」


    姉妹の問題は気になるが俺には関係ないし余計なおせっかいになるだろう。

    何もすることがないので結局部屋に戻る。

    既に結構な時間が経っていたがあの二人はまだ戻っていなかった。

    暇潰しがてら観光の目星をつけるために周辺の地図を見ていた。

    見事に何も無い。

    周りは山、山、山、の寺と神社がいくつか。

    吉水神社に吉野神宮、水分神社、少し離れたところに丹生川上神社とかもある。

    何故か神社のところばかり見てしまうのは生まれのせいだろうか。

    余りに何もないので近くの山や川の配置を見ている内に二人が戻ってきた。


    「いやー良い湯でしたー。」


    「お風呂上りの黒糖は格別。」


    「風呂上りに黒糖って喉渇かないか?」


    「大丈夫、黒糖ジュースがある。」


    「おまえぜってーいつか糖尿病になるぞ。」


    ドヤ顔でぬかす春にやや呆れ気味に俺はツッコんだが無駄な気がする。

    そういえば気になったことがあったので良子さんに聞いてみた。


    「良子さん、俺達が寝るところってどこですか?」


    「何を言ってるんだ京太郎、みんなここで寝るに決まっているだろう。」


    「京太郎は可笑しなことを聞く。」




    俺なりに気を利かせた質問だったはずなのに二人はきょとんとした顔で答える。

    いくら兄妹同然で育ったとはいえ年頃の男女なのだから寝室は別にすべきだと思うのだが。

    ただ旅館の費用を出しててかつ年上の良子さんがヒエラルキー的に考えて一番上であり、男一人の俺は必然的に最下層だ。

    そういう状況だとしても男の俺を同じ部屋に泊めるということはそれだけ信用してもらっているということかも知れない。

    もしかしたら『実は信用などなくて女二人に対して男は一人で尚且つ男は腕を治療している身、

    なので何かあっても問題なく対処できる』という考えがなのかもしれないが。

    夜も更けてきたところで松実さんが布団を敷きに来た。

    布団が敷かれると松実さんが思い出したように「先ほどはありがとうございます。」と言ってきた。

    大した事はしてはいないのにお礼を言われるとむず痒い気分になる。

    まだ寝るには早い時間なのだが春は早々に布団に入った。

    「何でそんなに早く寝るんだよ?」と俺が聞くと春は「神社は朝早いから早めに寝る習慣が付いた。」と言っていた。

    俺も昔は早寝早起きだったなぁ、と思いながら一番窓側に近い場所の布団に入った。

    良子さんが電気を消すと俺と春の間の布団に入った。

    だが疲れはあったものの普段から早寝の習慣が無いので中々寝付けない。

    そんな時に良子さんが声をかけてきた。

    どうやら寝付けないのは俺だけじゃなかったみたいだ。


    「京太郎、まだウェイクアップしてる?」


    「ええ、まぁ中々寝付けなくて。」


    「……ハルは寝ちゃってるみたいだ。」


    言われてみれば確かに春の方から微かな寝息が聞こえる。

    寝ている春の邪魔しないように俺たちは小声で話し始める。


    「長野では上手くやってる?」


    「最近までは長野に居たんですけど上手くやってましたよ。」


    「そう、三隅のおばさん、元気?」


    「お袋なら無駄に元気ですよ。」

    「それと、今はもう須賀です。」


    「……そうだったね、"今はもう三隅じゃない"んだよね。」


    良子さんが言った「今はもう三隅じゃない。」という意味は単純に結婚したからと言う意味合いで言ったのだろうか。

    それともお袋が本家とは決別したと言う意味合いなのだろうか。


    「また昔みたいに組み手をやりたいかな。」


    「勘弁してくださいよ、俺今骨折中なんですから。」


    「ふふ、ジョークだよ。」


    小さいころの記憶を思い出す。

    良子さんと俺はお袋の稽古の下、組み手をやらされたことがある。

    小さいころの五歳差はでかくていつも俺は組み伏せられていた。

    組み手で良子さんに勝った事は無い。

    なのでそれも良子さんに頭が上がらない原因の一つではある。

    良子さん自体はお袋に三隅の技を教えて貰っていた為かお袋に頭が上がらないらしい。


    「京太郎は今でも稽古受けてる?」


    「ええ、たまには。」

    「お袋は三隅の名は捨てても三隅の技は捨てなかったですから。」

    「俺を育てるのにも、生活するためにもお金は必要だからそれで生計を立てていたみたいです。」


    「……そうか。」


    良子さんの雰囲気が少し変わった。

    薄暗い部屋の中に月明かりが差し込んで、幽かに良子さんの瞳を照らしている。

    その瞳から発せられる真摯な眼差しで悟った。

    そんな俺の表情の変化を確認してから良子さんは口を開く。




    「ハルの京太郎の呼び方……前とは違うんだね。」


    「……五年って長いですよ、存外。」

    「まぁそれとは別に……春自身、負い目みたいなものを感じてるのかもしれませんけど。」


    「京太郎は……本家のお爺様達を今でも恨んでる?」


    「……どうでしょう、恨む相手はもうこの世にはいないですし。」

    「それに、俺の親父は一切恨んでなかった。」

    「なんか……俺自身、よくわかんないです。」


    「……そっか。」

    「でもそれはきっと京太郎がすこしずつ前に進んでいるのかも知れない。」


    「そうですかね……未だに嫌いな人間は嫌いですけど。」


    「いつか成長してその人たちを許せるといいね。」

    「ゆっくりでいいから、許してあげて。」


    「……出来るだけ前向きに善処します。」


    それだけ答えたが良子さんにとってはそれで十分だったようだ。

    俺達はそこで話を終わらせて静かに目蓋を閉じた。



    ――電車内――


    「私、寝台列車とか初めてです!」


    「うふふ……もう神代さんったらそんなにはしゃいじゃって。」

    (神代さんかわいいから京ちゃんが守ってあげたくなるのもわかるなぁ……)


    「咲さん、今日は語りつくしましょう!」


    「うん、そうだね。」

    (神代さんって結構危なっかしいから私がしっかりしないと!)


    (私のほうがお姉さんですからがんばらないと!)


    二人の少女を乗せてゆっくりと列車は走る。

    だが二人はまだ知らない、大阪で降りるには乗り継がないといけないと言うことに……




    ――松実館――


    もぞもぞとする音と朝日が差す光で目を覚ます。

    どうやら二人が起きた様だ。

    二人は未だ寝惚けた面をしていてその様子が似ているので内心やっぱり従姉妹だなと思った。

    だが春は起きた俺と良子さんを見て微かに含み笑いをもらしていた。

    なぜ笑ったのかわからなかったので怪訝な表情をすると春が答える。


    「二人とも寝起きの顔が同じ。」


    そんなばかな。


    仲居さんによって運ばれた朝食を食べて人心地付いた後、観光のためにどこに行くか決めていた。

    近くの神社に行くとか話しも出たが却下だ、なんで骨休めにここまで来たのに仕事の気分にならないといけないんだ。

    あーでもないこーでもないと論議をしたかったが生憎回るところがないので

    土産物屋にでも行ってみるかと言う話になったのだが……

    ところが話の途中で良子さんが何かを思い出したように「ショッピングしてくる。」と言って何処かに行ってしまった。

    昨夜の話で良子さんが気を使ったのだろうか。

    結局春と二人で土産物屋等を回ることになった。

    それにしてもこいつ、着替える素振りを見せない、もしかして巫女装束のまま出かけるつもりなのか?


    「なぁ、もしかして持ってきた服って……白衣と襦袢と緋袴だけってことはないよな?」


    「ちゃんと替えの足袋や千早、あと掛襟も持ってきた。」


    「聞きたいのはそういうことじゃなくてだな……」


    「?」


    あ、だめだこいつ、普段着が仕事着のタイプだ。

    可哀想だから今度洋服でも見繕ってやろう。


    旅館から出てそこそこきつい傾斜の坂を歩いていく。

    最近すっかりと和菓子に舌が侵されてしまい、新しい和菓子に興味が出ていた。

    鹿児島では洋菓子を食べることがあまりなかった、確かに和服に洋菓子はミスマッチだとは思ったけど。

    ところが和菓子屋にやってきたのだが店は運悪く臨時休業で閉まっていた。

    近くを通った親切なおばあさんが仰るには何でも和菓子屋の娘さんが倒れたらしい。

    ここら辺は何か流行っているのだろうか。

    余所者が珍しいのか若者が珍しいのかおばあさんと長話をする羽目になった。

    どこどこに神社があるとかどこどこの土産物がいいとか。

    しかし何でおばあさんは神社の話をしたのか。

    ああ、春が着ているものか。

    おばあさんと長話を興じていると坂の下の方から一台の車が上ってきた。

    あの車は確かキューブだっただろうかそれが俺達の前に止まる。

    車内から出て来た女の人が俺達に話しかけてきた。


    「あなた達が須賀君と滝見さんね?」


    「ええ、そうっすけど……」


    この大人に対しての俺の第一印象は『嫌いなタイプ』だ。

    俺は本能的にそう察知してしまった。

    この女の人は『嫌いなタイプ』、竹井さんや姫松の赤阪さんが『苦手なタイプ』、まぁ赤阪さんと赤土さんは印象でしかないが。

    この女の人は俺達を値踏みするような視線を寄越したと思ったらすぐに気を取り直して自己紹介に移った。


    「私は赤土晴絵、阿知賀女子の顧問と言えばわかるかしら?」

    「戒能プロから話を聞いて貴方達の観光案内買って出たのよ。」


    「……はぁ、春、どうする?」


    「京太郎に任せる。」


    溜息混じりに春に聞くとどっちでもいいと返された。

    俺個人としては赤土さんとは同行したくないのだが地元の土地勘がある人間じゃないとわからないこともあるだろう。

    良子さんの面子も考えて仕方なく申し出を受けることにした。


    「……水先案内お願いします、赤土さん。」


    「君、何か渋ってたわね……まぁお姉さんがばっちり案内してあげるわ。」


    「別に……ここで"俺は何もするつもりはありません"でしたから。」


    「……あはは……若者なのに擦れてるねー、観光に来たならもっと楽しまないと。」

    「じゃあ、車の後ろに乗って、出発するよ。」


    苦笑いをする赤土さんに促されて車のドアを開けて乗り込む。

    車内には既に先客が居て助手席にボブカットの少女が座っていた、目が合ったので俺達は互いに軽く会釈をする。

    運転席に座った赤土さんが少女の紹介をしてくれた。


    「この子は灼、私の教え子よ。」


    「鷺森灼、阿知賀女子の二年せ……よろし……」


    鷺森さんが尻切れ感満載の挨拶をするとそれに倣ってこちらも自己紹介をする。


    「俺は須賀京太郎です、清澄の一年……まぁ元ですが、よろしくおねがいします。」

    「で、こっちが――」


    「滝見春、永水女子一年、よろしく。」


    挨拶が短い上に年上に対してそれはどうなんだよ、と思いつつも一つ気付いた。

    春は無口、鷺森さんもお喋りじゃなさそうだ。

    ということは残りの俺と赤土さんで移動の間の沈黙を凌がなきゃいけないのか。

    いや無理だろ、俺は赤土さんと話したくないし。

    流石に話を振ってきたら適当に返すけどこっちからあっちに話を振る気はない。

    で、案の定痛い沈黙に車内は包まれている。

    時折赤土さんが沈黙に耐えかねて地元の観光紹介してくれるが俺と春は「へぇ~」とか「おお……」としか返してなかった。

    そうこうしている内に最初の目的地に着いたらしい。


    着いたのは吉水神社という所だ。

    祀っているのは後醍醐天皇だったっけか。

    車から降りると一人の少女がやってきて赤土さんと話している。


    「あ、ハルエ、いらっしゃい。」


    「憧、望はいる?」


    「ううん、お姉ちゃんなら今外に出ていて……」


    今時の女子高生といったところか、おしゃれな服装で垢抜けた感じだ。

    その今時の女子高生は俺らのほうをちらりと見たあとまた赤土さんと話し始めた。



    「ねぇハルエ……あの人たちは?」


    「ああ、あの子達は鹿児島から来た巫女さん達よ。」

    「どうかしら、あの子達を案内してあげてくれない?」


    「うぇぇ……あたし男の人苦手なんだけど……」


    「そんな事言わずにさ……お願い憧。」


    「ハルエがそこまで言うなら……」


    赤土さんたちの話は聞こえなかったが傍から見ていればなんとなくわかる。

    真面目な顔して女子高生に何か頼んだのだろう、恐らくだが俺たちからの心証をよくするために。

    だがこの少女には荷が重いだろう、何故なら……


    「えっと……あたしは阿知賀女子一年の新子憧、ここの神社の娘やってるの、よろしくね。」


    「滝見春、永水女子一年、よろしく。」


    「須賀京太郎、よろしくな。」


    「うぇ!?」


    俺が握手を求めるために手を差し出したら新子がビクついた。

    やっぱり、この新子という女子は"俺が誰かさんのことが苦手"なように"新子も俺が苦手"なんだ。

    だったら話は楽だ、俺達に非がないように接してその上で

    この子が俺を邪険にしてくれれば赤土さんからの話がより断りやすくなる。

    そんな考えを浮かばせたのが顔に出ていたのだろう、横目で見ていた春が咎める様に口を差し挟む。


    「京太郎、意地が悪い。」


    「わりぃ、ちょっと確認したかったんだよ。」


    「えっと……ごめんね……じゃあ気を取り直して観光案内させてもらうわ。」


    「おう、頼む。」


    新子に連れられて境内を歩き回る。

    今は季節外れだが一目千本と言われる桜の名所や北闕門(ほっけつもん)と呼ばれる邪気祓所など案内してもらった。

    北闕門には九字と五芒星が刻まれた石版が埋められてあった。

    九字の切り方等を得意気に教えてくれる新子には悪いが初美さんならともかく

    俺たちは分野ではないので教えられてもどうしようもない。

    十二分に御説明を受けたので次に回ろうと新子の肩を叩いた。



    「新子、ここはもういいから次行こうぜ。」


    「あびゃああぁぁ!?」


    「……そんな反応されるとこっちが傷つくんだけど。」


    「えあ!? だってあんたがいきなり!」


    「京、太郎、そこまで。」


    俺はわざとらしく傷ついた振りをすると、春からお咎めの声がかかった。

    少しつんのめった言い回しだったが言いたいことはわかった。

    春も頑張っているのだろうか、俺たちに出来た空白の数年間を埋めるために。


    「……へいへい、悪かったよ。」

    「驚かして悪かったな、新子。」


    「いや……こっちこそ大袈裟に驚いちゃったし……」


    「次。」


    春に急かされて次の目的地に向かう。

    あからさまに春が俺の事を見張ってるので悪戯は今後出来ないみたいだ。

    だが辛い時間はここからだった。

    赤土さんの車に新子が加わり少しは会話が弾むかと思ったらそうでもなかったわけだ。

    俺は赤土さんと話さないし、新子は俺と話さない。

    鷺森さんと春は相変わらず無口。

    因って会話がまともに成立してるのが赤土さんと新子の間だけ。

    たった二人の間だけでは会話はすぐに途切れてしまうので結局車内は痛い沈黙に包まれてしまう。

    セガールも大人しくしてるくらいの沈黙の車内だ。

    そんな御通夜ムードの中あちらこちらを案内される。

    土産屋だったり、観光名所だったり、神社だったり。

    回り終わる頃にはもう二度と初対面の人の車に乗らないことを誓った。

    新子を家に送ったあと、今度は俺達を旅館まで送ってもらった。


    「ありがとうございました、赤土さん。」


    「どうも。」


    「いいのよ、あ、それからこれ私のケー番。」


    「……どうも。」


    「あんまりお姉さんが魅力的だからって電話掛けすぎたらダメだぞ♪」




    ふざけた大人だと思いつつも電話帳に登録してさっさと話を切り上げて旅館に戻る。

    あんまり親密になると話が断りにくくなる。

    旅館に戻ったはいいがまだお昼過ぎだ、何もすることがないので暇を持て余す。

    仕方ないので旅館内を歩き回ることに。

    ふらふらと歩いていると中庭に着いた。

    そこには昨日と同じように中庭の日当たりの良い所にマフラーを着けた女の人が座っている。

    素通りしようかとも思ったのだが目が合ってしまった。


    「日光浴ですか。」


    「ここはあったかいので……」


    「お風呂に入れば暖かいですよ。」


    「今はお客さんが入ってるから……」

    「それに、お風呂にずっと浸かってるとふやけちゃう……」


    「それは浸かりすぎですよ。」


    「うふふ、でもうちの温泉に浸かっていると落ち着くから好きなんだ。」

    「だからついつい長風呂しちゃって……」


    「なんとなくわかります、ここの温泉いいお湯ですもんね。」


    話にあわせてなんとなしに賛同した。

    実際に入った感じよかったし、山に囲まれた景色は悪くもなかった。

    だがその言葉を受けた松実さん(姉)の目が爛々と輝きだしてさっきまでのおっとりとした話し方とは違い一気に話し始める。

    どうやら何かのスイッチを押してしまったようだ。


    「そうなの、吉野温泉元湯の近くの源泉から引っ張っててね、泉質は単純二酸化炭素冷鉱泉で。」

    「効能は神経痛、筋肉痛、関節痛、うちみ、捻挫、慢性消化器病、冷え症、病後回復期、火傷、切り傷にもよく効くの。」


    「あ、はい……そうなんですか。」


    あまりの勢いに負けて、気圧されてしまう。

    それに気付いたのか松実さんが気を取り直す。


    「あ、ごめんね、いきなり……」


    「いや、別に構わないすけど……」



    気を取り直した松実さんが謝ったら微妙な空気になってしまい、また日光浴が始まる。

    俺には暑いのだがこの人にとっては心地よいらしい。

    ポツリポツリと会話をしていている内に松実さん(姉)はいつの間にか静かに寝ていた。

    起こすのも悪いので静かにその場を去ろうと思ったが、向かい側から妹さんがやってきた。

    自身の姉に気付いたのか、こちらに駆け寄ってくる。


    「お姉ちゃん、またこんなところで……」


    「あー……お姉さん寝てるみたいっすよ。」


    「あ、すみません、お姉ちゃんが迷惑掛けてたみたいで……」


    「いやいや、別にそんなことはないですけど。」


    「ほらお姉ちゃん起きて。」


    妹さんが姉を揺すって起そうとする、だが一向に起きないので業を煮やしたのか姉を担いで運ぼうとしていた。

    だが女の細腕では人一人運ぶのは大変なのか難儀をしている。

    目の前でこれ見よがしに難儀している人を放って置く事も出来ず、結局手を貸すことにした。


    「手伝います。」


    「え? いえいえ、お客様にそんな事させるわけにはいかないのです。」


    「何の縁かお姉さんと話し盛り上がっちゃったし、このくらいはさせてください。」


    「御客様なのに手伝ってもらって申し訳ないのです……」


    松実さんの手伝いをして私室に運ぶ、一応布団に寝かせたはいいが妙だ。

    普通揺すられたり運ばれたりしたら起きないにしても何らかの反応があるはずだがそれがない。

    しかしただの思い過ごしかもしれないし、なにより俺のような赤の他人が首を突っ込むような話じゃない。

    なので適当に挨拶したあと部屋に戻った。


    それからしばらくして携帯に電話がかかってきた。

    ディスプレイに通知が浮かぶ、赤土さんからだ。

    電話に出ると少し動揺しているような声が電話口から聞こえてきた。


    『須賀君、今いい?』

    「なんすか。」

    『今から頼みたいことがあるの。』

    「は?」

    『今そっちに向かっているから詳しいことは着いたら話すわ。』


    それだけ言われて電話を切られた、相当切羽詰った状況らしい。

    やがて俺たちの部屋に赤土さんが鷺森さんを連れてやってきた。

    部屋に入ってきた赤土さん申し訳なさそうな顔をして口を開く。


    「電話でも話した通りなんだけど……」


    「まどろっこしいのは嫌いなんで単刀直入に聞きますけど、俺に何をさせたいんですか?」

    「今日わざわざ新子に会わせたのも面通しか何かでしょう?」


    「やっぱり気付いていたのね。」


    「初対面の人に初対面の人を宛がったら誰だって変だと思いますよ。」


    「……うん、そうよね。」

    「今日会ってもらった新子憧はこの間倒れた高鴨穏乃って女の子の親友なの。」

    「しずは既に寝込んでいて、ほかにも兆候が現れてる子が居る……」

    「それは今、貴方達が宿泊している松実館の娘の松実宥、それに多分妹の松実玄も……」


    「その人達を助けてほしいと?」


    赤土さんは静かに頷いた。

    赤土さんは目線を落としたまま続ける。

    まるで告解をするように。


    「全員、私の教え子なのよ……」

    「それに原因は多分……」


    「わかりやすく言えば『オカルト』ですよね?」


    俺が見当を付けていたこと口にする。

    また赤土さんが頷いた。

    そしてまた赤土さんは続ける。


    「オカルト強化することであの子達は強くなった。」

    「けど、それに伴って弊害も出た。」

    「最初はほんの些細な違和感程度だったんだけど……」

    「でも次第に日常生活までも影響が出てきたの。」

    「そして今日……ついに宥が……」


    「それが俺に何の関係があるんですか?」


    正直巻き込まれたくない。

    そんな思いで突き放す言葉を放つ。

    赤の他人のために自分の身を危険に晒す気にはなれない。

    それを聞いた赤土さんと鷺森さんに強張りが見える。

    だが敢えて俺は続ける。


    「オカルトの開発したのあんただろ。」

    「あんたはオカルトの源流がどこにあるか知らないわけじゃないはずだ。」


    「わかっているわ……」


    「だったら自分で何とかしたらいいじゃないですか。」


    赤土さんが俺の胸倉を掴んで顔を寄せて凄む。



    「自分で何とか出来るなら人に頼んだりしていない……!」

    「こっちだって必死なのよ……!」

    「教え子達が危険だって状況なのに……」

    「だからこうして頼んでいるの!」


    「神様ってのは決して優しい神様ばかりじゃねぇんだ!」

    「危険だとわかってて教え子にオカルトを強くする方法を教えるってことは

      最悪そいつの人生潰しかねないことなんだよ! 特に体が弱いやつは尚更だ!」

    「あんたみたいな立場の大人が止めないで誰が止めるんだよ!?」


    「違うの! ハルちゃんは悪くないの! オカルトを強くして欲しいって言ったのは私達なの!」


    「いいのよ灼、私は言い訳はしない、頼まれたとは言え結局のところ

      教えたのは私だし、止められるのに止めなかったのも私よ。」


    火が危険だとわかってるのにその扱い方を間違えれば大事になるのはわかっていたはずだ。

    だからそれを知っている者が何らかの対処を講じないといけない、火を消すなら水なり何なりを用意しとくべきなんだ。

    だからこそ俺は無性に腹が立って捲し立ててしまった。

    それを見て鷺森さんが俺たちの間に割って入って来たのは赤土さんを庇う為かも知れない。

    傍から見ればお互いがお互いを庇いあう美しい師弟愛だろう、でもそんなこと巻き込まれる側の俺には関係ない。

    だから……


    「俺には赤の他人の為に体を張る義理も義務もない。」


    そう言って俺は握る力が緩くなった赤土さんの手を払ってその場を去った。



    俺は旅館から離れ、山道を歩きながら考え事していた。

    赤土さんの事、阿知賀女子の事、霧島の事。

    何故俺が赤土さんのことが嫌いなのか考えていた。

    身内を守るためなら他人を犠牲にして、犠牲が出たら自分に言い訳して自己を正当化する。

    俺が嫌いなタイプ、誰かに似ているタイプ。

    似ているのは霧島の爺共か、それとも霞さんか、もしかしたら……俺自身か……

    俺だって小蒔ちゃんや春達が危機に瀕したら周りのことを省みず無茶をするだろう。

    結局俺も人のことは言えないはずなのに赤土さんに反発した。

    たったそれだけのはずなのに何か蟠(わだかま)りが消えない。


    そんな俺を見ていたのか先ほどから俺に付いてきた春が口を開く。

    まるで俺の中の答えを引き出すように。


    「どうするの?」


    「……何だよ? 春も助けてやれって言いたいのか?」


    「別に……でも、京太郎辛そう。」


    「……まさか、厄介事に巻き込まれなくて良かったってほっとしてるよ。」


    「…………そう。」


    「…………なんだよ。」


    「京太郎は嘘が下手。」


    「別に俺は嘘なんか……」


    「京太郎のやりたいようにすればいい、私はそれに従うから。」

    「そして京太郎は自分の一霊四魂に従えばいい。」

    「私が言いたいのはそれだけ。」


    「……春にしては珍しくお喋りだな。」


    「そうでもない。」


    春はそう短く言うと再び黒糖を齧り始めた。

    親父の言葉を思い出す。


    『京太郎、お前はお前がしたいように動け。』

    『お前の魂はお前にとって正しいことをするだろう。』

    『そしてもし、それでも悩んだ時は自分の直霊(なおひ)聞けば良い。』


    あの頃から俺は成長したのだろうか。

    親父が殺されたと聞かされ、復讐のためにお袋から三隅の技を学んだ。

    復讐の相手の一つ大蛇を倒したはいいが、もう一つの復讐相手に関して親父からは怨んでいないと言われ。

    爺共は勝手に自滅して直接的な復讐の矛先を奪われた。

    目的を見失った俺は霧島で宙ぶらりんのまま。

    あの頃から進んでないのかもしれない。

    未だに小さい頃の無力な俺を霧島に置き去りにしたままだ。

    やらないといけないと思ったことも、小さい頃の楽しかった思い出も。

    ふと春に聞きたくなったことがあった。


    「なぁ、春……俺は、小さい頃と変わったか?」


    「何も……京太郎は変わってない。」


    「……そっか。」


    まだ上手く考えが纏まらないが、とりあえずは無駄なことは考えないことにした。

    携帯を開いて電話を掛ける。


    「あ、良子さん、用意して貰いたい物があるんですけど。」


    良子さんに必要なもの一式を用意して貰ってる間こちらも動いておくことにした。

    一度部屋に戻り荷物から必要なものを取らないといけない。

    部屋に戻るとまだそこには赤土さんと鷺森さんがいた。

    赤土さんはどこかに電話を掛けていたようだがちょうど用件が終わったのか直ぐ様電話を切った。

    その様子を見て赤土さんに質問する。


    「赤土さん、倒れた人の症状わかりますか?」


    「……え。」


    「二度も言わせないでください、倒れた人の症状わかりますか。」


    「! わかる、わかるわよ。」


    「なら、症状の詳細とその人がどういう能力を持っているか、それとここら辺の詳しい地図をください。」


    「わかったわ。」


    「物が揃うまで俺は直接松実さん達の症状を見てきますんで。」


    「京太郎、私はどうする?」


    「春は御祓いの準備をしといてくれ。」


    「わかった。」


    松実姉妹がいるところの部屋に向かい、部屋に上がらせてもらった。

    妹さんに了解を取り、まずは姉の方の症状を見る。

    手首から脈を取りながら妹さんに質問する。


    「お姉さん、やたら寒がってましたよね、いつからですか。」


    「えっと、小さい頃からなのです。」


    「貴女方の麻雀のオカルトはどんなのでしたか。」


    「私はドラが、お姉ちゃんは赤い牌が集まってくるのです。」


    「もしかしなくてもお姉さん温泉が好きですか?」


    「ええ、よくうちの温泉に浸かってます……あの、それが何か?」


    「ちょっと参考程度に、貴女自身どこか体に異変はありませんか?」

    「例えば、お手洗いの回数や唾液の分泌が多かったり少なかったりとか。」


    「えっと……どうだったかな……多分そうかな……?」


    今ので症状はわかった、どこに異常をきたしているのかも。

    次は他の視点から裏付けてから原因の当りを付けて取り除く。

    その為にも赤土さんの所に戻る必要があった。


    「すみません、お邪魔しました。」


    「は、はぁ……」


    「何かあったら赤土さんか俺のところに来てください。」


    部屋に戻ると既に赤土さんが待っていた、ついでに新子も引き連れて。

    赤土さんから地図をもらいテーブルの上に広げる。

    そして件の先に倒れた少女について質問する。


    「高鴨さん、でしたっけ? その人の症状と麻雀のオカルト、それと家の位置とよく行く場所を教えてください。」


    「シズのことならあたしが話すわ、シズの症状は大体一週間ぐらい前からなんだけど、まずは食欲がなくなった。」

    「それから数日経った後お腹が痛いって言ってたわ。」

    「次にオカルトなんだけど山に関して干渉する能力よ。」

    「で、家の位置はここ、和菓子屋さんを営んでいるの。」

    「よく行く場所は昔からここら辺の山よ、そこからオカルトが来てるのかもね。」


    「そうか大体わかった。」


    俺は聞いた情報を元に高鴨がよく行くという山と家、そして今いるこの旅館に印を付ける。

    次に近くに流れる川や温泉の源泉を書き込む。

    最後に近くにある神社の範囲を書き込んで電話帳を開く。

    電話を掛けた先は霧島のやんちゃ仲間だ。


    『このクソ忙しいときに一体なんですかー!?』

    「あ、初美さん、今から写メ送りますんで龍脈と龍穴の場所教えてください。」

    『そんな暇無いのですよー!』

    「それじゃおねがいしまーす。」

    『ちょ!?きょうた――』


    適当な所で電話を切って地図の写メを送る。

    数分したら初美さんから画像ともに返信が来た。

    画像には先程こちらが送った画像にきっちり龍脈と龍穴が記されていた。

    「一辺あの世に行って来い。」というメール付きで。

    なので「残念、既に一回行った。」と返しておいた。


    初美さんの情報と俺の持ってる情報を使って絞込みを更に掛けて当りを付ける。

    御所市の方に高鴨神社というところがあるがどうやらこっちは違うっぽいな。

    行っても無駄になりそうだから除外する。

    場所は大体わかった、後は実際に行って探さないといけない。

    そこでちょうどよく良子さんが戻ってきた。


    「アイムホーム、京太郎、何かわかった?」


    「こっちは何とか、良子さん、言った物は?」


    「ノープロブレム。」


    「なら準備は整ったな……春、着替えるの手伝ってくれ。」


    「ん。」


    俺が促すと春は短く返事をする。

    純白の括り袴に白衣、浄衣、朱色の手袋、それに加え朱色の靴を取り出して着替えようとする。

    すると何か慌てて新子たちが出て行った。

    今部屋に残っているのは身内だけ。

    春と良子さんに手伝って貰いながら着替える。

    今回は二人の衣紋者に手伝ってもらえた分、楽だった。

    浄衣に着替えた後、荷物を良子さんから受け取って部屋を出たら新子たちが待っていた。

    俺達が目的地に行こうとしたら新子が突っかかってくる。


    「じゃあ俺達は当りを付けた所に行ってくるから。」


    「ちょっと、行くって何処に行くのよ?」


    「まずは吉野山の深い所だな、運が悪ければ船岡山、あともしかしたら城山辺りだ。」


    「あんたここらの山一帯を歩く積もり?」


    「当たりくじを引かない限りな。」


    「それならあたしも行くわ、人手は多いほうが良いでしょ。」

    「それに土地勘ある人間が居たほうが良いと思うわよ。」


    「足手纏いになるからいらねー。」


    「ちょっと! なによそれ!?」


    新子が憤慨する、だがこっちも余計な犠牲者を出すわけには行かない。

    良子さんは専門ではないし、俺は片腕を使えない。

    だからカバーなんてする余裕はない。



    「なら聞くけどよ、新子は妖怪や魔物みたいなのと対峙した事あるか? ビビッて動けませんでしたじゃ話にならねぇ。」

    「それに戦う方法は? 自分の身も守れないようなやつがいても同行者も危険にさらすだけだ。」


    「ぐ……でも、あんたたちは危険な場所に行くんでしょ? だったら関係者であるあたしたちが何もしないわけにはいかないわ。」

    「それにガイドもなしに山で遭難されたらこっちは打つ手がなくなる。」

    「だからあたしも連れてって、これでもあたしは神社の娘よ。」

    (……これで断られたら……あたしはしずに何もしてあげられない。)

    (自己満だってわかってる、でも引き下がれない……しずはあたしの友達だから……)


    「……はぁ、わかったよ……勝手にしろ。」


    「本当!?」


    「ただし、自分の身は自分で守れ。」


    「わかったわ。」


    少し予定を変更して人員を割く。

    人だけ多くしたって意味がない。

    良子さんには別のところを回ってもらおう。


    「えっとそれじゃ……良子さん、菜摘っていう場所から山の付近を調べてもらえますか?」

    「そのあとは妹のほうの松実さんを連れて丹生川上神社に行ってください。」


    「オーライ。」


    「ここからだと結構遠いから私が車を回すわ。」


    「サンキューです赤土さん。」


    俺と春と新子で一組作り、良子さんと赤土さんが松実(妹)さんに事情を話して連れて動くことになった。

    鷺森さんは松実(妹)さんの代わりにお姉さんの看病兼連絡係を引き受けてくれた。

    そして現在俺たち三人は吉野山を目指して歩いている。

    ここからだと10分程度の短い道のりで済んだ。

    その間に新子が疑問を口にした。


    「ねぇ、あんたたちどういう関係なの?」

    「あんたが着替えるときあたし達は部屋出たけど、滝見さんだっけ? あんたは部屋を出なかったじゃない。」


    「まぁ春とは兄妹同然に育てられたからな。」


    「納得いかない。」

    「私のほうがお姉さん、京太郎のほうが弟。」


    「え。」


    春からの反論で思わず声が漏れた。


    「確かに俺の方が春よりあとに生まれたけど同い年だし、何より俺の方がお兄さんぽくね?」


    「?」


    春に「何言ってんだこいつ?」的な顔をされた。

    俺としては納得行かないものの話している内に吉野山に着いてしまった。

    だがどうやらハズレくじを引いたみたいだ。

    辺りを探索してもそれらしいものが見つからないし気配も何も感じない。

    仕方ないので次の目的地の船岡山まで足を運ぶ、今度は二十分くらいの道のりだ。

    その道中また新子が色々聞いてきた。

    新子が話しかけていたのは春にだが。

    で、黒糖に夢中な春に代わって俺が答える。


    「ねぇ、オカルトって何なの? 男子にはそういうのないの?」


    「有体に言えば人外の力の影響かな、所謂神様とか妖怪とか。」

    「生まれ持っての資質や環境、若しくは後天的に何らかが起きたらそういうことが起きる。」

    「それとなんで男子より女子の方がオカルト持ちが多いかって話だが。」

    「男より女の方が憑きやすいからだよ。」

    「だからイタコ、ユタや巫(かんなぎ)が女の専売特許といわれる所以なんだ。」

    「まぁ男でも巫覡はいるけどな。」


    「へぇ……」


    「……!」


    「ん……」


    話をしながら山の麓まで進むと春が黒糖を懐に仕舞い込んだ。

    今度は当たりくじのようだ。

    俺も持ってきたものを確認する。

    新子はまだ気付いていない。

    だが新子には覚えてもらわないといけないことがある。


    「新子、今から俺がすることを覚えて真似してくれ。」


    「へ?」


    「時間がないので一回しかやらないからすぐに覚えろ。」


    俺は新子の前で特殊なステップを踏む。

    まず直立の状態から左足を半歩前に、右足を一歩前に、左足を右足と同じとこまですり足で合わせる。

    「天蓬、天内、天衝……」

    次に右足を半歩前に、左足を一歩前に、右足を左足と同じとこまですり足で合わせる。

    「天輔、天禽、天心……」

    最後に左足を半歩前に、右足を一歩前に、左足を右足と同じとこまですり足で合わせる。

    「天柱、天任、天英。」

    「覚えたか?」


    「う、うん、何とか……でもこれ何?」


    「道中の無事を祈ってするまじないだ。」

    「何かやばいのに出遭ったらそれをしろ。」


    専門分野ではないが何も教えないよりはましだ。

    俺達は気を引き締めて山の中へ進んでいく。

    歩いて十分ほどした頃、新子が口を開いた。


    「ね、ねぇ、ここってやばい感じがするんだけど……」

    「さっきから寒気はするし、鳥肌は立つし……」

    「もしかして、何かいるの……?」


    「ああ、この先にいる。」



    一般人の新子でさえ感じるくらい近くに寄ったということだ。

    多分この先に原因になったやつがいるはずだ。

    山の中の少し拓けた場所に出た。

    木陰に隠れて直接は見えないが確かにいる。

    辺りをガサガサと音を立て走り回る音。

    獣のような速さ、だが生き物とは別の気配。

    しかも一体じゃない。

    俺と春は即座に背中合わせになり死角を減らす。

    新子も異様な気配に気付いたのか俺たちの傍についている。

    俺も春も懐に持っていた自分の武器を取り出す。

    俺は良子さんから渡された懐剣、春は巴さんから渡された札と自前の特殊な縛縄を。

    次の瞬間茂みから姿を現す異形の者。

    片方は手足が異様に長い全身土色の尻尾がある人型。

    反対側からはおよそ一メートルぐらいの大蜘蛛。

    敵から目を離さず春に聞く。


    「春、どっちを相手にする?」


    「蜘蛛。」


    「じゃあ俺人型な。」


    その言葉を合図に俺と春が弾ける様に飛び出す。

    懐剣を右手に持ち、体を真半身(相手に対して体の向きを真横)にして構える。

    対峙した人型が奇声を上げて襲い掛かってくる。

    相手の右手に合わせて懐剣で往なし、そのまま勢いを利用して肘鉄でカウンターを食らわす。

    人型が呻き声を上げながらよろめく。


    「神様降ろさなくても何とかなりそうだな。」

    『ウゲゲゲ……コロス……』

    「……やれるもんならやってみろよ。」

    「俺の命は妖怪風情にやれるほど安くねえぞ。」

    『グガガ……ジャ!』


    人型が俺の脚を狙ってくる、それを跳ねて躱しそのまま顔面を蹴り上げる。

    激昂した人型が更に暴れ始める。

    上手いこと潜りながら懐に入り、人型のこめかみにボレーキックをする。

    それと同時に足を懐剣で切りつけ、懐剣を手に握ったまま地面に拳を付け着地。

    そして、切ったほうの足が痛みで上がったら空かさず水平蹴りをして転がす。

    最後に人型の肩口を自身の足で押さえ込みながら懐剣を脳天に深く差し込んだ。

    人型はもがき苦しんだ後、黒い霧のようになって消えた。


    「……ふぅ、いっちょ上がり。」

    「と、そんなことより春のサポートに行くか。」


    取り急ぎ春の応援に向かう。

    が、どうやら必要はなかったようだ。

    蜘蛛型は春の縄で木にギチギチと縛り付けられ、今まさに腹と頭が泣き別れした。

    蜘蛛の頭と腹が落ちて黒い霧になり消えていく。


    「そっちは何ともないみたいだな。」


    「ん、ちょっと糸の使い方を教えてあげた。」


    「使う機会はもうないだろうけどな。」


    「ん。」


    一安心していたところに絹を裂くような悲鳴が聞こえる。

    多分新子の声だ。

    急いで拓けたほうに行くと、蜘蛛の足に人間の体を持つ妖怪が新子を狙っていた。

    この距離では間に合わない、俺は大声で新子に伝える。


    「新子! 護身法だ!」


    「え!? え!?」


    新子が慌てながらも九字を切り出す。

    それに合わせて妖怪が止まる。


    「り、臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

    「セーマンドーマン、セーマンドーマン、セーマンドーマン!」

    『グルルル……』

    「なによ!? 全然効かないじゃないおねえちゃん!」


    どうやら効果がなかったようだ、ちゃんと修行をしていないとこうなるいい見本だ。

    新子が走り出す、俺たちも走っているがまだ時間がかかる。

    再び声を上げて新子に促した。


    「そっちじゃねえ! 俺の教えた歩法の方だ!」


    「え、そっち!?」


    新子が再度妖怪に向き直り呪文を唱えながら特殊なステップを踏む。


    「天蓬、天内、天衝、天輔、天禽、天心、天柱、天任、天英!」

    「これでどう!?」

    『グルルルル……』

    「あんまり効いてないじゃないのよ!?」

    『がああぁぁ!』

    「きゃあぁぁぁ!」


    次の瞬間妖怪は大口を開き、新子を襲う。

    妖怪は数秒止まったがそれだけだった。

    だがそれだけで十分だ。


    「ここは私の範囲内……」


    射程圏内に入った春が縄を投げて妖怪の動きを止める。


    「蜘蛛の妖怪が縄で絡め取られちゃ世話ねぇな。」


    そして俺が身動きが取れなくなった妖怪の背に乗り、懐剣で仕留める。


    「時間稼ぎご苦労さん。」


    仕留められた妖怪が消えていく。

    その様子を見ていた新子が安心したのかその場にへたり込んでしまった。


    「は、はあ~びっくりして腰抜けた……」


    「大丈夫か、新子。」


    「大丈夫か、じゃないわよ! もっと早くに助けに来なさいよ!」

    「あたしビビッておしっこ漏らすかと思ったじゃない!」


    「よかったじゃん、漏らさなくて。」

    「それより旅館に帰るぞ。」


    「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あたしまだ腰が抜けてるんだから!」


    自分で付いてくるって言っておいて何を言ってるんだ。

    確かに人間恐怖に陥るとあんな風になるのは仕方ないが……

    うるさい新子は放って置いて早く旅館に戻りたい。

    何しろ戻ってからやることがまだあるのだから。

    結局三人で旅館に着いた頃には既に良子さんたちが戻っていた。


    「良子さん、そっちはどうでしたか?」


    「ノープロブレム、山中で野槌が苦しんでいたので助けました。」


    「そうですか、こっちは土蜘蛛が場を荒らしていたので祓っておきました。」


    良子さんに経過報告を済ませると怪訝な表情をした新子が聞いてくる。


    「ねぇ、野槌とか土蜘蛛ってなによ?」


    「野槌は野椎神もしくは鹿屋野比売神、つまり草の神様。」

    「高鴨ってやつはオカルトとかを聞く限り、多分五行で言えば土だ。」

    「木であるカヤノヒメが苦しんでいたせいで高鴨も影響を受けたんだろう。」

    「五行から考えれば土は木の相克だからな。」

    「土蜘蛛っていうのは、本来は時の天皇に従わなかった土豪のことでその後に妖怪になっていったんだ。」

    「昔神武天皇が捕まえて頭、胴、足を別々に埋めたとされるんだが……」

    「たぶん時間が経って這い出てきたんだろうな、怨霊が。」

    「……さて、説明は済んだし次に移るぞ。」


    説明を終わらして一旦区切り、本題に入る。


    「妹(玄)さんには神社に行ってもらいましたが、これはオカルトで中途半端に繋がった状態を清浄化するためです。」

    「でも神様がある程度判明していないと出来ないから縁のありそうな神社に行ってもらったわけですけど……」

    「問題はお姉さんと高鴨です。」

    「お姉さんは神様がわかるけど場所がわからない。」

    「高鴨は候補はあるけど絞り込めない。」

    「これが難点です。」


    「あの、私の神様って一体何なのです?」


    妹さんが口を挟んできた。

    自分のことだから気になるのは当然だろう。


    「多分、龍に関する神様なので?神(おかみのかみ)か御津羽神(みつはのかみ)か若しくは九頭竜ですね。」

    「だから御祭神が二つある丹生川上神社に行って貰いました。」

    「お姉さんの方はあるにはあるんですがここからだと遠いので、

      近くに分社みたいなのがあるはずなんですがそれが見つからない。」

    「高鴨はオカルトから山津見神(山の神)名前から一言主神(高鴨神)

      阿治須岐高日子根命(高鴨神社の御祭神)のどれかだと思うんですが……」

    「まずはお姉さんのほうを探してみましょう、近くにあるはずなんです。」


    「なら手分けして探しましょう。」

    赤土さんの発案に乗っかり、皆で手分けして探すことに。

    春と新子が近くに社や祠がないかを、良子さん赤土さん鷺森さんが

    旅館の外側を、そして俺と松実(妹)さんが旅館の内側を調べる。





    「ここが調理場なのです。」


    「そうですか……」


    ボイラー室と調理場を案内してもらう。

    色々歩き回りながら調査をしていくが妙な違和感を覚える。


    「おかしいな……」


    本来なら竈の神様が家の人間を守ってくれるはずなのだが……

    それがあまり機能していないような気がする。

    そもそも調理場の荒神棚に御札が入っていなかった。

    何かがおかしい。

    歩きながら考えているとふと中庭に目が行く、まず最初に灯籠が目に付いた。

    そこから視線をずらしていって中庭全体を見ているととある事に気が付く。


    「もしかして……!」


    「どうしたのです、須賀君?」


    中庭に入って植えてある木や設置されている甕を調べていく。


    「……そういうことか。」


    「何かわかったのですか?」


    「ええ、皆を集めましょう。」


    部屋にみんなが集まる。


    「結論から言います、ありました。」

    「それでえっと、松実さんの為に集めてもらいたいものがあります。」

    「まずは松実(妹)さん、貴女にはこれらを用意して中庭に人が入らないようにほしいんですけど。」


    「はい、わかりましたのです。」


    必要なものを書いたメモを手渡しながら続ける。


    「次に新子、これに書いてあるものを用意してくれ。」


    「わかったわ。」


    新子にもメモを渡す、こっちは神事に必要なものだ。


    「鷺森さんと赤土さんは松実さんのお姉さんを中庭に連れてきてください。」


    「わかったわ、灼手伝って。」


    赤土さんと鷺森さんは部屋から出て行った。

    残った春と良子さんが聞いてくる。


    「で、私達の仕事は?」


    「中庭のお掃除。」


    つらっと言ってやった。

    俺達は中庭に行き甕の汚れた水を捨て、中を洗ったり。

    灯籠を綺麗にしていた。

    ちょうどそれらが終わった頃、松実(妹)さんが手に荷物を抱えてやってきた。


    「これでよかったのですか?」


    「はい、これで大丈夫です。」

    「本当は朝の一番水がいいんですけど、今回は時間の都合、代わりに飲める温泉で行きます。」


    渡されたものを所定の位置において行く。

    洗米、お酒、塩。

    並べ終わった頃に先程洗った甕に水を注ぐ。

    結構重労働だ、特に片腕では。

    注ぎ終わる頃には新子と赤土さん達がやってきた。


    「もってきたわよ、あんたが言ってたもの。」


    「おう、サンキューな。」


    「礼なんていいわよ、宥姉のためだし。」


    新子から渡された飾りやお札を所定の位置に置く。

    赤土さんが眠っている松実さんに肩を貸しながら俺に声を掛けてくる。



    「須賀君、宥はどうすればいいの?」


    「近くに寝かせて置いてください、多分そのうち勝手に起きますから。」

    「本当は朝にやるのがいいんだけど、良子さんの仕事の都合上もあるし

      高鴨のほうもあるから後日ちゃんとした神職の方にやってもらってください。」

    「それじゃ始めますよ。」


    俺の合図とともに辺りが水を打ったように静かになる。

    お札を入れた部屋のほうに向かって一礼二拝した後、紙を取り出し祝詞を読み上げる。


    「此れの神床に坐す 掛けまくも畏き天照大神」

    「産土大神等 諸々の大神等の大前に」

    「恐み恐みも白さく」

    「大神達の広き厚き御恵みを辱み奉り」

    「高き尊き神教のまにまに」

    「直き正しき真心持ちて 誠の道に違ふことなく」

    「負ひ持つ業に励ましめ給ひ 家門高く 身健に」

    「世の為人の為に尽くさしめ給へと」

    「恐み恐みも白す」


    一つ目の祝詞を読み終え二礼二拍手一礼したあと、お神酒からお酒を取り出して一口飲む。

    赤土さんが何か言いたそうな顔をが構わずもう一つの祝詞を奏上する。




    「高天原に神留座す 皇親神漏岐神呂美之命を以て」

    「皇御孫命をば 豊葦原の水穂の国を安国と平けく所知食と」

    「天下所寄奉し時に事奉仍し 天津祝詞太祝詞の事を以て申さく」

    「神伊左奈岐伊左奈美の命 妹背二柱の神嫁継給ひて」

    「国の八十国嶋の八十嶋を生給ひ 八百万の神等を生給ひて」

    「麻奈弟子に火結の神を生給ひて 美保止被焼て石隠座して」

    「夜七日昼七日吾をな見給ひぞ吾奈背の命と申し給ひき」

    「此七日には不足て隠座事奇とて見所行ず時に」

    「火を生給ひて御保止を所焼座き 如是時に吾奈背の命の吾を見給ふなと申すを」

    「吾を見阿波多し給ひつと申し給ひて 吾奈背の命は上津国を所知食べし」

    「吾は下津国を所知食んと申して石隠れ給ひて 與美津牧坂に至座て所思食く」

    「吾名妹の命の所知食す上津国に 心悪子を生置て来ぬと宣て」

    「返座て更に生子 水神 瓢 川菜 埴山姫 四種の物を生給ひて」

    「此の心悪此の心荒ひそは 水神 瓢 埴山姫 川菜を持て鎮奉れと」

    「事教へ悟給ひき 依之て雑々の物を供て 天津祝詞の太祝詞の事を以て」

    「称辞竟奉くと申す」


    一礼三拍手一礼をして一度松実さんから薪と火を熾す物を貰う。

    中庭の真ん中に火を熾す、最初は小さい火だったが次第に安定した火になる。

    そこにお神酒を垂らす。

    すると、火が大きく燃え盛る。

    膝元くらいまでしかなかった火の丈が瞬く間に人より大きくなった。

    本物の火ではないが火産霊(ほむすび)の火だ、少し離れているのに熱気が凄まじい。

    そのうちいつの間にか起きた松実(姉)さんがふらふらと火に近寄ってくる。

    その場にいる全員が動けないでいた。

    いや正確には俺と春と良子さんは動かなかった。

    お姉さんが体を震わせながら呟く。



    『お母さんはどこ……』

    『やだ……死にたくない……死にたくない……』

    『寒い……寒い……寒い……!』


    次の瞬間お姉さんが火の中に飛び込む。

    俺は用意してあった水桶から水を被り火の中に入る。

    被った水や汗が一瞬にして蒸発していく熱気のなか、火の中にいるお姉さんの肩を掴み大声で叫ぶ。


    「貴方の母親はここにはいません!」

    「貴方を斬る剣も! そして貴方の父親もここにはいません!」

    「貴方は生まれて良いんです!」

    「貴方は生きて良いんです!」

    「貴方はここに居て良いんです!」

    「だからその人を解き放ってください!」

    「火之迦具土神様!」


    『……あなたは私を温めてくれる……?』

    「俺だけじゃありません、貴方の周りにいる人間は貴方を守ってくれます。」

    『……少しだけ暖かい……』





    そうお姉さんが言い終ると火が掻き消えて、お姉さんの体が揺れ、倒れこむ。

    とっさに手を伸ばし支えこんで状態を見る。

    なぜか服にすら焦げた痕跡はなかった。

    こっちは満身創痍だって言うのに。

    為すべきことを為したら安心したので俺は意識を手放した。

    意識を投げ出す瞬間、春が何か大声を上げていた気がする。





    夢の中で頭の中に響く声。

    家の御祭神様の声だ。

    「同胞(はらから)の苦しみから解き放ってくれたこと、礼を言う。」

    めずらしいな、神様に感謝されるなんて。





    目を覚ますと俺は布団の中にいた。

    隣には春がちょこんと座っている。

    俺が起きた事に気付いた春が心配そうな顔から安堵の表情に変わり、すぐに眉を寄せて怒った表情を作る。

    ああ、そうか俺が大蛇退治で倒れたとき、こいつと巴さんが運んでくれたんだっけ。

    自分の体をよく見ると火傷の痕を処置した形跡がある、また心配掛けちまったな。

    自分の状況を省みて春に謝った。


    「春、悪い……面倒掛けちまったな。」


    「バカ! また無茶して!」


    「大丈夫だって、小蒔ちゃんとの約束があるから死ねねぇよ。」


    「バカ、京……太郎に言いたいのはそういうんじゃない。」


    「わかってるって……あとさ、呼び方は昔のままでいいぞ。」


    「……バカ。」

    「ホント……京はバカ……」


    「悪かったって。」


    「いい、京が生きてたから……それで許す。」




    本気で心配させて、面倒掛けてしまったけども、呼び方が戻って、俺と春の間にある空白の数年間が少しは埋まった気がした。

    ふと外を見ると空が白み始めていた。

    焦って春に聞く。


    「俺どのくらい寝てた!?」


    「一日くらい。」


    俺は急いで寝巻きから着替えて部屋を出る。

    松実(妹)さんのところへ行くと皆が揃っていた。

    俺に気付いた良子さんが暢気に挨拶してくる。


    「グッドモーニング、京太郎。」


    「仕事あるんじゃないんですか?」


    「夕方の飛行機に乗ればノープロブレム。」


    「じゃあ、それまでに高鴨の解決策を考えないと。」


    「あ~、それなんだけどさぁ……」


    赤土さんの歯切れが悪い。

    もしかして高鴨に何かあったんだろうか。

    俺が何かあったのかと赤土さんに聞こうとしたら松実(妹)さんが割って入ってきた。




    「あの、昨日お姉ちゃんはどうしちゃったんですか?」


    「え、ああ……お姉さんに降りていた神様は加具土様と言われていて、所謂荒神様として祀られている神様です。」

    「加具土様は火の神様であると同時に鍛治の神様、そして温泉を恵む神様でもあるんです。」


    「それがどうして中庭に関係あるんですか??」


    「あの中庭は温泉脈のちょうど真上にあるんですよ。」

    「中庭には松の木と石甕があるんですが……」

    「松の木は荒神松の、石甕は水玉の、灯籠は神灯の代わりだったんです。」

    「つまり、中庭自体が大きな神棚として機能していたんです。」


    「へぇ~……なるほどなるほど~。」


    「今はもうお姉さんには憑いていませんが家を守ってもくれる神様だから毎朝お供えを上げてください。」


    「はい、了解なのです!」


    松実(妹)さんに今後の注意と説明を一通りした後本題に戻る。

    赤土さんが妙に口篭るのが気になる。




    「それで赤土さん高鴨の件について聞きたいんですけど。」


    「いやそれがね……しず、入っておいで……」


    「はい……」


    部屋の戸が開けられ、人が入ってきた。

    件の高鴨穏乃本人である。

    これには新子もどこか驚いた様子だった。

    しかしそれより申し訳なさそうな高鴨に疑問を持つ。

    こいつのどこが悪いのか、と。


    「しず、説明して……」


    「はい……」

    「実は……」


    赤土さんが高鴨に説明を促し、それを聞いて愕然とした。




    「山の中に実っていた木の実とか食べててお腹壊しちゃっただけなんだ……」


    「…………は。」


    「「はぁぁぁぁ!?」」


    俺と新子の声が綺麗に重なる。

    憤慨した新子が更に高鴨詰め寄って聞き出す。


    「何よそれ!?」

    「食欲不振ってのは!?」


    「いやごめんね、憧。」

    「ご飯の前に持ち帰った木の実食べたらお腹いっぱいになっちゃって。」

    「そのあとも食べてたんだけど悪いのが一個あったみたいでそれに中っちゃった。」


    「なんだそりゃ!?」

    「こっちは山津見神か一言主か阿治須岐高日子根命とか必死に悩んだってのに!」

    「拾い食いで腹壊しただけって、おま……」


    「あ、あはは……その、ごめんなさい……」


    なんかすごい脱力感と倦怠感と虚無感を味わった。

    すごく打ちひしがれてる所に春が声を掛けてくる。


    「京、京。」


    「なんだよ、今俺はどうやれば高鴨を因幡の白兎に出来るか考えてるんだけど。」


    「私なんかすごい物騒な目に遭わされそうなんですけど!?」


    「五行から考えれば土は木の相克だからなキリッ。」


    「ちくしょー! 効果音まで付けんじゃねぇ!」


    春は俺の発言を物真似して茶化した。

    何かもうムカつくので戻ることにした。

    今はもう駅に着いていて阿知賀女子のメンバーが見送りに来てくれていた。

    まだロープウェイは着いていない。

    その間少しお喋りする事にした。

    春は新子や高鴨とお喋り?してる。

    良子さんは赤土さんや鷺森さんと。

    そして俺は松実姉妹と談笑していた。




    「ありがとう、えっと……」


    「須賀です、須賀京太郎です、松実さん。」


    「宥で良いよ、松実じゃ玄ちゃんとわからなくなっちゃうから。」


    「私もなのです! 玄でいいのです!」


    「ああ、はいわかりました、宥さん、玄さん。」


    玄さんが「今度おもち談義をしましょう。」とか、あと「石戸さんのおもち写真送ってください。」とか言ってた。

    この人ブレねぇな、マジで。

    隣で苦笑いしていた宥さんが俺の腕を見て聞いてくる。


    「それ……」


    「ああ、事故で折れちゃってるんです。」


    「そうなんだ……じゃあ……」


    宥さんが首に掛けていたマフラーを外し、俺の折れた腕にマフラーを捲いた。


    「おまじない。」


    「いいんですか? 大事なものなんじゃ……」


    「いいの……私にはもう暖かすぎるから……」


    今更気付いたのだがそういう宥さんの格好は前より薄着だった。

    この人自体、何かから解放されたのだろうか。

    俺は余計な詮索してはいけないと思い、お礼だけ言った。


    「ありがとうございます。」

    「これで直ぐに治ります。」


    「そう?」


    宥さんがくすくすと笑う。

    マフラーも同じ首に掛けるものだから現代の比礼と言えなくもないよな。

    火は浄化や再生を象徴するものだから尚のこと好都合だろう。

    駅にロープウェイが着く、そろそろお別れの時間だ。

    出発するとき皆が手を振ってくれた。

    玄さんは大声を上げて何かを言っている。




    「こっちはお姉ちゃんのおもち写真送るのです!」


    「ちょ、ちょっと玄ちゃん!?」


    「だからそっちも石戸さんのおもちの写真を送るのです!!」


    どんだけあの人は霞さんの胸に執着してるんだよ。

    ……そういえば良子さんの姿が見当たらない。

    駅まで一緒にいたのに……

    まぁ子供じゃないんだし後で合流するだろうと思って気にしなかった。

    春と話をすることに。


    「春、そういえば初美さん何か言ってなかったか?」


    「?」


    「いや、何かやけに霧島が慌しかったから。」

    「一回戻ったほうがいいかもな。」


    「……わかった、私は一回戻る。」

    「京は待っていて。」


    「あいよ、良子さんと一緒に待ってる。」

    「でも良子さんどこに行ったんだ?」


    「さぁ?」



    ――吉野水分神社――


    『―――――』

    「……何とか終わりましたよ。」

    「これで貴女の娘さん達も心配ないです。」

    『―――――』

    「……はい、では安らかにグッドナイトです、露子さん。」



    ――空港――


    「じゃあ春、気をつけてな。」


    「ん、京もね。」


    空港のゲートを潜っていく春を見送って良子さんに連絡をとる。

    しかし中々繋がらない。

    仕方ないのでぶらぶらして時間を潰していたら電話が鳴る。

    良子さんからの折り返しかと思ったが違った。

    携帯のディスプレイには公衆電話から表記されていた。

    電話に出ると聞きなれた声が聞こえてきた。


    『あ、京ちゃん!?』

    「咲か?」

    『そうだよ! ていうか京ちゃん助けて! 今神代さんと一緒に東京にいるんだけど……』

    「はぁ!? 小蒔ちゃんと一緒って……ていうか東京ってどういうことだよ!?」

    『京ちゃん追ってきたら何故か東京に着いちゃったの! しかも今二人合わせて200円しかなくて……』


    『落ち着いてください宮永さん、はい、これ飲んで落ち着いてください。』


    『ありがとうございます神代さん……京ちゃん悲報です、所持金が80円になりました。』

    「ジュース飲んでんじゃねぇよハゲ!」

    『私ハゲてないもん!』


    どうやら俺は東京まで迎えに行かないといけないようだ。

    何せ俺は……


    「神代の守人だからなぁ……」


    俺は力なく項垂れながら独り言を呟いた。


    【京太郎「神代の守人~霊浄め編(奈良)~」】


    カン



    このSSでの設定


    高鴨穏乃

    山津見神(山の神) 

    一言主神(高鴨神)

    阿治須岐高日子根命(高鴨神社の御祭神)




    松実玄

    闇御津羽神(くらみつはのかみ)

    高?神(たかおかみのかみ) 

    闇?神(くらおかみのかみ)と高?神は同一の神、または、対の神とされ、その総称が?神であるとされる。

    ?(おかみ)は龍の古語であり、龍は水や雨を司る神として信仰されていた。

    「闇」は谷間を、「高」は山の上を指す言葉である。

    丹生川上神社(奈良県吉野郡)では罔象女神(みつはのめのかみ)とともに祀られている


    平城京の九頭龍伝説

    高?大神(黒龍大神)、闇?大神(白龍大神)



    火之迦具土神 宥

    火に包まれていたため生まれた直後に母親(伊邪那美命)の陰部を焼いて

    殺してしまい父親(伊邪那岐命)の剣によって斬り殺された不遇の神。

    火之迦具土神が死んだときに体から山津見神が、血からは闇御津羽神(くらみつはのかみ)や

    闇淤加美神(くらおかみのかみ)などが生まれた。

    血液循環が上手く行ってないので体温が低い



    吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)は、奈良県吉野郡吉野町子守地区(吉野山上千本)にある神社

    大和国四所水分社の一つとして古くから信仰されてきた。

    水分神は本来は水の配分を司どる水神であるが、「みくまり(水分)」が訛って

    「みこもり(御子守)」となり、子守神ともみなされるようになった。




    三隅大平桜

    島根の桜

    (ヤマザクラとエドヒガンの雑種)


    須賀京太郎の名前の由来についての考察


    須賀=須賀の地

    建速須佐之男命は櫛名田比売を妻として須賀の地(島根県安来市)に住んだとされる。

    京太郎=京太郎山

    島根県邑智郡邑南町にある標高827メートルの山

    近くに日和という地域がある