「ふぅ…掃除終わりっと」
一人の男子生徒が箒を持ちながら麻雀部の部室で大きくため息をついた。
彼の名前は須賀京太郎。彼の所属する清澄高校麻雀部は男子一人に女子五人という、規模は小さいながらも全国を目指す活気溢れる麻雀部である。
彼女達は県大会において強豪を相手に苦戦を強いられながらも見事に優勝を果たし、全国大会への切符を手に入れた。
一方の京太郎自身はといえば…麻雀に関してはてんで話にならないほど弱く、そのせいか部室の掃除や買い出しなどの雑務はほとんど彼の役目という待遇を受けている。
けれども彼はその事について特に気にはしていない。まぁ、これも仕方ないやねと感覚で毎日こなしている。
そんな軽い所が彼の良い所でもあり、悪い所でもあった。
そして今日もまた他の部員よりも早く部室に来て彼女達のために掃除をこなしていた。
「にしても、全国大会か……咲の奴は大丈夫かねぇ」
京太郎は机の上に置いてあった写真を眺める、先の県大会で優勝した時に撮られたものだ。咲は自分の姉である宮永照と仲直りして、また一緒に暮らすためにこの麻雀部に入部した。

そんな咲を京太郎は気にかけていた。咲は非常にプレッシャーに弱い人間だ、もし自分の姉と仲直りする事が出来なかったら…という考えが咲に重圧をかけているのかもしれない。
それでなくとも、咲は他の仲間に対する思いが人一倍強い人間なのだ。
それらが彼女を縛る鎖となって咲の力を奪ってしまうのではないか。
京太郎はその事を不安に思っていた。
「まぁ、和や部長達がきっと力になってくれるさ…」
写真を手に持ちながら京太郎は笑みを浮かべた。
咲なら心配ない、今の咲には和を始め彼女を支えてくれる仲間達が沢山いる。
咲がへこたれても皆が咲の力となってくれるだろう…県大会の時みたいにな。
京太郎はそんな咲に頼もしさを感じると共に寂しさを感じていた。
中学校の時は一緒にいる時間が多かったのに、咲が麻雀部に入部してからは一緒にいる機会がほとんどなくなった。
帰る時は和やタコスと三人で、最近では登校する時もその二人と一緒だ。
昼食の時も三人で食べる事も多く…今の京太郎は昼食の時はたった一人で食べている。
この前もレディースランチを食べるべく咲を誘ってみたが原村さん達と食べるから、と体よく断わられてしまった。

もはや咲は自分を必要としていない、京太郎はそう考えると少し悲しくなった。
でも、いいさ…あいつが幸せならそれで良いんだ。今の俺には…咲の頑張っている姿を見届けるしか出来ないんだから。京太郎は深くため息をつきながらゆっくり写真を撫でた。
ズキンッ…
「か、はぁ!」
写真が京太郎の手から落ちる。京太郎は胸をおさえながらその場でうずくまった。
「また……かよ!くそっ……」
心臓が裂けるほどの強い激痛が胸を襲う、それに対し京太郎はギリリッと歯を食いしばりながら懸命に耐えている。
(一体…どうなってんだよ…この痛みは…!)
実は京太郎を襲う胸の激痛は一度や二度の事ではない。
初めて京太郎が胸の痛みに襲われたのは咲が麻雀部に入部する事を決意した時だった。
京太郎が家に帰る途中、急に胸のちょっとした痛みが走った。京太郎は不審に思ったが、まぁ…少し疲れているんだろうなと考えただけで特に気にはしなかった。
そんな彼の軽い性格が後々に自分を苦しめる事になろうとは――。
その日を境に胸の痛みが京太郎を襲う様になった。

最初の内は軽い動悸程度だったが、日を重ねる事にそれは強い痛みへと変わっていった。
流石の京太郎も自分の身体の異変に気付き、病院へ行こうとも考えた。
けれども彼はそうしなかった…何故なら麻雀部の県大会が近かったから。
大会が近いのにもかかわらず、自分が病院へ行けば他の部員――特に心配性の咲に少なからず動揺を与えかねない。
京太郎はそれを恐れたのである。結局、彼は胸の激痛を皆に隠したまま県大会に望んだ。
けれども身体の異常はそんな彼を許す事はなかった。応援している時も、買い出しに行っている時も――胸の激痛は彼を襲った。
実は男子個人戦の時も痛みは襲っていた…恐らく京太郎は痛みをおさえるのに必死で麻雀どころではなかっただろう。
それでも彼はその事を他の部員に悟られぬ様、必死で耐え抜いた。
激痛と戦いながらも麻雀部の皆のためにサポートを続けた。
彼女達に全国大会に行って欲しかったから、咲の願いであるお姉ちゃんと仲直りしてまた一緒に暮らすという夢を叶えて欲しかったから――。
皆に空気扱いされようが、こき使われようが京太郎は不満を言う事もなくこなし続けた。
全ては咲のため、麻雀の仲間達のために…。

「はぁ…はぁ…!」
ようやく京太郎の胸から激痛が消えた。彼は胸から手を離すと、落としてしまった写真を拾う。
(危ない所だった…)
京太郎は顔から流れる汗を拭いながらフゥッとため息をついた。
こんな所を他の部員に見られてはいけない、せっかく全国に行けるのに皆に要らぬ心配をかけさせる訳にはいかないのだ。
「しかし…」
京太郎はポツリと呟く。
県大会が終わってから胸の激痛が毎日の様に襲ってくる。
今までは皆に隠しながら上手くやってこれたけど、このままだといずれバレてしまうだろう。

「……はタコスに限るじぇ~!」
「もう……ゆーきったら…」
考え事をしていた京太郎の耳に咲達の話し声が聞こえてきた。
まずい、咲達がやってくる。
京太郎は急いで写真を机の上に戻し、麻雀卓の前に座る。
「じゃーん!ゆーき様の登場だじぇ!」
タコスの高らかな声と共に勢いよくドアが開かれ、三人が部室の中にやってきた。
「なーにが、ゆーき様だよタコス。 お前の名前なんかタコスで十分だよ」
「むっ!犬、今日も来るのが早いな!感心、感心!」
「ばーか、お前に褒められても嬉しくないっての!」

タコスに嫌味を言いながら何もなかったのように振る舞う京太郎。
けれども、再びあの激痛がやってくるのではないかと内心では恐怖を感じていた。
「おっ、もう皆そろってみたいじゃな」
「そうみたいね、大会に向けて頑張っているみたいで安心したわ」
咲達に続いて久とまこが部室へとやって来る。久は京太郎の方へと歩み寄るとニッコリと微笑んだ。
「須賀く~ん、悪いんだけど…ちょっと買い物に行ってもらえないかしら?」
毎度お馴染みの久の買い出し指令。慣れている事とはいえ、少しヘコんでしまう。
「またですか部長? 分かりましたよ、行って来ます…」
「すまないわね須賀君。 はいこれ、お金と買い物リスト」
財布とメモを久から受け取った京太郎はドアに向かって歩き出す。
「出来るだけ早くお願いね~」
「アンタ…鬼じゃな」
やれやれ、部長も人使いが荒いなぁ…まぁ、これも仕方ないやね。
京太郎はメモを確認しつつ、ドアに手をかけようとした。
ズキンッ…
(………!)
くそっ、またかよ!胸の激痛が再び京太郎を襲い始める。
堪えろ、堪えるんだ京太郎。皆に感付かれる前に早くこの部室から出るんだ。

京太郎は自分にそう言い聞かせながら扉を開ける。
「どうしたの京ちゃん?なんだか具合が悪そうだけど…」
そんな彼の異変に気が付いたのか咲は京太郎に声をかける。
「い…いや、ちょっとお腹が痛くなっただけさ。 咲が気にする事じゃねーよ」
今にも気絶しそうな激痛に堪えながら京太郎はニカッと咲に笑みを見せる。
「そう?具合が悪いんだったら私が代わりに買い物に行っても…」
「大丈夫、大丈夫!咲はそんな事を気にせずに麻雀の練習を頑張れよ!」
京太郎は咲に手を振りながら部室の扉を開ける。
バタンッ
「が…あぁ…!」
扉が閉じるのと同時にその場でうずくまる京太郎。彼の額からポタポタと脂汗が流れ落ちる。
これ以上はやばいかもしれない。明日は休みだから咲達にバレる前に病院に行く事にしよう。
京太郎はゆっくりと立ち上がるとフラフラと歩き出した。

その後、心配していた胸の痛みに襲われる事もなく部活が終わり京太郎は帰る準備をする。
久し振りに咲と二人で帰ろうかな。
そう思った京太郎は咲に声をかけようとした。

「咲、久し振りに一緒にかえ…」
「咲ちゃ~ん!新しいタコス屋さんが近くで出来たみたいだから、のどちゃんと一緒に行こうだじぇ!」
京太郎の話を遮るように咲に飛び掛かるタコス。彼女のタイミングの悪さは間違いなく麻雀部の中で一番であろう。
「う、うん…いいよ。 またこの間みたいに食べ過ぎないでね?」
「大丈夫だじぇ!タコスに限っては私の胃袋は宇宙なんだじぇ~!」
「もう、ゆーきったら。 この前の事で懲りてないんですか? 大体ゆーきはいつも……」
タコスと和の登場で京太郎は完全に蚊帳の外へと追いやられてしまった。
「ん…、どうかしたの京ちゃん? 何か話があったみたいだけど…」
「あ…ああ!なんでもねーよ!特に気にする事でもないからよ!」
「そう…? なら良いんだけど…」
「咲きちゃーん!早く行くんだじぇ!」
「う、うん…それじゃあね京ちゃん」
咲は鞄を持つと和達の所へと走り出した。そんな咲の後ろ姿を京太郎は一人、悲しそうに眺めていた。
もう、咲の目には俺なんか写っていないんだな。
「なんだかなぁ…」
一人取り残された部室で京太郎はポツリ呟く。

それにしてもなんで急に咲と一緒に帰ろうと思ったのだろう?
京太郎は考えてみたが結局、その理由が分からなかった。
…もしかしたら明日、病院へ行く事への不安が京太郎をそうさせたのかもしれない。

次の日、京太郎は皆に内緒で病院へ行った。診察内容はもちろん胸の痛みについてだ。
何が原因で胸に激痛が走るのか京太郎は知りたかった。
(まぁ、薬か何か飲めばすぐに治るだろ! でも、手術を受ける事になったら…そん時はそん時だ)
検査を受けながら京太郎はいつも通り軽い気持ちでそう考えていた。
しかし――運命は彼に残酷な現実を突き付ける事となる。

「須賀君…今日、君は家族の方と一緒に来たのかな?」
京太郎の担当医が重々しい口調で彼に問い掛ける。
「いえ、一人で来ましたけど……何か?」
「そうか……出来ればご家族の方と一緒に話がしたかったのだが…」
担当医の言葉に京太郎は言い知れぬ恐怖を感じる。
自分の身に何か重大な事が起こっているのではないのか。
そんな不安から京太郎は担当医に質問をぶつけてみる。
「その……何が原因なのでしょうか? その…胸の激痛について…」


721 : 名無しさん@お腹いっぱい。 : 2010/02/03(水) 00:27:07 ID:un2AbZ5F0 [1/1回発言]
今回はここまで。
703を元にしました


そしてかつて投下させてもらった麻雀ツヨナールに続きがあった事に驚きながら床につく。

714
感謝致します
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703 : 名無しさん@お腹いっぱい。 : 2010/01/31(日) 23:41:52 ID:sjPnn6mCO [1/1回発言]
もし京太郎が病に侵されて余命1ヶ月しかないと言われたら咲はどんな反応をするのだろうか

714 : 名無しさん@お腹いっぱい。 : 2010/02/02(火) 18:11:58 ID:YujTQ8qb0 [1/1回発言]
ちょ、何だこの重い話は!支援です

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