「あ……あの……」


ようやく京太郎と再会する事が出来た桃子であったが、突然の事に思うように言葉が出ない。
どうしよう、このままじゃ京太郎さんが行ってしまう。
桃子は焦りを堪えつつ、勇気を振り絞ってようやく声を出した。


「須賀……京太郎さん…!」
「………はい?どうして俺の名前を……」


京太郎の返事を聞いた桃子は落胆する。やはり京太郎は自分の事など覚えていなかったのだ。
それはそうだ、たった一回の出会いでしかもほんの数十分の事など覚えている訳がない。
分かってはいた事だけど辛い…桃子は泣きそうになってしまうのを隠すために顔をうつむかせた。


「…………あっ!もしかして君……」
「えっ……」
「いつだったかな……雨の日に車に轢かれそうになってた娘だよね?」


京太郎の言葉に桃子は顔をあげる、京太郎は桃子の事を忘れていなかった。
自分の事を覚えていてくれた――桃子は無意識のうちに笑みを浮かべる。


「………はい!」
「いやー!まさかこんな所で会うなんて偶然だね!えーと………」
「桃子……私の名前は東横桃子っす!」


ようやく言えた、あの時言えなかった自分の名前を京太郎に。
桃子は嬉しさのあまり、その場で跳び跳ねたくなってしまった。


「それよりも、大丈夫かな東横さん…?強くぶつかっちゃったけど…本当にごめんな」


京太郎は申し訳なさそうに頭を下げると桃子に手を差し出した。


「あ、ありがとうっす須賀君……」


桃子は恥ずかしそうに手を伸ばすと、京太郎の差し出した手を握りしめた。
ギュッ・・・・


(あれ………?)


桃子はふと、握りしめた手になんとも言えない違和感を覚えた。
なんだろう、懐かしい…それになんだか分からないけど、身体の中が暖まって心が穏やかになっていく。
桃子はしばし無言で握りしめた手を見つめ続ける。


「あのー……どうしました東横さん?やっぱりどこか痛めてしまったんじゃ…」
「は、はい!?私は大丈夫っすよ!ごめんなさいっす、ボーッとしちゃって…」


京太郎の呼び掛けにようやく我に返った桃子は慌てた様子で立ち上がった。
桃子は改めて握りしめた方の自分の手を見つめる。


(さっきのは一体……?)


京太郎の手を握った時のあの感覚は一体なんだったのか。
桃子は長考してみたものの結局その答えにたどり着く事は出来なかった。



「はい、ジュース」
「あ、ありがとうっす……もらってばかりっすね私…」
「気にしない気にしない」


京太郎は桃子にジュースを渡すと、彼女の隣の椅子に腰かけた。桃子はふぅっと息を吐いて京太郎の顔をチラッと見る。


(どうしよう…)


ようやく、京太郎と再会する事が出来たものの何を話せば良いのか分からない。
いざ、口を開こうとしても緊張のあまり声が出ない。


(あれだけ話がしたがっていたのに何をしてるっすか……私のバカ)


桃子は心の中で自分自身を叱りつける。何も言い出せない自分が嫌になってしまう桃子であった。


「東横さんがここにいるって事は…やっぱり東横さんも麻雀大会に参加しているんですか?」
「ひゃい!?」


突然、京太郎に話を振られた桃子は思わず間の抜けた返事をしてしまった。
桃子はどうにか自分を落ちつかせつつ、京太郎の方に顔を向ける。


「は、はいそうっす!私も団体戦に参加しているっすよ。……須賀君もやっぱり今日の団体戦に参加しているっすか?」
「……………」


一瞬、表情が曇る京太郎。しかし、再び笑顔に戻りジュースを一口飲んだ。


「………いや、俺の場合は個人戦だけだよ。男子部員は俺だけだからね…応援さ、今日の所は」


どこか寂しげな様子な京太郎に、桃子は不安そうな表情を浮かべる。
もしかして、なにかまずい事でも言ってしまったのだろうか?桃子は缶ジュースを握りしめながら京太郎の顔を見つめる。



「おーい!モモー!どこにいるんだ~!」


桃子を呼ぶ声が彼女の耳に入る。どうやら加治木達が自分を探しに来たようである。
もっと京太郎と話がしたかったが、加治木達の所に戻らなければならないようだ。


「ご、ごめんなさいっす須賀君……私、そろそろ戻らないと…」


申し訳なさそうに頭を下げる桃子に京太郎は笑顔で手を振る。


「ああ、気にしないでくれ。俺もそろそろ皆の所に戻ろうかなって思ってたから。……大会の方、頑張ってな!応援してるよ」
「……はい!」


京太郎はジュースを一気飲みすると、そのまま走り去っていった。
その姿を見送ったまま桃子は立ち尽くす。


「あっ」


京太郎の連絡先を聞いておけば良かったと、今さらながら気がつく桃子。
何で、もうちょっと早く気がつかなかったのだろう。


「本当に……私の馬鹿」


桃子は自分の頭をコチンと軽く小突く。
でも、また大会に行けば会えるかもしれない。その時は必ず京太郎の連絡先を聞いてみせる。
自分にそう固く誓う桃子であった。