京太郎「塞さんって意外と甘い物好きですよね」

    きっかけは俺の何気ない一言。

    時間は放課後、場所はいつもの部室。俺は臼沢塞先輩と部室の脇に設置された炬燵に半身を埋めていた。

    シロ先輩の謎の生産性と瞬発力によって置かれた炬燵に最初は呆れたものだが、こうしてちゃっかり使わせてもらっている。

    今この場にいるのは俺と塞さんだけ。他のみんなは用事があるとかで本日は来ていない。

    本当に用事だったのかは正直なところ疑問だ。察すがよすぎるのも考え物である。

    塞「そうかな?」

    返答に反して、塞さんはお汁粉の入った椀を啜っている。

    塞「甘い物自体は特別好きってわけじゃないけど」

    俺の言葉をいなしながら、さらにもう一口。

    塞「糖分は普段から摂取するようにしてる。あ、このお汁粉は別ね? 京太郎君の手作りだもの」

    いたずらっぽく笑いながらのフォローにこちらもの思わず口元が綻ぶ。

    京太郎「それ、インスタントですよ?」

    塞「まぁ気持ちが詰まってるってことで」

    京太郎「けど、なんで?」

    投げかけた疑問に、塞さんは椀と箸を置きトシさんか譲り受けた片眼鏡を外し机に置く。

    塞「私って割と脳の活動が過多だから、常にとはいわないけど定期的に糖分を摂ってる状態が好ましいのよね」

    京太郎「え~、っと……つまりどうゆこと?」

    塞「そうね? たとえば、人間の目が見た『もの』っていうのはどのくらい脳が認識してると思う?」

    京太郎「え?」

    脈絡のない質問に俺は一瞬答えに窮する。

    京太郎「え~と……半分くらいですか?」

    塞「不正解」

    手厳しい。

    塞「正解は目の網膜が視覚野に伝達する情報は3%。残り97%は脳内補完っていうことになるわね」

    京太郎「ええ!? そんななんですか!?」

    出来の悪い生徒に講義するように先輩は続ける。

    塞「ちなみに私は右目の機能が常人より高いからもう少し、そうね5~7%くらいかな?」

    片眼鏡を外し裸眼となった自信の右目を指してみせる。

    京太郎「高いってたとえばどういった風に?」

    塞「そうね~、ひとつ例を挙げるとしたら……そうだ『4色型色覚』って知ってる?」

    京太郎「『4色型』? えっと確か目に見える可視光域の事ですよね? 
       人間は普通『3色型』で380~770ナノメートルの波長の光までとかって」

    塞「お? 知ってるねぇ。まぁ細かい説明は省くけど『4色型』はさらに
    そこから下に広く300~330ナノメートルの紫外線光も知覚出来るんだよね」

    俺の返答に機嫌を良くしたのか、まるで教師のように指先を教鞭筆に見立てて振ってみせる。

    塞先輩が女教師か……。

    エロい(確信)

    京太郎「へぇ、すごいんですね」

    頷いてみせるがいまいちどうすごいのかわからない。

    そんな俺の思考を感じ取ったのか、塞さんはやや考え込むそぶりを見せてからさらに付け足してくる。

    塞「ちなみに『4色型』を持ってるのはほぼ女性だけで、世界で2~3%くらいしかいないんだよね」

    京太郎「先輩すげぇ!?」

    その表現なら俺にもわかる。

    京太郎「先生の片眼鏡を貰い受けたのもそれが理由なんですか?」

    さらに沸いて出た疑問が口を吐いて出る。

    塞「まぁね。これって結構優れものでね、オカルト的な要素だけじゃなくて
    望遠機能とか各種探知波を放射して、対象物の簡単な成分分析とかも出来たりするんだよね」

    塞「ちなみに私と京太郎君の遺伝子情報も登録してあるから、
    君の下着からどちらのものでもないデータが出たら一発で浮気がバレるよ?」

    試すような目をしながら、嘲りを鼻先に引っ掛けて嘲笑してくる。

    我ながら完全に尻に敷かれている思う。

    京太郎「しませんよ浮気なんて!」

    強めに否定。変な勘繰りをされてこれ以上立場を危うくするのは得策ではない。

    塞「あは、そうだね」

    机に両肘を突き、合わせた両の手の指先を絡め朗らかに笑う。

    塞「君はそんな人じゃないね」

    その笑顔に一瞬見とれてしまった。

    塞「京太郎君?」

    京太郎「あ、いえ。なんでもないです」

    なんとなく気恥ずかしくなって視線を外す。

    こんな可愛い人がいて浮気なんて出来るかよ。それ以前に俺にそんな甲斐性があるとは到底思えないが。

    それはそれで虚しい自己認識だな……。

    京太郎「え~と、つまり視覚情報が多くてその分脳の活動が過多だから糖分を定期的に摂取してるとそういうことですか?」

    この話題はむず痒くて嫌だ。俺はそれ掛けていた論点を修正に図る。

    塞「そうだね。じゃあ今度はオカルトな話をしようか」

    これは完全に専門外だ。黙って拝聴。

    塞「そうだねぇ、うちで一番わかりやすいのだとエイちゃんかなぁ」

    京太郎「エイスリン先輩?」

    塞「エイちゃんの力は『自分の理想の牌譜を卓上に描きだす』」

    塞さんの言葉に俺は小さく頷く。

    塞「これっていうのは、まぁこれに限った話じゃないんだけどこれらの力はいわば幻の力なんだよね」

    塞「強い力が形を成し、ツモ牌、または和了なんかとして人の目に映る。
    人の目に映ることによって、それは輪郭を濃くしより強固なものになる」

    塞「人の目に映るっていうのはそれだけで力になるの」

    京太郎「人の目に映ることが……力になる」

    思わず呟きが零れる。

    塞「私はその逆」

    京太郎「逆?」

    塞「そ、他人の力、視線を『塞ぐ』ことでその力を封じ込める。見えないという幻。無視の具現」

    京太郎「へぇ~」

    塞「眼差しに関する力を持つ者って、日本でも数えるほどしかいないほど稀少で、かつ難易度が高いの」

    京太郎「少ないって10人とか20人とかですか?」

    塞「4人か5人くらいかな」

    京太郎「」

    絶句。目の前にいる真面目で優しくて意外とお茶目で、エロ可愛い年上の
  恋人様は実はとんでもなくすごい人なんだと改めて実感する。

    先輩は俺の驚嘆のなどどこ吹く風といった面持ちで炬燵から抜け出すと、俺が足を突っ込んでいる側に回り込んでくる。

    視線促され、俺は片側による。

    僅かに出来たスペースにその艶やかな身体を押し込んでくる。

    俺の肩に身体を預け、しなだれかかってくる。

    塞「だから、手放すちゃダメだぞ」

    京太郎「……」

    俺は考える。言葉を選び、そしてようやく告げる。

    京太郎「絶対に、とはいえませんね」

    塞「酷い人。そこは嘘でも「お前のこと絶対に放さないぜ!」とかいえないの?」

    京太郎「そういえたらいんですけど、生憎と俺にはそんな甲斐性ないんで」

    京太郎「けど、ずっとそうありたいとは思ってます」

    塞「ん。じゃあ、今はそれでいいよ」

    俺は凭れ掛かってくる塞さんの肩にそっと手を回す。

    鼻腔をくすぐる甘いような芳香と、女性特有の柔らかさと温かさ。肩にかかる微かな重みが心地いい。

    塞「ならせめて、今だけは私を見ててね。それが私の力になるから」

    静かに懇願する塞さんの身体を抱き寄せ、その赤みかかった髪に鼻先をうずめる。

    京太郎「見てますよ。俺に出来る限り、あなただけを。ずっと」

    塞「うん」

    俺の言葉に塞さんは小さく頷いた。


    カン!